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生きざま』

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No.1524


 1月4日、日本相撲協会は臨時評議員会を開き、理事会が貴乃花親方に対して出していた解任決議を審議し、全会一致(7人中5人が出席、議長は採決に不参加)で承認しました。評議員会の終了後に会見した池坊保子議長は、貴乃花親方の協会に対する態度や対応が「著しく礼を欠いた」と説明しました。ネット民の間では「礼って何?」などと盛り上がっているようですが、まったく笑止千万。その名も『礼を求めて』というタイトルの著書があるわたしは、「礼とは人間尊重のことである」と断言します。
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   『礼を求めて』(三五館)


 貴乃花親方こそは最も礼儀と礼節を大切にする人物であると思っています。百歩譲って、貴乃花親方が礼を欠いたのが理由で史上初の理事解任という処罰を受けるというのなら、弱い立場の後輩力士がリンチされている場で何もしなかった横綱の白鵬と鶴竜も重い処分を受けるべきです。さらにはわたしのブログ記事「礼をしない横綱」で紹介したように、昨年の九州場所で礼をせずに土俵を下りた白鵬の行為は引退に値します。なぜなら、相撲は礼に始まり、礼に終わるからです。「礼」の専門家として、わたしはそう思います。

 落語家の立川志らく師匠は池坊議長の発言に、「池坊親方、いや池坊さん、礼を欠いた? ならば行司にクレームをつけた白鵬は? 警察から連絡があったのにうやむやにして日馬富士を土俵にあげた協会は? どれだけ礼を欠いているんだ。でも大した罰じゃない。池坊さん、顔を洗って出直しなさい。メイクが剥げて誰かわからなくなります」と疑問をぶつけました。「顔を洗って出直しなさい」以外は、まったく同感です。
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   本書の帯


 『生きざま』貴乃花光司著(ポプラ社)を読みました。

 2012年12月に刊行された本で、「私と相撲、激闘四十年のすべて」というサブタイトルがついています。著者は言わずと知れた第65代横綱で、貴乃花部屋の親方です。これまでテレビのワイドショーなどで取り上げられてきた家族問題や洗脳問題についても、本書では本人がしっかりと説明しています。カバー表紙には現役時代とは見違えるようにスリムになった著者の笑顔の写真が使われています。また帯には、「貴乃花、衝撃の自伝!」「相撲道、人生哲学、若貴ブーム、家族のこと・・・『土俵の侍』がそのすべてを初めて明かす!」と書かれています。
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   本書の帯の裏


 帯の裏には、以下のように書かれています。

「私は横綱になるという父の夢を果たすため、父の分け身としての人生を歩んできた。角界入りしてから今日まで、私の中には常に父の言葉が、父の魂があった。父が逝って七年の月日が経ち、私も四十歳、不惑の年を迎えた。『不惑』などという言葉が悪い冗談に思えるほど、もがき、あがき、闘い続ける日々を送っている。これからも、こうして生きていくのか? ふと、自分に問いかける。もちろん、簡単には答えは出ない。その前に、本を書くことで自分の半生を振り返ってみようと思った。ひたすら前だけを見つめて生きてきた。そろそろ振り返って、次の一手を考えるときかもしれない」

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

「はじめに」
第一章 父の引退、そして相撲を始める
第二章 相撲に生涯を捧げる決意
第三章 不撓不屈〜雑草のように生きる
第四章 不惜身命〜横綱という栄光の光と影
第五章 親方となる、そして父との別離
第六章 相撲への恩返し
「終わりに」

 「はじめに」の冒頭を、著者は以下のように書きだしています。


「その日、私は泣いた。テレビの中には父の姿があった。『さようなら大関貴ノ花』。昭和56年1月場所、大関在位50場所目にして土俵を去った貴ノ花利彰の足跡を追ったものだった。当時、私は8歳。『引退』が何を意味するものか、父にとってそれがどれほど重い言葉なのか、子どもながらに理解していたと思う」

 本書は相撲についての本というよりも、著者の父親への深い愛情が綴られた本です。第一章「父の引退、そして相撲を始める」では、著者の幼少の頃のようすが次のように書かれています。

「気づけば、私は父の取り組み前にはテレビの前にきちんと正座し、その相撲を食い入るように見つめるような子どもになっていた。息をつめて勝敗を見守り、父が負ければ悔しがってテレビを蹴飛ばした。取り組み後はビデオに録画した映像を何度も何度も見返す。父がどうして勝ったのか負けたのか、子どもながらに一生懸命分析しながら、父と一緒に相撲を取っている気持ちになっていた」

 場所の15日間、勝っても負けても父親は平静を保っていたそうですが、勝負師が放つ空気は家中を緊迫感で覆い尽くしました。幼い著者にできることといえば、「ちゃんとしている」ことくらいでした。父親が帰宅する前に、遊び道具はきれいに片付け、玄関できちんと「お帰りなさい」と言って出迎えました。著者は「我が家は躾に関して厳しかったと思う。『嘘をつかない』『門限を守る』などの決まりがいくつもあり、挨拶や礼儀には特別うるさかった」と回想しています。

 食事をしながら、父親はよく特攻隊の話をしたそうです。太平洋戦争終盤、片道だけの燃料を積んだ特攻機に乗り、多くの優秀な若者たちが祖国を守るために命を散らしました。父親はいつも著者に対して、「そういう貴い犠牲のおかげで、今、お前たちがこうして生きていられるんだ。命があることに感謝しなくちゃいけない」と言いました。著者は、その言葉の意味を必死に追いかけていたといいます。

 幼い頃の著者は、父親が大好きでした。
 次の一文からもそのことが窺えます。

「常に緊迫感を漂わせていた父だったが、好きな煙草を吸いながらテレビを見ている時間は唯一リラックスしているように見えた。一人、テレビを見ながら晩酌を始めると、父が『おーい、光司』と私を呼ぶ。私は嬉々ととして父の横に行き、お酒のおかわりを作るのだ。レミー・マルタンのお湯割りが父は好きだった。『これぐらいな』と教えてもらった量のブランデーを入れ、お湯を注ぐ。母は家事で忙しかったし、兄はおとなしく言うことを聞く子どもではなかったので、自然に私がその役目になったのだろう。父が家にいるときは、就寝時間の10時まで、そうして父の横で過ごした。私にとっては特別な時間だった」

 あるとき、著者は前世が見える霊能者に「あなたは前世でもお父様と親子で、その背中を追って生きていた。今世でもそのままのことが行われている」と言われたことがあるそうです。そのとき、著者は「そうなのかもしれない」と思ったといい、「もし、父が造り酒屋だったら、私も造り酒屋となっていただろう。もし、父が医師だったら、私も医師になっていただろう。私は、父の子としてこの世に誕生した瞬間に、相撲という修羅の道で生きることを宿命づけられていたのだ」と述べています。

 第三章「不撓不屈〜雑草のように生きる」では、相撲は単なるプロスポーツではないとして、著者は以下のように述べています。

「日本に近代化の夜明けをもたらした明治維新。時の政府は古い時代の象徴として、髷を切ることを推進したが、相撲だけはその文化が残された。大相撲は日本の文化をそのままの姿で次世代へ伝えるという大事な役割を知っているのだ。ただ人気が出ればいいわけではない、ただ儲かればいいわけではない。力士の一人ひとり、大相撲に携わる一人ひとりが『日本文化の担い手』としての誇りと責任を強く胸に抱いていなければならないのだ」

 第四章「不惜身命〜横綱という栄光の光と影」には著者の相撲観、横綱観がわかりやすく表現されていて、興味深く読みました。
 横綱について、著者は以下のように述べています。

「横綱は単なる『チャンピオン』ではないのだ。『品格、力量、抜群に衝き』初めて認められるもの。私が弟子によく言うのが、『体の大きな力士が道の真ん中を風を切って歩くな。他の人が歩きやすいように道路の端を、背筋を伸ばして歩け』という言葉だ。そこに相撲道の精神が表れていると思っている」

 また貴乃花親方は、次のようにも述べています。

「先人は相撲道において特に礼節を重んじたのだ。勝った負けたの世界ではあるけれど、そこでも『負けた相手がいるから、お前が強くなれたのだ』『相手が負けてくれたから、お前が勝ちという立場を味わえたのだ』と教える。そう思えば、負けた相手に対し、自然に敬意を払える力士になれる。勝ってガッツポーズをうることが御法度といわれるのは、相手に対する敬意が感じられないことへの戒めなのだ」

 さらに、ここが重要ですが、著者は以下のように述べています。

「ましてや土俵は神が鎮座する場所だ。場所が始まる前には『土俵祭』という神事が行われ、土俵の中に神への供物として『米、スルメ、昆布、塩、榧の実、勝栗』が埋められる。神様をお招きして、15日間の無事を祈るのだ。そして千秋楽、すべての取り組みを終えた後には、『神送りの儀式』という神様にお帰りいただく神事が行われる。花道を歩いてきた力士はまず土俵に一礼する。相撲を取り終えて帰るときも然り」

 この著者の横綱観は、白鵬のそれとはまったく違います。
 この読書館でも紹介した白鵬の著書『相撲よ!』には、「横綱が土俵入りをすることが、なぜ神事となるのか」という問いが示されています。その問いに対して、著者である白鵬は「横綱が力士としての最上位であるからだ」と即答し、さらに以下のように述べています。

「そもそも『横綱』とは、横綱だけが腰に締めることを許される綱の名称である。その綱は、神棚などに飾る『注連縄』のことである。さらにその綱には、御幣が下がっている。これはつまり、横綱は『現人神』であることを意味しているのである。横綱というのはそれだけ神聖な存在なのである」

 この「現人神(あらひとがみ)」という言葉は、「この世に人間の姿で現れた神」を意味し、ふつうは「天皇」を指します。この言葉を使うからには、白鵬は「横綱」を「天皇」と同じように神であるととらえているのでしょう。いや、昭和天皇は戦後の「人間宣言」によって神であることを自ら否定したわけですから、横綱こそは唯一の「この世に人間の姿で現れた神」だと考えているのかもしれません。誰かが白鵬に間違った横綱観を伝授した可能性もありますが、白鵬は「大相撲」や「横綱」というものを根本的に誤解しているようですね。わたしは、ここに「礼をしない横綱」の秘密があると思いました。なぜなら、神であれば人間である対戦相手に礼をする必要などないからです。

 貴乃花親方ははっきりと「土俵は神が鎮座する場所だ」と述べています。言うまでもなく、貴乃花は「平成の大横綱」でした。すなわち、著者は横綱という存在を神であるとはとらえていないわけです。
 「横綱≠神」と考える貴乃花、「横綱=神」と考える白鵬。
 この両者の横綱観にこそ、両者の考え方の違いが最も明確に表われていると言えるでしょう。自身を「神」と考えているとすれば、白鵬の一連の傍若無人な行為も理解できます。

 第五章「親方となる、そして父との別離」では、著者は親方として弟子たちへの想いを語ります。そして、次のように述べています。

「私の弟子が格段優勝したとき、関取昇進を決めたとき、歓喜の瞬間に真っ先に思い浮かぶのは父の顔だ。『ああ、この場面を見せたかったなあ。父も喜んだろうなあ』と思う。
 親方として力不足を痛感したとき、迷ったときも思い浮かべるのは父の顔だ。『父がいてくれたらなあ。どんな言葉をかけてくれるかなあ』
 そういうとき、気の利いたことや優しいことを言ってくれる父ではないことはわかりきっているのに、ついそんなことを考えてしまう。日々の稽古の中で、弟子を怒鳴りつけながら、『父にも同じことを言われたなあ』と懐かしく思う。父の魂は今も私とともにある」

 そして第六章「相撲への恩返し」では、著者は「相撲道」として、以下のように述べています。

「今、私は親方として、十代の子を親御さんから預かる立場にある。相撲が強くなるだけでなく、土俵を離れた後のその子の人生が豊かになるような教育をしていくのも大事な役割だ。教育の軸となるのは、礼儀だ。父の教え通り、相撲道とは『礼に始まり、礼に終わる』ものなのだ」

 このような確固たる「礼」の思想を持っている著者が「著しく礼を欠いていた」などと他人から言われる筋合いはありません。要するに、「隠ぺい体質の相撲協会に協力しない者には罰を与える」ということなのでしょうが、そういう歪んだ行為の口実に「礼」という言葉を使ってほしくないものです。
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   故・貴ノ花利彰氏と佐久間進の対談風景


 わたしのブログ記事「大相撲と大和魂」で紹介したように、じつは、貴乃花親方の父上である元大関・貴ノ花利彰氏(故人)は、わたしの父である佐久間進と交流がありました。もう35年前になりますが、両者は「土俵の上には儀礼の美がある」をテーマに対談しています。1982年に刊行された『はあと対談集』(日本儀礼文化協会)に収録されていますが、そこで父は「いろんな礼の型が土俵の上で一連のつながりとなって表われる。あのしきたりは見ていて美しいと、いつも思っているんです」と述べ、以下のような対話が交わされています。

佐久間 しきたりといえば、相撲界では番付の序列による上下関係が相当きびしいと聞きますけれど―


貴ノ花 きまりを守っていれば、世間でいうほどきびしくはないんですがね。たとえば風呂に入る順番とか食事とか。


佐久間 風呂の順番もきちっとあるんですか。


貴ノ花 うちの部屋では若乃花より私のほうが先輩ですから、先に入ろうとすればできるんですけども、それをすると部屋の秩序を狂わしてしまうんですね。私から秩序を狂わしたくはないからしませんけど。古い先輩なんかも、そういうきまりはきちんと守りますね。


佐久間 先輩後輩より番付のほうが強いんですか。


貴ノ花 部屋のきまりは番付順です。だけど普段話しているときは、そんな固苦しいものじゃないですね。いくら横綱でも、先輩は先輩としてこれは立てます。私なんかでも先輩は先輩として立てます。そのかわり外へ出たら、ちゃんと横綱は横綱、大関は大関と番付順です。

 また、父は「大関の相撲には哲学がある、相撲道がそこに感じられる。そう書いていた作家がありましたが、私もそう思います。求道者的なイメージを土俵の上の大関に見るわけですよ。相撲道というのは、あまり聞きなれない言葉ではありますが、どんなふうに考えていますか」と問いかけるのですが、それに対して、貴ノ花さんは「自分がこうと思ったことを成し遂げようと努力することではないでしょうか」と答えられています。さらに対談の最後では、以下のような会話が交わされます。

佐久間 大関のとってきた相撲あるいは相撲哲学、それを何か1つの言葉に表現できましょうか。

貴ノ花 色紙を出されると、よく「忍」とか「心」とか書くんですが、私が相撲生活でつくづく実感できた言葉は「失意泰然」という言葉ですね。意にかなわぬ状態のときでも泰然とありたいと思っています。

佐久間 失意泰然―いい言葉ですね。今後大関は親方になられるわけですが、部屋から1日も早く立派な関取が出るよう、期待しています。

 対談時、元大関・貴ノ花利彰氏は藤島部屋を設立したばかりでした。父は「部屋から1日も早く立派な関取が出るよう、期待しています」とエールを送っていますが、その後、藤島部屋からは「若貴」という大スターが出て、空前の大相撲ブームを巻き起こしました。特に弟の貴乃花光司氏が「平成の大横綱」と呼ばれたのは周知の通りです。

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   『礼道の「かたち」』(PHP研究所)


 父は礼法家で、この読書館でも紹介した『礼道の「かたち」』をはじめ、「礼」に関する多くの著書がありますが、父に貴ノ花利彰氏の印象について尋ねたところ、「非常に礼儀正しい方だった」と言いました。
 いま、わたしは貴乃花親方とぜひ対談したいと考えています。
 テーマは「大和魂」と「礼」です。なぜなら、貴乃花親方が本当に守ろうとしているものは「大和魂」であると思うからです。そして、貴乃花親方ほど「礼」を重んじている方はいないと思うからです。