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「ウルトラセブン」の帰還』

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No.1554


 『「ウルトラセブン」の帰還』白石雅彦著(双葉社)を読みました。
 この読書館でも紹介した『「ウルトラQ」の誕生』『「ウルトラマン」の飛翔』に続く第3弾で、かつてない綿密な考証で「ウルトラセブン」という日本特撮ドラマ史に燦然と輝く名作の背景を描いていた本です。著者は1961年秋田県生まれで、映画研究家、脚本家、映画監督。なんと、邪道のプロレスラー・大仁田厚の電流爆破デスマッチのスタッフでもあったとか。
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   本書の帯


 カバー表紙には夕暮れの街に立つウルトラセブンの雄姿を撮影した写真が使われ、帯には「放送開始50年! かくてヒーローは去った」「新事実多数の決定的ドキュメンタリー」「一次資料を徹底検討し、定説に挑む!!」と書かれています。
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   本書の帯の裏


 また帯の裏には、以下のように書かれています。

「圧倒的分析力!『そのとき何があったのか』を再構築する迫真のドキュメント!!」「『300年間の復讐』未制作の理由とは/『マイティジャック』の意外な余波。/『ノンマルトの使者』の伝説に迫る。/視聴率低下の本当の理由とは?」「新発見の資料を総合することから見えてくる"歴史的事実"。」

 さらにカバー前そでには、以下のように書かれています。

「大成功を収めた『ウルトラマン』から半年を経た1967年10月1日、待望の『ウルトラセブン』がテレビに姿を現した。子供達は大喝采で迎え、金城哲夫をはじめとする若きスタッフも自信満々であった。しかし一人の人物が、作品の先行きに危惧を抱いていた・・・。前作2冊でファンの度肝を抜いた著者が、ついにシリーズ最高の人気作に挑むドキュメンタリー第3弾。豊富な一次資料を駆使し、同時代の視点で、制作過程を再構築する。かくてウルトラセブンは朝焼けの空へ飛び去った」

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「まえがき」
『ウルトラセブン』放送リスト
各局視聴率の変遷
第一部 レッドマン再び
第二部 セブン飛び立つ
第三部 下がり続ける視聴率
第四部 ウルトラセブンの帰還
「あとがき」
参考資料

 この読書館でも紹介した『タケダアワーの時代』で紹介した本にも書かれているように、『ウルトラQ』『ウルトラマン』『キャプテンウルトラ』に続くウルトラシリーズ第4弾として、『ウルトラセブン』は昭和42年10月1日から昭和43年9月8日まで、全49話が放送されました。宇宙の侵略者から地球を守るウルトラ警備隊と、ウルトラ警備隊をはじめとした地球人に協力するウルトラセブンの活躍を描いた物語です。自然現象の一部としての怪獣出現が主なテーマだった『ウルトラマン』に対し、本作では明確な侵略の意図を持った知的生命体=宇宙人との対立が物語の中心となりました。つまり、「怪獣から宇宙人へ」のシフトです。

 現在では『ウルトラセブン』を「ウルトラシリーズの最高傑作」と呼ぶ人が多いのですが、当時の評価はそれほど高くありませんでした。『タケダアワーの時代』で、映画監督の河崎実氏は以下のように述べています。

「満を持してはじまったのが『ウルトラセブン』だが、当時は昨今の多大な評価とは違って、『「ウルトラマン」に比べると暗いなあ』『「ウルトラマン」をまたやればよかったのに』という声が多かったのだ。宇宙人が主体の設定だから仕方ないが、派手な話が少ない。『ウルトラマン』のような素晴らしいローテーションを組みようがないのだ」
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   モロボシ・ダンからウルトラセブンへ変身!

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   ウルトラセブン参上!


 本書の「まえがき」でも、著者が次のように述べています。


「結論を先に記すと、『ウルトラセブン』は本放送当時、『ウルトラQ』『ウルトラマン』ほどの人気番組には成長しなかったが、その後、再放送を通じて、ハードな世界観を理解できなかった当時の子供達(筆者も含めてだ)も楽しめるようになっていく。そして70年代後半、第一期特撮評論家の諸氏が『ウルトラセブン』の魅力を書籍、ムックを通じて発信し始め、現在につながる評価を与えたのである。結果、『ウルトラセブン』をシリーズ最高傑作と位置づけるファンも多い」

 第一部「レッドマン再び」では、「宇宙ブーム」として『ウルトラセブン』放送当時の時代背景が以下のように説明されています。

「『ウルトラセブン』が放送された67年は、NASAのサーベイヤー計画(無人月探査計画)が実行中で、4月20日サーベイヤー3号が、9月11日サーベイヤー5号が、11月10日サーベイヤー6号が、嵐の大洋、静かの海、中央の入江に軟着陸を成功させている。ソ連はと言えば、10月18日、べネラ4号が金星に観測カプセルを投下、軟着陸を成功させている」

 続けて、著者は以下のように述べています。

「宇宙への関心が高まっていく中、アメリカ三大ネット局のCBSは、65年9月15日『宇宙家族ロビンソン』を放送開始、翌66年9月8日からはやはり三大ネットワークのNBCが『宇宙大作戦』を送り出している。この2本は日本でも放送されたが、当時、人気を集めたのは『宇宙家族ロビンソン』の方で、TBS土用夜8時からの1時間番組だった。円谷プロは、67年1月の段階で、『快獣ブースカ』の後番組として『宇宙漂流記』という企画を日本テレビに提出している」

 『ウルトラマン』の後番組として、疲弊した円谷プロに代わって東映が日曜夜7時のタケダアワーに提供したのが『キャプテンウルトラ』でした。「宇宙特撮シリーズ」として制作した国産初の本格スペースオペラ作品で、昭和42年4月16日から9月24日にかけて全24回にわたって放映されました。
 作品コンセプトは、『ウルトラマン』の後続企画『ウルトラ警備隊』から引き継がれましたが、ウルトラマンという巨大ヒーローの魅力を知ってしまった子どもたちはキャプテンウルトラという等身大のヒーローには満足できず、人気は出ませんでした。「『ウルトラマン』の夢よ、もう一度」ということで登場したのが、再び円谷プロが製作した『ウルトラセブン』だったのです。

 『ウルトラQ』で誕生し、『ウルトラマン』で火がついた怪獣ブームは、この67年、まさに絶頂期を迎えていました。テレビ、映画、アニメで、怪獣関連の作品が雨後の筍のように現れたのです。
第二部「セブン飛び立つ」で、以下のように説明されています。

「まずは4月5日からフジテレビで、東映京都制作の『仮面の忍者 赤影』が、16日からは"ウルトラシリーズ第3弾"となる『キャプテンウルトラ』、日本テレビからは8月1日、宣弘社制作の『高速エスパー』が、8月3日からNETで、東映東京制作の『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』が、『ウルトラセブン』放送開始の翌日には、フジで日本特撮株式会社制作の『怪獣王子』が、同月11日からは、NETで東映東京制作の『ジャイアントロボ』が放送を開始している」

 それにしても、なんという豪華なラインナップでしょうか。当時のわたしは、それらのすべてを夢中になって観た記憶があります。本当に夢のような時代でした。


 斜陽期の映画界も、老舗の東宝以外の4社、つまり邦画大手5社がすべて、"怪獣もの"に手を染め、興行収入の確保に躍起となりました。
 その様子が以下のように説明されています。

「まずは大映と松竹が3月15日と25日に怪獣映画を公開している。ガメラシリーズ第3弾となる『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』と『宇宙大怪獣ギララ』である。4月22日は日活が『大巨獣ガッパ』を、本家東宝は7月22日に『キングコングの逆襲』を、12月16日にゴジラシリーズ第8弾の『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』を公開している。なお、『キングコングの逆襲』の同時上映は、テレビ版を再編集した『長篇怪獣映画ウルトラマン』であった」

 ちなみに『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』は、わたしが生まれて初めて観賞した劇場映画です。小倉の映画館に父が連れていってくれました。

 しかし、日本中の子どもたちを巻き込んだ空前の怪獣ブームも67年にピークを迎えた後、さすがに68年に入ると陰りが見え始めました。第三部「下がり続ける視聴率」で、以下のように説明しています。

「前年、ブラウン管を賑わした特撮番組は、この年に入って軒並み終了していく。『高速エスパー』(1月23日終了)、『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』(1月25日終了)、『怪獣王子』(3月25日終了)、『仮面の忍者 赤影』(3月27日終了)、『ジャイアントロボ』(4月1日終了)といった具合にだ。映画も大映はガメラシリーズ第4弾となる『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』が3月20日の公開、東宝はゴジラシリーズ第9作の『怪獣総進撃』(8月1日公開)があるのみだった」

 この頃、怪獣の代わりにクローズアップされ始めたのは妖怪でした。

「東映が前年制作した『悪魔くん』が呼び水となって、原作者の水木茂に注目が集まり、東映動画(現・東映アニメーション)は水木の原作で『ゲゲゲの鬼太郎』を制作、大ヒットとなった。マスコミも『怪獣の次は妖怪』と、水木のブームを妖怪ブームと呼称し人気をあおった。それをいち早く察した大映は、『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』の同時上映に『妖怪百物語』を当てた。大映は同年12月14日、シリーズ第2作となる『妖怪大戦争』を製作。同時上映は楳図かずお原作の『蛇娘と白髪魔』という盤石の二本立てを実現し、翌69年3月21日には、シリーズ最終作となる『東海道お化け道中』が、『ガメラ対大悪獣ギロン』と同時上映された」

 つまり、妖怪ブームは、怪獣ブームほどの盛り上がりを見せず、1年ほどで終焉してしまったわけです。続けて、以下のように説明されています。

「68年はテレビ映画の世界でも、10月4日からNETで『河童の三平妖怪大作戦』、翌5日にはフジで『バンパイヤ』と、『ウルトラセブン』終了後、ブームに乗った作品が登場する。円谷プロにしろ『ウルトラセブン』の後番組は、『怪獣大作戦』であり、9月15日、前記作品よりも早く放送を開始、翌年の3月9日、ブーム終焉と呼応するように放送を終えている」

 しかし、『ウルトラマン』の製作で膨らんでいた円谷プロの赤字は、『ウルトラセブン』によってさらに大きくなりました。毎週テレビで新しい怪獣を登場させるのは莫大な経費がかかったのです。そこで、『ウルトラセブン』の後は「脱・怪獣」ということで、怪獣の登場しない『怪奇大作戦』が昭和43年9月15日から昭和44年3月9日まで全26話が放送されました。現代社会に発生する謎の科学犯罪に挑戦する「SRI」(Science Reseach Institute)、科学捜査研究所)のメンバーたちの活躍を描いたドラマで、毎回描かれる怪奇現象に子どもたちは震えあがりました。それらの怪奇現象は、実際は人間の手によって引き起こされた科学犯罪でしたが、その背景には社会に疑問を投げかけるような重いテーマも多かったです。

 第四部「ウルトラセブンの帰還」では、『ウルトラセブン』の最終回で、子どもたちはもはやセブンと戦うゴース星人や怪獣パンドンなど見ておらず、セブンしか見ていなかったことを指摘し、著者は以下のように述べます。

「子供達は知っている。次回作ではもう怪獣も宇宙人もスーパーヒーローも登場せず、この戦いが"ウルトラ"とのお別れだということを。熱狂的な怪獣ブームと、それが潮の引くように沈静化していく様子を目の当たりにした当時の子供達は、そんな思いで番組を観ていたのではなかろうか? 筆者はあの頃をリアルタイムに体験した世代だ。1つの時代の終わり、その事実を、筆者は怪獣ブームの終焉で知ったような気がする。そしてそれはもちろん、『ウルトラセブン』のスタッフが、一番身近に感じていたことだった」

 著者は、最終話をはじめ、『ウルトラセブン』の監督を務めた満田穧の言葉を紹介しています。

「毎日スケジュールを消化していくでしょう。するとだんだん終わりが近くなっていくんですよ。次は『怪奇大作戦』って決まっていたでしょう。それはウルトラマンだの怪獣だの宇宙人は出ない。だからもう二度とこういうものは監督できないんだな、と思って淋しいんですよ。確実に1つの時代の終わりというのは感じていたし、2年後に『帰ってきたウルトラマン』が始まって、また怪獣ブームが起こるなんて考えてもみなかった。だから『ウルトラセブン』の最終回を撮り終えるということは、古い言葉で言うと"今生の別れ"というやつでしたね」

 この満田監督の想いは最終話「史上最大の侵略」に見事に反映され、『ウルトラセブン』の最終回はセンチメンタルな空気に包まれました。
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   『帰ってきたウルトラマン』第18話「ウルトラセブン参上!」より


 そして、「あとがき」で、著者はこう述べるのでした。

「ウルトラセブンは『帰ってきたウルトラマン』のイベント編、第18話『ウルトラセブン参上!』に登場、子供達に至上の喜びを与えたばかりか、テレビシリーズにおけるウルトラ兄弟誕生の礎となった。このように、『ウルトラセブン』は本放送よりも、むしろ再放送以降に注目された作品であり、筆者はあおの流れをつぶさに見てきた世代なのだ」

 子どもの頃、わたしは再放送も含めた「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」に夢中になりました。小学館の学習雑誌で「ウルトラセブンは宇宙で一番強い」という記事を読んだことがあり、それ以来、ウルトラセブンはわたしにとって最大のスーパーヒーローでした。本書を読んで、『ウルトラセブン』という名作ドラマの背景を知ることはもちろん、当時の怪獣ブームの流れを俯瞰出来て嬉しかったです。著者には、次はいよいよ、わたしの趣味嗜好に多大な影響を与えた円谷プロ製作の超名作『怪奇大作戦』についてのドキュメンタリーを書いていただきたいです。