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オカルトの惑星』

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No.0722

 

 『オカルトの惑星』吉田司雄編著(青弓社)を読みました。

 『オカルトの帝国』の続編です。前作のサブタイトルは「1970年代の日本を読む」でしたが、本書のサブタイトルは「1980年代、もう1つの世界地図」です。表紙には、なぜか雲の上をペンギンが飛んでいるイラストが描かれています。そして、小さな字で次のように書かれています。


 「UFO、宇宙人、ネッシー、秘境、ニューエイジ、超古代史論争、土偶=宇宙人説・・・・・。80年代、圧倒的な経済成長を背景にオカルトはテレビや雑誌などのメディアに取り上げられ、人々の心を引き付けていた。それらブームを具体的に取り上げながら、怪異現象の魅力を存分に描く」


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。


「はじめに」(吉田司雄)

第1部 オカルトの水脈
―1960年代から80年代へ

第1章:美しい地球の〈秘境〉(飯倉義之)
    ―〈オカルト〉の揺籃としての1960年代〈秘境〉ブーム

第2章:オカルト・ジャパンの分水嶺(金子毅)
    ―純粋学問としての人類学からの決別
第3章:邪馬台国と超古代史(原田実)

 

第2部 午後の地球
―1980年代オカルトの地平

第4章:デニケン・ブームと遮光器土偶=宇宙人説(橋本順光)
第5章:シャンバラへの旅(宮坂清)
    ―80年代日本の危うい夢
第6章:台湾のオカルト事情(伊藤龍平)
第7章:バブルとUFO(谷口基)

 

第3部 日常化するオカルト
―1980年代から90年代へ

第8章:児童虐待とオカルト(佐藤雅浩)
    ―1980年代女性週刊誌における猟奇的虐待報道について
第9章:かくも永き神の不在に、セカイを語るということ(小林敦)
第10章:カリフォルニアから吹く風(一柳廣孝)
ネス湖への旅は終わらない――あとがきにかえて(吉田司雄)


 本書の編著者で日本近代文学者の吉田司雄氏は、「はじめに」の冒頭で次のように述べています。


 「1970年代、空前のオカルトブームが日本に訪れた。とりわけ1974年。3月7日、NTV(日本テレビ)の『木曜スペシャル』にイスラエルの超能力者ユリ・ゲラーが出演して、カナダのトロントから送った念力でテレビの前の視聴者のスプーンを曲げ、止まった時計を動かした。7月13日土曜日、映画『エクソシスト』(ウィリアム・フリードキン監督)が公開されるや多くの人々が劇場に詰めかけ長蛇の列ができ、上映中にも失神者が続出するというパニックを引き起こした」


 前年の1973年にも、すでに大きな動きがありました。吉田氏は述べます。


 「小松左京『日本沈没』(カッパ・ノベルス、光文社)がベストセラーとなり、同年11月に刊行された五島勉『ノストラダムスの大予言―迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日』(ノン・ブックス、祥伝社)も翌74年上半期のベストセラー第1位になるなど、高度成長期が終焉を迎えオイル・ショック(1973年)で経済的な先行きの不透明さが増す一方、科学技術に支えられた明るい未来像が公害問題や環境破壊によって信じ難くなり、終末論的な空気が淀む時代だった」


 そして、吉田氏は以下のように70年代から80年代へと続くオカルト・ブームについて総括します。


 「1970年代のオカルトブームとは、「隠された知」であったオカルトが白日の下へと引き出されると同時に、メディアを流通する消費アイテムへと瞬く間に変貌していく時代の到来でもあったのである。そして『オカルトの帝国』の編者が言うように、もはや今日ではオカルトは少しも隠されてはいない。70年代に続く80年代は、とりわけバブル経済期の消費文化は、その流れを推し進めこそすれ、ほとんど塞き止めようとはしなかった」


 第5章「シャンバラへの旅―80年代日本の危うい夢」では、霊的理想郷としてのシャンバラの日本における精神史が紹介され、興味深かったです。冒頭に、文化人類学者の宮坂清氏が次のように述べています。


 「オカルトブームの1970年代、それはオカルトがオカルトでなくなっていった時代、『隠された知』が明るみに出された時代だった。80年代、関心は海外にも向けられていき、残された大きな『隠された知』として好奇の目を向けられたものの1つが、チベットに伝わるシャンバラであった。
 シャンバラに特徴的なのは、それが『隠された知』であり、同時に『隠された地』でもあるという点である。そもそも隠された地に関する伝承は、日本の浦島太郎に見られる常世国や中国の桃源郷のように、古今東西広く見られる」

 

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    わが書斎のシャンバラ関連書コーナー


 

 シャンバラは「アガルタ」という神秘の国の首都ということになっていますが、71年には水木しげるが「虹の国アガルタ」を、74年には石森章太郎が「アガルタ」を発表しています。また、74年には横尾忠則も「聖シャンバラ 火其地」を描いています。さらには88年には高階良子が「シャンバラ」を発表しています。拙著『リゾートの思想』(河出書房新社)および『リゾートの博物誌』(日本コンサルタントグループ)で、わたしは理想郷のことを書きましたが、「隠された地」としてのアガルタやシャンバラにも言及しています。


 オカルトといえば、UFOが切っても切り離せません。『オカルトの帝国』にも登場した文化史研究家の谷口基氏は、第7章「バブルとUFO」の冒頭で次のように述べています。


 「UFOや宇宙人に対する日本人の興味は、元飛行将校や教員、文学者など『一部の好事家』たちを中心に『UFO熱』が高まった1950年代に顕在化し、10代、20代の若者たちを熱狂させた70年代オカルトブームの一端を担い、その後沈滞することなく80年代に引き継がれ、ここで独立したムーブメントを作り出した。この流れを70年代末に決定づけ、SFファンから広く一般人にまで『宇宙意識』を蔓延させた最大の要因が、78年に上陸したアメリカ映画『未知との遭遇』(スティーヴン・スピルバーグ監督)と『スター・ウォーズ』(ジョージ・ルーカス監督)の爆発的ヒットであった。2作品の日本公開は、前者が2月25日、後者が6月24日である。この間、4ヵ月という長いタイム・ラグがあったが、配給会社20世紀フォックスが巧妙に配置したこの空隙こそが、かつてなかったまでに、日本人の『宇宙意識』を沸き立たせたのである。ゆえにマスコミはこの年を、『SF元年』と呼んだ」

 

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   わが書斎の「地球ロマン」「迷宮」、ついでに「夜想」!

 


 そして、『オカルトの帝国』の編著者であった横浜国立大学教授で日本近代文学者である一柳廣孝氏は、第10章「カリフォルニアから吹く風」において、70年代のオカルトブームと同様に、80年代のオカルトブームにおいても海外からさまざまな新たな息吹が吹き込まれたことを指摘し、次のように述べています。


 「1970年代後半からは雑誌『地球ロマン』(絃映社)や『迷宮』(迷宮編集室)、または八幡書店の出版物に代表されるような偽史・霊学・霊術・催眠術への関心の惹起、または大陸書房、徳間書店が牽引した超古代史ブーム、80年代末期の古神道への注目といった、日本的オカルティズムの系脈が浮上しているものの、あくまでメインストリームを形成していたのは西欧的オカルティズムだったといっていいだろう。その流れは90年代初頭に至って、アメリカ西海岸を経由して日本にやってきた、精神世界ブームという形で顕在化する」


 ここに出てくる「地球ロマン」や「迷宮」といったオカルト専門誌は今では大変な稀少本として高い古書価がつけられていますが、なぜかわたしの書斎には両誌ともすべて揃っています。(苦笑)その上、実家の書庫には八幡書店の出版物もほとんど全部揃っているのですから、本当に困ったものですね。(笑)

 

 さて、ジャーナリストの中島渉氏は、1980年代を「宗教バブルの時代」、90年代を「その残滓と世紀末化の加速の時代」とし、80年代を席巻したムーブメントとして3つのN、すなわち「ニューサイエンス」「ニューエイジ」「ニューアカデミズム」を挙げています。この中島説を受けて、一柳氏は次のように述べます。


 「ニューエイジは、アメリカ西海岸と深く結びついている。西海岸の中心地であるカリフォルニアは、20世紀初頭にはオカルトの地・神秘の国として認知され、世界中のオカルティストがカリフォルニアへ集結することで、カルトの本場、『魔術師の帝国』と呼ばれるに至った。その後、1960年代のヒッピー文化を経て、70年代に始まるニューエイジ・ムーブメントによって、カリフォルニアは新たな精神文化を世界に発信する象徴的な場となる。その起源には、かつてこの地に本部を置いた、神秘性を基盤とする神智学、実利性を重視するニューソートがある。この2つを母体として、カリフォルニアでは多種多様な精神文化が生み出されていった。日本では、ニューエイジの多様な展開が「精神世界」というカテゴリーの下で集約され、さらに広範なスピリチュアリティ運動となって現在に至っている」

 

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   わが書斎のニューサイエンス&ニューエイジ関連書コーナー

 


 一柳氏は「オカルトブームと『科学』の揺らぎ」として、サイエンスからニューサイエンスへの流れを次のように述べています。


 「大衆的な文化現象としての1970年代のオカルトブームは、ある意味で表層的な断片、パーツの集積として顕在化していた。UFOから超能力、心霊現象、予言、ホラー映画などの流行は、必ずしも相互に関係しているというわけではない。しかしそれらのパーツに内在していた水脈は、やがて明確な思想運動の形をとり始める。ニューサイエンスの登場である」


 わたしも昔はずいぶん、「ニューサイエンス」「ニューエイジ」「ニューアカデミズム」関係の本を読みました。一柳氏も指摘しているように、雑誌「遊」を刊行していた松岡正剛氏率いる工作舎がこの分野を牽引してきたと言えるでしょう。


 1990年前後のオカルトブームについて、建築史家で風俗研究者でもある井上章一氏は「物質文明の行き過ぎがオカルトを含めた精神文化を補償作用のように欲望する」「既存宗教が崩れて、なおかつ近代的な不安があるところに、オカルティズムとか超能力というのが噴き出しやすい」と述べました。これらの発言を受けて、最後に一柳氏は次のように述べます。


 「地球全体に視野を広げたグローバルな危機意識が現実のものとして認識されていくなか、この危機を回避する手段として『精神世界』は浮上してくる。このプロセスからは、さらに多くの問題を見いだすことができそうだ」


 本書を読んだ感想としては、やはりオカルトは80年代よりも70年代のほうがワクワクして面白かったということです。やはり、オカルトへの関心は子どもの頃の純粋な心と関わっているような気がします。いつまでも子どもじみたオカルト趣味を引きずった連中がオウムに入信したというのは歴史的事実ですから。


 5月5日の「こどもの日」からスタートしたオカルトをめぐる、わが「こころの旅」もそろそろ終わりです。これからは、また大人として生きていきます。なにしろ、あと2日でわたしは50歳になるのですから・・・・・。