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常世の時軸』

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No.1570

 
 常世の時軸』鎌田東二著(思潮社)を読みました。
 わが「魂の義兄弟」である著者から献本された本で、著者の第一詩集です。その装丁からして、気高さと神秘性を漂わせています。17歳の春から突然詩を書き始めたという著者が1つの区切りをつけ、1998年5月5日から2018年4月30日までの20年間に書いた諸篇で編まれた一冊です。
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   本書の帯



 カバー表紙には三日月が描かれ、帯には「超越の波動が非の受精卵を苦の岬から突き落とす。満月に向かって悲しく聳え立つ母之理主(モノリス)よ応答せよ応答せよ!」「星空を孤独に光りながら渡る常世舟。宇宙に切り立つ岬から永遠へと堕ちていく時の欠片。還る場所はあるのか―壮大な神話詩をうたう、極北の第1詩集」と書かれています。
 また、帯の裏には、「死後線を 漕ぎ渡り往け 常世舟」という俳句が掲載されています。本書の最後に登場する句です。
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   本書の帯の裏


 わたしは、著者と「ムーンサルトレター」という満月の往復書簡を13年以上もWEB上で交わしていますが、その著者からのレターによれば、著者は「昨年から、いよいよ詩集をまとめねば」という気持ちになっていたとか。今回、本書を出版した思潮社は、「現代詩手帖」を出していることで知られます。今から半世紀前、著者が10代後半から20代前半までの数年間、著者は「現代詩手帖」や「ユリイカ」を愛読していたとか。そこに掲載される現代詩人の作品もすべて読んでいたそうですが、20代後半に『水神傳説』という神話小説のような作品をまとめた頃からパッタリと「現代詩手帖」や「ユリイカ」を読まなくなり、次第に学問の方に集中し始めたといいます。

 しかし、学問に集中している間も、折に触れて、著者は詩・短歌・俳句は作っていたそうです。時々は歌う歌も作っていました。それが1988年12月12日からは「神道ソングライター」として特化したわけですが、その前兆・伏線は10代後半からあったようです。10代後半には詩を書くとともに、作詞作曲して歌も歌い始めていたのです。ですから、1998年12月にある日突然、歌い始めたというわけではなく、むしろ、何十年かのブランクの後、間歇泉のようにまた噴き上げただけなのかもしれません。その意味で、今回の出版は、著者にとっては「原点回帰」とも言えるでしょう。

 著者が10代の頃、高校時代にもっとも心に沁み込んだのは、ドストエフスキーの小説群とロートレアモンの『マルドロールの歌』だったそうです。また、スタンリー・キューブリック監督によるSF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」(1968年)でした。著者の「原点」である高校時代のインスピレーションやイマジネーションが現代に転生を果たした「原点回帰」の第一詩集には、ドストエフスキーやロートレアモンやキューブリックの影響を感じます。

 特に、わたしは『常世の時軸』を読んで、「2001年宇宙の旅」のさまざまなシーンが脳裡に浮かびました。物語の冒頭では、「人類の夜明け」が描かれます。遠い昔、他の獣たちと変わりなく生きていたヒトザルたちの前に、黒い石板のような謎の物体「モノリス」が出現します。
 モノリスとは「一枚岩」のことです。本書『常世の時軸』の帯にも「満月に向かって悲しく聳え立つ母之理主(モノリス)」と書かれています。やがて、謎の物体モノリスの影響を受けた1匹のヒトザルが、動物の骨を道具・武器として使うことを覚えました。ヒトザルは、他の獣を倒し、多くの食物を手に入れられるようになりました。そして、反目する別のヒトザルの群れに対しても武器を使用して殺害し、水場争いに勝利します。歓喜のあまり、ヒトザルが武器である骨を空に放り上げると、映画のスクリーン上でこれが最新の軍事衛星に一変します。人類史を見事に俯瞰したモンタージュでした。

 その後、気の遠くなるような長い時間を経て、人類は月に住むようになります。アメリカ合衆国宇宙評議会のヘイウッド・フロイド博士は、月のティコクレーターで発掘された謎の物体「TMA(Tycho Magnetic Anomaly、ティコ磁気異常)を極秘に調査するため、月面クラビウス基地に向かいます。そのTMAこそは「モノリス」でした。400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは強力な信号を木星(小説版では土星)に向けて発します。18ヵ月後、宇宙船ディスカバリー号は木星探査の途上にありました。乗組員は船長のデビッド・ボーマン、フランク・プールら5名の人間(ただし、ボーマンとプール以外の3名は人工冬眠中)と、史上最高の人工知能HAL(ハル)9000型コンピュータでした。

 航海の途中で、異常をきたしたHALは乗組員の殺害を決行します。プールは船外活動中に宇宙服の機能を破壊され、人工冬眠中の3人は生命維持装置を切られてしまいます。ただ1人生き残ったボーマン船長はHALの思考部を停止させ、探査の真の目的であるモノリスの件を知ることになるのでした。そして、単独で探査を続行したボーマンは木星の衛星軌道上で巨大なモノリスと遭遇します。物語の最後で、彼はスターゲイトを通じて、人類を超越した存在である「スターチャイルド」へと進化を遂げるのでした。
 ボーマンがスターチャイルドに進化した空間は、白を基調としたホテルの客室ようなベッドルームでした。現在はロサンゼルス都立美術館に展示されているこのベッドルームこそ、「死後線を 漕ぎ渡り往け 常世舟」の常世舟ではないかと思いました。そう、生死を超え、時空をも超えるスピリチュアル・シップとしての「常世舟」です。

 では、常世舟の「常世」とは何か。
 拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の第九章「他界論」にも書きましたが、『古事記』『日本書紀』の記紀神話には、「常世」という死後の理想国が出てきます。本居宣長、平田篤胤、柳田國男、折口信夫らはみな、常世の国に強い関心を寄せました。常世への思慕を抜きにして、日本の文化は語れないと言えるでしょう。日本の国ができる以前から常世神の信仰があったと言われ、常世は不老不死の豊饒の源泉地だとされました。1年に1回くらい、この国から常世神=マレビトがやって来て、人間に幸福をもたらすと信じられていました。しかし、スクナヒコナノミコトが生きながら渡ったという常世は、アフリカやフィリピンの原始宗教に見られるような、この世とあまり変わらない死後の世界でもあったのです。著者も、この読書館でも紹介した『日本人は死んだらどこへ行くのか』という自著で「常世」に言及しています。

 民俗学者の谷川健一氏は、著書『常世論』で「常世は水平線の彼方にたいする憧憬が死とまじりあったものである。そこには目路の果ての潮けむりのような妣の国のイメージがはるかに立ちのぼっているところである」と述べていますが、わたしには「ニライカナイ」という言葉が思い起こされます。ニライカナイとは沖縄における死後の理想郷であり、常世の別名でもある。沖縄の民俗学者である伊波普猷は、著書『あまみや考』の中でニライのニは土の意であるとしました。また、古代国語ではニはネに転ずると述べて、「根」とも関連づけて解釈しています。つまり、ニライを地底の根の国とみなしているのです。地底あるいは海底にあった「死の国」としてのニライは、やがてそこをつきぬけた海の彼方の仙郷の意に解されるようになったというのが伊波普猷の考えです。

 「ニライカナイとは久高島のことである」と喝破したのが、2015年7月22日に逝去した映画監督の大重潤一郎氏でした。「一条真也の映画館」で紹介した映画「久高オデッセイ」の完結篇「風章」(大重監督の遺作)の中での発言です。
 わたしのブログ記事「『久高オデッセイ』シンポジウム」で紹介したように、今年6月5日、同ブログ「小倉昭和館」で紹介した名画座で「風章」の上映会が行われました。あいにくの大雨でしたが、多くの方が来場されて満員になりました。映画の上映前には、製作者である著者が法螺貝を吹かれました。映画の上映後はシンポジウムが開催されました。テーマは「久高の魂と自然島の霊性」で、「古代以前の時代、先人たちの足跡、人々の生と死、育まれる命の息吹、死にゆく命の鼓動、人生儀礼としての祭祀。人間の魂が身体を脱ぎすて、海の彼方へ、原郷へ」などが語り合われました。わたしは著者とともに、パネリストとして登壇しました。
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   「久高オデッセイ」シンポジウムのようす


 登壇したわたしは、映画を観た感想を聞かれ、以下のように述べました。
 わたしは「久高オデッセイ 風章」を観て、まず、「これはサンレーのための映画だ!」と思いました。サンレー沖縄は、沖縄が本土復帰した翌年である1973年(昭和48年)に誕生しました。北九州を本拠地として各地で冠婚葬祭互助会を展開してきたサンレーですが、特に沖縄の地に縁を得たことは非常に深い意味があると思っています。
 サンレーとは「SUN‐RAY(太陽の光)」を意味しますが、沖縄は太陽の島。太陽信仰というのは月信仰とともに世界共通で普遍性がありますが、沖縄にはきわめてユニークな太陽洞窟信仰というものがあります。「東から出づる太陽は、やがて西に傾き沈む。そして久高島にある太陽専用の洞窟(ガマ)を通って、翌朝、再び東に再生する。その繰り返しである」という神話があるのです。おそらく、久高島が首里から見て東の方角にあるため、太陽が生まれる島、つまり神の島とされたのでしょう。
 そして久高島から昇った太陽は、ニライカナイという海の彼方にある死後の理想郷に沈むといいます。紫雲閣とは魂の港としてのソウル・ポートであり、ここから故人の魂はニライカナイへ旅立っていくのです。
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   豊崎紫雲閣と月
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   「大重監督を偲ぶ会」の祭壇


 ニライカナイといえば、サンレーは大重監督を二ライカナイへお送りするお手伝いをさせていただきました。かねてより沖縄県那覇市の病院で療養中だった大重監督は、2015年7月18日に容態が急変し、22日に息を引き取られました。わたしのブログ「大重監督を偲ぶ会」で紹介したように、大重監督のお別れのセレモニーは、サンレー沖縄でお世話をさせていただくことになりました。27日(月)の18時から「豊崎紫雲閣」で「偲ぶ会」(通夜)が行われました。東京から著者も駆け付けられました。大重監督の愛したヒマワリの花がきれいでした。那覇の夜空には見事な月が上っていました。わたしは出張先の東京の夜空の月を見上げて、大重監督を偲びました。
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   献花をする著者
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   横笛を吹く著者


 翌28日(火)の11時から「豊崎紫雲閣」で「お別れ会」(告別式)が行われました。わたしのブログ記事「大重監督のお別れ会」で紹介したように、葬儀は神葬祭で行われ、神職の資格を持つ著者が祭主を務められました。
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   法螺貝とジャンベの音が流れる中での出棺準備
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   出棺のようす
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   多くの有縁の方々に見送られました
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   白い霊柩車に乗ってニライカナイへ


 故人は法螺貝とボンゴの鳴り響く中を出棺しました。そして、「感謝」「祈り」「癒し」の心を込めた「禮鐘の儀」の後、偉大な魂は白い霊柩車でニライカナイへと旅立って行かれました。多くの友人や知人の方々に見送られた心のこもった素晴らしいお別れ会でした。
 わたしは、紫雲閣とは魂の港であると考えています。そこから、故人は常世=ニライカナイへと旅立ってゆくのです。ならば、常世へ向かう「常世舟」とは葬儀という儀式そのものではないでしょうか。わたしは、『常世の時軸』を読みながら、「久高オデッセイ 風章」を思い出し、著者の法螺貝の音によって送られた大重監督の最期のセレモニーを連想しました。
 また、「常世舟」は「モノリス」でもあります。モノリスという一枚岩は墓標のようにも見えますが、実際、モノリスは墓標であると思います。正確に言うならば、「死者と生者のコミュニケーション装置」です。モノリスに遭遇したヒトザルたちは「葬」というコンセプトを知り、人類へと進化を遂げたのです。唯葬論者であるわたしには、そのように思えてなりません。

 さて、そろそろ『常世の時軸』の内容を見ていきましょう。
 この詩集は三部構成となっており、第一部は「時の断片」という散文詩です。全部で23篇の宇宙詩あるいは神話詩のような散文が並んでいるのですが、一読して意味を理解しがたく、混乱したわたしは「こんなものを書くのは神人か狂人かのいずれかに違いない!」と正直思いました。最初の詩である「悲の岬」は次のような内容です。

月光は黄泉路を越えてきた。満月を串刺しにしたまま血を舐めている処刑台の山猫は何に向かって吼えているのか。月夜に還ってゆく何処の島がある。故郷への道は塞がれたまま魂の難民は国境線で不安と恐怖の夜に怯える。全世界を覆う電脳もこの怖れの暗渠をほぐすことはできない。絶対零度の深海闇夜。癒しなどどこにもないのだ。救いがあるとすれば無力に震える独りの夜を無為に過ごすのを見届ける自己があることのみ。深遠を呼び覚ますモノが存在するとしたら黄泉路を越えて自己を突き通す無限遠点のまなざしと意思を植えつけたこと。超越の波動が悲の受精卵を苦の岬から突き落とす。満月に向かって悲しく聳え立つ母之理主(モノリス)よ応答せよ応答せよ!(「悲の岬」)

 「悲の岬」の「悲」とは、英語で「グリーフ」といいます。
 「悲」への対処を行うことを「グリーフケア」といいます。
 著者は上智大学グリーフケア研究所の特任教授ですが、この「悲の岬」はまさにグリーフケアの詩であると思いました。「癒しなどどこにもないのだ。救いがあるとすれば無力に震える独りの夜を無為に過ごすのを見届ける自己があることのみ」という言葉は、悲嘆の淵にある遺族の心境そのものでしょう。そして、「故郷への道は塞がれたまま魂の難民は国境線で不安と恐怖の夜に怯える」とありますが、「魂の難民」を救済するワザこそ儀式であると思います。拙著『儀式論』(弘文堂)でも詳しく述べたように、儀式の本質とは「魂のコントロール術」であるからです。

 『常世の時軸』の第二部は「常世行」です。冒頭の「常世へ」という詩では、「SOS」を「スピリット・オープン・スペース」、そして「サブジェクト・オブジェクト・ソリチュード」としているところが印象的でした。このような言葉遊びというか、コピーライター的センスは著者の大きな強みであると思います。著者の生みだす言葉からは強烈な「言霊」が発せられます。
 「常世行」に続いて、「月虧けて」として、4篇の短歌が並びます。

月虧けて満ち来るものあり汝はたれそ 
人間はぬ石を抱きて睡る

満天の星は北を指して翔ぶ 
汝が羅針盤は何処の空を

悲の器 容れる悲なし それほどに 
青き悲の果て 観音岬

天どこまでも昏みゆく秋なれば 
石英の聲 谷下りゆく

(「月虧けて」)

 著者と満月の文通の交わしている「月狂い」のわたしとしては、「月虧けて」の4首はたまらない歌ばかりです。なんだか魂が疼くような感覚を覚えます。これらの歌から、わたしは、この読書館でも紹介した著者の『歌と宗教』の内容を思い起こしました。同書の第1章「日本の歌の起源と精神」の冒頭には、「人間は、歌うために生まれてきた。歌とは命そのものであり、命は歌なのである―」という言葉が置かれています。このことをもっとも端的に表現しているのが『古今和歌集』の「仮名序」の冒頭の部分だそうです。

やまとうたは、人の心を種として、
万の言の葉とぞなれりける
世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、
心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり
花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、
生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける
力をも入れずして天地を動かし、
目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女のなかをもやはらげ、
猛き武士の心をも慰むるは、歌なり


 著者は「歌とは何なのか。紀貫之は、「仮名序」の冒頭の部分で和歌の本質を解き明かし、『森羅万象は歌を歌っている』と言っている。歌が生まれ、誰かがそれを歌うということは、つまり森羅万象がこの世界に歌いつつ存在しているということなのだ」と述べています。この紀貫之による和歌の本質論には、「庸軒」の号でへっぽこ道歌を詠み続けているわたしも深い感銘を受けました。そして、著者が詠む歌には、貫之が喝破した和歌の本質が確かにあります。

 続いて、「死海往生―佐藤西行VS鎌田東行歌合」として、それぞれ6首同士の歌が並べられています。「歌聖」と呼ばれた西行の本名は佐藤義清です。それに対抗して著者は「東行」を名乗っているわけですが、「歌聖」の西行に対抗心を燃やすとは大したものです。しかも、その東行の詠む歌がなかなか味わい深いのです。西行といえば、「願はくば 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」があまりにも有名です。この歌に対して、著者は「願うても願うてもうち砕かれて 木端微塵の流星の人よ」という歌を詠んでいますが、実際の死生観はどうなのでしょうか。著者には、何か自身の死についてのビジョンはあるのでしょうか。
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   「FUNERAL BUISINESS」2018年7月号


 「FUNERAL BUISINESS」2018年7月号のインタビュー記事で、著者は以下のように述べています。

「私には自分の理想的な死に方のイメージがあります。年老いて、誕生日の頃、春のお彼岸の時季に房総の犬吠埼に行って、菜の花畑から海を見渡して、朝日が昇ってくるのを見て、手を合わせて『有難うございました』と言って死んでいきたいというイメージです。もちろん、そんあふうにうまく死ぬことができるとは、半分は思っていませんが、死に対するイメージをもつということは、ある種の死の準備教育です」

 また、続けて著者は以下のようにも語っています。

「一方で、自分の葬儀に関しては、葬儀産業に携わっている友人に『好きにやってくれていい』と任せてあります。故人を偲んでしんみりとするのではなく、できるだけ皆で賑やかに踊って歌ってばか騒ぎをして、忘れるものは忘れ、忘れないものは忘れないで、ときに思い出すという自然の流れでやってほしいというイメージをその友人に伝えてあります」

 何を隠そう、「その友人」というのはわたしのことです。
 紫雲閣は魂の港であると述べましたが、その港からどのような「常世舟」を出すかをいろいろと考えています。著者は、大重監督の常世舟で、法螺貝を吹き鳴らしました。わたしはカラオケで北島三郎の「まつり」を熱唱したいです。そして、最後の「これが日本の祭り~だ~よ~♪」のフレーズを「これがTonyの祭り~だ~よ~♪」と替えたいです。
 おそらくは、泣き笑いの熱唱となるでしょうが・・・。
 ちなみに、"Tony"というのは「ムーンサルトレター」での著者のレターネームです。わたしは"Shin"です。よろしくお願いいたします。
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   これがTonyの祭り~だ~よ~♪


 『常世の時軸』の第三部は「時じくのかくの実」です。
 ここでも12篇の散文詩が並び、最後に「悲の岬 2」が置かれています。
 最初の散文詩は、以下のような内容です。

探すために生きてきた。森の奥に鳥居があった。死者の身体は半ば崩れ落ちていた。生きているだけでよかった。風さえ死に絶えていたから。娘の耳は死者の玄関。大理石は水を飲みながら笑った。遠方から死者がきて鏡を置いて行った。日は沈んだが黄泉帰らなかった。誰のために死んだのか。忘れることのできないミイラ食みは十一日間眠ったままだった。朝水が呼んでいた。誰もが死に水と思った。蛇のように地面を這ってきて口を覆った。天が裂ける地が割れる。震動の波の中で笑いながら死者は眠った。永遠の眠りさようなら遠ざかってゆく風景。死んでいくということはこのように風に吹かれることだったのだ。風は忘却の使徒郷愁の導師。風に吹かれながら泣いたただ泣いた。

 この「死者の詩」とでもいうべきポエムを読みながら、わたしは、この読書館でも紹介した折口信夫の名作『死者の書・口ぶえ』を連想しました。『死者の書』は、持統女帝に処刑されて二上山に葬られた滋賀津彦(大津皇子)の霊魂が目覚める物語。二上山の峰の間に現れた阿弥陀仏に導かれ、当麻寺に身を寄せた藤原南家郎女(中将姫)が蓮糸で曼荼羅を作成する物語。その2つの物語が複雑に重なり合った小説で、日本幻想文学史上に残る傑作とされています。生と死のあわいに目覚める「死者」は「おれはまだ、お前を思い続けて居たぞ。」と言います。折口は、古代世界に題材をとり、比類ない言語感覚で、生死を超え、時空を超える物語を織り上げました。

 それは『常世の時軸』にも通じている死生観であり、時間感覚です。『死者の書』は当麻曼荼羅の物語ですが、『常世の時軸』を読んだときに曼荼羅をイメージしました。この詩集に収められている散文詩のどれを読んでも、「帝釈の網」のように密接につながっており、どこからでも「時間」の核心に迫れるように思いました。折口信夫は「釈迢空」の名で多くの詩や歌を残しました。折口と同じ國學院大學の出身である著者は、おそらくは『死者の書』および釈迢空の詩作を強く意識しているのではないかと思われます。

 『歌と宗教』によれば、著者は、古代の万葉歌人の山部赤人、中世の新古今歌人の西行法師、近世俳人の松尾芭蕉、近代詩人の宮沢賢治を「日本の四大詩人」だと考えているそうです。もちろん、詩人としての釈迢空も認めていることと思います。じつは、「一条真也の映画館」で紹介した映画「マザー!」には詩人が登場します。この映画のDVDを著者にプレゼントしたところ、著者から「率直に書きます。くれぐれもお気を悪くされないでください。見せかけだけのチープでイージーな映画である。キリスト教のアレゴリーはあるが、深みも象徴性もなく、借りているだけ。まず、『詩人』が『詩人』ではない。『詩人』の創造性が全く感じられない。『詩人』と称する初老の男のエゴイズムだけ。『詩人』は『預言者』でなければならないが、彼は『詩人=預言者』ではない」という感想メールが届きました。

 なんとも強烈な感想メールですが、著者は、トマス・インモースの『深い泉の国「日本」』から、「詩人の存在意義というのは、太古からの人間の普遍的な体験を言葉で表現するところにある。」「詩人は彼個人の哀しみや歓びを、それが人間的普遍性をもつような形に凝固させなければならない。詩人の魂には、その民族、その宗教、いえ、全人類の集合的記憶が蓄えられている。」という言葉を引き、さらに自身の著である『霊性の文学誌』から「詩人というのは、世界への、あるいは世界そのものの希望(ヴィジョン)を見出すことを宿命とする人間の別名である。」という言葉を紹介してくれました。

 さらに、これだけでは飽き足らなかったのか、著者は「『詩人』という存在の造形性に我慢できませんでした。詩人はケルトのドゥルイドのような賢者でもあり、預言者でもあり、予言者でもあり、未来を見る人であり、さまざまな存在の声を聴く人であると思いますが、この映画の『詩人』は全くそうではないと思います」という内容のメールまで送ってきました。
 わたしは「それほどまでに『詩人』にこだわりのある人が書く詩とはどのようなものなのか?」と思ったものでした。そして、著者から届いた第一詩集をおそるおそる読んでみた次第です。その結果、『常世の時軸』の中には「全人類の集合的記憶が蓄えられている」と感じました。また、世界そのものの希望(ヴィジョン)を見たように思いました。
「魂の義兄弟」である鎌田東二は紛れもない詩人でした。

 わたしへのメールで、著者は本書のことを鎌田東二の「スピリチュアル・セルフケアの書」「自己鎮魂の書」「生前葬の書」であると表現しています。たしかに、そうだと思います。時間を凝縮した本書の本質を見事に言い表しています。しかし、もうひとつ加えさせていただきたい。
 拙著『唯葬論』(サンガ文庫)の「解説」で、著者は詩人・宮沢賢治の言葉にならって、同書を「すきとほつたほんたうのたべもの」と呼んで下さいました。わたしは深く感動しましたが、今回はそれをそのままお返ししたいです。平成最後の年に誕生した詩人・鎌田東二の第一詩集『常世の時軸』こそ、「すきとほつたほんたうのたべもの」であります。