No.1177 宗教・精神世界 | 書評・ブックガイド 『宗教学の名著30』 島薗進著(ちくま新書)

2016.01.10

 『宗教学の名著30』島薗進著(ちくま新書)を読みました。
 いよいよ今年は次回作『儀式論』(仮題、弘文堂)を執筆します。
 それにあたって、参考文献の固め読みを開始しましたが、その最初に資料のコースナビとして本書を読んだのです。

 著者は、日本を代表する宗教学者にして死生学の第一人者です。
 現在は上智大学グリーフケア研究所の所長にして、東京大学名誉教授でもあります。京都大学こころの未来研究センター教授である鎌田東二先生とは同い年で大変親しく、わたしは鎌田先生から著者を紹介していただきました。非常に温厚かつ気さくな方です。この読書館でも『国家神道と日本人』『日本人の死生観を読む』など、著者の本を紹介しています。

 本書のカバー前そでには、以下のように書かれています。

「宗教の歴史は長いが、宗教学は近代になって経験科学の発達を背景としてヨーロッパで誕生した比較的歴史の短い学問である。近代人は宗教に距離を取りながらも、人類が宗教を必要としてきたゆえんを直観的に理解し、時に知的反省を加えてきた。宗教学の知は西欧的近代学知の限界を見定めて、芸術・文学・語りや民衆文化の方へと開かれようとする脱領域的な知ともいえる。本書は古今東西の知から宗教理解、理論の諸成果を取り上げ、現代を生きる私たちにとっての『宗教』の意味を考える視点を養う決定版ブックガイドである」

 本書の目次構成および取り上げている本は以下の通りです。

「はじめに」
1 宗教学の先駆け
  空海『三教指帰』―比較の眼差し
  イブン=ハルドゥーン『歴史序説』―文明を相対化する
  富永仲基『翁の文』―宗教言説の動機を読む
  ヒューム『宗教の自然史』―理性の限界と人間性
2 彼岸の知から此岸の知へ
  ラヴジョイ『存在の大いなる連鎖』―形而上学の解体の後に
  カント『たんなる理性の限界内の宗教』―倫理の彼方の宗教
  シュライエルマッハ― 『宗教論』―宗教に固有な領域
  ニーチェ『道徳の系譜』―宗教批判と近代批判
3 近代の危機と道徳の源泉
  フレイザー『金枝篇』―王殺しと神殺し
  ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』―宗教の自己解体
  フロイト『トーテムとタブー』―父殺しと喪の仕事
  デュルケム『宗教生活の原初形態』―宗教は社会の源泉
4 宗教経験と自己の再定位
  ジェイムズ『宗教的経験の諸相』―「病める魂」が開示するもの
  姉崎正治『法華経の行者 日蓮』―神秘思想と宗教史叙述の地平融合
  ブーバー『我と汝』―宗教の根底の他者・対話
  フィンガレット『論語は問いかける』―聖なるものとしての礼・儀礼
5 宗教的なものの広がり
  柳田国男『桃太郎の誕生』―説話から固有信仰を見抜く
  ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』―遊びの創造性と宗教
  エリアーデ『宗教学概論』―有限が無限に変容するとき
  五来重『高野聖』―唱導と勧進の仏教史
6 生の形としての宗教
  ニーバー『アメリカ型キリスト教の社会的起源』―持たざる者の教会
  レ―ナルト『ド・カモ』―神話的な生の形
  エリクソン『幼児期と社会』―母子関係と自立の試練
  ショーレム『ユダヤ神秘主義』―神話的経験の再活性化
  井筒俊彦『コーランを読む』―言語表現からの実存解釈
7 ニヒリズムを超えて  
  ヤスパース『哲学入門』―実存・限界状況・軸の時代
  バタイユ『呪われた部分』―消尽と無による解放
  ジラール『暴力と聖なるもの』―模倣の欲望から差異創出へ
  湯浅泰雄『身体論』―修行が開く高次システム
  バフチン『ドストエフスキーの詩学の諸問題』―多元性を祝福する
「文献目録」

 「はじめに」の冒頭、「宗教学とは」として、著者は次のように書いています。

「宗教学は発展途上の学である。すでに熟成して果汁がしたたり落ちるような学問分野も、あるいはすでに衰退の相を示している分野もあると思うが、宗教学はまだ若い。青い果実の段階だ。というのは、その望みが大きいからである。宗教学者の中にはすでにその内実は十分に整っていると言いたい向きもあろうが、果たすべき課題の大きさを考えるとまだまだ先は長いと私は思う。『未来』の学とも言えるし、なお『未熟』とも言える」

 著者は、本書の構成について以下のように述べています。

「本書1章、2章で取り上げるヒュームやカントやニーチェは哲学の眺望を大きく変えた人々だったが、その省察の根底に独自の宗教理解がった。3章で取り上げるウェーバーとデュルケムは社会学を確立した2人の巨匠だが、その際、宗教研究が決定的に重要な媒介となった、3章、4章で取り上げるジェイムズやフロイトは心理学を通して新しい人間理解の方法を編み出した人たちだが、宗教論はその新しさの核心に関わっている。
 宗教学は個別学科の枠を超えて人間についての洞察を深めた人々に多くを負い、そこから新たな学的枠組みを構築しようとして来た。5章で取り上げるエリアーデのように自らを『宗教学者』と位置づけた巨匠もいる。宗教学の独自性を強く打ち出そうとした学者の系譜をたどる宗教学史も考えられないわけではない」

 このような名著ブックガイドの場合、宗教学の歴史の展開が理解できるような選書、また著者が特に影響を受けた学者を紹介する選書の両方が考えられますが、本書の場合は両方をうまくクリアしている観があります。非常にバランス感覚があります。柳田国男や井筒俊彦といった日本人学者の名著が選ばれていることも嬉しいかぎりです。

 「宗教」および「宗教学」について、著者は次のように述べています。

「とりあえず、『宗教』は人間の聖なるものとの関わりとして、あるいは包括的(究極的)な意味連関への問いにそって人間生活を組織化するシステムとして特徴づけることができるだろう。キリスト教や仏教やイスラームや道教や民俗宗教について、個別事例を突き抜けて普遍的な人間理解を目指したり、多様な様態を比較しながら考察し人間理解を深めてきた学知には相当の蓄積がある。そのような学知の蓄積を踏まえ、宗教に関わる事柄を取り上げながら、人間とは何かを考察していくのが来るべき宗教学だ」

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