No.2215 ホラー・ファンタジー 『ファミリーランド』 澤村伊智著(角川ホラー文庫)

2023.02.19

『ファミリーランド』澤村伊智著(角川ホラー文庫)を読みました。「SFマガジン」に掲載された短篇に書き下ろしを加えた第19回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞受賞作ですが、ものすごく面白かったです! 著者は、一条真也の読書館『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』『ししりばの家』『恐怖小説 キリカ』『ひとんち 澤村伊智短編集』『予言の島』で紹介した本の著者によるディストピアSF短編集ですね。一条賞(読書篇)の有力候補作ですが、特に冠婚葬祭業界の方々にぜひ読んでいただきたい名作であると思います。最後のバーチャル葬儀の物語が最高に素晴らしい!

著者は、1979年大阪府生まれ。東京都在住。幼少時より怪談/ホラー作品に慣れ親しみ、岡本綺堂を敬愛。2015年に「ぼぎわんが、来る」(受賞時のタイトルは「ぼぎわん」)で第22回ホラー小説大賞(大賞)を受賞しデビュー。2019年、「学校は死の匂い」(角川ホラー文庫『などらきの首』所収)で、第72回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。巧妙な語り口と物語構成が高く評価されており、新たなホラーブームを巻き起こす旗手として期待されています。

本書の帯

本書の帯には、「嫁いびり、毒親、ネグレクト、介護……澤村伊智の描く家族が、いちばん怖い。」「近未来のテクノロジーでも解決できない、家族という呪い。」と書かれています。アマゾンには「いつの時代も『家族』は、やさしく、あたたかく、いびつで、おそろしい」として、以下の内容紹介があります。
「スマートデバイスを駆使して遠方から家族に干渉してくる姑と水面下で繰り広げられる嫁姑バトルの行方。金髪碧眼のデザイナーズチャイルドが『普通』とされる世界での子どもの幸せのかたち。次世代型婚活サイトでビジネス婚をしたカップルが陥った罠とその末路。自立型看護ロボットによって育児の負担が減った一方で、隔たれる母と娘の関係。技術革新によって生み出された、介護における新たな格差。対面しない葬式が一般的な世界で、二十世紀型の葬儀を希望する死者の本当の願いとは。ホラーとミステリ、ジャンルを超えて活躍する澤村伊智がテクノロジー×家族をテーマに描いた、新感覚の家族小説」

アマゾンより

本書には6つの短編小説が収められています。最先端の情報テクノロジーを駆使しての嫁いびりを描いた「コンピューターお義母さん」、遺伝子に手を加えて理想の子どもたちを生み出す「翼の折れた金魚」、結婚すると夫婦間の情報が相互に送られる生活を描いた「マリッジ・サバイバー」、近未来の毒親をリアルに描いた「サヨナキが飛んだ日」、オムツをする必要も徘徊を案じる必要もない未来の介護が紹介される「今夜宇宙船の見える丘に」の5篇は、じつに嫌な話ばかりで、読んでいて気が滅入ってきました。しかも、ここで描かれている嫌な未来が実現しそうなところがまた嫌ですね。これほど読者を嫌な気分にさせる読者の筆力には感心します。

本書のディストピア感、特に「今夜宇宙船の見える丘に」の読後感は一条真也の映画館「PLAN75」で紹介した早川千絵監督の日本映画を連想させます。日本の近未来を描いた作品ですが、とにかく暗く、悲しい物語でした。観る人によっては恐怖も感じたかもしれません。75歳以上の高齢者に自ら死を選ぶ権利を保障・支援する制度「プラン75」の施行された社会が、その制度に振り回される物語です。超高齢社会を迎えた日本で、75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶ制度「プラン75」が施行されてから3年、自分たちが早く死を迎えることで国に貢献すべきという風潮が高齢者たちの間に広がっていました。78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は夫と死別後、ホテルの客室清掃員をしながら一人で暮らしてきましたが、高齢を理由に退職を余儀なくされたため、「プラン75」の申請を考えるのでした。

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しかし、最後の「愛を語るより左記のとおり執り行おう」だけはディストピア小説ではありません。それどころか、「コンピューターに支配された未来は嫌な世界かもしれないけど、修正できるかもしれない」という希望さえ与えてくれます。この短編では、葬式がバーチャル化したした社会で昔ながらの本物の葬式を執り行おうとする人々の四苦八苦ぶりが描かれています。舞台は沖縄です。2108年2月11日、沖縄の老人ホームに入居していた41歳の主人公の母親が81歳で亡くなるところから物語は始まります。担当医師が管理する患者のデータと、生命維持装置の情報、そして死亡診断書の発行通知をもとに、傷病者監視アプリケーション「おみまい」が予め登録されていた親族および知人にメッセージを一斉送信します。これを読んで、ブログ「オンライン葬儀スタート!」で紹介した「紫雲閣オンライン」サービスの未来をイメージしました。

その後、葬儀が行われますが、リアルではありません。バーチャルです。全国3箇所で同時にバーチャル葬儀(本作では、シェアスペース葬儀と呼ばれています)が行われるのです。弔問客が棺の前に正座すると、眼前に数珠が現れます。著者は、「数珠の輪の中に指を1秒ほど通すと、今度は漆塗りの香炉がふわり、と虚空から飛び出す。視線で選択すれば、香炉の上部でバラバラと抹香が舞う。そのタイミングで弔問客は合掌しお辞儀をする。焼香だ。シェアスペース葬儀が普及する以前から変わらず続いている、伝統的な作法」と書いています。同年8月15日、和室に入って「おみまい」を操作すると、部屋にまばゆい青い光が差し、目の前に立派な墓が出現します。こうして、主人公は初盆の墓参りも済ませるのでした。

主人公は「月光」という映像企画会社に勤務しているのですが、葬儀についての取材をすることになります。葬儀といってもシェアスペース葬儀ではなく、伝統的葬儀です。多田という部下が「軽く調べたんですけど、昔は葬儀会場ってのがあったらしいですよ。葬儀会社なんてのも」と言いますが、主人公には理解できません。しかし、調べるうちに、主人公は「多田が言っていたとおり、かつては葬儀会社なる専門の企業が、葬儀を段取りしていたという。プランの提案、会場の設営、遺体の移送、花の手配、その他すべて。また、葬儀は主に葬儀会場で行われていたらしい」という驚愕の事実を知るります。橋爪という部下は、「その葬儀社とか葬儀会場が出てきたのって高度成長期ですよ。たかだか150年前の話です」と語るのでした。

150年後、葬儀社も葬儀会館も跡形もなく消えていたのです。まさに、葬式消滅ではありませんか! ブログ「新年祝賀式典」で紹介した今年1月4日に行われた会社行事の社長訓示で、わたしは「コロナ禍がいつまで続こうとも、わたしたちは、人間の『こころ』を安定させる『かたち』としての儀式、冠婚葬祭を守っていかなければなりません。コロナ禍の中で、わたしは冠婚葬祭業という礼業が社会に必要な仕事であり、時代がどんなに変化しようとも不滅の仕事であることを確信しました。昨年末、わたしは『葬式不滅』(オリーブの木)を発表しました。島田裕巳氏の『葬式消滅』への反論の書です」と述べました。

葬式はけっして消滅していません。ゆえに復活させる必要はありません。今年5月にはコロナも5類に移行、コロナ禍が終息に向かうことが予想されます。しかし、ポストコロナ時代を見据えて葬式は変わらなければいけません。要・不要論ではなく、どう変化していくかです。わたしはそれを「アップデート」と呼びたいと思います。儀式はアップデートするのです。残さなければいけないもの、変化させていいもの(場合によっては取りやめてもいいもの)と精査する時期だということです。あえていうのならチャンスです。それは葬式を営んできた寺、葬儀会社も変わらなければいけないでしょう。でも、葬式は必要です。葬式を消滅させる社会であってはなりません。そんなことを、わたしは『葬式不滅』に書きました。「愛を語るより左記のとおり執り行おう」の最後では、伝統的な日本の葬儀が150年ぶりに復活します。そのときに人々がどう感じたのかは、ぜひ本書をお読み下さい。何事も初期設定とアップデートの両方が必要であるというのがわたしの考えですが、それが物語の形で見事に表現されていて驚きました。

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