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死者の書(上下巻)』

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 No.1281

 

 『死者の書』上下巻、近藤ようこ著(ビームコミックス)を読みました。いま最も注目されている漫画家の1人である近藤ようこ氏が折口信夫の幻想小説を漫画化した作品です。近藤氏の作品は、見世物で生計を立てる異形の人々の道行を描いた『五色の舟』を読んで以来、ひそかに愛読していましたが、この『死者の書』こそは著者の代表作と呼べる大傑作です。

 

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    上巻の帯

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   上巻の帯の裏

 


 上巻の帯には「第18回 文化庁メディア芸術祭[マンガ部門]大賞『五色の舟[原作 津原泰水]』受賞後第一作!」「折口信夫×近藤ようこ―『この出逢いは、宿縁か。』―東雅夫[文芸評論家/アンソロジスト]」と書かれています。また、上巻の帯の裏でも「この出逢いは、宿縁か。」として、東氏の言葉が以下のように続きます。

 

「不世出の学匠詩人と、孤高の漫画家と―古代の語り部たちの魂を遥かに受け継ぐ、ふたりの幻視者が、時を超えて響き交わすとき、物語(カノヒト)は覚醒する。日本幻想文学屈指の名作を現代に蘇らせる、唯一無二のコラボレーション!」

 

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    下巻の帯 

 

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   下巻の帯の裏

 


 下巻の帯には「日本幻想文学屈指の傑作を漫画家―。」「古代へと誘う魂の物語 ついに完結!」と書かれています。 また、下巻の帯には以下のように内容紹介などが書かれています。

 

「時は八世紀半ば、平城京の都が栄えた頃―。二上山の峰の間に、荘厳な俤(おもかげ)びとの姿を見た藤原南家の娘・郎女(いらつめ)は、女人禁制の万法蔵院に入り込む。『姫の咎(とが)は、姫が贖(あがな)う』長期の物忌みに入った郎女の元に、五十年前、謀反の罪で斬首された滋賀津彦の亡霊が訪れる。その、白玉が並んだような、白い骨ばかりの指を見た郎女は―」「日本民俗学の基礎を築いた折口信夫の傑作小説を、近藤ようこが初読四十年にして、宿願の漫画化。古代へと魂の物語、完結の下巻」

    
 わたしは今秋刊行予定の『儀式論』(弘文堂)を書き上げるにあたって、膨大な文献を参考にしましたが、その中でも特にわたしの心に響いたのが折口信夫の一連の著作群でした。この読書館でも『古代研究1 祭りの発生』『古代研究2 祝詞の発生』『古代研究3 国文学の発生』『古代研究4 女房文学から隠者文学へ』などで折口の壮大な古代学の一端を紹介しましたが、まさに折口は、師の柳田國男とともに「日本人とは何か」を追求した「知の巨人」でした。

 

 折口は、日本人の「魂」の行方についても思いを馳せました。 たとえば、『古代研究3 国文学の発生』に収められている「常世国と呪言との関係」では、以下のように常世国についての考察が行われています。

 

「とこよはもと、絶対永久(とこ)の『闇の国』であった。それにとこと音通した退く・底などの聯想もあったものらしく、地下あるいは海底の『死の国』と考えられていた。『夜見の国』とも称える。そこに転生して、その土地の人と共食すると、異形身に化してしもうて、その国の主の免しが無ければ、人間身に戻ることはできない。蓑笠を著た巨人―すさのをの命・隼人(竹笠を作る公役を持つ)・斉明紀の鬼―の姿である。ときどき人間界と交通があって、岩窟の中の阪路を上り下りするような処であった。その常闇の国が、だんだん光明化していった」

 

 「夜見の国」から「黄泉の国」へ・・・・・・このあたりの言葉のダイナミズムには、大いにインスピレーションを与えられました。折口が探究した日本人の霊魂観は、拙著『唯葬論』(三五館)の「他界論」でも紹介しています。

 

 そんな折口は民俗学者だけでなく、文学者としても超一流でした。「釈迢空」の筆名で書かれた彼の文学上の代表作こそが『死者の書』です。わたしの父は國學院大學文学部出身で、折口学の香りを嗅いで日本民俗学の事業化としての冠婚葬祭業の道を進みました。折口に心酔していた父は中央公論社から刊行されていた『折口信夫全集』を買い揃え、自宅の書斎に置いていました。その影響でわたしも折口には少なからぬ関心を抱き、高校生の頃に『死者の書』を読んでみましたが、苦心してストーリーを追うのがやっとで、同書の持つ深奥な精神世界を理解するまでには至りませんでした。

 

 その後、2007年に川本喜八郎監督が『死者の書』をアニメーション映画化しました。宮沢りえ、能楽師の観世銕之丞らが声優を務めましたが、原作の幻想性をうまく再現していました。わたしも映画館で観賞し、DVDも購入しましたが、実写ではなくアニメーションゆえに成功したと思います。


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   近藤ようこの画風は能に通じる

 


 そして現在、『死者の書』の作品世界を近藤ようこ氏が漫画で見事に再現してくれたのです。折口民俗学に憧れて國學院大學文学部文学科に進学したという近藤氏だけに、

『死者の書』への思い入れの深さは他人には測り知れないものがあります。その画風もそこはかとない無常観を漂わせており、能の世界にも通じる『死者の書』の雰囲気をよく伝えてくれます。

 

 わたしが最初に近藤氏の存在を知ったのは、「未来医師イナバ」こと東大病院の稲葉俊郎先生のブログ「」でした。2015年9月27日の記事「近藤ようこ『五色の舟』」を読んだのです。『五色の舟』は、津原泰水の傑作幻想譚を鮮烈に漫画化した作品です。先の見えない戦時にありながら、見世物小屋の一座として糊口をしのぐ、異形の者たちの家族が登場します。未来を言い当てるという怪物「くだん」を一座に加えようとする家族を待つ運命を描いています。第18回文化庁メディア芸術祭・マンガ部門大賞を受賞したこの作品をわたしは早速アマゾンで購入。一読して、近藤ワールドにハマり、ほぼすべての作品を読み漁ってきました。

 

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    近藤ようこの漫画群

 


その後、近藤氏が『死者の書』の上巻を上梓されたことを知り、わが心は高ぶりましたが、下巻が出てから通読することに決めました。そして、稲葉先生の16年6月5日のブログ記事「近藤ようこ『死者の書』」を読んで、ついに上下巻完結を知り、高ぶる心を鎮めながら読んだ次第です。稲葉先生は、今年の2月に近藤氏と遊行寺でのトークショーで近藤氏と共演されたそうで、「とても嬉しく素晴らしい時間だった。夢のような時間。近藤ようこさんは、菩薩のようなたたずまいだった」とブログに書かれています。うらやましい!

 

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    『死者の書』上巻カバーに描かれた郎女

 


 近藤版『死者の書』について「まさに能の抽象的な世界を漫画にするとこうなる、というお手本のような」と表現する稲葉先生は、この物語が内包する深く広いテーマのポイントを以下のようにまとめています。

 

●機織りという営みが、単に衣服をつくることを超え、自然と人間との神聖な交流(神事)であったこと。

●芸術というものの本質(これは最後まで読まないとわからない)

●「語り」と人により伝えられる古代世界

●鎮魂の形 それはお能をはじめとした芸能や説教付しの語りの世界の中で脈々と行われてきた。

●曼荼羅図が示す世界観

●お寺という場所(トポス) 当麻寺(當麻寺;たいまでら、奈良県葛城市 7世紀)当麻曼荼羅の信仰(蓮から作った繊維で糸をつくり、曼荼羅を描く)と、中将姫伝説

 

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    古代、機織りは神事だった!

 


 以上を稲葉先生は「ふと思いついたものだけ」と書かれていますが、どうしてどうして、これは見事なメモになっています。能の世界にも造詣の深い稲葉先生は以下のように述べています。

 

「古典の入り口として、近藤さんの漫画は常に素晴らしいきっかけを与えてくれる。 導き手のおかげで、色々なゲートをくぐることができる。優れた教師とは、そういう導き手の存在のことだ。漫画を読み、こうした古代の通路やチャンネルをつくることが、すでに鎮魂になっているのだろう。それは世阿弥作の能『当麻』も同じものだと思う」

 

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    『死者の書』上巻カバー裏に描かれた二上山



 そうです。能にも、まさに『当麻』という世阿弥の作品があります。 舞台は『死者の書』と同じ大和国の当麻寺(たいまでら)(奈良県葛城市 二上山の麓)。折口は、明らかにこの謡曲をベースに『死者の書』を書いたと思われます。それとも、世阿弥と折口は同じ性質の霊感によって、同じインスピレーションを得たのでしょうか。

 

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    『死者の書』下巻カバーに描かれた中将姫

 


 世阿弥作『当麻』は、熊野へ向かう僧侶の一行が当麻寺に至る物語です。そこは一遍上人をはじめ多くの信仰を集める霊験あらたかな古寺でした。そこへ老尼(シテ)と女(ツレ)が現れます。二人は、この寺の本尊である曼荼羅は、中将姫が蓮の糸で作られたものであるという故事を語る。そして、自分たちこそ阿弥陀仏・観音菩薩の化身であると明かし西の空に消えるのでした。夜になって、僧が祈りを捧げていると、音楽が聞こえてきます。すると、西の二上山の二つの頂の間から、清らかな光が射してきます。その光に包まれ、今や菩薩となった中将姫の霊(後シテ)が現れます。中将姫は、この世の迷える人々を救うべくやって来たのでした。そして、弥陀の有難い教えを説き、阿弥陀仏による救済を讃美して讃歎の舞を舞うのでした。同じ当麻寺を舞台とする『死者の書』も、能の『当麻』の幽玄世界と重なり、生と死が交錯します。

 

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    山越阿弥陀図(平安時代末期~鎌倉時代 永観堂禅林寺) 

 

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   山越阿弥陀図(鎌倉時代)

 


 旧暦二月十五日はブッダの命日とされ、彼岸の中日(春分の日)です。そのとき、二上山の二つの頂の間から、清らかな光が射すのですが、それはまるで極楽浄土からの光のようです。『観無量寿経』という経があります。さまざまなものを凝視して瞼の裏に焼きつけ、極楽浄土のイメージを作るという瞑想法が説かれています。そこでは西へ沈みゆく太陽を観察し、西から光がさす様子を脳裏に焼きつけます。それから、清らかな水を観察して極楽浄土にある七宝の池の様子をイメージするのです。 そして、「日想観」という瞑想法があります。二つの頂の間に沈む日輪を観想し、極楽がある西方浄土に思いを馳せ、魂を浄土に飛ばすイメージ・トレーニングです。戦乱が続き、明日の命もわからないような時代を生きる人々は、このような方法で「救い」を求めたのでした。 その「救い」のイコンが「山越阿弥陀図」です。折口信夫は、このイコンについて、「山越しの阿弥陀図の画因」という優れた論考を書き遺しています。

 

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    「当麻曼荼羅」(当麻寺)

 


 当麻寺には国宝の「曼荼羅堂」があります。そこには、中将姫ゆかりの見上げるほどの「当麻曼荼羅」が飾られ、西方極楽浄土の様子を表しています。この曼荼羅製作の過程も近藤版『死者の書』に詳細に紹介され、わが社のセレモニーホール名の由来にもなった「紫雲」も描かれています。 わたしは、大いなる感動をもって近藤版『死者の書』を読み終えました。

 

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    『死者の書』には「紫雲」も描かれています 

 

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   「当麻曼荼羅」の世界を漫画で再現!

 


 最後に、わたしは発行部数約30万部の「サンデー新聞」に「ハートフル・ブックス」という書評コラムを連載していますが、もうすぐ第100回目を迎えます。記念すべき100回目の本には何を選ぼうかとずっと考えていたのですが、思うところあって、この近藤ようこ『死者の書』を取り上げることにしました。連載100回達成を記念して、西日本最大級の書店「ブックセンタークエスト小倉店」では、これまでに取り上げた100冊の書籍展示販売会を9月1日(木)から30日(金)まで行います。また、17日(土)の14時半からはわたしの特別講演会「読書のたのしみ」を開催いたします。ここでも『死者の書』の魅力を大いに語るつもりです。どうぞ、お楽しみに!


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