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いのちを呼びさますもの』

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No.1522

 

  『いのちを呼びさますもの』稲葉俊郎著(アノニマ・スタジオ)を読みました。
 わたしのブログ記事「未来医師のお宅訪問」で紹介したように、著者から直接プレゼントされた本です。サイン入りです。とても美しい本で、ウットリします!
 外見だけでなく、内容も美しく、格調高い本でした。
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   本書の帯


 著者は、わたしが「未来医師イナバ」と呼んでいる稲葉俊郎氏です。
 1979年熊本生まれの医師、東京大学医学部付属病院循環器内科助教です。心臓を内科的に治療するカテーテル治療や心不全が専門ですが、西洋医学のみならず伝統医療や代替医療など幅広く医療を修めています。本書は、そんな著者が「人が生きるために必要なこれからの医療」や「創造の力」「医療と芸術の接点」などを説く内容で、皮膚の下に広がる見えない世界を紐解くスリリングな世界が展開されます。本書の帯には「生きていることの不思議を知る。」「医療の枠を越えて生命を語る東大病院医師、稲葉俊郎が描き出すあたらしい人間讃歌」と書かれています。
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   本書の帯の裏


 アマゾンの「出版社からのコメント」には以下のように書かれています。

「知っているようで実はよく知らない、自分の『こころ』と『からだ』。不調が出てはじめて、人はその大切さに気づきます。健康とは? 病とは? 生きるとは? 日々医療者として病や人と対話している著者が、独自の視点で説く、医療やいのちの本質。人が生きるうえで必要な創造の力、全体性を取り戻すプロセス、それはまさに自ら治癒していくための、医療であり芸術であると語ります。音楽・美術・古典芸能など、医療の枠を越えたあらゆる分野との接点を通して、未知なる世界を紐解き、より良く生きるためのヒントを教えてくれる一冊です」
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   著者のサイン


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「はじめに」
序章 すぐれた芸術は医療である
第一章 体と心の構造
第二章 心のはたらき
第三章 医療と芸術 「おわりに」

 「はじめに」では、著者が医師になった理由が述べられています。

「私は体が人一倍弱かったらしい。体が"うまくかみ合っていなかった"ということなのだろう。よく入院していたため、小さい頃の記憶は病院のことが大部分を占めている。そこはいいも悪いもなく、判断や評価という価値基準もまだなく、見えている世界を見えているままに観察していた。それが世界のすべてだった。
 いつ死ぬかわからない命がけの時代を経て、今は元気に生きている。だからこのように文章を書くことができるし、言葉を届けることもできる。いろいろな方の助けのおかげで『いのち』を長らえることができた。生き続けているだけで、十分すごいことだと、身に染みて実感している。その恩返しをしたいと思ったことも、医師になった理由のひとつでもある」

 著者は、過去の幼く弱かった自分をよく覚えているからこそ、「生きているということがどういうことなのか」を切実な問いとして個人的に探究し続けてきたとして、以下のように述べます。

「『いのち』とは何だろう。
 生まれて、生きて、死ぬとはどういうことなのだろう、と。
 生きていることを保ち続けるとはどういうことなのだろう、と。
 生きていること自体の不思議さ。それは果てしなく答えなどない問いでもある。ひとつの峠を越えて一息つくと、また向こうに大きな山が見えてくる。
 『いのち』の根本の問いに対して『Why?(なぜ?)』を突き詰めていくと、神話や物語や宗教の世界と出会い、『How?(どうやって?)』を突き詰めていくと物理学や化学や医学などの自然科学の世界と出会った。そうして未知の水源を探るように、自分なりに『いのち』について探究し続けてきたのだ」

 「いのち」とは「生」だけではありません。それは「死」をも含んだ大きな流れです。そのような生命現象の本質について著者は以下のように述べます。

「この世に生まれ、生きている以上、いつか必ず死を迎える。それは、生きているものすべてにとっての"けじめ"のようでもある。だが、臨床現場では不条理を感じることも多い。生後すぐや数日で命を落とす場合もあれば、病気で亡くなる子どももいるし、複雑な病や障がいを多数抱えながら生きている人もいる。困難に直面し、どうしようもない大きな運命に流されるような人生を垣間見ると、ふとそうした人間の生命現象の根本について考えざるを得なくなる」

 だからこそ、著者は、日々の診察では、体を診るのではなく、心や命そのものと向き合ってきたとして、「自己満足かもしれないが、そう思って取り組まないと、自分自身とも折り合いがつかない」と告白しています。
  
 序章「すぐれた芸術は医療である」では、著者が2011年3月11日に発生した東日本大震災の医療ボランティアとして被災地に赴いたときの想いを以下のように書いています。

「震災や津波、原発事故の影響は甚大なもので、とくに津波の現場では多くの死者が出ていた。埋葬もできないままの、圧倒的な死者の数を目にした。その時に、西洋医学は死を防ぐためにいろいろな技術や薬を生み出したが、死を迎えたあとの対応に関しては何の準備もない、ということを改めて思い知ることになった。死への対応は、西洋医学の枠外の問題だったのだ。医療現場にいると、『生』だけではなく多くの『死』にも遭遇するし、『いのち』が、生も死も含んだものであることをいやがうえにも痛感する。さらに震災の経験を経て、『死者の鎮魂』ということを以前より強く考えることになった」
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    『唯葬論』(サンガ文庫)


 ここで、著者の視線は「死」から「死者の鎮魂」に移行しています。
 「問われるべきは『死』ではなく『葬』である」とは、拙著『唯葬論』(サンガ文庫)で強く訴えたことですが、著者は同書の帯に推薦文を寄せて下さいました。また、ご自身のブログに「一条真也『唯葬論』(前編)」および「一条真也『唯葬論』(後編)」を書いて下さいました。
 さて、東日本大震災の大津波の発生後、しばらくは大量の遺体は発見されず、多くの行方不明者がいました。火葬場も壊れて通常の葬儀をあげることができず、現地では土葬が行われました。海の近くにあった墓も津波の濁流に流されました。
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    『のこされた あなたへ』(佼成出版社)


 葬儀ができない、遺体がない、墓がない、遺品がない、そして、気持のやり場がない・・・・・まさに「ない、ない」尽くしの状況は、今回の災害のダメージがいかに甚大であり、辛うじて助かった被災者の方々の心にも大きなダメージが残されたことを示していました。現地では毎日、「人間の尊厳」が問われました。亡くなられた犠牲者の尊厳と、生き残った被災者の尊厳がともに問われ続けたのです。「葬式は、要らない」という妄言は、大津波とともに流れ去ってしまいました。わたしは、東日本大震災で愛する人を亡くした人たちのことを考えました。そして、グリーフケアの重要性を再確認し、『のこされた あなたへ』(佼成出版社)を書きました。
 同書に先行して、わたしは『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)というグリーフケアの本を書きました。同書を読んだある若き臨床医が、死別の悲しみで苦しんでいる方々に何十冊も配って下さったそうです。その方こそ、稲葉俊郎氏でした。わたしは、いつか、グリーフケアをテーマに著者と対談し、医療と儀式のあいだに橋を架けてみたいと願っています。
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    『愛する人を亡くした人へ』 (現代書林)


 先に紹介した『唯葬論』で、わたしは「人類の文明も文化も、その発展の根底には『死者への想い』がある」と述べましたが、死者を想う芸能として能楽に注目しました。著者も能楽に多大な関心を抱き、能楽堂に通った経験の持ち主ですが、以下のように述べています。

「能楽は、死者の思いを受け取り、ともに悲しみ、ともに泣き、魂を鎮める鎮魂の役目さえも果たしてきた。古代の日本で多くの和歌が詠まれたのも同じことだろう。言葉の力(日本には『言霊(ことだま)』という言葉がある)による鎮魂が、重要な役割を果たしていたのだと思う。だからこそ農民から天皇までが多くの和歌を詠み、『万葉集』に平等に残されている。また、物語も人々の心を癒してきた。芸術が、死者の思いを受け取り、より良い方向へと繋げていく鎮魂の役割を果たしていたという事実から、医療ももっと学び取るべきだろう」
  
 そして、「すぐれた芸術は医療であり、すぐれた医療は芸術である」と喝破する著者は以下のように述べるのでした。

「『美』も『医』も、本質的には同じところから発していて、それは自分や周りを幸せにし、引いては社会全体も幸せにするための手段だったのだ。私が目指す医療もまったく同じだ。人の全体性を取り戻すこと。それは医療の観点から見ると養生法となり、芸術の観点から見ると創造行為になる。医療も芸術も、入り口は個人にあり、同じ部屋を通過して、出口が異なっているだけではないだろうか。医療で体や心が治っていくプロセスと、芸術の過程で起きているプロセスとが、同じ場所を通過していることを実感として感じているからだ」
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   『儀式論』(弘文堂)


 わたしは、この一文を読んで「儀式」のことを考えました。医療や芸術と同じく、儀式の目的も「人の全体性を取り戻すこと」だからです。すなわち、儀式の本質とは「いのちを呼びさますもの」だということです。
 たとえば、葬儀の場合を考えてみましょう。愛する人を亡くした人の心は不安定に揺れ動いています。しかし、そこに儀式というしっかりした「かたち」のあるものが押し当てられると、不安が癒されていきます。親しい人間が死去する。その人が消えていくことによる、これからの不安。残された人は、このような不安を抱えて数日間を過ごさなければなりません。心が動揺していて矛盾を抱えているとき、この心に儀式のようなきちんとまとまった「かたち」を与えないと、人間の心にはいつまでたっても不安や執着が残るのです。この不安や執着は、残された人の精神を壊しかねない、非常に危険な力を持っています。この危険な時期を乗り越えるためには、動揺して不安を抱え込んでいる心に、ひとつの「かたち」を与えることが求められます。まさに、葬儀を行う最大の意味はここにあります。
 そのようなことを拙著『儀式論』(弘文堂)で詳しく述べましたが、著者は自身のブログに「一条真也『儀式論』」という記事を書いて下さいました。同書を3回読み直して下さったそうです。
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   稲葉俊郎氏のブログより


 第一章「体と心の構造」では、著者は「医療の本質」について以下のように述べています。

「私が常に考え続けている『医療の本質』というものは、『病院』や『医師』という言葉の中だけに収まるものではない。人間が持つ体や心、魂や命、そして人間だけではなく生命そのものに対しての態度や向き合い方、考え方の中にこそあるのではないかと考えている。
 西洋医学における専門化は、どうしても部分へ部分へと枝分かれしていく傾向にあり、人間まるごとの全体性を扱おうとする医療の根本から離れていくように感じてしまう。その違和感をこそ、私は大切にしている。それは本来のあるべき自分自身と現状の自分とがずれていることの証拠なのだから」

 医師である著者は、患者に対してどのように接しているのか。
 その問題について、著者は以下のように述べています。

「人には、必ず歴史がある。その人固有の歴史が年輪のように重なり合って体の中に存在している。それが人生の総体であり人の全体性を成すものだ。1歳には1歳なりの、10歳には10歳なりの、50歳には50歳なりの、その人しか知り得ない人生の厚みと深みがある。24時間365日、人生に関わっているのは、当事者である本人しかいないのだ。だからこそ、相手との距離を適切にとって、それぞれの生きてきた道のりを尊重しながら、人生を時が重なり合った重層的な視点でみるようにしている」

 著者によれば、わたしたちは、この体や心の複雑かつ巧妙なシステムを生まれながらに与えられているといいます。それゆえ、その由来や来歴を改めて考えることがないのは極めて残念なことだとして、著者は述べます。

「人間の本質を深く学べば学ぶほど、歴史の流れを感じざるを得ないし、生命の数十億年の流れの中で、人間はこうした体や心の驚くべきシステムをつくり上げてきたということに深く感銘を受ける。そのシステムの深い理解に至るには、やはり、物語や夢を読み解く力のような多角的な視点と自由なイマジネーションが必要であり、それが体の部分だけではなく全体を診るべき医師にとっても必要不可欠な力ではないかと考えているのだ」

 

 わたしは会社を経営していますが、本書には経営学者ドラッカーが提唱した「マネジメント」の視点があることを発見して驚きました。しかも、「体を構成する60兆の細胞たち」として、著者は以下のように述べるのです。

「私たちは体を与えられている以上、生まれながらに60兆個の多細胞からなる超巨大企業の運営を任されている。ノウハウも経験もなく、会社の全体像もよく理解できないままに、社長席に座っているようなものだ。
 体の部分を担うそれぞれの臓器や細胞は一つひとつが生命として完成形に近いほど優秀でああり、現場で働いている部下に任せていればほとんどのことはうまくいく。社長のような役目である脳は、部下としてのカラダの細胞が円滑に働くことができるように、邪魔をしない程度に見守りまがら協働していけばいいわけだ。社長が必ずしも偉いわけではないように、脳が必ずしも偉いわけではなく、それぞれの立場に応じてできることを行う必要がある。職業や役割に貴賤はなく、優劣があるとしたら、仕事への態度だけだ」

 わたしは、この一文を医療者によって書かれた最も優れたマネジメント論であると思いました。企業も、体も、マネジメントが大切です!

 

 また、著者は「夢」というものに非常に注目します。夢に隠されたメッセージを読み解くことで、意識と無意識のコミュニケーションが実現するとして、さらに以下のように述べています。

「意識と無意識の相互作用により、今までの考えや価値観も更新されることで、命自体が更新され、日々生まれ変わり、人間は全体のバランスを取り続けている。おそらく芸術は、自分自身の内なる世界との折り合いをつけるために生まれたのだろう。外で何かが起きたとしても揺らいでいるのは自分自身なんおだから。自分との折り合いや自分との対話、その手法に磨きがかかり洗練されていけば、そのプロセスで生まれた創作物は個から普遍へと通じる。『個』という狭い穴を掘り、地下へと通じて『普遍』という広い場所に到達することができれば、それは自分以外の人たちの心をも動かし、勇気づけ、元気づけ、心が震える作品としてこの世界に顕現してくるはずだ」

 第二章「心のはたらき」では、心臓を専門に選んだ医師としての正直な感想が以下のように述べられます。

「心臓を診ていて感じるのは、その人の全体性の中でもっとも感受性が高い場所に、最初に症状が現れてくるということだ。それは人によって体の場合もするし、心の場合もある。体の中でも心臓の場合もあるし、別の場所の場合もある。本人にとって一番敏感で反応しやすい場所が、切実な問題として最初に反応して受け止めているためだ。そのことを一般的には『心臓が弱い』という言い方もできるが、それだけ『心臓の感受性が高い』ということでもある。弱さは敏感さでもあり、迅速に受け止めることができれば長期的な強さにも繋がるものだからだ」
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    『孔子とドラッカー新装版』(三五館)


 この一文は読んだわたしは、著者の名医ぶりを思い知りました。そして、「医」の専門家は人間通でもあるということを知りました。先ほどもマネジメントに関する卓見を紹介しましたが、この一文から、わたしは「弱さのマネジメント」というものを連想しました。拙著『孔子とドラッカー新装版』(三五館)では、一代で世界の松下電器をつくり上げた松下幸之助の「弱さのマネジメント」について述べました。世界企業の創業者は他にもいますが、彼はとにかく度外れた社会的弱者でした。幼少の頃は素封家でしたが、小学4年生のときに父親が米相場に手を出して失敗、10人いた家族は離散し、極貧ゆえに次々に死んでゆきました。とにかく貧乏で、病気がちで、小学校さえ中退しました。
  
 この「金ない、健康にめぐまれない、学歴ない」の三ない人間が巨大な成功を収めることができたのは、自分の「弱さからの出発」という境遇をはっきりと見つめ、容認したからではないでしょうか。貧乏なゆえに商売に励みました。体が弱いゆえに世界的にも早く事業部制を導入しました。学歴がないゆえに誰にでも何でも尋ねて衆知を集めました。彼は、自分の弱さを認識し、その弱さに徹したところから近代日本における最大の成功者となったのです。偉大なり、松下幸之助。彼こそは、弱さをマネジメントした人でした。
 そして、企業経営においても自分自身の体や心の管理においても、「弱さのマネジメント」においては共通するのではないでしょうか。自分は心臓が弱いとか、血圧が高めとか、便秘をしやすいとか、皮膚が弱いとか、またはストレスに極度に弱いなど・・・身心のウィークポイントをきちんと把握して、その対策を講じていけば、著者のいうように「長期的な強さにも繋がる」と思います。

  現役の医師でありながら、あらゆるジャンルの芸術にも精通している著者は「創造のプロセス」についても言及します。「生きることは創造行為でもあり、創造行為は生きることでもある」と喝破する著者は、「いのち」や「こころ」や「からだ」が本来持っている全体性が失われると、自分自身とのずれや落差が生じてしまうとして、さらに以下のように述べます。

「芸術は、失われた自分自身の全体性を取り戻すために必要なものなのだ。だからこそ、人類は芸術(アート)を結果的に創造したのだし、それを見たり聴いたり触れたりして体感することで、生きる力を得ることができる。その営みは人類の太古から未来へと繋がっている。心の中にある葛藤や矛盾や対立物と向き合い、深い場所に行けば行くほど、個人の枠を超えて、より集合的で普遍的なものへと深まっていく。やがて神話で語られるような人間の心の古層へと至るだろう」

 そして、第二章の最後に、著者は以下のように述べるのでした。

「創造とは、芸術の世界だけに閉じられたものではなく、本来的には生きることと不可分なものなのだ。芸術も医療も、失われた全体性を取り戻して、自分自身を再創造するという意味では、同じ次元にあるのだと考えている。日々の創造、人生の創造、形を持ったものの創造であり、消費や破壊をその内に含みながら、生きているプロセスそのものも創造なのだ」

 第三章「医療と芸術」では、「『病気』を考えるか『健康』を考えるか」として、病や体について以下のように述べられています。

「西洋医学では、体を戦いの場として見る。病は敵であり、頭の判断で『敵を倒せ』という命令により強制的に排除する対象である。それはつまり、体や心という場を戦場として捉えることでもある。私たちが日々生きて暮らしている体や心が、24時間365日、常に戦場になるわけだ。
 生命の歴史は、数十億年かけて単細胞から多細胞生物となり、体が複雑化していった歴史でもある。体の歴史は役割に応じた分業化・専門化の歴史でありながら、それ以上に重要なことは同時に協力、協調の歴史でもあるということだ」
  
 続けて、著者は以下のように述べています。

「すべての細胞、臓器や器官は、それぞれの専門に応じて役割分担をしながら、寿命がやってくるまで精一杯協力し合う。そうでないと、個々の臓器たちがバラバラに動いてしまい、体がうまく機能しなくなってしまう。つまり、生命の歴史から見れば、体は戦場ではなく、調和の場であると考えるほうが自然だ。60兆の細胞が協力し合い、共存している場であると」

 ここで、わたしのブログ記事「からだ会議」で紹介した動画を思い出しました。著者が脚本を書き、「ぬかづけマン教育委員会」ことお笑い芸人のアップダウンの2人が製作した9分19秒の映像です。題して「からだ会議~からだの声、聴いていますか?~」です。

 また、著者は「健康」のついても以下のように述べています。

「西洋医学は『病気を治すこと』が目的であり、その後どこへ向かっていくのかは何も問わない。伝統医療では、『健康になること』を目的とする。その結果、いつのまにか病気が治っていることもあるし、治っていなくても病気と共存しながら心の折り合いをつけてより良く生きていければそれでいいと考える。そもそも、向かうべき目標が違うのだ。どちらがすぐれていて劣っている、という話ではなく、そもそもの目的が違う、ということだ。それは方法論の違いであり、考え方の違いである。
 場や状況に応じて、柔軟に使い分ける必要がある。西洋医学のように『病気が治れば元気になる』と考え、部分としての『病気』に注意を向けるのか、伝統医療のように『元気になれば病気は治る』と考え、全体としての『元気』『調和』に注意を向けるのか。その違いなのだ」

 

 さらに、「『治る』と『治す』のプロセス」として、著者はこう述べています。

「人の体を診る時に、『治す』という考え方と、『治る』という考え方がある。西洋医学は『治す』考えに比重を置いたものだ。治療者が『治す』発想であらゆる物事を考える。一方、生命が生きている以上、誰もが『自然治癒力』というものを持っており、この力によって体は勝手に『治る』。
 芸術や文化は、こうした『治る』プロセスが起きやすい場や条件を整えていると私は考えている。どうしたら、人間がもともと持っている『自然治癒力』を引き出せるのか。その発端となるあらゆる営みは、人間を深い部分から癒す」

 

 著者はあらゆるジャンルの達人から、さまざまなことを学んでいます。
 たとえば、体が不自由な詩人の岩崎航さん。耳が不自由な写真家の齋藤陽道さん。この読書館でも紹介した『自閉症の僕が跳びはねる理由』の著書である自閉症の作家・東田直樹さん。著者の高校時代の同窓生で、躁うつ病の芸術家である坂口恭平さん。それから画家の岡本太郎、歌手の宇多田ヒカルといったビッグネームの名前も出てきます。著者は「ここに挙げた方々は、ごく一部だ。相手を深く知ること、相手に深く共感すること、そして自分自身を深く知ること、自分自身と深く対話をすること。命の表現は、自分や友人や家族を含めた、どんな人の生き方からも発見することができるだろう」として、最後に、陶芸家の河井寛次郎という人を紹介します。

 

 河井寛次郎は、柳宗悦、濱田庄司らとともに民藝運動を人物のひとりです。「民藝」とは、生活や暮らしの中に「美」を見出していく心の在り方のことをいいますが、著者は以下のように述べています。

「西洋哲学においては『真善美』が探究するテーゼとして挙げられるが、真善美は日本では『綺麗』というひとことに集約されていた。真でないものは『綺麗』ではなく、善からぬものは『きれい』ではない。美しいものは『きれい』なのだ。日本語の『きれい』という言葉の中に、真理も、倫理も、美意識も込められている」

 

 これを読んだわたしは、わが父であり、サンレーグループ会長でもある佐久間進が唱える「八美道」というものを連想しました。父はブッダの「八正道」ならぬ「八美道」という言葉を提唱しており、著書『わが人生の「八美道」』(現代書林)の「まえがき」に書いています。

「八正道とは、みなさまもよくご存知のように、お釈迦様の言葉です。

 お釈迦様が、人間の生き方として『八』の正しい道を示されました。
 私は、自らの人生を振り返り、自分の人生をどう表現したらいいだろうか、と考えることがあります。果たしてお釈迦様が示された『八つの正しい道』を歩めただろうか? 精進努力を惜しんだつもりはありませんが、『八正道にはほど遠いなあ』と反省するばかりです。

 では、自分の人生で何を目指してきたのか。人として、男として、夫として、父として、経営者として、業界のリーダーとして、自分は何を追い求めてきたのか。美―『美しさだったかな』という思いに至りました。礼法を学び、おじぎを極め、会社を興し、すべてが『美』を追い求めてきた気がします。
 『正しいか、正しくないか』―私にはわかりません。

 『美しいか、美しくないか』―これはわかります。

 『美』を唯一無二の基準にして、生きてきたような気が致します。

 自然の美しさに学び、心の美しさに涙し、無理のない美しい流れを大切にしながら生きてきました。ささやかではありますが、その行いのすべてが、今日ある私の姿です。良し悪しは他人様に評価して頂きたいと存じます。

 私は自分の生き方を『八美道』と名づけてみました。まだ発展途上の私です。自らの道、『八美道』を今しばらく追い求めていくつもりです」

 

 そんな父は、『わが人生の「八美道」』で「健康八美道」も紹介しています。以下の通りですが、これも稲葉氏の考えに通じるように思います。
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    『わが人生の「八美道」』 (現代書林)より


◇健康八美道  

一 正眠  よく眠る  

二 正息  深呼吸をする 吐く息長く・吸うは短く  

三 正食  よく噛んで食べる  

四 正便  排便を正しく  

五 正動  よく体を動かす  

六 正休  適度に休養  

七 正姿  姿勢を正す  

八 正交  良い付き合い 正しい性交

 父の求めるものには、真理も、倫理も、美意識も込められているようです。 父は、かつて財団法人・日本心身医学協会の会長を務めていました。同協会の理事長だったのが、九州大学名誉教授で「日本の心身医学の父」と呼ばれた故・池見酉次郎先生でした。池見先生とタッグを組んだ父は、心身医学の普及に努めました。その頃、「心身一如」と言葉もよく使っていました。
 数年前、父は「難病」とされる間質性肺炎を病んでいました。かなり危険な病気であることから、病名を言われたのち、すぐ余命宣告がされることも少なくないのですが、父はみんなの前で「医者にも薬にも頼らずに、自然治癒力で治ってみせる」と宣言し、本当にそれを実現したので驚きました。

 

 父の佐久間進と本書の著者である稲葉氏との思想的共通点は、まだ他にもあります。著者は、日本に数多く残っている「道」の文化を紹介したうえで、以下のように述べています。

「『道』の世界では、身体技法だけでなく、『礼に始まり礼に終わる』といわれるように、礼儀作法や相手を尊重すること、そうした自分自身の心の成長も分かちがたく一体化されているからこそ、『道』として体系化されている。『道』の体系の中から呼吸法や瞑想法などの一部を抜粋して活用することもできるが、本来的には部分に分割されない全体性の表現として、受け継がれ、受け渡されてきた。『道』の世界では、部分ではなく全体を大切にしているからこそ、自分自身の成長や人生を探求する『道』でもあるのだ。心を安定させることが体を安定させることに繋がる、というような『心身一如』の世界が前提として考えられている。だからこそ、『道』の世界や、体を介した美や芸術・芸能の世界は、医療になり得るのだ」

 

 これは、この読書館でも紹介した父の新著『礼道の「かたち」』の内容と通じています。思えば、わたしと同じ年齢の頃の父が師事していたのが、礼法家の小笠原忠統先生と心身医学者の池見酉次郎先生の2人でした。父は「礼」と「医」のあいだに共通項を見いだしていたように思います。
 同書の「むすび」では、「人間や社会のあり方を示す礼は、やはり人間の道と表現すべきです」として、父は以下のように述べています。

「人間の道は慎み深くし、和を貴び、互譲互助の精神をつくるということですが、儀礼はそのすべてを満たし、日本においては和の精神を涵養します。こうして育まれた和の精神こそ、現在、諸外国から日本が注目される理由です。東日本大震災や熊本地震のような事態に際しても、利己的な我を通すのではなく、互いに譲り合い、助け合えるのは、日本人が和の精神を持っているからです。他国にはほとんど見られないこの心を持つ日本を、他国は、和の民族として畏れ敬うのです」

 稲葉俊郎氏は「医療とは、人間の全体性を取り戻すものだ。芸術も、人間の全体性を取り戻すものだ。そして、体も心も命も、秘された全体性をもって生きているものだ」と述べています。そう、父のいう「和」とは稲葉氏のいう「人間の全体性を取り戻すもの」という言葉と同義語ではないかと思えてきます。わたしたちの社会は、表面にある違いを強調させて互いを分離させていくことよりも、深層にある共通性を発見して、互いの関係性を結ぶことこそが求められるとして、著者は次のように述べます。

「人はひとりでは生きていけない。赤ちゃんの時はもちろんそうだし、子どもも、大人、お年寄り、それぞれの生活状況に応じて、あらゆる人たちと関係性を結びながら、こうして生き続けてきた。生きているだけで、生き残ってきたということでもある。そのことは忘れやすいことだが、医療に携わっている自分にとっては極めて重要なことだ。いろいろな事情のために生きることいができなかった人たちの思いを受け継いで、『いのち』が光のように何重にも重なり合いながら、生きとし生きるものは、生きているのだ」

 

 これを読んで、わたしにとっての著者は、父にとっての池見酉次郎氏だったのではないかという思いが強く湧いてきました。
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    『なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?』(すばる舎)


 「おわりに」の最後には、「日々の生活の中で自分を日向でも日陰でも支え続けてくれた妻の幸江と息子の寿太郎、そして自分を生み育ててくれた両親や姉、親族や先祖のみなさまにも、感謝してもしすぎることはないくらい感謝しています」と書かれています。自分の「家族」に対する感謝の言葉は珍しくありませんが、その対象が「親族」や「先祖」にまで拡大された謝辞は初めて見ました。素晴らしいことです!
 拙著『なぜ、一流の人はご先祖さまを大切にするのか?』(すばる舎)では、「おかげさま」の考え方こそが「先祖を思う」ことにつながると述べました。そして、ここにこそ、「幸福になる」法則があると訴えました。
 先祖を想うことは、著者のいう「人間の全体性を取り戻す」ことにも繋がります。それは時間的な全体性であり、「いのち」の全体性です。わたしたちは、先祖、そして子孫という連続性の中で生きている存在です。遠い過去の先祖、遠い未来の子孫、その大きな河の流れの「あいだ」に漂うもの、それが現在のわたしたちにほかなりません。その流れを意識したとき、大いなる「感謝」のサイクルが始動して「幸福」への門が開きます。そして、「一流の人」が生まれるのです。本書の刊行によって、医療界に新たなる「一流の人」が誕生したことを心から寿ぎたいと思います。