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古代研究3 国文学の発生』

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No.1201

 

 このところ、折口信夫の著作を読み返しています。
 『儀式論』(仮題、弘文堂)を書くにあたって、折口の壮大な古代学を学び直す必要があると感じたからです。今回は、『古代研究3 国文学の発生』(中公クラシックス)を再読しました。

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。


「神の発見とその言葉」岡野弘彦
国文学の発生(第三稿) まれびとの意義
国文学の発生(第一稿) 呪言と叙事詩と
国文学の発生(第二稿)
巡遊伶人の生活
国文学の発生(第四稿) 唱導的方面を中心として
短歌本質成立の時代 万葉集以後の歌風の見わたし
「解題」岡野弘彦・井口樹生・長谷川政春

 「神の発見とその言葉」では、歌人の岡野弘彦氏が折口信夫の「てつとりばやく、私の考へるまれびとの原の姿を言へば、神であつた。第一義に於ては古代の村々に、海のあなたから時あつて来り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る霊物を意味して居た」という言葉を引用しつつ、次のように述べています。


「ここに言うように、折口の『まれびと』は外からきわめて限られた時に来訪する神である。しかしそれは実は、古代の濃密な共同体としての村の生活に、力ある呪言をもたらすために、人々の篤い願いと深い情熱によって演出される、人の扮した神であった。そして、聖なる呪言が少しずつその信仰の緊迫の度をゆるめ、神の行動が自在の変化を持ちはじめるにつれて、文学と芸能の発生の段階が始まってくると考えた」

 「国文学の発生」(第三稿)では、「蓑笠の振興」として以下のように述べられています。


「大晦日・節分・小正月・立春などに、農村の家々を訪れたさまざまのまれびとは、みな簑笠姿を原則としていた。夜の暗闇まぎれに来て、家の門からすぐにひき還す者が、この服装を略することになり、ようやく神としての資格を忘れるようになったのである。近世においては、春・冬の交替にあたっておとずれる者を、神だと知らなくなってしもうた。ある地方では一種の妖怪と感じ、またある地方では祝言を唱える人間としか考えなくなった。それにも2通りあって、1つは、若い衆でなければ、子ども仲間の年中行事の一部と見た。他は、専門の祝言職に任せるという形をとるに到った。そうして、祝言職の固定して、神人として最下級に位するように考えられてから、乞食者なる階級を生じることになった」

 また、「生きみ霊」では、「おめでとう」という言葉について以下のように述べます。


「おめでたごとから引いて説くべきは、正月の常用語『おめでとう』は、現状の讃美ではなく、祝福すべき未然を招致しようとする寿詞であるということである。生き盆のおめでたごとと同じことが、宮廷では行われていた。春秋の朝覲行幸がそれである。天子、その父母を拝する儀であって、上皇・皇太后が、天子の拝を受け給うのであった。単にそればかりでなく、群臣の拝賀もそれと同じ意味から出たものであった」

 さらに、折口は以下のように霊魂の問題を語ります。


「正月、生き御霊を拝する時の呪言が『おめでとう』であったとすれば、正月と生き盆の関係は明らかである。生き盆と盂蘭盆との接近を思えば、正月に魂祭りを行ったものと見ることも、不都合とは言われない。柳田国男先生はやはりこの点に早くから眼を着けていられる。
 私は、みたまの飯の飯は、供物というよりも、神霊およびその眷属の霊代だと見ようとするのである。この点において、みたまの飯と餅とは同じ意味のものである。白鳥がしばしば餅から化したと伝えられる点から推して、霊魂と関係あるものと考えている。なぜなら、白鳥が霊魂の象徴であることは、世界的の信仰であるから。餅はみたまを象徴するものだから、それが白鳥に変じるというのは、きわめて自然である。みたまの飯と、餅とはおなじ意味の物である。われわれは、餅を供物と考えてきていたが、じつはやはり霊代であったのだ」

 「ことほぎとそしりと」では、祖霊や妖怪、神、そして「まれびと」について以下のように述べています。


「沖縄の民間伝承から見ると、稀に農村を訪れ、その生活を祝福する者は、祖霊であった。そうしてある過程においては妖怪であった。さらに次の径路を見れば、海のあなたの楽土の神となっている。わが国においても、古今にわたり、東西を見渡して考えてみると、微かながら、祖霊であり、妖怪であり、そうして多く神となってしもうていることが見られるのである。こうした村の成年者によって、持ち伝えられ、成年者によって仮装せられて持続せられた信仰の当体、その来り臨むことのきわめて珍らしく、しかも尊まれ、畏れられ、待たれした感情をまれびとなる語をもって表したものと思う。私の考えるまれびとの原始的なものは、これであった。
祖先であったことが忘れられては、妖怪・鬼物と怖れられたこともある」

 「まれびとの遠来と群行の思想」では、以下のように婚礼についても以下のように言及されています。


「婚礼にまれびとの来ることは、由来不明の祓え、ならびにそれから出た『水かけ祝い』で察せられたであろう。われわれの国の文献はすでに、蕃風を先進国に知られるを恥じることを知った時代に出来たのである。だから、ことに婚礼も性欲に関した伝承は見ることができない。ただわが国にも初夜権の行われたことは事実であるらしい。讃岐三豊郡の海上にある伊吹島では、近年までその事実があった。また三河南北設楽の山中では、結婚の初夜は、夫婦まぐことを禁ぜられている。花嫁はともおかたと称する同伴のかいぞえ女と寝ね『お初穂はえびす様にあげる』のだという。沖縄本島では、花壻は式後すぐに家を去って、その夜は帰らない。都会では式に列した友人と共に遊廓に遊ぶというが、これには意味がない。花嫁を率寝ないことには訣があるのである」

 「とこよ」では、白鳥処女伝説などを取り上げ、以下のように述べています。


「わが国の古俗ばかりから推しても、世界的の白鳥処女伝説は、きわめて明快に説明ができるのは、この国に民間伝承の学問が、大いに興る素地を持っているのだと言えようと思う。富みと齢の国なる常世は、もと海岸の村々で、てんでに考えていた祖霊の駐屯所であった。だから、定期にまれびととして来り臨むほかに、常世浪に揺られつつ、思いがけない時に、その島から流れて、この岸に寄る小人神があるとせられたこと、のるまん人らの考えと一つ言である。さらに小彦名の漂着を言い、大国主のもとに海のあなたから波を照して奇魂・幸魂がより来ったと言うのは、常世を魂の国と見たからである」

 「国文学の発生」(第四稿)では、「むすび」について以下のように述べられています。


「むすびというのは、すべて物に化寓らねば、活力を顕すことのできぬ外来魂なので、呪言の形式で唱えられる時に、それに憑り来てその力を完うするものであった。興台―正式には、興言台と書いたのであろう―産霊は、後代はいわゆる詞霊と称せられて一般化したが、正しくはある方式すなわちとを具えて行う詞章の憑霊と言うことができる」

 「常世国と呪言との関係」では、以下のように常世国についての考察が行われています。


「とこよはもと、絶対永久(とこ)の「闇の国」であった。それにとこと音通した退く・底などの聯想もあったものらしく、地下あるいは海底の『死の国』と考えられていた。『夜見の国』とも称える。そこに転生して、その土地の人と共食すると、異形身に化してしもうて、その国の主の免しが無ければ、人間身に戻ることはできない。蓑笠を著た巨人―すさのをの命・隼人(竹笠を作る公役を持つ)・斉明紀の鬼―の姿である。ときどき人間界と交通があって、岩窟の中の阪路を上り下りするような処であった。その常闇の国が、だんだん光明化していった」


 「夜見の国」から「黄泉の国」へ・・・・・・このあたりの言葉のダイナミズムには、大いにインスピレーションを与えられました。