No.2042 国家・政治 | 社会・コミュニティ 『自由の限界』 エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ、マルクス・ガブリエル、ユヴァル・ハラリほか著、聞き手・編 鶴原徹也(中公新書ラクレ)

2021.06.02

『自由の限界』エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ、マルクス・ガブリエル、ユヴァル・ハラリほか著、聞き手・編 鶴原徹也(中公新書ラクレ)を読みました。「世界の知性21人が問う国家と民主主義」というサブタイトルがついています。聞き手および編者である鶴原氏は、1957年東京生まれ。東京大学文学部卒業。82年に読売新聞社に入社。ジャカルタ、パリ、ブリュッセル、バンコク、ロンドンにそれぞれ赴任し、国際報道を担当。2011年より読売新聞東京本社編集委員。

本書の帯

 本書の帯には、トッド、ハラリ、アタリ、ガブリエルの顔写真が使われ、「世界はディストピアへと向かうのか 人類は信頼できる存在か」とかかれています。
本書の帯の裏

 帯の裏には、「自由を守るために私たちに何ができるのか」として、「エマニュエル・トッド、ジャック・アタリ、マルクス・ガブリエル、マハティール・モハマド、ユヴァル・ハラリ・・・・・・。世界の知性21人は混迷を深める世界と人類の明日をどう見るのか。民主主義のあり方も、米中の覇権競争の行方も、グローバリズムの帰趨も、いずれも答えは1つではない。そして、1つではないからこそ、耳を傾ける価値があるのだ」とあります。

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
第Ⅰ部 「予言者」であることは難しい
     エマニュエル・トッド
第Ⅱ部  それでも欧州に期待する
     ジャック・アタリ
     ブレンダン・シムズ
     リチャード・バーク
     スラヴォイ・ジジェク
     マルクス・ガブリエル
第Ⅲ部 「アラブの冬」と「帝国」の再興
     ジャンピエール・フィリユ
     タハール・ベンジェル―ン
     アミン・マアルーフ
第Ⅳ部  世界の軸はアジアに
     マハティール・モハマド
     ブラーブダー・ユン
     トンチャイ・ウィニッチャクン
     張倫
     パラグ・カンナ
第Ⅴ部  コロナ以後
     ジャレド・ダイアモンド
     ニーアル・ファーガソン
     ジョセフ・スティグリッツ
     ティモシー・スナイダー
     パオロ・ジョルダーノ
     ユヴァル・ノア・ハラリ
「あとがきのようなもの」

 「はじめに」の冒頭は、編者の鶴原氏が「21世紀は米国の3つの塔の倒壊で幕を開けたといえます。2つは2001年9月11日、イスラム過激派の乗っ取った旅客機2機の激突で炎上崩壊したニューヨークの世界貿易センターのツインタワー。3つ目は隠喩ですが、01年12月2日に巨額粉飾事件で倒産したヒューストンのエネルギー大手エンロン社の超高層ビルです。20世紀の対ソ冷戦に勝利し、『唯一の超大国』になった米国がその頂でつまずき、転落してゆく分水嶺でした」と書きだしています。

 21人にインタビューを行った鶴原氏は、聞き手として、「フランス革命の自由・平等・博愛という理念のうち、米英流のグローバル化と共に自由が過剰に肥大化した。これが現代の深刻な問題をもたらしている。禅の公案のようですが、自由を守るために自由を抑える必要がある。そうした思いから本書の題名を『自由の限界』としました」と述べています。

 第Ⅰ部「『予言者』であることは難しい」では、フランスの歴史学者エマニュエル・トッドに対して2017年1月12日に行われた「明治150年、江戸に学べ」というインタビューで、トッドが「日本の課題はモノの生産ではない。日本は経済的豊かさを既に手にしている。真の課題は人口の再生産にある。国が繁栄し、居心地も良く、創造的であるためには、十分に若い人口を持つ必要がある。高齢者は既知の技術・知識を使う仕事はできるが、創造し、刷新する仕事は難しい。ロボットは人口を再生産できない。高齢者とロボットの働く社会はうまく機能した場合でも、停滞は免れまい。知的な刷新を可能にするには、人口構造が十分に若くなくてはならない」と述べます。

 その解決策は2つで、「1つは子供を作ること。もう1つは移民を受け入れること。前者の方がより大事だが、2つを組み合わせて実施することが効果的だ。だが、日本に出生率回復の決め手はなく、移民受け入れは文化的に容易でない。人口問題は人々がその深刻さを理解する頃には、危機の度合いは加速度的に進んでいるものだ。私の見るところ、日本は決定的に重大な瞬間に近づいている」と述べられています。

 また、日本が今なすべきことは人口問題の大議論だとして、トッドは「私見では、日本が人口減少に至ったのは、この150年の近代化のあり方に原因がある。日本は申し分のない社会を築いたと大抵の日本人は感じているため、新たに子供を加えること、移民を受け入れることは申し分のない社会に余分な混乱を与える、と案じているのではなかろうか。『日本人は同質・均質で、調和を重んじる』という日本の自己イメージは、近代化を通じて作られた。『家督を相続するのは長男ひとり』という『直系家族』は明治時代に天皇家を対象に法制化され、その後に制定された民法によって社会全体の規範になる」と述べます。

 今日の日本で直系家族は消滅し、女性の半数近くは大学に進んでいます。にもかかわらず、上下関係重視や女性差別は解消されていないことについて、トッドは「価値観が硬直しているように見える。江戸時代は、秩序は行き渡らず、雑然としていて、柔軟で奔放な側面もあった。庶民の過酷な貧困について承知しているが、女性は今日よりも社会的に自由だったのではなかろうか。こうしたことを速水融先生とその門下の研究から読み取った」と述べます。

 日本の歴史を大局的に見れば、日本は拡張主義に走る懸念が少ない、平和国家であるとして、トッドは「江戸時代は鎖国しながらも、知的・科学技術的情報は国外から採り入れ、国内商業を発達させて、長期の安定を築いた。ほとんど独りでも発展が可能なことを日本は世界に示した。日本に今、必要なことは江戸時代の精神を見いだし、江戸時代の柔軟さや奔放さを少しは取り戻すことではなかろうか」と述べています。

 2018年5月31日に行われた「1968年、フランスは壊れ始めた」というインタビューでは、「倒錯の世界」として、トッドは「米国は建国以来、基本的に右肩上がりの歴史だった。それが近年、教育程度や世帯収入などを分析すると、停滞、あるいは後退している。この現実を受け入れることができずに混乱しているのではないか。英米は近現代を通じ世界を主導してきた。英米の危機は世界の危機だ。私たちは不確かな時代に入った」と述べています。

 また、トッドは「中国が米国に取って代わるとの声もあるが、新生児の男女比の歪みなど人口統計学的に未来は不安定だ。日本は安定して見えるが、深刻な少子高齢化という大問題を抱えたままだ。私の見る限り、世界戦略を持ち、戦争に勝つ意思があり、一貫した行動が可能な国は1つ。ソ連時代に死亡宣告を受けた、ロシアだ。「専制的民主制」のロシアを頼みとする、あり得ない世界、倒錯した世界に私たちは行き着くのだろうか。人類史に興味を持つ人々は今、世界の新たな秩序について、開かれた精神でじっくり考えるべきだ」と述べます。

 2019年2月28日に行われた「『日本人同士』抜け出せ」というインタビューでは、日本を愛する歴史人口学者として、トッドは日本人にいくつか提言をしています。第1は、「外国人労働者はいずれ国に帰る」と妄信してはいけないこと。第2は、外国人労働者の出身国を多元化すること。第3に、多文化主義は採用しない方がいいこと。それから、もう1つの提言として、日本の魅力に自信を持つこと。トッドは、「日本文化は人類史の素晴らしい達成の1つ。日本に働きに来る人々が日本文化に魅了され、日本人になることを誇りに思う可能性は大きいと私は考えます。付言すれば、移民受け入れには、外国で教育費をかけて育てられた人材を手に入れるという、実利的な側面もあります。カナダとオーストラリアの選別的な移民政策はその傾向が強い。どちらも機能しています」と述べます。

 さらに、日本は今、黒船来航と同じくらいの国家的危機を前にしているとして、トッドは「日本はわずか半世紀で、西洋の文明・科学技術に適応し、近代化を実現しました。考えてみれば、日本は古代から外部に自らを開き、世界の変化に不断に適応してきたのです。適応こそが日本の本質ではないでしょうか。明治維新にカジを切った英断が改めて求められています」と述べるのでした。

 2020年5月31日というコロナ禍の最中に行われた「権威・規律が生んだ違い」というインタビューでは、トッドは「コロナ禍の特徴は高齢者の犠牲者の多さです。フランスの場合、死者の8割は75歳以上。エイズの犠牲者の多くが20歳前後だったのと対照的です。冷酷のそしりを恐れずに歴史人口学者として指摘します。概してコロナ禍は高齢者の死期を早めたと言えます。ところで、重度の英米仏は適度な出生率を維持しています。一方で、軽度の日独韓中の出生率の低さは深刻です。長期的視野に立てば、コロナ禍ではなく、少子高齢化・人口減少こそが真に重大な国家的問題です」と述べます。わたしも、まったく同じ意見です。

 中国は最先端の情報技術を国民の監視に最大限活用する新たな全体主義国家です。14億という人口規模はあまりに過大で、トッドは「米国が世界一の座を守りたいのなら、中国を打ち負かすしかありません。武力ではなく、外交力と経済力による圧倒です。戦争は誰も望みません。グローバル化時代のコロナ禍は私にはこう映る。先進諸国は工場を中国に移し、中国はウイルスを先進諸国にうつす。中国はマスクや防護具を存分に生産でき、先進諸国はそれができない――。米国は西欧諸国や日本など他の先進諸国と協調して、中国経済への度を越した依存から脱すべきです。生産の自国化を図り、中国が『世界の工場』である現状を打破すべきです。保健・衛生分野から着手すべきです。国の安全保障に関わるのですから」と述べるのでした。

 第Ⅱ部「それでも欧州に期待する」では、フランスの評論家で経済学者のジャック・アタリに対して2012年2月2日に行った「30年先を見据える力」というインタビューで、アタリは「今、将来を見据えることは日本にとって極めて重要だ。近年、日本の何人もの首相に会う度に、『あなたの最大の任務は2030年の日本を考えることだ』と助言してきた。少子高齢化、エネルギー、国防などの問題で長期戦略を持つことは最優先課題のはずだ。だが、返答は判で押したように、『明日、まだ首相でいるのか分からない』。日本の首相には時間がない。指導力は発揮されず、日本は未来を台無しにしている」と述べます。

 アタリによれば、政治を理解する上で2人の重要な理論家がいるといいます。マルクスとシェークスピアです。あたりは、「前者は歴史の大局観を説き、後者は情念や暴力に操られる人間関係を洞察した。指導者は『歴史』と『人間』を知る必要がある。指導者に必要なのは歴史の大きな流れをつかみ、20年、30年先を見据える力だ。世論の猛反発に遭ったとしても、信念を持ち、説得にあたる覚悟が求められる。指導者にとって最悪の選択は大衆迎合だ」と述べます。

 2016年6月21日に行われた「離脱なら容赦しない」というインタビューで、英国がEUを離脱する事態になれば、英国にとって悲劇であるというアタリは、日本について、「日本は大国だ。米欧の太平洋の同盟国だ。大国としてとどまるのが使命だ。日本の根本問題は2つ。人口問題と対中関係だ。日本が果たす役割の度合いは、人口問題を解決できる度合いに応じている。解決策は大胆な家族政策の実施、あるいは移民の受け入れだ。何もしなければ日本は破滅に向かう。対中関係では和解に向けて中国と均衡点を見いだすべきだろう。フランスはナチスが戦時中に我々に行った全てを非難しながらも、仏独和解は実現した。中国と日本の間で戦争が起きた時、米国は戦争に介入するだろうか。自明とは言えまい」と述べています。

 次に、アイルランド人の欧州史研究者で、英国ケンブリッジ大学教授のブレンダン・シムズです。地政学に詳しいことで知られる彼は、2016年6月19日に行われた「緩慢な統合が欧州の過ち」というインタビューで、「英国の欧州観を理解するには、2つのことを知る必要がある。1つは、第二次世界大戦後に始まった欧州統合はそもそも仏独を中心とする大陸欧州の問題の解決策であること。大戦に至った過ちの反省からドイツを封じ込め、同時に東西冷戦に際しソ連に対抗するために西欧と中欧が結束する。これが統合の二重の目的だった。海峡を隔てた英国は単独でもドイツに対抗できた」と述べています。

 もう1つは、英国にとり大陸欧州は歴史的に脅威であり、解決策は「連合王国」だったことで、シムズは「イングランドとスコットランドの2王国は1707年、共通の敵であるルイ14世のフランスに対抗するために連合を組む。債務と議会を1つにまとめ、共通の通貨・外交政策・軍隊を持つ。イングランドは自らの制度にスコットランドを組み込みつつ、議会での発言権は保証した」と述べています。英国は1つの国家というよりも国家連合なのだとして、シムズは「アメリカで1780年代、対英独立戦争に際し盟約を結んで戦った13の主権国家に近い『州』は、英国モデルを採用して合衆国を造った」と述べます。

 2019年11月10日に行われた「現代に潜むヒトラーの影」というインタビューでは、「米英の強さを妬み、憎み、祖国の弱さを悲嘆した」として、シムズは「20世紀の独裁者アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)は21世紀の今も人々の興味を引く存在です。偏執的な人権主義者で、ユダヤ人を憎み、大虐殺した悪人です。残念ですが、究極の悪には人々を魅惑する何かが潜むものです。物語性にも富んでいます。つつましい出自ながら、第一次大戦に敗北したドイツで政党指導者となり、洗練された文化を持つ国を全体主義国家に作り替え、欧州の広大な領域を一時的ではあるが支配した。ナポレオンを別にして、ヒトラーは近代以降、最も際立った為政者と言えます。加えて、ナチスは行進、音楽、映画などに意匠も凝らした。テレビ、映画向きの題材です」と述べています。

 シムズがヒトラーに関心を持った理由は2つあるそうで、「1つは家族の関係。私はダブリン生まれですが、母はドイツ人です。母方の祖父は第二次大戦を独軍の一員として戦いました。私は祖父をよく知っています。1991年に亡くなりましたが、ナチスは家族の歴史の一部でもあります。もう1つは知的好奇心。ヒトラーの真実を知りたい、世界史にきちんと位置づけたい。私は青年期にそう思い、ヒトラーの書き物を可能な限り読みあさり、文献や資料を渉猟してきました」ということです。

 シムズは、「ヒトラーが私の心に忍び込むことは拒み、私がヒトラーの心に入り込むように努めたものです。その結果、私に見えてきたヒトラーは定説とは違いました。ヒトラーが最大の脅威と受けとめたのは何か。定説によれば、第一次大戦末期に出現したソ連であり、共産主義です。私の考えでは、脅威は世界を動かしていた米英両国であり、米英のよって立つ国際金融資本です。ナチスの全体主義はこの最大の脅威に対抗する、ヒトラー流の答えでした。ヒトラーは金融資本を握るユダヤ人を嫌悪し、反ユダヤ主義に染まります」と述べています。

 「反グローバル、反ユダヤが再び台頭」として、シムズは「ヒトラーの原体験は、志願して出征した第一次大戦です。英軍と戦い、敗走します。大戦末期には米軍とも遭遇します。敗戦でヒトラーが心に刻んだのは、米英両軍の圧倒的な強さでした。ヒトラーは米英を妬み、憎みます。心の底にあったのは、対照的に、ドイツの弱さについての悲嘆です。そこから妄想混じりの信念が作られます」と述べています。

 今日、「持つもの」と「持たないもの」を分断する、グローバル資本主義のあり方に批判が集まり、反ユダヤ主義が再び台頭しているとして、シムズは「移民問題も深刻です。ポピュリストらの主張に耳を貸すと、ヒトラー流の言説が響いてきます。ヒトラーの影が現代まで伸びてきているとの印象を受けます。私たちはこれからも不断にヒトラーを打ち負かす必要があるのです。45年以降、欧州の平和は3つの事業で保たれてきました。第1はナチスドイツの打倒です。これは米英とソ連が主体になりました。第2は東西冷戦下でのソ連の介入の阻止。これは米英、特に米国が北大西洋条約機構(NATO)を組織して実現しました。第3は欧州諸国間の戦争の否定です。これは仏独を核とした欧州統合という枠組みで実現しました」と述べるのでした。

 次は、1980年生まれで、ドイツのボン大学哲学科教授に史上最年少の29歳で就任したマルクス・ガブリエルです。2019年1月6日に行われた「普遍的価値共有、『西側』の希望」というインタビューで、ガブリエルは「世界が1つになって一方向に進むことなどないのです。「近代」と言っても、日本、中国、米国、ドイツで中身は別。日本でも東京と京都は違う。現実は多彩です。歴史の流れに定型はない。私たちは今、本来の歴史に立ち会っているのです」と述べています。

 では何が起きているのか? ガブリエルは、「米国が『西側』を抜けてしまった。ここで言う『西側』は、性や人種や国などの違いを超えて、人は皆、同じ基本的人権を持つとする、普遍的価値体系を共有する空間です。日本やオーストラリアも一員です。普遍的価値体系を最初に国造りの基礎に掲げたのが18世紀後半のフランス革命です。哲学として完成させたのがカントからヘーゲルに至る、19世紀前半までのドイツ観念論でした。第二次大戦に敗れ、ナチスという『邪悪なドイツ』を葬った1949年制定の西独基本法(現ドイツ基本法、憲法に相当)はドイツ観念論に照らして第1条を『人間の尊厳は侵すことができない』としました。また基本法は普遍的人間に向けた書き方をしています。だからメルケル首相は国内の演説で『ドイツ国民』と言わずに、『ドイツにいる人間』と表現するのです」と述べます。

 また、もう1つ、人々が漠然と不安を抱いているのは、今世紀半ばに人工知能(AI)が人知に勝り、いずれ人間を支配するのではないかという危惧であるとして、ガブリエルは「米国の未来学者らが吹聴する説ですが、私の見るところ人類の過ちの歴史の中でも最悪の説です。SF小説の域を出ていません。知性とは、問題を見いだし、一定の時間内に解決する能力です。動物には知性があります。空腹になれば死を意識し、捕食します。コンピューターに知性はありません。意識がなく、自らの『命』を維持しようとしない。私はチェスコンピューターで遊びますが、コンピューターにはゲームを競う意識はない。トランジスターで電気の流れを制御しているだけです。ロボットも知性は持てない」と述べています。

 日本について、ガブリエルは「人口減少はゆゆしい問題ですが、日本は移民受け入れに及び腰です。言葉や美意識、社会制度など、つまり文化が分厚い壁になっている。20年後を見据えて、日本語に習熟できるような若い外国人を100万人単位で受け入れて、訓練することを想像してみてはどうでしょうか。文化的DNAを継承するために、生物的DNAの継承にはこだわらないという発想です」と述べ、さらに「未来は人間の知性と倫理、科学技術の進歩にかかっています。そして、私たちは人類に共通する普遍的価値体系に照らして、善いことを行っているのか否か、自問すべきです。哲学はそのよすがになります古代ギリシャのプラトンは『善』を最高の理念としました。『善』は人間と人間以外の全てに調和をもたらします。哲学のない自然科学は危うい。物理学は地球さえ破壊しかねない核兵器をうみだしました」と述べるのでした。

 第Ⅲ部「『アラブの冬』と『帝国』の再興」では、マハティール・モハマドが登場します。1925年生まれで、81年にマレーシア首相に就き、日本の戦後復興に学ぶ「ルック・イースト政策」を主導し、在任22年間の「開発独裁」で経済成長を実現した人物です。2012年2月7日に行われた「為政者はまず自分が変わるべき」というインタビューで、マハティールは「私は歴史上の指導者に多くを学んだ。イスラム教の始祖、預言者ムハンマドは、アラブの民衆に善悪を諭し、人々のありようを変え、アラブ世界が力強い文明となる礎を築いた。ロシアのピョートル大帝は、後進性の強いロシアを西欧に見習って近代化し、強国に変えた。明治維新の指導者たちも西欧の最良のものを採用し、日本を強国にした」と述べています。
マハティール・ムハマド氏と

 また、マハティールは「同時代の指導者で言えば、南アフリカのマンデラ元大統領だ。自らを長期間投獄した人々を恨まず、手を携えて国造りに取り組んだ。私はマンデラ氏に会って、深い感銘を受けた。良き指導者はまず自分が変わり、次に人々を変える力を持つ。その結果、国は豊かになり、強くなり得る」とも述べています。わたしは2012年2月16日にマレーシアを訪れた際に、マハティール・ムハマド氏とお会いしましたが、そのときも氏が影響を受けたリーダーについて話されていました。

 2017年1月20日に行われた「日本はアジアの自覚を」というインタビューでは、「歴史は終わらない」として、マハティールは「米国が対ソ冷戦に勝利した後、フランシス・フクヤマ氏は『歴史の終わり』を宣言したが、妥当ではない。米国は1つの制度が自らに適合すれば、それは世界のどの国にも適合すると考えがちだ。だが民族によって気質、価値観、文化は異なる。米欧流の市場経済・民主体制が機能しているのは、北米・欧州以外では日本ぐらいだ。歴史は終わらない。万物は流転する。世界人口が70億人を超えただけでも、地球環境に限らず、様々な変化をもたらしている」と述べます。

 次は、本書に登場する唯一の日本人である経済学者の岩井克人氏です。国際基督教大特別招聘教授・東京大学名誉教授である岩井氏は、2020年1月4日に行われた「米中対立は2つのディストピアの争い」というインタビューで、コロナ禍について、「興味深いのは、コロナ禍で古典的な社会契約論の世界が現れていることです。その基本は『人間は自由になると、互いが敵になり戦争状態になる』、だから『人間は政治体を作り、投票で主権者としての意思を反映させる一方で、政治体の定める法律に従う』という考えです。人間は政治体を媒介として自ら定めた法律に自ら従うことによって、他の人間と共存し得る本来の自由を得るのです」と述べています。

 コロナ禍に際し、人間がマスクなしで自由に振る舞えば、感染を広げ、「戦争状態」になるとして、岩井氏は「国家を媒介としてマスク着用などを自らに課すことによって、各人は一定の自由を確保するわけです。社会契約論は、法を決める主権者とその法に拘束される国民という、2つの軸の均衡で成立する」と述べ、さらに「社会契約論の2つの軸の均衡が破れ、一方に偏っているのが米国、他方に偏っているのが中国です。世界の中で2つの軸の均衡を図ろうとしているのは欧州、それから台湾やオーストラリアなど。そして願望も込めて日本です」と述べるのでした。

 第Ⅴ部「コロナ以後」では、米国の人類生態学者でカリフォルニア大学ロサンゼルス校教授のジャレド・ダイアモンドが登場します。2020年4月10日に行われた「中国は野生動物取引を禁止すべき」というインタビューで、現在の新型コロナウイルスを、世界で推計2500万人の命を奪った、20世紀最悪の感染症「スペイン風邪」と比較できるかという質問に対して、ダイアモンドは「スペイン風邪は第一次大戦末の1918年から翌年に流行し、致死率は2%台でした。私は新型コロナの致死率も2%台と見なしていますが、感染規模は拡大するでしょう。グローバル化で現代人は国を越えて広く旅をしている。それに1世紀前に比べて世界の総人口は4倍です。死者はスペインより増える恐れがあります」と述べています。

 ダイアモンドは最新刊の『危機と人類』で21世紀の4つの脅威を挙げています。第1は核の脅威。第2は気候変動。第3は資源の枯渇。第4は先進諸国とそれ以外の国々との経済格差。ダイアモンドは、「4つの脅威は喫緊の課題で、今世紀半ばまでに解決する必要があります」と述べます。「自身を慎重な楽観主義者と称していますが?」という質問には、彼は「人類の直面する脅威が地球に衝突する大惑星であるのであれば、人類は対処できない。私は悲観主義に陥ります。しかし、地球の最大の脅威は人間です。4つの脅威は全て人間の作為です。人類が本気になれば、解決できるはずです」と述べるのでした。

 次は、英国人の歴史家で米スタンフォード大学フーバー研究所上級研究員のニーアル・ファーガソンです。2020年4月12日に行われた「IT全体主義時代の誘惑」で、ファーガソンは「現代世界は交通手段で物理的に、インターネットでデジタル的に密接につながる、ネットワーク化した世界です。「ネット世界」と私は呼びます。ネットワークはあらゆる類いの伝達を増幅します。デマも悪意も病理ウイルスもサイバーウイルスもネットに乗れば、感染を広げる。ネット世界は不安定と脆弱を内包している。コロナ禍はこの負の側面の表れです」と述べています。

 ファーガソンによれば、こうした現代を理解するには500年前の欧州が手がかりになるといいます。ドイツの宗教改革者マルチン・ルターの時代です。ファーガソンは、「その前史として15世紀中葉、ドイツのグーテンベルクの活版印刷術の発明があります。活版印刷は15世紀後半以降、欧州に普及し、高価だった印刷物は次第に安価になる。印刷所を結節点とするネットワークが広がったのです。ルターは1517年、聖なる権威だったローマ・カトリック教会の腐敗を批判し、改革を求めます。1世紀前なら異端として火刑に処せられていたはずです。それを免れたのはルターの主張が印刷ネットワークで速く広がり、改革運動を引き起こしたからです」と述べます。

 ただ、教会改革の主張は筋が立ちますが、ルターは人々の間に魔女が潜むという、後世から見れば狂った糾弾もしました。それも欧州に広がり、大西洋を渡って北米の英国開拓地にも波及して、数千人が魔女狩りの犠牲者になったことを指摘し、ファーガソンは「ネットワークには同類を集め、異類を隔て、分裂を際立たせ、増幅させる働きがあります。ルターの主張に賛成する人々と反対する人々が敵対し、カトリック教会による反宗教改革の大波も起き、欧州で130年に及ぶ断続的な宗教戦争が起きました。教皇と国王を頂点とする階層的秩序が、宗教改革を軸に印刷ネットワークで生じた水平のうねりに揺れて、崩壊した時代でもありました。揺れは現代も起きています。米欧で階層的な既成秩序が否定され、フェイクニュースが飛び交い、党派分裂が悪化している。私は形容矛盾を恐れずに、『世俗的宗教改革の時代』と呼んでいます」と述べるのでした。

 巨大IT企業の雄で、フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグの最も尊敬する歴史上の人物はローマ帝国の初代皇帝であることを指摘し、ファーガソンは「フェイスブックは世界中に25億人のユーザーを抱え、ザッカーバーグ氏は世界最大の発行者ともいえる。20世紀初頭の米国の新聞王ハーストより巨大な権力を手にし、膨大な富を得ています。2016年の大統領選でトランプ氏が勝った理由の1つはフェイスブックに巨費を投じ、政敵を狙い撃ちするデマ広告を垂れ流す戦術が当たったこと。フェイスブックは同類をつなぐSNSで、増幅するデマは真実として伝わる」と述べています。

 コロナ禍に話を戻して、その地政学的影響をファーガソンは2つ指摘し、「まずEUの弱体化。今回、ドイツを含む加盟国はEUの理念である「自由な移動」に反して域内の国境を封鎖した。連合体ではなく国民国家こそが危機対応に有効だと認めたのです。次に米中冷戦の悪化。それに伴い、コロナ禍封じ込めで民主制とIT全体主義のどちらに軍配が上がるのかが重要です。米欧が都市封鎖など強硬策をためらい感染拡大を許したのに対し、中国は個人の権利を無視した強硬策で奏功しつつあるようです。それが最終結果であるのなら、IT全体主義が正当性を得てしまいます」と述べるのでした。

 次は、ノーベル経済学賞受賞者で米コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツです。2020年4月26日に行われた「『見えざる手』は存在しない」というインタビューで、スティグリッツは「米国が右往左往しているのは、政府を弱くし過ぎたからです。その起点は80年のレーガン大統領の登場。英国は前年にサッチャー首相が誕生していた。両者は「経済運営で問題は政府、解決は市場」と主張した。イデオロギーは市場原理偏重の新自由主義、政策は規制緩和・福祉削減・緊縮財政、つまり「小さな政府」。市場の規制を外し、大企業を優遇すれば、経済は活性化し、経済規模が拡大し、全体の暮らし向きが良くなるという理屈です。この路線は今日まで続き、トランプ大統領の出現に至るのです。全くの過ちです。新自由主義の名の下に富裕層が強欲な利己主義を発揮しただけです」と述べています。

 また、疫病・災害・気候変動などの危機から国民を守り、社会全体に奉仕するのは本来、政府であると指摘し、スティグリッツは「無数の利己心を程よく調整し、社会を秩序立てる『見えざる手』は結局、市場には存在しない。政府を強くし、市場に適切な規制をかけ、政府・市場・市民社会が均衡関係を保つような資本主義が望ましいと私は考えます。『進歩資本主義』と名付け、新自由主義路線からの転換を提唱しています」と述べます。

 次は、米国の歴史家でエール大学教授のティモシー・スナイダーです。2020年9月13日に行われた「『帝国以後』の米国の過ち」というインタビューで、スナイダーは「米国史は帝国史です。北米大陸の東海岸、次に中西部、さらに西海岸へとフロンティアを征服して領土を広げる。帝国の拡張はアラスカとハワイを州として編入する20世紀半ばまで続きます。米国はその後、東西冷戦で西側・自由主義陣営の盟主として世界秩序を担う。世界の帝国です。ただトランプ氏が米国第一を唱えて国民国家への移行を試みたことには理由がある。米国は『帝国以後』の段階に入ったからです。フロンティアを失い、連戦連勝の戦史も今は昔。冷戦後、世界の力関係は変わり、米国は帝国としての使命を見失います。白人らは世界に対する優越感を失い、感情を乱し、戸惑っている。21世紀の米国の最大の課題は『帝国以後』の国造りなのです」と述べます。

 欧州は20世紀半ばに「帝国以後」の選択をしました。欧州統合です。スナイダーは、「欧州の国民国家は第二次大戦を猛省し、民族主義を克服して、協力し合うことを決めた――。これは欧州の言い分です。真実は違う。大戦は帝国間の戦争でした。欧州帝国樹立をめざして東欧からソ連西部の侵略に動いたヒトラーのドイツ、アフリカ北東部などを侵略したムソリーニのイタリアは共に敗れ、帝国でなくなる。戦勝組の英国は世界各地に植民地を広げた帝国、フランス、オランダ、ベルギーなどもアジアやアフリカに植民地を持つ帝国でした。いずれも戦後、植民地の相次ぐ独立闘争を抑えきることができず、20世紀後半には帝国ではなくなる。失った植民地の代わりに欧州に共通市場を作った。帝国解体と欧州統合は同時進行したのです」と述べるのでした。

 次は、イタリアの作家であるパオロ・ジョルダーノです。ブログ『コロナの時代の僕ら』で紹介した本の著者です。2020年11月1日に行われた「欧州に連帯感の復活」で、ジョルダーノは「ギリシャ神話の牧神パンは自身の叫び声に驚き、自らも恐慌をきたした。パニックの語源です。随筆を2月末に書き始めた時、イタリアはパニック状態でした。遠い中国で発生した感染症が飛び火して、身辺で広がり始めた頃です。人々は事態をのみ込めないまま、錯綜した情報を増幅し、不安を募らせていました。私は新型ウイルスのもたらす災厄を覚悟していました。パンデミックは史上、何度も起きている。グローバル化した現代世界は国境を越えて人々が複雑に関わり合っている。そして多くの科学者が10年来、パンデミックの発生を警告してきた。発生は『する・しない』ではなく、『いつ・どのように』が問題だったのです」と述べています。

 また、コロナ禍について、ジョルダーノは「それにしてもコロナ禍は最悪と言える政治潮流の中で起きました。米国のトランプ大統領、英国のジョンソン首相、ブラジルのボルソナロ大統領らが体現する内向きな民族主義とポピュリズムの台頭です。世界的疫病には世界的対処が肝要ですが、特に『米国第一』という振る舞いによって妨げられている。ポピュリズムには科学軽視の傾向があります。喫緊の課題であるワクチン開発を巡り、トランプ大統領は科学の裏付けよりも「早期開発」という政治の効果を優先しているようです。ワクチン開発の可否は臨床試験を慎重に重ねなければ判断がつかない。しかも新型コロナウイルスの正体は解明しきれていない。心ある科学者らは政治の介入を憂慮し、適正な手続きに沿った開発を訴えています」と述べています。

 ジョルダーノによれば、科学の基本は「知っていること」と「知らないこと」を厳しく区別することです。その上で「知らないこと」の究明に努めることです。ワクチンの早期開発を安請け合いする専門家は科学の基本をないがしろにしているとして、彼は「科学は人間には『知らないこと』が実に多いことを教えてくれる。例えば宇宙の物質の2割強、エネルギーの7割強は未知です。当然ですが人間は全知ではなく、全てを制御することはできない。未知には畏敬の念で接し、行動は慎重であるべきです。同時に人間は生態系の一部であることをはっきり意識すべきです。人間の強欲や無知で生態系の均衡を崩してはならない。コロナ禍を通じ、人々がこうした態度を身につけることを私は願っています」と述べるのでした。

 最後に登場するのは、もはや世界の「知」のアイドルになった感のあるユヴァル・ノア・ハラリです。歴史家にして哲学者で、イスラエル国立ヘブライ大学教授です。2020年11月22日に行われた「IT独裁、感染監視に潜む芽」というインタビューで、ハラリは「真の敵はウイルスではなく、人間の心に宿る悪、つまり憎しみ・無知・強欲だと私は考えます。『自国第一』を唱えるポピュリストの政治家らがコロナ危機は外国、あるいは国内に潜む敵の陰謀だと吹聴し、憎悪をあおっている。彼らは科学を疎んじ、科学者の忠告に従わない。コロナ対策は支障を来し、事態は悪化します。災厄こそ好機と捉え、我欲にふける商売人もいます。進行中のワクチン開発は冷戦期の米ソ軍拡競争を想起させます。国益第一で、ワクチンは外交上の優位を得る妙薬のようです。私たちは心に宿る善、つまり共感・英知・利他で対処すべきです。弱者をいたわり、科学を信じ、情報を共有し、世界で協力する――」と述べます。

 人類が地球を支配したのは、唯一ヒトが多数でも協力できる動物だからであるとし、ハラリは「1対1ではチンパンジーにも負ける。1000対1000なら楽勝です。ピラミッド建造から月面着陸に至るまで人類の偉業は無数の人間の協力のたまものです。現代の人類は協力を忘れ、分裂と敵対を選んでいるようです。人間は物語の動物でもある。世界を大きな物語として捉えています。1つの物語を共有する人間どうしは協力が容易になります。古くは聖書やコーラン、仏典などが大きな物語でした」と述べます。

 20世紀前半、自由民主主義・共産主義・全体主義の3つの大きな物語がありました。ハラリは、「それぞれが独自の世界観を作っていた。第二次大戦で全体主義が廃れ、冷戦で共産主義が朽ちる。自由民主主義の独り勝ちです。民主政治と自由経済が支配的制度になり、グローバル化と併せて、人類は世界共同体に向かうはずでした。ところが2008年の米国発の世界的な金融危機以降、米欧を含めて人類は唯一残った大きな物語の正しさを疑い始めたのです。貧富の格差が拡大し、世界は捉え難くなり、未来は見通せない。不確かで危うい時代の到来です」と述べます。

 ハラリによれば、人類の存続を脅かす3つの危機があります。核戦争・破壊的な技術革新・地球温暖化を含む環境破壊です。いずれも世界が協力して対処すべき喫緊の課題であるとして、ハラリは「破壊的技術革新ではコロナ禍を通じ、AIやIT技術を駆使した監視体制が正当化され、整備が加速しています」と述べ、さらに「自由民主主義という大きな物語の失墜は、破壊的技術革新とも関係しています。自由経済と民主政治は人間の自由意思を根幹としているのですから」「民主主義は繊細な花のように育てるのが難しい。独裁は雑草のように条件を選ばない。『コロナ後』の世界の潮流がIT独裁へ傾いてゆくのではないかと心配です。私の願いは自由民主主義の国々が3つの危機に正対し、結束することです。コロナ禍はその試金石といえます」と述べます。そして最後に、彼は「人類は物事を決定する力を手放してはならない。歴史の流れを定めるのは私たち人間です」と訴えるのでした。21人の賢者のメッセージを一気に読むと軽い疲労を覚えましたが、勉強になりました。1人でインタビューを行い、編集も担当された鶴原氏に敬意を表します。

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