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サブカル勃興史』

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No.1722


『サブカル勃興史』中川右介著(角川新書)を読みました。「すべては1970年代に始まった」というサブタイトルがついており、国民的エンタテイメントの原点を紐解く内容となっています。著者は1960年東京都生まれ、早稲田大学第二文学部卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長として「クラシックジャーナル」や音楽家・文学者の評伝などを編集・発行。作家としてクラシック音楽、ポップス、歌舞伎等の評論・評伝に定評があります。一条真也の読書館『昭和45年11月25日』『SMAPと平成』『松竹と東宝』『1968年』で紹介した本をはじめ、著書多数。本書は『1968年』の続編ともいえる内容です。
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本書の帯

 本書の帯には、「少女マンガも歴史をたどれば宝塚歌劇を原点に持つ『手塚治虫』に行き着く」「歴史としての人間ドラマ」「●ドラえもん●ウルトラマン●仮面ライダー●マジンガーZ●デビルマン●ベルサイユのばら●ポーの一族●宇宙戦艦ヤマト●機動戦士ガンダム」「国民的エンタテインメントの原点を紐解く」と書かれています。

20181217133932.jpg本書の帯の裏

 カバー後ろそでには、以下のように書かれています。
「2010年代に入ってからウルトラ・シリーズ、仮面ライダー、ガンダム、あるいはベルばら、ポーの一族などが40、50周年を迎えている。逆算すれば分かるが、これらの大半は1970年代に始まったのだ――」

本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第一話 静かに生まれた国民的キャラクター

    ――『ドラえもん』(1970年)

第二話 ウルトラ・シリーズの再出発

    ――『帰ってきたウルトラマン』(1971年)

第三話 石ノ森・東映ヒーローの誕生

    ――『仮面ライダー』(1971年)

第四話 スーパーロボットの出現

    ――『マジンガーZ』(1972年)

第五話 少年も読む少女マンガ

    ――『ポーの一族』と『ベルサイユのばら』(1972年)

第六話 アニメ新時代の幕開け

    ――『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)

第七話 ニュータイプのアニメ

    ――『機動戦士ガンダム』(1979年

「あとがき」

「参考文献」

「はじめに」の冒頭を、著者は以下のように書きだしています。
「2018年は手塚治虫生誕90年、石ノ森章太郎生誕80年、『ビッグコミック』『少年ジャンプ』が創刊50年と、いくつもの記念が重なる年だった。2019年になると、『機動戦士ガンダム』が40年を迎える。さらにここ数年の間には『ウルトラマン』50年とか、『仮面ライダー』40年、『マジンガーZ』や『デビルマン』から45年などもあった」

 また、著者は以下のように述べています。
「こんにちのアニメや特撮ものは1960年代に次々と誕生した。しかし、60年代の作品たちの大半が、その時代で消えた。もちろん、当時の作品は『名作』としていまも高く評価されているが、現代もなお続編、新作、あるいはリブート、リメイクなどがなされているものは少ない。ところが、1970年代になると、現代も新作のある作品たちが増えて来る。1960年代がサブカルの黎明期だとしたら、70年代は勃興期にあたるのだ」

第一話「静かに生まれた国民的キャラクター――『ドラえもん』(1970年)」の冒頭で、著者は以下のように述べます。
「1970年代に始まったコンテンツの最初は『ドラえもん』だ。 『ドラえもん』は小学館の学年誌で1970年1月号から連載が始まっている(1月号は前年12月に発売されるので、厳密には1969年に始まったが、このへんは誤差の範囲としていただきたい)。つまり1970年代に誕生した最初のキャラクターである。しかし、『ドラえもん』というキャラクターが広く知られるようになるのは1979年4月、テレビ朝日系列でアニメ『ドラえもん』が放映されて以降で、その間の10年間は『知る人ぞ知る』、つまり『知っている小学生しか知らない』存在だった」

「アニメ化で大ブレイク」として、著者は以下のように述べます。
「テレビアニメのヒットを受けて、1980年3月に劇場用アニメとして『ドラえもん のび太の恐竜』が作られると大ヒットし、現在まで毎年1作の長編が作られている。1970年にひっそりと始まり、学年誌を読んでいる子しか知らなかった、ドラえもんとのび太、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんは10年後にようやく、日本中、知らぬ者のない存在になる。

 逆に言えば、1970年代とは『ドラえもんがヒットしなかった時代』なのだ。『ドラえもん』のアニメ放映が始まった1979年4月、『機動戦士ガンダム』の放映が、これまた静かに始まった。ドラえもんからガンダムへ――『1970年代』をひとことで言ってしまえばそうなるが、『から』と『へ』の間には、無数の作品がある」 

 第二話「ウルトラ・シリーズの再出発――『帰ってきたウルトラマン』(1971年)」では、「ブームの考察」として、著者は以下のように述べています。
「いまは『ドラえもん』をはじめ、『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』、あるいは仮面ライダーなど、テレビでの放映がずっと続き、毎年、新作映画も作られている人気シリーズがあるので、それが当たり前のように思ってしまうが、1960年代後半から70年代前半には、爆発的な人気が出ても、みな『一過性のブーム』で消えていった。1960年代は、作り手・送り手側のほうが、少しでも人気が下がると、すぐに次のものへ乗り換えていた。それは、『永遠に人気のあるキャラクター』の前例がまだ存在していなかったからだろう。あるいは、当時のテレビ関係者は、常に新しいものを創ろうとしていたとも言える。

 第三話「石ノ森・東映ヒーローの誕生――『仮面ライダー』(1971年)」では、著者は以下のように述べています。
「『仮面ライダー』のヒットで、変身プームが起き、石ノ森章太郎が関わったものだけでも『変身忍者嵐』『人造人間キカイダー』『イナズマン』『ロボット刑事』、スーパー戦隊シリーズの原点である『秘密戦隊ゴレンジャー』までもが1975年までの5年間に生まれている。ごれらのシリーズは東映のテレビ部が制作しているので、『東映ヒーロー』とも称されるが、『石ノ森ヒーロー』でもある。共通するのは『等身大のヒーローが変身して戦う』ということだ。それぞれの作品のストーリーは脚本家が考えており、基本設定のどこまでが、石ノ森章太郎のアイデアなのかは、作品によって異なる。テレビ映画は集団で創作するものだから、ひとりですべてを生み出しているわけではない」

 第四話「スーパーロボットの出現――『マジンガーZ』(1972年)」では、著者は以下のように述べています。
「マジンガーZの玩具はアニメのスポンサーでもあったポピー(現在はBANDAI SPIRITS)が製造していたが、同社はマジンガーZのフィギュアを出すにあたり、『超合金』を商標登録し、永井豪・ダイナミックプロ以外の作品でも巨大ロボットのフィギュアには『超合金』と銘打って販売した。アニメのキャラクター玩具は『鉄腕アトム』からの伝統ではあるが、『マジンガーZ』はそのビジネススケールをより大きくし、よくも悪くも、以後のロボットアニメは、テレビ番組のスポンサーであると同時に関連キャラクター商品のメーカーでもある、玩具メーカーの『ご意向』に左右される構造となっていく」

 第五話「少年も読む少女マンガ――『ポーの一族』と『ベルサイユのばら』(1972年)」では、著者は池田理代子の原作を舞台化した宝塚歌劇の「ベルサイユのばら」について以下のように述べます。
「宝塚の『ベルサイユのばら』は1974年8月から76年8月まで、月組、花組、雪組、星組の当時の4組すべてが上演し、合計140万人を動員した。演劇で100万人を超えるのは、空前絶後である。映画と異なり、演劇は劇場の席が限られている。チケットの争奪戦が話題となり、『ベルばら・ブーム』として報道されると、ますます人気が出た」

 続けて、著者は以下のように述べています。
「宝塚ではその後も『ベルサイユのばら』は1989年から91年、2001年、2005年から06年、2013年から14年に上演されている。宝塚歌劇は新たなファンを獲得し、低迷から脱した。80年代になると劇団四季が『キャッツ』で大成功し、ミュージカルブームが始まるので、『ベルサイユのばら」がなかったら、宝塚はこの流れに押しつぶされて、消滅していたかもしれず、まさに救世主だった』」

 第六話「アニメ新時代の幕開け――『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)」では、『宇宙戦艦ヤマト』の「SF設定」を担ったのがSF作家の豊田有恒であると紹介し、以下のように述べています。
「豊田は日本のSF作家の第1世代にあたる。まだSFが市民権を得ていない時代にデビューした、星新一、小松左京、筒井康隆らと同世代だ。豊田が最初にしたアニメの仕事が1963年に放映された『エイトマン』だった。マンガの原作を書いたのは豊田と同世代の平井和正で、互いによく知っていた。豊田のアニメ『エイトマン』のシナリオは評判になり、手塚から『鉄腕アトム』のシナリオも書いてくれと頼まれた」

 続けて、以下のように書かれています。
「豊田は『ヤマト』との関わりについて『「宇宙戦艦ヤマト」の真実』と『日本SFアニメ創世記」に詳しく書いているそうです。それによると――豊田が西崎と会った時点で、〈マンガは松本零士に依頼して、承諾を貰っているという。ただ、松本の原作があって、それをアニメ化するわけではないから、オリジナルの設定を作らなければならない〉、その『SF設定』については、ジャンルの指定もなく、任せると言われた』

 その時に西崎は「ロバート・A・ハインラインの『地球脱出』のような話にしたい」とも言い、それが豊田をして、この企画に乗ってもいいと思わしめた理由となったそうです。著者は「ハインラインはアメリカの人気SF作家だが、日本ではSFファン以外には知られていない。そんな作家の作品を知っているだけで、SF作家である豊田は嬉しくなってしまったのだ」と述べています。

 第七話「ニュータイプのアニメ――『機動戦士ガンダム』(1979年)」では、著者が愛してやまないという「機動戦士ガンダム」が取り上げられ、以下のように述べられています。
「たいがいの独立戦争ものでは、主人公が属しているのは独立軍で、強権的で独裁的な帝国に対する叛乱軍としてカッコよく描かれる。だが『ガンダム』では、主人公が属しているのは連邦軍、独立しようとしているジオンは独裁国家と、何重にもねじれている。さらに、主人公アムロよりも、敵役となるシャアのほうがカッコいい。ニヒルで何か過去を背負っている美形なのだ。敵役であるシャアが人気があったことは、視聴者は勧善懲悪なんてものが幻想だと知っていたからだ。イデオロギーではなく、どちらがかっこいいかという、新たな価値観が生まれていたのだ」

 本書の最後に、著者はこう述べるのでした。
「偶然と言えば、『ガンダム』のテレビ放映と同時期に始まったアニメが、『ドラえもん』だ。60年代のテレビアニメ黎明期に、アトムと鉄人28号という、等身大ロボットと巨大ロボットが並び立っていたように、79年にドラえもんとガンダムという2つのタイプのロボットが登場し、以後、こんにちまで、この2つは活躍している。日本には、等身大の親しみやすいロボットと、無機質な巨大ロボットの2つがいなければならないのだ」

 この最後に2つのタイプのロボットの必要性を指摘したところは鋭いと思います。本書の中でも白眉でしょう。しかしながら、エヴァンゲリオンが好きなわたしにしてみれば、ガンダムが巨大ロボットの真打ちのように扱われるのは少々違和感があるのですが・・・・・・。

「あとがき」の最後に、著者はこう書いています。
「最後に――お読みいただいた方は感じていらっしゃるだろうが、この本は「手塚治虫外伝」でもある。日本のサブカルは人脈も作品の系譜も、全て手塚治虫に収斂される。『全ては手塚治虫に始まった』のである」
 これもまた、本書の白眉だと思いました。これには、まったく異論も違和感もありません。「手塚治虫、偉大なり!」ですね。