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初版 金枝篇(上下巻)』

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No.1213

 

  『初版 金枝篇』上下巻、J・G・フレイザー著、吉川信訳(ちくま学芸文庫)を読みました。この読書館でも紹介した『図説 金枝篇』をはじめ、岩波文庫版の『金枝篇』も読んだことがありましたが、ちくま学芸文庫版は初読です。 あまりにも有名な本書は、イギリスの社会人類学者ジェームズ・フレイザーによって著された未開社会の神話・呪術・信仰に関する集成的研究書です。読書館で紹介したエドワード・タイラーの著作『原始文化』に影響を受けたフレイザーは、完成までに40年以上を要し、その半生を費やして本書を書き上げました。

 

 タイトルの「金枝」とはヤドリギのことです。本書を書くことになった発端がイタリアのネーミにおける宿り木信仰、「祭司殺し」の謎に発していることに由来しています。とにかく、その博引傍証ぶりには驚くしかありません。本書にはヨーロッパのみならずアジア、アフリカ、アメリカなど世界各地で見られるさまざまな魔術・呪術、タブー、慣習などの多数の例が示されています。いずれも、フレイザーが各種の史料や古典記録、あるいは口伝から収集したものばかりです。

 未開社会における精霊信仰をはじめ、宗教的権威を持つ王が弱体化すればそれを殺し新たな王を戴くという「王殺し」の風習などが紹介されます。 また、「共感呪術」や「感染呪術」などの信仰が初めて紹介されたことでも有名です。「共感呪術」とは、類似したもの同士は互いに影響しあうという発想(「類似の法則」)に則った呪術で、広くさまざまな文化圏で類感呪術の応用が見られます。一方、「感染呪術」とは、一度接触したものあるいは一つのものであったもの同士(ある個人とその着衣、ある個人とその人の爪、髪の毛など)は、遠隔地においても相互に作用するという発想を元にした呪術です。本書は、これら「共感呪術」「感染呪術」の神話的背景を探った民俗学・神話学・宗教学の基本書として高く評価されています。

 本書は民俗学の創始を告げる書として高い評価を得る一方で、批判も浴びました。フレイザーの研究姿勢は書斎における文献調査による事例収集が中心であったため、実際に現地に入り混じって人類学などの研究に従事するフィールドワーク研究者から「書斎の学問」「安楽椅子の人類学」として批判を浴びたのです。また、当時の時代的制約であるとはいえ、未開社会と文明社会の間に序列を設ける文化進化論的思考法も批判の対象となりました。しかしながら、古代信仰・呪術に関するこれだけの膨大な事例を広く蒐集・総合した例は他にありません。それだけでも、本書は非常に高い資料的価値を持っています。

 ちくま学芸文庫版の上巻のカバー裏には、以下のように書かれています。

 

「『肘掛椅子の人類学』と断じ去るのは早計だ。ただならぬ博引旁証に怖じる必要もない。典型的な『世紀の書』、『本から出来上がった本』として、あるいはD・H・ロレンス、コンラッド、そして『地獄の黙示録』に霊感を与えた書物として本書を再読することには、今なお充分なアクチュアリティがあろう。ここには、呪術・タブー・供犠・穀霊・植物神・神聖王・王殺し・スケープゴートといった、人類学の基本的な概念に関する世界中の事例が満載されているだけでなく、資料の操作にまつわるバイアスをも含めて、ヨーロッパ人の世界解釈が明瞭に看取できるのだから。巧みなプロットを隠し持った長大な物語の森に、ようこそ」

 また下巻のカバー裏には、以下のように書かれています。

 

「著者は二つの問いを立てた。『第一に、なぜ祭司は前任者を殺さなければならないのか?そして第二、なぜ殺す前に、"黄金の枝"を折り取らなければならないのか?』森の聖なる王、樹木崇拝、王と祭司のタブー、王殺し、スケープゴート、外在魂・・・・・・大きな迂回とおびただしい事例の枚挙を経て、探索行は謎の核心に迫る。答えはある意味であっけないが、モティーフは素朴ではなかった。ロバートソン・スミスのセム族宗教史に多くを負いながら、それと微妙な距離をとると同時に、ルナンへの傾倒を韜晦してやまないフレイザー。本書を手の込んだ文化相対主義的キリスト教起源史と読むこともできる。さて、再び、『金枝』とは何か?初版完訳、全二巻完結」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

 

「序」

第一章 森の王   

第一節 アリキアの木立   

第二節 太古の人間と超自然なるもの   

第三節 人の姿を取った神々   

第四節 樹木崇拝   

第五節 古代の樹木崇拝

第二章 魂の危機   

第一節 王と祭司のタブー   

第二節 魂の本質   

第三節 王と祭司のタブー(承前)

第三章 神殺し   

第一節 聖なる王を殺すこと   

第二節 樹木霊を殺すこと   

第三節 死神を追放すること   

第四節 アドニス   

第五節 アッテイス   

第六節 オシリス   

第七節 ディオニュソス   

第八節 デメテルとプロセルピナ   

第九節 リテュエルセ   

第十節 動物としての穀物霊  (*ここから下巻)   

第十一節 神を食すること   

第十二節 神聖な動物を殺すこと   

第十三節 害悪の転移   

第十四節 害悪の追放   

第十五節 スケープゴートたち   

第十六節 メキシコの神殺し

第四章 金枝   

第一節 天と地の間   

第二節 バルドル   

第三節 民話における外在の魂   

第四節 習俗における外来の魂   

第五節 

結び

補遺 

初収穫の奉納

「訳者あとがき」

「索引」

 第一章「森の王」の第一節「アリキアの木立」の冒頭は、以下のように始まっています。

 

「ターナーの絵画『金枝』を知らないものがいるだろうか。一面の情景を覆っているのは黄金色に輝く想像力である。ターナーの天来の精神はその中にもっとも美しい自然の風景さえも溶かし込み変貌させたのだ。小さな森の湖ネミ、古代の人々が『ディアナの鏡』と呼んだその湖の、夢のようなヴィジョンである。アルパノ丘陵の緑の谷間に抱かれた、鎮静した水面を眼にしたものは、これをけっして忘れることができない。土手にまどろむ二つの特色あるイタリアの村も、湖に向かって険しい雛壇をなす庭のあるイタリアの宮殿も、その情景の静けさを、そしてその孤独さえも、破ることはない。ディアナはいまもこの寂しい湖畔を徘徊し、これら野生の森を頻繁に訪れているのかもしれない」

 このように、イタリアのネミの村には、ネミの湖と呼ばれる聖なる湖と、切り立った崖の真下にあるアリキアの木立とよばれる聖なる木立があり、木立には聖なる樹(ヤドリギ)が生えていました。この樹の枝が「金枝」ですが、これは誰も折ってはならないとされていました。例外的に逃亡奴隷だけは折る事が許されていたといいます。 森のディアナ神をたたえたこれらの聖所には、「森の王」と呼ばれる祭司がいました。逃亡奴隷だけがこの職につくことができますが、「森の王」になるには二つの条件を満たさねばなりませんでした。第一の条件は、金枝を持ってくること。第二の条件は、現在の「森の王」を殺す事です。

 第一章第三節「人の姿を取った神々」では、以下のように人間神について述べられています。

 

「人間神もしくは神聖な超自然的な力を与えられた人間、という観念は、宗教の歴史においては、いまだ神々と人間とが同じ秩序の中に存在しているとみなされていた初期の時代、つまり、人間と神々とが超えがたい深淵(後の世の者にとってはそう思える)によって引き裂かれてしまう以前の時代に、属するものである。それゆえ、神が人間の姿を取るという考え方は、われわれには奇妙に思えるかもしれないが、初期の人間にとってはさほど驚くべきものではなかった。初期の人間は、人間神もしくは神人間の中に、自らもやはり持っていると固く信じて疑わなかった超自然的な力の、単に程度の高いものを見ていたに過ぎない。このような人の姿を取った神々というのは、未開の社会では一般的である」

 また、フレイザーは続けて以下のように述べています。

 

「人の姿を取ること―化身―は、一時的である場合と永続的である場合がある。前者の場合の化身は、概して霊感もしくは憑依として知られるが、超自然的な力というよりも、超自然的な知として現れる。言い換えれば、これは通常、奇跡というよりも予見や予知能力といった形で現れる。一方、化身が単に一時的なものではなく、神聖な霊が永続的に人間の身体を住まいとする場合、人間神は、奇跡を行うことにより自らの性質を証明することが期待される。ここでわれわれが是非思い出しておかねばならないのは、思考の発達のこの段階にある人々の間では、奇跡は自然の法則に対する侵害とみなされることはなかった、ということである。自然の法則なるものの存在自体が考えられなかったのだから、太古の人間にはその侵害など考えつかない。奇跡とは、彼らにしてみれば、普通に見られる力がいつも以上に顕著な現れ方をした、というに過ぎないのである」

 第一章第五節「古代の樹木崇拝」では、以下のように樹木崇拝の儀式や式典について述べられています。

 

「かつて樹木崇拝は、ヨーロッパの先史アーリア人の宗教において重要な要素だったのであり、樹木を崇拝する儀式や式典は、あらゆる地域に共通する卓越的な均一性を備えており、春や夏至の祝祭でヨーロッパの農民によって現在も行われている。もしくはつい最近まで行われていた儀式や式典と、本質的には異なっていない。というのも、これらの儀式は、内部に古色蒼然たる特徴を備えており、それが太古に通じる内容特徴である点は、それらの儀式が抱く、他の地に住む未開民族の儀式との類似によって確認され得るからである。それゆえ、このように民衆の風習に一致が見られることから、ヨーロッパの先史アーリア人と同様、ギリシア人とローマ人が、ヨーロッパの農民によって現在も行われているものと類似した形態の樹木崇拝を行っていたと推論することは、さほど無謀ではない」

 フレイザーは、人間の魂についても饒舌に語ります。第二章「魂の危機」の第二節「魂の本質」では、以下のように述べられています。

 

「しばしば魂は、天外に飛び立とうとしている鳥と考えられる。この考え方はおそらく、大概の言語の中にその痕跡をとどめており、詩の中の隠喩として永らえている。しかしながら現代のヨーロッパの詩人たちにとって隠喩であるものは、その蛮人の祖先たちにとっては、まったく理にかなった大真面目なものであったし、また現在でも多くの人々にとってはそうであり続けている」

 また、「魂の本質」には以下のようにも書かれています。

 

「太古の人々の間では一般に、眠っている者は起こさないのが決まりとなっている。これは、体を離れている魂が、戻る機会を逸してしまわないようにである。魂のいないときに起こされれば、人は病気になってしまう。どうしても起こす必要があるときには、魂に戻る時間を与えられるよう、徐々に徐々にと、ゆっくり起こしてゆかねばならない」

 続けて、以下のような具体例が示されます。

 

「ボンベイ(ムンバイ)では、眠っている男の顔に幻想的な色使いで模様を描いたり、眠っている女に口髭を描くなど、眠れる者の外見を変えることは、殺すことと同じと考えられている。なぜなら、魂が戻ってきたときに、もとの体がどれであるか分からなくなり、その者が死んでしまうからである。セルビア人は、眠れる魔女の魂が、しばしば蝶の姿をして体を離れると考えている。魂がいない間に足と頭の向きを逆にすれば、蝶の姿をした魂は体内への入り口である口を探し出すことができず、魔女は死んでしまうのである」

 第二章第三節「王と祭司のタブー(承前)」では、以下のように王のタブーについて述べられています。

 

「王のタブーの目的は王をあらゆる危険の源から隔離することであるから、その結果は概して、王に隠遁生活―その隠遁の度合いは、王の守るべきタブーの数と厳重さ次第だが―を強いることになる。さて、あらゆる危険の源のうち、蛮人がもっとも恐れるのは呪術と妖術であり、蛮人はいかなる異邦人に対しても、この邪悪な魔法を行うのではないかと疑いの目を向ける。それゆえ、自発的にであれ不本意にであれ異邦人が発するこの破壊的な霊気に対抗せよというのが、蛮人の思慮分別が下す初歩的な命令となる。このため、ある地域に入ることを異邦人に許可する前に、あるいは少なくとも、その地域の住民と自由に交流することを許可する前に、しばしば土地の原住民は、ある種の儀式を執り行って、異邦人から呪術の能力を取り上げようとする。異邦人から発するものと信じられている破壊的な霊気を妨げようとし、原住民たちが取り囲まれることになる汚染された外気を、いわば消毒しようとするのである」

 第三章「神殺し」の第四節「アドニス」には、以下のような植物の儀式が紹介されています。

 

「植物の死と復活が、近代ヨーロッパの祭りと同じような形で儀式的に祝われることのもっとも広範囲に及んでいた地域は、エジプトと西アジアであるように思われる。エジプト人、シリア人、バビロン人、フリュギア人、ギリシア人は、オシリス、アドニス、タンムズ、アッティス、ディオニュソスの名のもと、植物の衰頽と再生を儀式によって表現した。それらの儀式は、古代人たち自身も理解していたように、実質的には同じ儀式であって、その等価物は、現代のヨーロッパの農民たちによる、春と夏至の風習の中に見出される」

 下巻に移って、第四章「金枝」の第二節「バルドル」では、以下のような火の儀式が紹介されています。

 

「かつてスコットランドの中央高地地方では、毎年5月1日に盛大な儀式が行われ、ベルティーン祝祭の火(the Beltane fire)として知られる篝火が焚かれていた。ここで人間の生贄が捧げられていた痕跡は、とりわけ明白で疑いようのないものであった。近隣の街、パースシアのキャランダーでは、この風習は18世紀終わりまで続いていた。各村の人々は、牛が草を食んでいる山や丘の上でこの火を焚いた。このため高地地方の様々な山の頂きが『炎の丘』と呼ばれ、これはちょうどドイツのいくつかの山が、そこで復活祭の火が焚かれることから『復活祭の山』と呼ばれるのと同じである」

 フレイザーは、牛に火をくぐらせるという風習についても言及しています。

 

「火を飛び越え、牛に火を中をくぐらせるという風習は、ひとつには人間と牛が太陽の生命力に与れるようにであろうし、またもうひとつには、人間と牛が悪しき力から洗い清められるようにであろう。というのも、未開人の間では、炎は浄化作用を有するものの中でもっとも強力なものと考えられているからである。後者の考え方は、ギリシアの女たちが夏至の火を飛び越えるときに、『わたしの罪を置いてゆく』と言うことにもっともはっきりと表れている。同様に、かつてユカタン半島の新年の祭りでは、人々は巨大な篝火を焚き、これをくぐった。これが災厄を祓う手段と信じられていた。牛をくぐらせる風習はヨーロッパに限られたものではない。ホッテントット族は何かの折りに、大量の煙を出すために、木切れや枯れ枝、緑の小枝を焼く。彼らは羊たちにこの火をくぐらせるのだが、必要とあれば力ずくで引っ張る。もし羊が炎をくぐらずに逃げ出すようなことになれば、これは大変不真面目なことで、しかも由々しい凶兆とみなされる。だが従順にくぐり抜け、あるいは跳び越せば、ホッテントット族の喜びようは筆舌に尽くしがたい」

 そして、フレイザーは人間を焼く火祭りについて、以下のように述べます。

 

「かつて人間は、樹木霊の表象として焼かれたのか、植物の神として焼かれたのか、と問わなければならない。われわれはこれまでのところで、生きている人間たちがしばしば、樹木霊の表象として振る舞い、樹木霊として死に甘んじたと信じてよい複数の根拠を目にしてきた。したがって、樹木霊の表象を上述の方法で殺すことによりなんらかの特別な功徳が得られるというのであれば、彼らが焼かれてならない理由はない。人間の苦しみを考慮するということは、未開人の打算に入り込む類のものではない。もし入り込んでいたなら、われわれはキリスト教国ヨーロッパの記録を思い出して驚愕に震えることだろう。さて、現在論じている火祭りでは、ときとして人間を焼くことの模倣が大変はっきりと実行されるので、これは実際に人間を焼いた古い風習が、緩和された形で生き残ったものとみなすのが妥当であろう」

 第四章第四節「習俗における外来の魂」では、通過儀礼における死と復活について以下のように述べられています。

 

「通過儀礼において仮定されている死と復活には、以下のような例がある。オーストラリアのニューサウスウェールズのいくつかの部族では、男子たちの通過儀礼の際、トゥレムリンという存在が男子をひとりひとり遠くまで連れ去り、殺し、ときには切り刻み、その後蘇らせて歯を一本引き抜く、と考えられている。クイーンズランド(オーストラリア北東部の州)の一地方では、通過儀礼の際に振られる『うなり枝』[儀式用の楽器]のブンブンと鳴る音は、魔術師たちが少年を飲み込み、若者にして今一度吐き出すときの音、と言われている。『ダーリング川[オーストラリア南東部、クイーンズランドとニューサウスウェールズの両州を南西に流れ、マリー川に合流する]上流のウアラロイ族(the Ualaroi)が語るところでは、少年は亡霊に出会い、亡霊は彼を殺し、再び大人の男として生き返らせる』」

 こういった復活は、以下の通過儀礼においても表現されているとして、フレイザーはさらに述べます。

 

「ユーカリノキの皮の繊維で体を覆ったひとりの老人が、墓の中に横たわり、棒と土で軽く覆われる。地面にできるだけ自然な外観が取り戻されると、掘られた土が運び去られる。埋められた老人は手に小さな低木を一本持っている。これが地面かた生えているように見え、この効果を高めるために、土には他の低木も何本か立てられる。つぎに、儀式を受ける新参者がこの墓の縁に連れてこられ、歌が歌われる。その歌詞は、埋められた老人の『種族名』("class name")とユーカリノキの皮の繊維を表すことばだけからなっている。歌われている間、土の中の老人が持つ木は少しずつ震え始め、次第に大きく動き出して、ついには老人自身が土の中から起き上がる。同様にフィジー諸島の若者も、通過儀式では一列に並んだ男たちの死体を見せられた。これは血まみれで、体は切り裂かれ、内臓が飛び出しているように見える。だが祭司の叫び声を合図に、死体と見えた男たちは一斉に起き上がり、川まで走って行き体を洗う。血や内臓は豚のもので、これを体に塗りつけていたのだった」

 そして、この他にも多くの例を示した後で、フレイザーは通過儀礼における死と復活について以下のように述べます。

 

「通過儀式において死と深津ないし再生を擬態することは、野蛮な状態からはるかに進歩した人々の間にも、少なくともその痕跡だけは、残っていたように見受けられる。たとえばブラフマンの場合、その地位の象徴である聖なる縒糸を授与されて後、『生まれ変わった者』("twice-born")と呼ばれる。マヌ[ヒンドゥー神話で人類の始祖。『マヌの法典』の制定者とされる]は言う、『啓示の文言が定めるところによると、アーリヤン[Aryan サンスクリットで『高貴なる者』の意]ぼヂ一の誕生は人間の母からの誕生であり、第二の誕生はムンガ(Munga)の草の腰帯を縛ることによって起こり、第三の誕生はスラウタ(Srauta)の供犠への加入の儀式を経ることによって起こる』。志願者を擬態的に殺すことは、ミトラ[ペルシア神話の太陽神]の秘儀参入への加入の儀式でも行われていたように見受けられる」

 「訳者あとがき」では、群馬大学教授の吉川信氏が次のように述べます。

 

「これまで簡約版しか知らなかった読者が、本書を開いて最初に驚かされるのは、おそらくその註の多さであろう。節によっては200を超える。ほとんどは引用の出典の表記である(原著ではいずれも脚注形式になっているが、本書では節ごとにまとめて掲載した。また文献の詳細は決定版第十二巻の書誌により補った)。すでに言い古された感はあるが、やはりT・S・エリオットの『コラージュ』という技法を連想せずにはおかない。あるいは、この大著もまた『本から出来上がった本』であったのだという感慨は、フローベールやジョイスの野心をも思わせ、様々な空想を呼び寄せる」

 まさに、本書には「この書に世界を閉じ込めよう」といった壮大な野心を感じてしまいます。正直に言えば、『ロマンティック・デス~月と死のセレモニー』(国書刊行会)、『ハートフル・ソサエティ』『唯葬論』(ともに三五館)といった著作を執筆するときに、わたしも同じ野心を抱きました。 フレイザーは本書に世界を閉じ込めるために、壮大は人類史を叙述し、さらには膨大な事例を集めました。もちろん文化人類学の現在から見れば、稚拙な理論、眉唾の事例なども目立ちます。しかし、19世紀末という時代に、フレイザーは与えられた知見でベストを尽くしたのです。そこには、野心のみならず、ある種の使命感もあったのでしょう。でなければ、この度外れた博引傍証ぶりが理解できません。本書を執筆していた当時のフレイザーの書斎が見てみたいです。
   
 本書を読むと、世界各国で じつにに多くの同じような儀式や風習が行われてきたことに驚かされます。そして、それらの儀式や風習が単なる迷信ではなく、その背景には綿密な論理性があり、豊かな神話性があったことがわかります。各地の儀式や風習は「理に適っていた」のです。 本書は上下巻で1000ページを超す大冊ですが、わたしはもともと呪術や魔術に深い関心を抱いていたことと、非常に読みやすい翻訳でもあったことから、成田からバリ島へ飛ぶガルーダ・インドネシアの機内で一気に読了しました。読み物としても面白く、ある意味で「旅のお伴」には最適な本だと言えるでしょう。なお、この読書館でも紹介した『図説 金枝篇』も現在は、講談社学術文庫から2分冊で刊行されており、「旅のお伴」におススメです。