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唯葬論(文庫版)』

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No.1516


 今年も残り少なくなりましたが、とても嬉しい出来事がありました。
 拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の見本が完成したのです。
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   『唯葬論』(サンガ文庫)


 『唯葬論』の単行本は、終戦70年の年である2015年の7月に三五館から出版されました。多くの新聞や雑誌の書評に取り上げられ、またアマゾンの哲学書ランキングで1位になるなど、かなりの反響がありました。しかし、2017年10月に版元が倒産するという想定外の事態が発生したのです。わたしの執筆活動の集大成と考えていた『唯葬論』ですが、同じく三五館から刊行された17冊の拙著とともに絶版になることが決まりました。当然ながら大きなショックを受け、わたしは意気消沈していました。それを知った鎌田先生が仏教書出版のニューウェーブとして知られるサンガの編集部に掛けあって下さり、このたびサンガ文庫入りすることになったのです。感謝の念でいっぱいです。
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   本書の帯


 『唯葬論』文庫版の帯には、中央部分に「問われるべきは『死』ではなく『葬』である! 博覧強記の哲人が葬送・儀礼のあり方を考え抜く・・・・・・途方もない思想書がついに文庫化!」というキャッチコピー書かれています。その右には鎌田東二先生が「弔う人間=ホモ・フューネラルについて、宇宙論から文明論・他界論までを含む壮大無比なる探究の末に、前代未聞の葬儀哲学の書が誕生した!」という過分な推薦文を寄せて下さいました。さらに左には、東京大学医学部附属病院循環器内科助教の稲葉俊郎氏が「人類や自然の営みをすべて俯瞰的に包含したとんでもない本です。世界広しといえども、一条さんしか書けません。時代を超えて読み継がれていくものです」との、これまた過分な推薦文を寄せて下さいました。感謝の念でいっぱいです。
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   本書の帯の裏


 帯の裏には「『唯死論』ではなく『唯葬論』」として、以下のように書かれています。

「わたしは、儀式を行うことは人間の本能ではないかと考える。ネアンデルタール人の骨からは、葬儀の風習とともに身体障害者をサポートした形跡が見られる。儀式を行うことと相互扶助は、人間の本能なのだ。これはネアンデルタール人のみならず、わたしたち現生人類の場合も同じである。儀式および相互扶助という本能がなければ、人類はとうの昔に滅亡していたのではないだろうか。わたしは、この本能を『礼欲』と名づけたい。『人間は儀式的動物である』という哲学者ウィトゲンシュタインの言葉にも通じる考えだ。礼欲がある限り、儀式は不滅である。(「文庫版あとがき」)より)」
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   カバー裏表紙の内容紹介



 カバー裏表紙には、鎌田先生の「解説」から取った以下の内容紹介があります。


「『唯葬論』は、〈宇宙論/人間論/文明論/文化論/神話論/哲学論/芸術論/宗教論/他界論/臨死論/怪談論/幽霊論/死者論/先祖論/供養論/交霊論/悲嘆論/葬儀論〉全18章の構成。「宇宙論」から「葬儀論」まで、自然学(形而下学)から形而上学までの全領域を網羅した優れた問題提起作である。柳田國男が戦後社会の心と家族と共同体の荒廃を予見し、それを何とか防ぐために警世・警醒にして経世の書である『先祖の話』を出したように、直葬や0葬に向かいつつある世の風潮に、『唯葬論』は、この書を『すきとほつたほんたうのたべもの』としてこの時代にお供えし供養したのである」

 『唯葬論』(サンガ文庫)の「目次」は以下のようになっています。

「はじめに―唯葬論とは何か」
第一章 宇宙論
人間は「宇宙の子」である
宇宙と人間
人間原理の宇宙論
宇宙から地球を見る
人類最初の宇宙人
死後の世界のシンボル
「月面聖塔」と「月への送魂」
第二章 人間論
ホモ・サピエンス
人類の起源について
ネアンデルタール人と現生人類
ホモ・フューネラル
唯心論と唯物論
共同幻想論
唯幻論
唯脳論
第三章 文明論
文明のシンボルとしての墓
さまざまな葬法
死者を弔うということ
故人再生ロボット
第四章 文化論
精神文化とシンボル
なぜシンボルが発生したか
迷宮に死者は住む
巨大な死者の存在
ピラミッドと迷宮
古代ギリシャの「死」の文化
葬儀が文化を生んだ
死の拒絶
第五章 神話論
死の起源の神話
『古事記』における死の起源
神話の力
第六章 哲学論
哲学・芸術・宗教
哲学とは何か
プラトンのイデア
ネオ・プラトニズムへ
ハイデガーの「死の哲学」
田辺元の「死の哲学」
死者との豊かな関係性の哲学
第七章 芸術論
芸術とは何か
「死の芸術」こそ芸術の起源
人類最古の音楽
音楽とは人間にとって何か
葬儀と音楽
ARTの本質とは
演劇としての葬儀
劇場国家のスペクタクル
第八章 宗教論
宗教とは何か
宗教の起源をめぐって
儒教という宗教
最高の死の説明者
人は死なない
神道と仏教と儒教
宗教にとって葬儀が一番大事
「宗教」から「宗遊」へ
第九章 他界論
死後の世界
地獄とは何か
天国とは何か
霊の住む処
天国の発見
常世論
日本人の「あの世」観
再会の約束
第十章 臨死論
臨死体験~死ぬとき心はどうなるのか
再注目される臨死体験
プルーフ・オブ・ヘヴン
天国は、ほんとうにある
死は最大の平等である
第十一章 怪談論
怪談とは何か
怪談百年周期説
慰霊と鎮魂の文学
『遠野物語』と怪談の時代
泉鏡花、金沢、柳田國男
村上春樹作品の怪談性
東日本大震災と怪談
第十二章 幽霊論
被災地で語られる幽霊談
戦後の沖縄でも幽霊は出た
「妖怪」と「幽霊」
幽霊の出現
葬儀と幽霊
幽霊づくりの方法
幽霊とホログラフィー
第十三章 死者論
「おみおくりの作法」
神秘学の考え方
死者をイメージする
死者の人生プロセス
物語から学ぶ死の真実
死者のゆくえ
埋葬から豊かな精神文化へ
第十四章 先祖論
祖先崇拝の論理
祖先崇拝と葬儀
祖先崇拝のシンボリズム
先祖供養と日本人
柳田國男と固有信仰
第十五章 供養論
供養の本質
盆は最大の供養行事
グリーフケアの文化装置
正月とクリスマス
供養装置としての仏壇
死者の救済史
死者への最高の供養
第十六章 交霊論
スピリチュアリズムの誕生
心霊研究の歴史
心霊主義とモダニズム
ショーと演劇
アンチ・スペクタクル
心霊写真とは何だったのか
交霊術としての読書
第十七章 悲嘆論
グリーフケアとは何か
人間の一番の苦悩とは
西田幾多郎の人生の悲哀
死者を思い出すという「誠」
仏式葬儀はグリーフケアの文化装置
「シャボン玉」と「ホタル」
東北の被災地へ
また会えるから
第十八章 葬儀論
儀式とは何か
葬儀をあげる意味
儒教と「人の道」
ヘーゲルが説いた「埋葬の倫理」
葬式仏教正当論
誤訳が生んだ葬儀無用論
インド仏教が衰退した理由
葬儀は人類の存在基盤
「おわりに―終戦70年に思う」
「参考文献一覧」
『唯葬論』文庫版あとがき
『唯葬論』解説(鎌田東二)
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   『唯葬論』(三五館)の「参考文献一覧」


 巻末の「参考文献一覧」には深い感慨があります。
 というのも単行本のときはページ数の関係もあって、膨大な量の参考文献を詰めて掲載し、非常に見づらかったのです。読者は「参考文献一覧」によって、新しい本との出合いを果たすことがあります。わたしは「これでは読者も読みにくいし、参考文献の著者の方々にも礼を失する」と申し訳なく思っていました。『儀式論』の担当編集者である弘文堂の外山千尋氏からも「『唯葬論』は良い御本ですが、あの参考文献一覧は残念ですね」と言われていました。今回の文庫版では参考文献は1行に1冊ずつ掲載し、非常に読みやすくなりました。
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   『唯葬論』(サンガ文庫)の「参考文献一覧」


 もう1つ、感慨深い出来事がありました。「文庫版あとがき」の最後に、三五館の社長であった星山佳須也氏、わたしの担当編集者であった中野長武氏の名前を謝辞として記させていただいたことです。前述したように、わたしは三五館から18冊もの著書を上梓しましたが、星山氏や中野氏への謝辞はまったく書かれていません。じつは、わたし自身はお二人に謝意を表明したかったのですが、「出版には営業スタッフなど多くの人間が関わっている。編集者だけが感謝されるべきではない」という星山氏の方針で固辞されてきたのです。正直、わたしには腑に落ちない部分もありましたので、文庫化によってお二人の名前を記すことができて感無量です。本書の出版は、わたしにとって、三五館の葬送儀礼となった気がします。
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   本書の出版は三五館の葬送儀礼でした


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   サンゴ館からサンガへ・・・いま、転生を果たす!


 最後の解説では、鎌田先生が慈愛あふれる一文を寄せて下さいました。

「『真球(まきゅう)あるいは『すきとほつたほんたうの食べ物』としての『唯葬論』」のタイトルで、その冒頭に「一条真也の『唯葬論』は、吉本隆明の『共同幻想論』(河出書房新社、1968年)や岸田秀の『唯幻論』(『ものぐさ精神分析』青土社、1977年)や養老孟司の『唯脳論』(青土社、1989年)のアンサーブック・カウンターブックとして書かれた、気迫に満ちた壮大な論理構成による理論武装した体系的な著作である。著者が自負する通り、これは一条真也にしか書けない運命・天命の書である」と書かれ、その後もなんと21ページにもわたって本書の解説を書いて下さっています。この渾身の解説を読まれるだけでも、本書を購入される価値はあると思います。
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   解説を書いて下さった鎌田東二先生と


 鎌田先生は解説の最後に、『儀式論』(弘文堂)とともに『唯葬論』が「『人類の未来のために』捧げられた聖なる供物である」と書かれ、「こころして 心の道に 歩み入る 天地人(あめつちびと)に 捧げる 本書(ふみ)と」、「人として 生まれて死ぬる 道行きを 祈り祭らふ こころと きみと」という2首の歌を詠んで下さいました。何度も書かせていただきますが、鎌田先生には感謝の念でいっぱいです。
 わたしも「文庫版あとがき」の最後に、「日の本の こころとかたち 守るため 天下布礼を さらに進めん」、「風吹けど 月は動かず われもまた 志をば 曲げずに行かん」という2首の道歌を詠みました。

 わたしは、葬儀とは人類の存在基盤であると思っています。約7万年前に死者を埋葬したとされるネアンデルタール人たちは「他界」の観念を知っていたとされます。世界各地の埋葬が行われた遺跡からは、さまざまな事実が明らかになっています。「人類の歴史は墓場から始まった」という言葉がありますが、たしかに埋葬という行為には人類の本質が隠されていると言えるでしょう。それは、古代のピラミッドや古墳を見てもよく理解できます。
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   『唯葬論』文庫版の帯を外すと・・・



 わたしは人類の文明も文化も、その発展の根底には「死者への想い」があったと考えています。人類は死者への愛や恐れを表現し、喪失感を癒すべく、宗教を生み出し、芸術作品をつくり、科学を発展させ、さまざまな発明を行ってきました。つまり「死」ではなく「葬」こそ、われわれの営為のおおもとなのです。わたしは本書で「唯葬論」という考え方を提唱しました。
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   クリスマスに発売されます!


『唯葬論』文庫版は、今日から10日後の12月25日、なんとキリストの生誕日とされる「クリスマス」の日に発売されます。クリスマスやサンタクロースの正体については、本書の「供養論」で詳しく述べています。聖なる日に転生を果たす本書が、1人でも多くの方々に読まれることを心より願っています。