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宗教 原始形態と理論
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宗教 原始形態と理論』

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No.1255

 

  『宗教 原始形態と理論』W・R・コムストック著、柳川啓一訳(東京大学出版会)を読みました。著者はアメリカの宗教学者で、本書は1972年にニューヨークで出版されました。日本では、東京大学出版会の「UP選書」の1冊として、1976年に刊行されています。この読書館でも紹介した『宗教学とは何か』『祭と儀礼の宗教学』の著者である宗教学者の柳川啓一が翻訳しています。

 本書の目次構成は以下のようになっています。

 

第一章 宗教研究の方法

第二章 宗教の定義

第三章 儀礼と神話

第四章 神話の解釈

第五章 未開社会の宗教―ヌエル族とディンカ族―

第六章 宗教の歴史的諸形態

「注」

「参考文献」

「訳者あとがき」

 第一章「宗教研究の方法」には、「研究者の当惑」が書かれています。

 

「祝祭、絶望、倫理的な活動、神秘的な隠棲、積極的な社会活動、静かな修道生活、瞑想、動物供犠、苦痛と畏れで一杯の儀式、希望の表象、恐怖の象徴、生命の謳歌と死との葛藤、創造的な生長、思想をともなわない迷信、などなど、これらすべてが宗教と呼ばれる現象の中に含まれている。こんなに多方面にわたる現象を、合理的な方法論に基づいて研究し、信頼するに足る知識を得ることは一体可能であろうか。一瞥しただけでも、とても無理なように思える」

 また、「宗教の起源について」では以下のように書かれています。

 

「19世紀には、人類学者、古典学者や言語学者の多くが、自然神話学派と呼ばれる研究方法を主張した。この学派によれば、世界の諸宗教のもつ偉大な象徴は、太陽、月、星、嵐、四季などの自然現象を人格化したものである。原始宗教に関わりをもつ人々は自然の力のうちどれが優位を占めていたかについて論争した。ある人々は、太陽神話が最も大切で、原始時代の儀礼や神話は、主として人間と太陽との関係を示していると主張した。この場合の代表的学者として、インド・ヨーロッパ語研究の先駆者マックス・ミューラー(Max Muller)があげられる」

 人類学の分野では、先駆者の1人に、タイラー(Edward Tylor)がいます。著者は以下のように書いています。

 

「タイラーは、宗教は非物質的な霊魂への信仰に由来しており、これらの霊魂は、石、木、動物、人間の身体などの中に宿っているが、ときにはこれらの物体から独立して存在することもできると説き、これらの超経験的霊魂または精霊の存在の信仰を示す語として、ラテン語のanima(「霊魂」)からとったアニミズム(animism)という言葉を作った。タイラーは、さらにこの信仰の起源を夢にもとめた。たとえば、ある人が、最近死んだ友人の夢をみるとする。この夢のなかで、その友人は、肉体(の死)とは無関係に、霊魂として生き続けているかのように思われる。このような夢の経験によって、人間は、宗教的信念の基盤としての霊的存在が実在する領域があることを確信するようになったという」

 タイラーに続き、哲学者ハーヴァート・スペンサーの名が挙げられます。

 

「哲学者スペンサー(Herbert Spencer)の理論は、タイラーのアニミズムによく似ている。彼は、宗教の起源は、祖先への崇敬にあり、その祖先崇拝は夢の経験に起源する精霊の信仰と結びついているとした。人間は自分の祖先の霊魂を神にするのだと説いたスペンサーの見解からいえば、『祖先崇拝は、あらゆる宗教の根元である』ことになる」

 「社会学的学説と心理学的学説」では、まず社会学的な宗教研究について言及しています。

 

「社会学的な宗教研究の典型には、デュルケム(Emile Durkheim)の研究があるが、彼は科学としての社会学を展開させた先駆者であった。デュルケムは『宗教生活の原初形態』の中で、人間の文化には宗教的な思考と行動の体系が浸透しているのであって、宗教的思考行動様式は誤った認識の結果であるとか、ただ架空のことばかりであるとは考えられないという。デュルケムは、逆に、人間は、宗教においてきわめて現実的な経験的事象を処理していると考えた。経験的事象とは人間の社会であり、人間の社会は、人間関係のあみの目としてあらわれる具体的な人間経験の次元に存在し、かつ個々人にたいしてはその社会生活の形を決める『しきたり』を課するものである。したがって、社会は、個人的な好みに反する行動を個々の人間に要求する力として、個人と対峙する場合が少なくない。しかもなお、人間は社会に『つくられたもの』であるから、人間は自己の個人生活を共同体全体の生活に合致させなければならないことを知っている。デュルケムは、人間が社会化過程を達成するためにとるさまざまな手段の1つが宗教であるとのべた。宗教的象徴は、それを用いる信者にとっては超自然な力の領域に関するものであると考えられているが、実際には、社会と、社会の個人にたいする要求に関するものなのである。神の法は、その社会における最も重大な法律である」

 デュルケムにとって、トーテミズムこそは宗教の社会的性質のみならず、その社会的起源をはっきりと明示するものでした。彼は、トーテムの像は社会的集団を顕現するものであると同時に、人々を支配する特定の神々や精霊にたいする信仰を生むものであると確信していたのです。 他方で、ジークムンド・フロイト(Sigmund Freud)は、心理学的な要素を強調する宗教理論を広めました。

 宗教学の研究には、さまざまな方法があります。 宗教学者は、宗教的行為の記述、および宗教の意味の解釈の2つに重点を置いて研究を進めていますが、著者はそれを進めて宗教研究には以下の5つの方法があると述べました。

 

「まず第一に、〈心理学的〉な見方である。人は性欲の充足、友情、仲間の認知、威信と権力、自己の生命の重要性と価値感など、さまざまな『欲求』を処理するさいに、それぞれ個人的な問題に直面する。心理学者は、人がこれらの問題と取りくむ場合に、宗教的象徴や宗教行動が、どのように個人を助け、あるいは抑圧しているか、研究してきた」

「第二の視点は〈社会学的〉な見方である。社会学者が研究の基礎単位としているのは、個人の人格ではなく、社会という共同集団に人々を結合させている人と人とのさまざまな関係の組織網である。社会学者は社会の次元における多くの関連問題の解決にあたって、宗教がどのように作用しているかを研究する」

「第三の方法は、〈歴史的〉研究方法である。心理学的方法および社会学的方法は、特定の時点に限って、宗教が個人の人格あるいは個人が属している社会においてどのような機能を果しているかがその主たる興味となるため、非歴史的になりがちである。しかし、人間が生活している世界は、一連の時間的変化を経験して来ている。そこで、歴史学者は、人間の行動を様々な形態の生命が生成し、消滅する過程の中に置いて研究する。歴史学者は、究極の原因を求めることはしないけれども、その関心は、現に存在しているものだけではなく現存の形態がなぜ現在の形をとるに至ったのか、その歴史的展開に対しても向けられる。

「第四の方法は、宗教形態を比較する〈比較現象学的〉方法である。ここでいう宗教形態とは、それ自身明確な固有の構造を持ち、他の宗教現象と比較され対比されることができる特定の宗教的現象をいう。宗教形態には、例えば天地創造に関する物語のような特定の神話、動物供犠の儀式のような特定の儀式、あるいは巫女や祭司のような特定の宗教的職業の従事者などがある。比較研究の方法では、1つの宗教的伝統について特定の形態を調査し、つぎにこの形態とこの形態に類似しているその他の宗教的伝統における形態とを比較する」

 そして、第五の研究方法は〈解釈学的〉ないしは記号学的方法とでもいうべき研究方法です。社会学者や人類学者は、文化を研究するには、その象徴的表現を見失わないことが重要であると強調しました。たとえばウェーバーは、社会を「意味の体系」とみなして研究したのです。 さらには、この読書館でも紹介した『人間』の著者である哲学者エルンスト・カッシーラーの名も挙げます。

 

「カッシーラー(Ernst Cassirer)やランガー(Susanne Langer)などの哲学者は、人間の文化は象徴的形態がそれを通して表出される媒体であり、またそれを解釈することこそ学者の義務であると考えて、文化の研究を進めた。カッシーラーは、特定の神話など個々の形態にはあまり関心をもたず、むしろ個々の神話がその形式に従って表われる『神話的思考形式』のような一般的な象徴構造の問題に深い関心を寄せた」


 

カッシーラーの『人間』は、拙著『唯葬論』(三五館)でも引用しています。 さらに象徴の研究は専門化し、フランスの人類学者レヴィ=ストロースの構造主義でも取り上げられました。著者は以下のように述べます。

 

「レヴィ=ストロースは、宗教的な神話や儀礼は盲目的な感情やとりとめのない想像の表現などではけっしてないと確信していた。彼によれば、神話や儀礼は文化のあらゆる要素の間に整合的秩序と緊密な相関関係を保つための類型と構造を示していると確信した」

 

 第二章「宗教の定義」では、まず「宗教の語義」が問題となります。著者は、宗教(religion)という語の語源について以下のように考察しています。

 

「W・C・スミス(Wilfred Cantwell Smith)は、その著書『宗教の意味と目的』(The Meaning and End of Religion)の中で、この言葉の歴史を説明している。英語のreligionは、ラテン語のreligioから出ている。古代帝国時代のローマ人は彼らの神々に対して数多くの儀式をとり行なったが、これらの儀式は、まず個々の家族、ついでより広い親族集団、後には国家の行事とされるようになった。ローマ人は神は『適当な尊敬』(debitas honores)を受けるべきであるというきわめて強い義務感をもっていた」

 続いて、著者は以下のように非常に興味深い事実を述べます。

 

「儀式そのものもreligioと呼ばれていた。ラテン語のreligioという言葉は、儀礼や、特定の慣習の外面的な遵守という意味をわからずにもっていた。それは、恐らく、ローマ人がわれわれなら聖なるものと呼ぶものを、神像とか擬人的な「神」として捉えるよりもむしろ規格化された一連の行為としてとらえたという彼ら固有の特質に関連している。・・・・・・そこでは特定の神のreligioが、その神の社において伝統的な祭式を示すことになったのであった」

 

 これは、わたしもまったく知りませんでした。 こんな大事なことが書いてあるから、読書はやめられません。

 

 著者は、ドイツの哲学者・宗教学者であるルドルフ・オットーの思想に言及し、この読書館でも紹介したオットーの主著の『聖なるもの』での中で「神聖性」ないし「聖なるもの」の体験の特徴として挙げた3つの特質を紹介します。

 

「第一は恐ろしいという感情につながる『畏怖』(tremendum)および、圧倒的な力を示し促されているという感情を含む『壮大』(majestas)の感覚である。第二は神秘(mysterium)で、これもまた神聖性の体験には必ず浸透している不可思議と幽玄の感覚を示している。最後に、聖なるものの体験は魅惑(fascinans)の要素を持っている。これは究極的な価値に向う動きに加わる感じであるという。聖なるものの体験の感情は、このように反対感情が両立するような構造をもっている。神秘と畏怖(mysterium tremendum)は脅迫や反撥という消極的な効果を特徴とするが、これと同時に、魅惑の感情が接近と希求という積極的な運動を促進する。オットーは特にこのような体験を表わすために『ヌミノーゼ』という単語を用いた」

 さらに著者は、オットーのいう「ヌミノーゼ」について以下のように述べます。

 

「オットーはヌミノーゼが情緒であるとは言わなかった。しかし多くの人類学者は―必ずしもオットーの学説に従っているわけではないが―、この種の激しい情緒的反応の中に、人間文化のうち特に宗教と言われるものを定義する手懸りを得た。たとえばローウィ―(R.H.Lowie)は、宗教的反応は『驚愕と畏敬であり、その原因は超自然的なもの、異常なもの、不思議なもの、神秘的なもの、聖なるもの、神のようなものにある』と言う。ラディン(Paul Radin)は、宗教は『歓喜、昂揚および畏敬の感情および・・・・・・内面に向う感覚に完全に沈潜すること』であると言っている。またゴールデンワイザー(Alexander Goldenweiser)は、『宗教的な興奮』という言葉を使っている。 他方、聖なるものは、一種の人間行動ないし文化的行為であると考えることもできる。ギアツ(Clifford Geertz)は、『象徴の諸形態の構成、理解、利用は、何ごとにもまして社会的な行為である。これらは結婚と同じ位公開的で、農業と同じ位観察可能である。』という見方をしている」

 さて、著者は「宗教の定義」の難しさについて以下のように述べています。

 

「聖なるものを指標とする宗教の定義は、さらにむずかしい問題を含んでいる。聖なるものの感情と、その他の驚きとか尊敬とかの感情とを区別することがきわめて困難であることのためである。W・ジェイムスはじめ、多くの心理学者は、『宗教的感情』という特別の感情の存在を疑っているし、すぐれた人類学者たちが、聖と俗の区別は曖昧なものであると考えている」

 

  人類学者のウォーレス(Anthony Wallace)は、儀礼的行動を強調して、宗教とは、「神話によって合理化された儀礼の全体であって、それは超自然的な力を人間および自然の状態の変化を実現ないし妨害するために動員するものである」と定義しています。この定義など、わたしには最もしっくりきます。

 第三章「儀礼と神話」では、儀礼の本質について述べられています。

 

「儀礼は、文化全般、とくに宗教においてきわめて普遍的であり、かつ深い意味をもつので、儀礼を詳細に考察しないと、文化や宗教を正しく理解することはできない。ロス(Ralph Ross)の定義によると儀礼は『形式に従った儀式(ceremony)の実演であり、一般に特定の機会に全く同じやり方で繰り返される』ものである。この定義は、儀礼の2つの重要な特色、すなわち、行為のきわだった『形式』と、その定期的な『反復』とを強調している。しかし、『儀式』(ceremony)という言葉は、広い意味に解釈すべきであって、手の込んだ公的な儀礼もさることながら小さな社会単位で行なわれる簡単な動作、例えば、食事の前に家族が互いにお辞儀をかわすこととか、2人の友人が出会うと握手をすることなどの所作をも含んでいると考えるべきである。さらに、儀礼は神々や超自然界に関わる聖なる祭典と結びつけて考えられがちであるが、世俗的、あるいは非宗教的な儀礼もあるということを忘れてはならない。例えば、或る共同体でかつての英雄がきまった朗唱やその他の象徴的な行為によって定期的に記念されあるいは祝福されるというのは、世俗的儀式の一例である」

 一方、著者は神話についても以下のように述べています。

 

「英語のmyth(神話)という言葉は、ギリシア語のmythosからきているが、mythosは字義通り『物語』という意味で、元来、神々についての多くの物語を指して用いられていた。しかし―哲学者は合理的な『ロゴス』ないしは哲学的思想の名の下に、キリスト教神学者は信仰の名の下に―ギリシア宗教の『物語』(ミュトス)を捨ててしまった。その結果、myth(神話)という言葉は、西洋においては侮蔑する意味内容と結び付けられ、通俗的な言葉づかいでは殆んど、『真実でない』、『虚偽の』または『ばかばかしく空想的』などと同義語になってしまった」

 著者は「儀礼の重要性」として、神話と儀礼の関係について述べます。

 

「神話は、すでに指摘したように、通常の場合儀礼と関連がある。この『関連』が正確にはどのような性格であるかが、研究者の注目を惹いたものであった。このことに関して、儀礼と神話とは本質的な相関関係のあるもので、1つの文化における神聖な神話はつねにその文化における儀礼の言葉による表現、解釈になっているという理論が行なわれている。一部の極端な説では、つねに儀礼が神話に先行するという因果関係が成立していて、本来神話はその文化の基礎にある儀礼行為の言語的表現とみなすべきであると主張されている」

 また、神話と儀礼について、著者は以下のようにも述べています。

 

「神話と儀礼とは、すべての文化において、互いに影響し合っている。時間的に一方が先にあって他方がでてきたという仮説は、不必要でしかも確証不能である。要するに、この理論は、実証的な調査よりも先験的な説明といえる」

 

「事実に基づいて言うならば、儀礼が神話の『原因』であるとか、または逆に、神話が儀礼の『原因』であるという仮説を普遍的に一般化することは不可能である。神話と儀礼との関係は、むしろ、複雑な相互依存の関係であって、それは相異なった文化においては、あるいはまた同じ文化においても異なった時期には、異なった構造をもつものである」

 そして、著者は以下のように「儀礼の重要性」について述べます。

 

「儀礼は、宗教的文化的諸現象の中でもとくに強調すべきものであり、その重要性を低く評価する誤りよりは、むしろ儀礼を過大評価する誤りの方が好ましいくらいなのである。西洋の知識人は、文化や生活の中の観念的要素を重く考える習慣の中で育っているので、儀礼という現象を軽視する傾向がきわめて強い。したがって、宗教現象を考察するときにも、まず第一に宗教の思想的内容を重視し、その民族ないし宗教集団の『信仰』を知ろうとする傾きがある。もっと幅広い経験によって研究対象の枠が拡げられて、神話やその他のイメージなど、より『具体化』された要素を含むようになっても、宗教のありかたはこれらの観念的要素に対する信仰であると考える傾向から抜けきれない。彼らがどのような神話を信じているかによって、人々の宗教的な存在論の本質を明確にしたがる傾向がある。儀礼を重視するならば、或る宗教のありかたが決定されるにあたっては、観念的要素と同じように、いや観念的要素以上に、行為、行動、活動などが重要な要素であることを明らかにすることができるのである」

 そして、ともに「religio」を語源とする宗教と儀礼の関係はどうなのか。 著者は、宗教と儀礼について以下のように述べています。

 

「宗教の主要な現象は、儀礼である。儀礼は、宗教の活動面であり、それは切れる刃である。信仰は―それが朗唱されるときは儀礼の一部ないしそれ自体儀礼ではあるが―儀礼行動の活力を説明し、合理化し、解釈し、方向づけるためにある。儀礼と信仰とは、発生的にどちらが先行するかという問題ではなく・・・・・・人間行動を観察するかぎり、共存している。儀礼が制定され、ついでそれを説明するために神話が創作されるということは、たとえあるにしてもきわめて少ない。儀礼の優位は構造上の問題であって、ナイフの刃が柄よりも、鉄砲の銃身が銃床よりも優位にあるのと同じように、儀礼は構造上神話よりも優位に立つ。宗教が目指していることを実施するものは、儀礼なのである」

 「宗教の生理的・心理的機能」では、儀礼について述べています。

 

「儀礼は、社会秩序を代表し、記述し、維持するだけでなく、社会秩序の形成と発展に資するものである。儀礼は、適応的機能を持ち、さらに構造的機能をも持つことができる。儀礼は、公けの役割を引受ける機会を与えることによって、この役割を解釈し変更する機会を与え、さらにすすんで社会の秩序を再構成する機会を与えるのである」

 さらには、神話と儀礼の持つ機能について、以下のように述べています。

 

「最後に、われわれは、儀礼および神話に『宥和的』(mitigative)機能を見出すことができる。これは、微妙なものではあるが、社会の統一を促進するうえで、おそらく大きな価値を持っている。儀礼や神話という間接的な表現をとらなくても、社会関係の事実は明白かつ率直に表現すればよいではないかという疑問を出す人があるとすれば、この人が正直であることを示しているが、同時にこの人は人間的な感情に対する敏感さに欠けていることを示している。孔子が指摘したように、儀礼は、当事者の敏感な自我を保護する緩衝器の役割を果たすのである。たとえばある人が他の人よりも出世するという不愉快な事実を、両者の気分を損わずに両者に受け入れられるような仕方で言うことができるようにするのである。真理の鋭い刃は、儀礼の遊びの多い複雑さによって宥和される。ファースが指摘しているように、儀礼をもってすると、通常の言語に比べて、『それほど直截でなくそれ以上に迂遠で、それ以上に身振り手振りの多い仕方で』、『陳述』を行なうことができるのである」

 儀礼と神話は、人間にとって、どのような意味ががあるのか。 「宗教の深層心理的機能」では、以下のように書かれています。

 

「儀礼と神話を媒介として、人間は、自分の生活の決定的な矛盾を犯す危険を避けて、説明も容認もできない要素に意味を持たせることができるようになる。それでも彼の苦しみは、激しく悲痛なものだろうが、最終的には何とか耐えることのできるものになる」

 さらには病気を治すような儀礼も存在します。著者は述べます。

 

「特に病気治療を目的としない儀礼でも、それは一般にレヴィ=ストロースの描写しているような機能を果たしている。ほとんどすべての神話には、闘争と敗北の記述があり、儀礼には、苦しみと犠牲の要素がある。これらの形式に参加することによって、当事者は自分が悲劇に出会うときのための準備をする。彼は、自分の試練を逃がれないし、逃がれるふりもしない。しかし、苦しみは、より広い秩序あるパターンとの結合によって和らげられる。難儀なこの世からの疎外は、超克される。苦しんでも、人間はまだこの世に属しているのである」

 そして、著者は神話について以下のように述べています。

 

「神話は、人間の共通の運命である出生、欲情および死による敗北の物語である。神話の究極的な目的は、世界の白日夢的な倒錯ではなく、世界の根本真理の真面目な表出であり、道徳的な志向であって、逃避ではない」

 第四章「神話の解釈」では、アラスカのすぐ南に居住するチムシアン・インディアンの神話である「アズディワルの物語」が取り上げられ、著者は次のように述べています。

 

「ユングは、神話や夢に表われる多くの象徴は、人類の集合的無意識の一部分を成す原型の形象であると考えた。ユングによれば、これら原型の形象は、事象や精神力の共通類型を現わしており、その共通類型にはすべての人間が包括されている」 「他方、エリアーデは、神話は神々の神聖な世界と人間の世俗の世界とが根本的に結合している、という確信を表わすために、文字のない社会や古代の文明において語り伝えられている例示的な神聖な物語であると看做している」

 いったい、神話とは何なのか。著者は以下のように述べます。

 

「神話は、要するに、宇宙の始めの時に起ったことに関する『真の歴史』であって、それが人間行動の原型を与えるのである。神や神話的英雄の模範的な行為の『真似をする』ことによって、あるいはただその冒険談を繰返すことによって、昔の社会の人々は、世俗の時間から離れて、魔法にかかったように『大いなる時間』、つまり聖なる時間に入り直すのである」

 第六章「宗教の歴史的諸形態」では、さまざまな宗教が取り上げられますが、その中で著者はギリシアの宗教に言及し、以下のように述べます。

 

「古代文明から目を転じると、ギリシア人の宗教が特に注目される。ギリシア人は素晴らしい文明を産みだしたが、それが西欧文明に与えた影響は、その繁栄期における物質的な実力よりもさらにはるかに大きなものであった。ギリシア文明は、文明とは道理と人道に適った人間生活を養成する社会形態である、という理念を策定した点でことに重要である。トインビー(Arnold Toynbee)がいうように、『文字通りに解釈すると、「文明」(civilization)という語は、ギリシアやローマの都市国家の市民(ラテン語でcivis)が作り上げた文化と同じような文化を作ろうとする営みという意味であるはずである』」

 また、古代ギリシアの宗教について、著者は以下のように述べます。

 

「古代ギリシアの宗教は、プラスギ族という土着民の宗教と北方から侵入してきた征服民の宗教との融合の産物である。西欧の学生諸君がよく知っているギリシアの神々の名前の背後には、部族社会の思考や行為に結びついていた儀式や習慣がある。儀礼に結びついていた、その当時の多様な儀礼と信仰を材料として、神々にそれぞれはっきりした個性を与え、神々の体系としてのパンテオンを取りまとめた人物は、おそらく叙事詩『イリアッド』および『オディッシー』の著者ホメーロスであったと考えられる」

 ギリシアに続く偉大な西洋文明はローマです。 著者は、ローマ文明について以下のように述べています。

 

「ローマ文明は、古代西欧社会発生の苗床であったということから言っても、ローマの諸宗教はことに重要である。古代ローマ人の宗教生活は、家庭生活と市民生活を中心として実施されるものであった。古代ローマ人たちは、儀礼や象徴を通じて、自然現象や家、特に暖炉などに存在する神々に対して畏敬を示した」

 古代ローマ人の信仰について、著者は以下のように述べます。

 

「始めの段階では、古代の儀礼や象徴において漠然と『力』として感じ取られていたローマの神々は、その後ギリシアの神々を模範にして個別的な神々の形をとるようになり、ローマのパンテオンにおいて固有の地位を占めることになっていった。こうして天上の神はジュピター(Jupiter)、その妻はジュノ(Juno)、月の女神はディアナ(Diana)、海の神はネプチューン(Neptune)、戦争の神はマルス(Mars)などというローマのパンテオンができ上がったのである。 ローマ人の宗教観は、紀元前1世紀にローマ帝国が出現したことによって、大きな影響を受けた。ローマ人が、その周囲の諸民族を次々と征服し、異種の諸文化と接触する機会を増大したために、彼らの宗教観もコスモポリタンな要素を強めたのである」

 コムストックは、宗教思想というものは人間の行為との関連においてのみ重要な意味を持つと考えました。彼は、儀礼を神話や教義の意味を維持強化するものとして捉え、儀礼を中心として宗教が果たす諸機能を指摘したのです。本書は、人類学、社会学、心理学、さらには記号論の視点をも援用しながら、実証的な宗教研究のあり方を示した、優れた宗教学入門でした。