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猪木と馬場』

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No.2146


 『猪木と馬場』斎藤文彦著(集英社新書)を読みました。
 本書は、「週刊ポスト」2015年5月22日号~2016年7月15日号に連載した「我が青春のプロレス~馬場と猪木の50年戦記」に大幅な加筆・修正を加えて新作としてまとめられたものです。著者は、1962年東京都杉並区生まれ。プロレスライター、コラムニスト。一条真也の読書館『プロレス入門』『ブルーザー・ブロディ 30年目の帰還』『忘れじの外国人レスラー伝』などで紹介した著書、『プロレス社会学のススメ』で紹介した共著があります。

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本書のカバー表紙の下部

 

 カバー表紙には、リング上で抱き合うアントニオ猪木とジャイアント馬場の写真が使われ、「力道山門下での同日デビューからBI砲結成、独立を経て興行戦争、リングからの去り際まで。」「昭和のあの頃、ぼくらが熱狂したプロレスラー」「"燃える闘魂"と"東洋の巨人"の終わりなき物語」と書かれています。

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本書のカバー裏表紙

 

 カバー裏表紙には、以下の単語が並んでいます。
「読売ジャイアンツ 力道山 太平洋上の略奪事件 東京プロレス ワールド大リーグ戦 インターナショナル王座 32文ドロップキック 固め BI砲 会社乗っ取り計画 NWA 倍賞美津子 "心の師"ゴッチ 東京タワーズ 坂口征二 鶴田友美 PWF チャンピオン・カーニバル 新宿伊勢丹デパート前乱闘事件 禁断の日本人対決 モハメド・アリ 天龍源一郎 夢のオールスター戦 "熊殺し"ウイリー 異種格闘技戦 世界最強タッグ MSGタッグ IWGP構想 "噛ませ犬"発言 舌出し失神KO事件 "正規軍"対"維新軍" UWF "格闘王"前田日明 "明るく、楽しく、激しいプロレス" 東京ドーム初進出 議員レスラー 引退試合......」

 

 カバー前そでには、「昭和のあの頃、金曜夜8時に『男の子』はみんなテレビの前にいた--。アントニオ猪木とジャイアント馬場は力道山門下で同日デビューし、やがて最強タッグ『BI砲』で頂点に上り詰めた。その後、独立してそれぞれの道を歩み、二人は仁義なき興行戦争へと突入していく。プロレスラーとしての闘いからプロデューサーとしての闘いへ。猪木と馬場のライバル物語を追うことは、もちろん日本のプロレス史を辿ることであるが、本書の内容はそれだけではない。プロレスの本質を理解するための視座を伝える一冊である」との内容紹介があります。

 

 本書の「目次」は、以下の校正になっています。

プロローグ In The Begining

第1章 宿命のライバル

第2章 青春のプロレス

第3章 新日本プロレスと全日本プロレス

第4章 馬場のプロレス観と猪木のプロレス観

第5章 "格闘技世界一決定戦"猪木VSアリ

第6章 馬場プロデューサーと猪木プロデューサー

第7章 "昭和プロレス"の終えん

エピローグ At the end of the day

 

 プロローグ「In The Beginning」では、著者は以下のように書いています。
「ジャイアント馬場とアントニオ猪木は、プロレスのヒーローであり、テレビのヒーローであり、最強のタッグチームから袂を分かち、それぞれが一国一城の主となって長い長い"天下盗り"の闘いを演じた宿命のライバルである。ちょっと大風呂敷を広げてしまえば、プロレスの宇宙ではいつもふたつの太陽が輝いていて、馬場さんには馬場さんのプロレス、猪木さんには猪木さんのプロレスがあった。馬場さんのことが好きな人は馬場さんがいちばん好きで、猪木さんのことが好きな人は猪木さんがいちばん好きだった。"ぼく"――たとえばぼくのようなプロレスそのものが大好きな少年ファン――は、馬場さんのプロレスと猪木さんのプロレスを同時に観ながら、馬場さんの生き方、猪木さんの生き方をリアルタイムで体感してきた」

 

 第1章「宿命のライバル」では、「"宿命のライバル"という大河ドラマ」として、著者は「馬場と猪木のライバル・ストーリーは、同日入門発表と同日デビューから、最強のタッグチーム"BI砲"として活動した昭和40年代の約5年間、全日本プロレスと新日本プロレスの設立から現役選手として円熟期を迎え"社長レスラー""プロモーター""プロデューサー"としておたがいのプロレス観をぶつけ合った昭和50年代、昭和60年代、平成まで続いた約40間のロングランだった」と述べています。

 

 第2章「青春のプロレス」では、日本プロレスの時代からプロレス中継を担当したアナウンサーの徳光和夫氏が登場します。馬場と猪木の全盛期としの人柄を良く知る徳光氏は、「才能があったのは猪木さんで、馬場さんは努力の人」と見ます。彼は、プロレスラーとしての馬場の実力を「ずっと耐えて、耐えて、忍んで、力を温存して、攻撃しているほうが疲れてきたころを見計らって最後に逆転をするという美学を持っていた」と結論づけ、「先輩の清水さん(清水一郎アナウンサー)と私は、馬場さんはすごく強いと考えていました。精神力も強いけれど、体力的にも強い。だから、我慢もできる。若いころは技のキレもすばらしかった。馬場さんこそストロング派。練習に練習をかさねてかさねて、肉はつかなかったけれど、スタミナがあった。だから、ブルーノ・サンマルチノ、ジン・キニスキー、ボボ・ブラジルなどと60分フルタイムの引き分けが多かった。それもアメリカで学んできたプロレスラーとしての才能だった」と述べています。

 

 一方の猪木の実力については、猪木のことを本名の猪木寛至にならって「寛ちゃん」と呼ぶ徳光氏は、「力道山は寛ちゃんを『技の魅せ方という点ではほんとうに才能がある』と評価していた。力道山がそういっていたそうです。ショーとして魅せることのできるレスラーであると。力道山は、若かりしころの寛ちゃんが自分に似ていると考えたのでしょう。猪木さんは大したレスラーです」と客観的に評価しています。徳光氏は、「才能があったのは猪木で、馬場は努力の人」と見ており、「猪木が長嶋茂雄なら馬場は王貞治であり、猪木が江川卓なら馬場は西本聖」とも言います。1962年生まれの著者は、「"ぼくたち"の世代のプロレスファンの多くはこれまでずっと馬場と猪木を"アメリカンスタイルの馬場"と"ストロングスタイルの猪木"あるいは"才能の馬場"と"努力の猪木"という比較論でとらえてきたから、全盛期のBIコンビを実況席から目撃しつづけた徳光さんのこの"馬場観"と"猪木観"はひじょうに新鮮だった」と書いています。著者の1歳下であるわたしも、まったく同感です。

 

 第3章「新日本プロレスと全日本プロレス」の冒頭を、「"BI砲"最後の日」として、著者は「馬場と猪木の"BI砲"が、本格的なタッグチームとして活動したのは1967年(昭和42年)5月から1971年(昭和46年)12月までの4年7カ月間。プロレスファン、とくに少年ファンにとって"BI砲"は"正義の味方"であり無敵のコンビだったが、プロレスはスポーツであり、また一種の"大河ドラマ"でもあるから、たまに主人公が負けることもあった。馬場&猪木を下した外国人コンビは、ウィルバー・スナイダー&ダニー・ホッジ、デイック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー、そして、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクの3チームだった」と書きだしています。

 

 第4章「馬場のプロレス観と猪木のプロレス観」では、1973年(昭和48年)は、馬場と猪木のほんとうの闘いがスタートした年だったとして、ともに日本プロレスを離れた猪木が新日本プロレス、馬場が全日本プロレスを設立し、団体のオーナー社長となったことが紹介されます。共通の師である力道山がそうであったように、二人はそれぞれのリングで"製作・総指揮・監督・主演"のポジションに立ったのです。馬場はアブドーラ・ザ・ブッチャーを、猪木はタイガー・ジェット・シンをそれぞれ"大悪役"としてキャスティングしましたが、それによって、お茶の間の一般視聴者にとっては「4チャンネルの全日本プロレス」と「10チャンネルの新日本プロレス」のストーリーラインがわかりやすいものになりました。

 

 独立後の馬場と猪木が共通して闘ったプロレスラーが数人いますが、中でもロビンソンとの試合は両者のプロレスの違いを際立たせました。著者は、「猪木対ロビンソンは、1-1のタイスコアから60分時間切れのドローで、馬場対ロビンソンは、トータル約20分のファイトタイムで、馬場が2フォールを奪っての文句のつけようのない勝利。ロビンソンは、十八番の"人間風車"で猪木を宙に舞わせたが、巨体の馬場には同じ技をかけることができなかったという事実も馬場ファンをおおいに喜ばせた。馬場は、前年の大木金太郎との"因縁の一戦"と同様、試合時間でも試合結果でも、猪木との"差"を客観的かつ具体的に示してみせた。ロビンソンは、そこから約10年間、現役を引退する1985年(昭和60年)まで年間契約のレギュラー枠で全日本プロレスのリングに上がりつづけた。リングを降りたあとのロビンソンは、猪木とのたったいちどの遭遇については力強く弁舌を振るったが、馬場との試合についてはあまり多くを語ろうとしなかった」と述べるのでした。

 

 第6章「馬場プロデューサーと猪木プロデューサー」では、1982年1月28日に行われた猪木対ブッチャーが猪木の反則勝ちで、同年2月4日に行われた馬場対ハンセンのPWFヘビー級選手権は両者反則のドローで馬場が王座を防衛したことを紹介。著者は、「猪木のライバルだったハンセンとのシングルマッチに、44歳の馬場が久しぶりにエンジン全開のファイトをみせ、全盛期をほうふつさせるハツラツとした動きがファンを狂喜させた。一部では"引退説"がささやかれはじめていた馬場のコンディションのよさと、まだまだ元気いっぱいだったはずの猪木の体調面に意外な逆転現象が生じていた」と指摘しています。

 

 馬場がハンセンと名勝負を残したのに比べて、猪木はブロディと名勝負を残せませんでした。猪木とブロディの初対決は、1985年4月18日の新日本プロレスの新国技館での初興行で実現し、26分20秒、両者リングアウトのドローという結果に終わったことを紹介し、著者は「42歳の猪木にとって、ブロディは現役最後のライバルといっていい存在で、両者はこの1年だけで東京、大阪、ハワイ、札幌で合計6回対戦し、戦績は猪木の1勝2敗3引き分け。1勝は反則勝ちで、2敗は反則負け。引き分けに終わった3試合はいずれも両者リングアウトで、すっきりとした決着がついた試合はなかった」と述べます。ブロディは"猪木のリング"で製作総指揮・監督・主演の猪木に対して3カウントのファール勝ち、ギブアップ勝ちをただの一度も許さなかったのです。

 

 第7章「"昭和プロレス"の終えん」では、「猪木は初の"議員レスラー"に、馬場は"世界最高峰NWA"と決別」として、二人のプロレスラーとしての晩年が描かれます。二人には多くの弟子がいましたが、馬場の弟子で代表的なのはジャンボ鶴田と天龍源一郎、猪木の弟子で代表的なのは藤波辰爾と長州力でしょう。わたしを含めた多くのプロレスファンは、馬場の正当な後継者は鶴田であり、猪木の正当な後継者は藤波であると思っていました。天龍と長州は、正規軍と闘った反逆児だからです。しかし、馬場と猪木がシングルでのフォール負けを許した相手は鶴田と藤波ではなく、天龍と長州でした。著者は、「"猪木ワールド"で猪木を倒したのが藤波ではなく長州で、"馬場ワールド"で馬場を倒したのが鶴田ではなく天龍だったのは単なる偶然ではないだろう。馬場と猪木は、すべてが対照的なようにみえて、じつは似た者同士のようなところもあったのかもしれない」と述べるのでした。

 

 エピローグ「At the end of the day」では、本書のタイトルについての記述があります。じつは、わたしは『猪木と馬場』というタイトルに違和感をおぼえており、やはりBI砲にならって『馬場と猪木』にすべきではないかと思っていました。著者は、「タイトル案については『馬場と猪木』にすべきか『猪木と馬場』にするべきか、ぼくなりによく考えた。これまでのプロレス界の慣習あるいはプロレスファンの感覚(というか常識)では、馬場さんと猪木さんいついて論じるとき、その順番はほぼ自動的に"馬場と猪木"だった」と書いています。鈴木正一は『宿命のライバルG・馬場 A・猪木 永遠の抗争 過去・現在・未来』、櫻井康雄は『激録 馬場と猪木』という著作をそれぞれ遺しています。

 

 しかしながら、著者は「馬場さんが1999年(平成11年)1月に旅立ってからすでに23年という歳月が経過している。馬場さんは現実の世界にはもういないから、馬場さんについて語ることはぼくたちが生きた昭和の記憶をたどることと等しい。馬場さんと猪木さんはふたりとも――それは偶然ではなくて必然という気がしてならない――98年(平成10年)に最後のリングに立った。でも、猪木さんはリングを去ったあともずっと"アントニオ猪木"でありつづけ、いまも現在進行形の"アントニオ猪木"をぼくたちに提示しつづけている。馬場さんは追憶とはなにかを教えてくれて、猪木さんはなにがなんでも生きていくというのはどういくことなのかをぼくたちに教えてくれている。だから、この本のタイトルは、どちらがベターであるかという発想ではなくて、ごく自然に、いまを生きるぼくたちの『猪木と馬場』になった」と述べるのでした。

 

 著者の言いたいことはわかりますが、本書の元になった「週刊ポスト」に連載記事が「我が青春のプロレス~馬場と猪木の50年戦記~」のタイトルで、連載開始時の2015年には馬場死後すでに16年が経過していたことを考えると、ちょっと無理がありますね。難病の心アミロイドーシスと闘病を続けている猪木に世間の注目が集まっているのを考慮したタイトルであることは明白だと思います。本書に書かれている記述は基本的に知っていることが多く、鈴木正一著『宿命のライバルG・馬場 A・猪木 永遠の抗争 過去・現在・未来』、櫻井康雄著『激録 馬場と猪木』からの引用が多いように思いました。また、編集上のミスなのか、重複した記述も多々見られたのは残念でした。しかし、アングルがあることが常識の上で書かれている現在のプロレス本と違い、プロレスの試合経過や試合結果を丁寧に説明している本書はある意味で新鮮であり、1周回って「やっぱり、プロレスは面白い。馬場と猪木は偉大なり!」と思った次第です。