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パンデミック以後』

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No.2045


 『パンデミック以後』エマニュエル・トッド著、聞き手・大野博人、笠井哲也、高久潤(朝日新書)を読みました。「米中激突と日本の最終選択」というサブタイトルがついています。一条真也の読書館『自由の限界』『新しい世界』で紹介した本に著者のインタビューが掲載されており、興味を持ちました。もっと著者の考え方を深く知りたいと思い、2021年2月に刊行された本書を手に取った次第です。著者は、1951年フランス生まれ。歴史家、文化人類学者、人口学者。ソルボンヌ大学で学んだのち、ケンブリッジ大学で博士号を取得。各国の家族制度や識字率、出生率、死亡率などに基づき現代政治や社会を分析し、ソ連崩壊、米国の金融危機、アラブの春、トランプ大統領誕生、英国EU離脱などを予言。著書に『経済幻想』『帝国以後』(以上、藤原書店)、『シャルリとは誰か?』『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(以上、文春新書)、『グローバリズム以後』(朝日新書)、一条真也の読書館『大分断』で紹介した本など多数。

  

 本書のカバー表紙には、腕組みをした著者の写真とともに「急拡大する『全体主義』の脅威とは――人類の大転換に、日本はどう対峙すべきか?」「現代最高の知性が緊急提言!」と書かれています。カバー裏表紙には、「中国リスク、米国の大分極、国家システムの敗北、自由貿易の限界......」「世界秩序の地殻変動に備えよ!」「『能動的な帰属意識』が再生のヒントだ」「日本向けインタビュー最新刊」と書かれています。

  

 カバー前そでには、「日本は絶え間ない変化を生きて来た――。未曽有の厄災を糧とし、大変質する世界と向き合うための知見と思索」として、「グローバリズムや自由貿易といった『幻想』は雲散霧消した。米国は左右に引き裂かれ、欧州は泥沼状態で、中国やロシア、東欧などで全体主義の傾向が強まっている。民主主義が失速していく今、私たちが進むべき道とは――。現代最高峰の知性が、これからの日本のロードマップを示す」と書かれています。

 

 アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「新型コロナは国家の衝突と教育階層の分断を決定的なものにした。社会格差と宗教対立も深刻で、『トランプ退場』後もグローバルな地殻変動は続く。この近代最大の危機とどう向き合えばよいか。世界と人類の大転換を現代最高の知性が読み解く」

  

 本書の「目次」は、以下の通りです。

1 トランプ政権が意味したこと

トランプ氏は重要な大統領だった

時代が求めた「逸脱した」人物

「上品な」装いのトランプ政策を

経済から離れてしまった民主党の主張

まちがった意識、迷走する意識

「トランプ排除」は政策にならない

分断を進めたのはトランプ氏か?

中国の脅威を暴いたコロナ禍

米国はロシアを中国から引き離せ

問題解決能力がないのに力を増す「国家」

悲劇のように語られた喜劇

2  新型コロナ禍の国家と社会

国民国家システムが勝利したわけではない

中間層も転落

ジレジョーヌ(黄色いベスト)運動は再統合への始まり

人口問題についての日本の「幻想」

中国は危ない国になっている

「能動的な」帰属意識

米中争覇は悪いことではない

3  新型コロナは

     「戦争」ではなく「失敗」

パンデミックは不平等を加速させる

グローバル化で生活は守れない

4  不自由な自由貿易

トランプの方が真実を語っていた

過度の自由貿易が社会を分断

自由貿易は宗教に近い

保護主義が民主主義を取り戻す

WTOは保護主義移行機関に

5  冷戦終結30年

ロシアは欧米に裏切られ、囲い込まれた

超大国は1つより2つの方がまし

東西ドイツ再統一で米国は欧州をコントロールする力を失った

欧州は両大戦に続く第三の自壊が起きている

共産主義崩壊で恐れるものが消え、古い資本主義が再登場

6  家族制度と移民

日本は新自由主義に囚われている

「直系家族のゾンビ」

島国のアイデンティティー

移民の問題は男女の関係に似ている

問題は移民か経済か

移民を受け入れるためにも出生率の向上を

「あとがき」
「初出一覧」

  

 1「トランプ政権が意味したこと」の冒頭は、「4年間にわたり、米国と世界を揺さぶったドナルド・トランプ大統領とはいったい何だったのか。フランスの人類学者で歴史学者のエマニュエル・トッド氏は『重要な』大統領だったという。彼がもたらした保護主義と反中国の姿勢は歴史的な転換点になると考えるからだ。『下品で好きになれない』トランプ氏の『逸脱』を読み解き、『米国人なら自分も支持者になるだろう』民主党の思想的混乱をきびしく突く」と書かれています。

  

 それから、「トランプ氏は重要な大統領だった」として、著者は以下のように述べています。
「トランプ氏の政策はカタストロフ(大きな破滅)をもたらしたわけではありません。私は、もしコロナ禍がなければトランプ氏は再選されていただろうと思います。経済は好調だったわけですから。あるいは、もし彼が最高裁の判事に原理主義的なカトリック教徒ではなく、ヒスパニック系の人材を任命していたら、勝っていたかもしれませんね。これはトランプ氏の戦略的なミスでしょう。ヒスパニック系の人たちの3分の2は民主党に投票しますが、それほど固い支持ではないのですから」

  

 「時代が求めた『逸脱した』人物」では、インタビュアーの「脱した人物はしばしば、諸刃の剣になるということですね」という発言に対して、著者は「世界恐慌のとき、西欧諸国のエリートたちはリベラリズムという考え方に凝り固まっていました。彼らが思いつけたことと言ったら、国家財政の緊縮だけでした。当時、世界的に需要が崩壊していたというのにです。ドイツのリベラル主義者たちもそう考えた。そして失業率が高まるままにしてしまった。そこに、こんなことは馬鹿げている。国家がなんとかするべきだ、と言って登場したのがヒトラーです。そして大規模な公共工事をやり、軍備も進めて、数ヵ月で失業率をほとんどゼロにした。ヒトラーはもちろん完全に常軌を逸した人物でした。でも、その彼は、経済的な現実をとてもシンプルに見ることができ、とても効果的で恐るべきやり方でものごとを行動に移すことができる人物でもあったのです」と述べています。

  

 また、英国の経済学者のケインズを尊敬しているという著者は、ケインズについて「彼も自由貿易主義者でしたが、自分は考え方を変えたと言いました。彼は自分の誤りを認めることができる人でした。そして『雇用・利子および貨幣の一般理論』では、経済を立て直し、雇用の問題を解決するために国家が乗り出すことを正当化しました」と述べます。この本が出版されたのは1936年です。ヒトラーが政権を握ったのは1933年で、本が出版された頃にはすでに失業率をほとんどゼロにしていたことを指摘し、著者は「資本主義を救うためには国家が必要だという考えを西欧のエリートたちが受け入れられるようにするための見栄えのいい装い。それがケインズの『一般理論』だったと、私は思うのです」と述べるのでした。

  

 「経済から離れてしまった民主党の主張」では、トランプ氏はヒトラーではないのであり、そんな風にたとえるのは気をつけるべきだと訴えて、著者は「私は、ワシントンポストやニューヨークタイムズなどの米有力紙とはちがって、トランプ氏が人種差別主義者(レイシスト)だとか黒人排斥主義者だとはまったく思いません。トランプ氏がいちばん標的にしていたのはメキシコ人なのです。彼は外国人嫌い(ゼノフォーブ)なのです。メキシコ人だけでなく、中国人も、ヨーロッパ人も嫌った。しかし、黒人は彼の標的ではないのです。けれどもトランプ氏は、ブラック・ライブズ・マター運動に関して自分の支持層を否認することはできなかった。もちろん人種差別は米国社会が抱える根本的な問題です」

  

 「まちがった意識、迷走する意識」では、米国ではとくに宗教的帰属意識が個人を共同体に結びつける役割を果たしていたことを指摘し、著者は「宗教離れは社会秩序の解体につながります。その不安と混乱から政治的なテーマに向かう人も出てきます。人種差別への抗議運動もそのことと関係あるかもしれません。教会での礼拝のような宗教的実践をやめている若者の世代にとって、あの運動は宗教に代わる社会参加になっているのでしょう。つまりゾンビのようになったキリスト教信仰かもしれない。また、その前の世代の保守的な信徒の振る舞いは、社会の宗教離れに先立って起きる態度硬化の現れではないでしょうか。歴史社会学的に見ればイスラム教での原理主義と似た現象でしょう」

  

 「中国の脅威を暴いたコロナ禍」では、コロナ禍における対応が各国で異なることを見せつけたと指摘されます。人類学的におおまかにいうと、女性の地位が高い自由な国々が、あまりうまく対応できなかったといいます。また、著者は「自分自身も高齢者だから言わせてもらうわけですが、進歩した世界が抱える問題の1つは、人々が高齢になってきたことです。高齢者人口の増加は、先進社会のブレーキになってきました。だとすると、新型コロナウイルスが高齢者の命を奪ったとしても、社会にとって深刻な打撃にはなりません」と述べています。

  

 「米国はロシアを中国から引き離せ」では、中国が人口動態上の弱みを抱えているとして、著者は「中国は約14億の巨大な人口を擁しています。しかし人口動態という点では、ものすごい速度で変わりつつあります。年齢構成が異常で、それが急速な高齢化につながっているのです。これまでは人口ボーナスのおかげで、生産年齢人口にも恵まれましたが、その人たちが社会保障制度もないまま年老いていくのです。そんな状況をさらに深刻にしそうなのが、中国社会の伝統への回帰です。人々はたくさん子どもを持とうとはしなくなり、しかも持つ場合は男の子の方をほしがっています。そのために子どもの性によって選択的に中絶をします。その結果、たくさんの中国人男性が結婚できないということになります。よそから女性に来てもらうにしても、あの巨大な人口ですから、ことは簡単ではありません」と述べています。

  

 2「新型コロナ禍の国家と社会」の「人口問題についての日本の『幻想』」では、日本にとっての根本的な問題は、フランスが直面していない問題、つまり人口動態上の根本的な幻想であるとして、著者は「この幻想とは、自国の問題の解決策が経済の中にあるように思っていることではないでしょうか。少子高齢化は人口動態上の問題であって、その原因は家族関係、男女の関係、まだ十分なレベルになっていないのになかなか進まない女性の解放に根があります。これが、家族で子どもを作るための条件を損なっている。だから日本が取り組まなければならないのは、教育を受けた女性が仕事もできるし子どもも持てる新しい社会を確立することです。それと、軍国主義時代の経験から来る国家への恐れを克服する必要もあるでしょう」

  

 著者は、日本の人口学者、故・速水融を尊敬しているそうです。彼の著書で読んだそうですが、17~18世紀にかけて日本は社会的にとても安定していました。人口もあまり変わらず、経済も安定し、社会は秩序立っていたそうです。しかし、それは日本の歴史の中では短い間にすぎないと指摘し、著者は「日本の歴史は変化に次ぐ変化でした。その点では欧州とも呼応する。だから、ずっと変わらない日本の文化といった考え方は、馬鹿げています。私は人類学者として、さまざまな社会の性格を考えるうえで家族の型の分類をしてきたわけだけれど、日本の男系の長子相続の直系家族システムですら、速水さんやその弟子たちの歴史人口学の研究によると、そんなに昔からあったわけではないそうです。おそらく14~19世紀にかけて長期にわたりゆっくりと確立され、頂点は19世紀の明治期だったようです」

  

 続けて、直系家族構造を中心にして、階層がはっきりしていて、秩序のある、安定した社会という日本は、せいぜい1世紀も存在したかどうかと疑問を呈し、著者は「14~17世紀の日本には、農民層の反乱もあり、宗教的な危機もあった。18世紀には経済危機があり、国内での商取引がさかんになった。日本はずっと秩序立って安定的だったわけではありません。だから日本人は、今のフランス人のように、ではなく、かつての自分たちのようになればいいのです」と述べます。

  

 「中国は危ない国になっている」では、著者はこう述べています。
「日本が攻撃的な国だなんて考えるのは中国くらい。世界中で多少とも日本の歴史を知っている人ならば軍国主義が日本の本質的な部分だとは思わないでしょう。簡単に証明できることですが、日本の歴史の基本的な部分は、ほとんど他国と戦争をしていないことです。日本が帝国主義、植民地主義の国だったのは、きわめて短い期間。それは西欧を模倣したのであって、日本の欧化の一部分であったのだと思います。逆に確実なのは、中国は危ない国になっているということです。日本にとって軍事的な唯一の課題は防衛です。それは日本人の年齢構成を考えてもわかる。だから、かつて朝日新聞のインタビューで、長期にわたって可能な防衛手段として、核武装ではないかと話したんです。もちろん、日本人にとって受け入れがたい提案だということはわかっていましたけれど」

  

 また、著者は天皇についても言及し、「私は日本での天皇の位置づけについてあまり知らないから言うのですが、天皇が子どもを増やそうとか移民を増やそうとか呼びかければいいのではと思うのですが。このことに比べれば、ほかのことは日本にとっては二の次なのですから」と述べます。それに対して、インタビュアーが「日本の天皇は政治的な発言はできません」と言うと、著者は「これは政治ではありません。国の存続の問題です。政治を超えている。人がいないと政治はできないのですよ。人のいない民主主義なんて、まだだれも見たことがない。民主主義国であるためにも、とにかく人口が必要です」と述べるのでした。

  

 「『能動的』な帰属意識」では、フランスのような国で経済のシステムを再構築したり、日本で人口動態上の問題に取り組んだりするためには、とても強い帰属意識(le sentiment national)が必要であるとして、著者は「日本人同士であるいはフランス人同士で、何かをいっしょに成し遂げようと望む意思が必要。つまり結集した人々の並外れた努力がなければなりません。かつてフランス人には、それが可能でした。たとえば第二次世界大戦後、国が再建に向かっているとき、人々はちゃんと振る舞った。とてもたいへんだったけれど。日本だって、明治維新のときは国民全体がたいへんな努力をしたのだと思う。それがあったから西欧に追いつくという信じられない偉業を成し遂げたのでしょう」と述べています。

  

 ここで、著者は「ちょっと考えてみましょう」と呼びかけ、「明治時代の日本が西欧に追いつこうとするときの努力と、今日もはや立ちゆかなくなったグローバル化という文脈の中で、経済の方向をナショナルなものに切り替えたり、人口動態問題を解決したりするという努力を比べると、明治時代の挑戦の方が物理的にはずっとたいへんだったと思う。けれども当時は、人々の間に非常に強い帰属意識があったのではないでしょうか。日本が考えなければいけないことの1つは、国民の結束する力と帰属意識をどう結びつけるかということだと思います」と語ります。

  

 さらに、日本がとても快適に暮らせる社会であるのは、人々がお互いにとても礼儀正しいからだと思うと述べ、著者は「だから、規律をあまり守らなかったり、日本とはちがう振る舞いを身につけたりした人々が入ってくることを問題と考える。つまり、ある意味で日本はちゃんと存在している。けれどもそのことは、そこにほんとうの意味で帰属意識があるということを意味しない。真の帰属意識とはべつのことです。それは、社会でものごとを前進させる力です。つまり、ただみんなで快適にいっしょに暮らすというのではなく、いっしょに何かを成し遂げるためのものです」と語るのでした。

  

 3「新型コロナは『戦争』ではなく『失敗』」では、「コロナ禍は戦争か?」という問題が語られます。インタビュアーが、フランスで2015年に新聞社「シャルリー・エブド」が過激派に襲撃され、その後もパリなどでテロが相次いだときに「戦争」という言葉が繰り返し使われたことに言及すると、著者は「私は人口学者ですから、まず数字で考えます。戦争やテロと今回の感染症を比較してみましょう。テロは、死者の数自体が問題なのではありません。社会の根底的な価値を揺さぶることで衝撃を与えます。一方、戦争は死者数の多さ以上に、多くの若者が犠牲になることで社会の人口構成を変える。中長期的に大きな社会変動を引き起こします。今回のコロナはどちらでもありません」

  

 また、「かつてのスペイン風邪やペストと比較する議論も出ています。あなたの国の作家カミュが書いた『ペスト』は世界的に読まれています」というインタビュアーの発言に対して、著者は「そこまで深刻にとらえるべきではないと考えています。シニカルに言っているのではありません。データで考えてそうなのです。かつてのペストでは欧州の人口が3分の2になりました。比較にはなりません。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染が広がったとき、20年間でフランスでは約4万人が亡くなりました。しかも若い人の割合が大きかった。一方、今回のコロナの犠牲者は高齢者に集中しています。つまり社会構造を決定づける人口動態に新しい変化をもたらすものではありません」と述べます。

  

 「そこまで大騒ぎする必要はない、ということですか」というインタビュアーの質問に対して、著者は「私も69歳の高齢者ですが、少なくとも高齢者を中心にこれくらいの規模で人が亡くなる感染症を、文明の危機や社会のラディカルな変容としてとらえるべきとは思いません。むしろ懸念しているのは、私のような高齢者を守るために経済を完全にストップさせ、その犠牲として若者の生活が破壊されてしまうことです。そちらの方が中長期的に見ても大きな禍根を社会に残すでしょう。私は今回の事態を位置づけろと言われれば、何か新しいことが起きたのではなく、すでに起きていた変化がより劇的に表れたと答えます」

  

 医療システムをはじめとした社会保障や公衆衛生を自らの選択によって脆弱にしてきた結果、感染者を隔離し、人々を自宅に封じ込めるしか方策がなくなってしまったと指摘する著者は、「ここ数十年、新しい時代を形容する目新しい言葉はあれこれと語られてきました。にもかかわらず、このような感染症の拡大下で言われているのは『家にいろ』『動くな』という単純なことです。そして貧富の差によって感染リスクの差が生まれている。そこに見えてくるのは身も蓋もない、すでに存在し、拡大してきた不平等です」と述べます。

  

 今回のパンデミックでは、グローバルなレベルでヒト、モノ、カネの流れが止まりましたが、著者は「人々の移動を止めざるを得なくなったことで、世界経済は麻痺した。このことは新自由主義的なグローバル化への反発も高めるでしょう。ただこうした反発でさえも、私たちは「すでに知っていた」のだと思います。2016年の米大統領選でトランプ氏が勝ち、英国は欧州連合(EU)からの離脱を国民投票で選びました。新型コロナウイルスのパンデミックは歴史の流れを変えるのではない。すでに起きていたことを加速させ、その亀裂を露呈させると考えるべきです」と述べています。

  

 「グローバル化で生活は守れない」では、「結局、新型コロナウイルス危機で、私たちは何を理解するべきなのでしょうか」というインタビュアーの質問に対して、著者は「お金の流れをいくらグローバル化しても、いざという時に私たちの生活は守れないことははっきりしました。長期的に見ると、こうした経験が、社会に歴然として存在する不平等を是正しようという方向につながる可能性はあります。これまで効率的で正しいとされてきた新自由主義的な経済政策が、人間の生命は守れないし、いざとなれば結局その経済自体をストップすることでしか対応できないことが明らかになったのですから。生活に必要不可欠なものを生み出す自国産業は維持する必要があるでしょう」と答えるのでした。

  

 6「家族制度と移民」の「直系家族のゾンビ」では、著者は以下のように述べています。
「まず直系家族社会があり、最近になって近代化したと思われているかもしれない。しかし人口学者の速水融氏の論文を注意深く読むと、日本の場合、直系家族というシステムはゆっくりと、曲折を経ながら登場してきたことがわかります。長子相続の最初の事例の形跡が見られるのは鎌倉時代。武士階級に登場しました。その後、富裕な農家に広がっていった。農民や僧侶たちの反乱の時代、15世紀ごろ、直系家族の要素はあったと思う。しかし、日本の文化は深いところで個人主義的でアナーキーだったのではないでしょうか。直系家族の要素がすこしずつ根付き、その頂点に達したのは明治だと思う。皇室も長子相続の規範を引き受けました。それまでは、そうではなかったのです。直系家族というシステムの成熟の時期は、まさに日本にとって近代化を開始する時期と重なりました」

  

 インタビュアーが「日本の場合、近代化には直系家族システムが必要だったのですか」と質問すると、著者は「直系家族というのは、能力を次世代に伝えるためのシステムです。その点でとても効果的です。直系家族の国々は産業革命を起こした国々ではない。他方、核家族はものごとを変えることに長けている。しかし、直系家族はいったん競争を始めると、もっとうまくやる。ドイツや日本がそうです。ドイツは離陸すると、数年で英国よりも強国になった。それが第一次世界大戦にもつながっていく。明治からの日本の離陸も恐るべきものだった。しかし問題は、直系家族はすでに発明されたシステムやテクノロジーの適用や完成には優れているとしても、構造全体の断絶を生み出すこと、つまりシステムを変えるということにはかなりの困難に直面します」と答えています。

  

 「島国のアイデンティティー」では、歴史を見てみると、世界から切り離されながら、日本の歴史はほんとうに欧州の歴史によく似ていると指摘し、著者は「もし私が若くて日本語のわかる歴史家であれば、日欧で呼応する出来事の一覧表を作ろうとしたでしょう。直系家族の登場、まあ日本の方が少し早いけれど、それから同じリズムで直面することになった宗教的な危機。ドイツの場合、遅くなったけれど、それはプロテスタントの改革として表れた。日本では浄土真宗などの新しい潮流が生まれた。日本は、自分が島国だという事実から、自分たち自身であり続けたいと望むことが許されるように感じているのです」

   

 「移民を受け入れるためにも出生率の向上を」では、著者は「日本人は移民がいやで、自分たちだけで暮らしたい」ということを指摘します。また、「最初に傾きがちな姿勢は、移民をあやしい人たちとみなす、というものです。でも、その次には、移民はとても役に立つということに気づきます。日本は移民を必要としている。移民がいる地域では、それが思っていたよりうまくいくことがわかるようになるでしょう。日本の歴史の中にも、植民地時代のように他者を同化しようとする時代があったのですから。これは直系家族の基本的なパラドックスです。直系家族はもはや存在しない。しかしその基本的な価値観は残る。人間は異なる。そういう考えは、外国人嫌いや自民族中心主義につながります。しかし、直系家族の社会にはこんな考え方もあります。過去をたどれば先祖は同じ。つまり直系家族は、統一の夢も持ち続けている。それは家族国家という考え方です」と述べています。

  

 最後に、著者は「移民政策は決して出生率対策の代わりにはならない。最も優先するべきは、やはり女性が快適に働き、子どもを産むことができる政策です。日本の問題はそこにある。移民の問題以上に、出生率の方に大きな問題があると思います。その両方の解決が必要です。子どもが生まれなくなっているのだから、移民で埋め合わせようという議論がある。でも、それは難しいし危険です。移民を統合するためにも子どもは作らなければ。それがほんとうの知恵です。そして政府は、出生率の上昇を促すために莫大なお金を費やして貧しくなるような気がするとしても、実はそれは未来に向けて豊かになりつつあるのだということを理解しなければなりません。現在において豊かになるための経済財政政策を進める国は、将来に向けて貧しくなる。社会が出産と子どもの教育に投資することこそが長期的に見返りのある投資なのです」と述べるのでした。人口学者だけあって、移民や出生率対策についての著者の見方は的確であると思いましたが、本書は総じて「パンデミック以後」というより「パンデミック以前」の話題が多いような気がしました。