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お探し物は図書室まで』

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No.2034


 ゴールデンウィークに『お探し物は図書室まで』青山美智子著(ポプラ社)を読みました。一条真也の読書館『52ヘルツのクジラたち』『自転しながら公転する』で紹介した小説と同じく、2021年本屋大賞のノミネート作品です(惜しくも、受賞は逃しましたが)。いわゆる図書館ものですが、仕事や人生に行き詰まった人々が、司書の紹介する思わぬ本で活路を見出すところが興味深かったですね。著者は1970年生まれ、愛知県出身。大学卒業後、シドニーの日系新聞社で記者として勤務。2年間のオーストラリア生活ののち帰国、上京。出版社で雑誌編集者を経て執筆活動に入る。第28回パレットノベル大賞佳作受賞。デビュー作『木曜日にはココアを』が第1回宮崎本大賞を受賞。同作と2作目『猫のお告げは樹の下で』が未来屋小説大賞に入賞しています。

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本書の帯

   

 本書のカバー表紙には、数冊の重ねられた本と、(物語にも登場する)横たわって眠るキジトラ猫、飛行機、カニ、地球などの羊毛フェルトの写真が使われています。帯には、「お探し物は、本ですか?仕事ですか?人生ですか?」「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」「2021年本屋大賞ノミネート」「ブクログ 月間ランキング(本部門 月間登録数2020年11月)第1位」「読書メーター 読みたい本ランキング(単行本部門月間:集計期間2020年10/11~11/12)第1位」と書かれています。帯の裏には、全国の書店員さんたちの推薦の言葉が書かれています。

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本書の帯の裏

  

 アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
「お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか? 人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。『本を探している』と申し出ると『レファレンスは司書さんにどうぞ』と案内してくれます。狭いレファレンスカウンターの中に体を埋めこみ、ちまちまと毛糸に針を刺して何かを作っている司書さん。本の相談をすると司書さんはレファレンスを始めます。不愛想なのにどうしてだか聞き上手で、相談者は誰にも言えなかった本音や願望を司書さんに話してしまいます。話を聞いた司書さんは、一風変わった選書をしてくれます。図鑑、絵本、詩集......。そして選書が終わると、カウンターの下にたくさんある引き出しの中から、小さな毛糸玉のようなものをひとつだけ取り出します。本のリストを印刷した紙と一緒に渡されたのは、羊毛フェルト。『これはなんですか』と相談者が訊ねると、司書さんはぶっきらぼうに答えます。『本の付録』と――。自分が本当に『探している物』に気がつき、明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説」

  

 本書の「目次」は、以下の通りです。

一章 朋香 二十一歳 婦人服販売員

二章 諒  三十五歳 家具メーカー経理部

三章 夏美 四十歳 元雑誌編集者

四章 浩弥 三十歳 ニート

五章 正雄 六十五歳 定年退職

  

 各章はそれぞれ短編小説となっていますが、それぞれの悩める登場人物たちに、小学校に隣接したコミュニティハウスの図書室の司書が選んだ書籍が紹介されます。司書については、一章に以下の描写があります。

  

 ものすごく......ものすごく、大きな女の人だった。太っているというより、大きいのだ。顎と首の境がなく色白で、ベージュのエプロンの上にオフホワイトのざっくりしたカーディガンを着ている。その姿は穴で冬ごもりしている白熊を思わせた。ひっつめられた髪の頭の上には、ちょこんと小さなおだんご。そこにはかんざしが一本挿してあり、先には上品な花飾りの房が三本垂れていた。うつむいてなにか作業をしているようだけど、ここからだとよく見えない

 首からかけてあるネームホルダーには、「小町さゆり」とある。なんて可愛い名前。

(『お探し物は図書室まで』P.22)

 

 小町さゆりさんは、本をテーマとした小説としては空前のベストセラーになった一条真也の読書館『ビブリア古書店の事件手帖』で紹介した三上延氏の人気シリーズに登場するヒロイン・篠川栞子にも負けない本好きです。他のページには、「ゴーストバスターズ」のマシュマロマンに似ているとか、ディズニーアニメの「ベイマックス」に似ているなどとも書かれており、とにかくキャラが立っています。

  

 そんな小町さんが紹介する本は、『ぐりとぐら』『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』『月のとびら』『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』『げんげと蛙』など、きわめてユニークな、それでいて読む者の人生に大きな影響を与える本ばかりでした。わたしは、『英国王立園芸協会とたのしむ 植物のふしぎ』『月のとびら』『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』の2冊がどうしても読みたくなり、早速アマゾンで注文しました。それらの本が、登場人物たちの心にいかに影響を与え、いかに人生を好転させていくかについては、本書をお読み下さい。

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「 一条真也の読書館」TOPページ 

  

 それにしても、「本ほど、すごいものはない」ということを再確認しました。自分でも本を書くたびに思い知るのは、本というメディアが人間の「こころ」に与える影響の大きさです。わたしは、本を読むという行為そのものが豊かな知識にのみならず、思慮深さ、常識、人間関係を良くする知恵、ひいてはそれらの総体としての教養を身につけて「上品」な人間をつくるためのものだと確信しています。読書とは、何よりも読む者の精神を豊かにする「こころの王国」への入り口です。そういう思いから、日々、わたしは当ブログに読書レビューの記事をUPし、さらには「一条真也の読書館」を運営しているのです。

  

 本書に出てくる5つの短編小説には、いずれも本とともにお菓子が登場します。「ハニードーム」というお菓子です。洋菓子メーカー呉宮堂のロングセラーで、ドーム型のソフトクッキーだとか。「そんなに高級品じゃないけれどコンビニでひょいと買えるものでもなく、ほんのちょっとの贅沢という感じがまたいい」と書かれています。ハニードームは濃いオレンジ色の小箱に入っています。六角形の飾り枠と白い花が描かれたパッケージですが、その小箱を小町さんは羊毛フェルト製作のための裁縫箱として使っているのでした。このハニードーム、架空のお菓子で現実には存在しません。でも、物語の良いアクセントになっています。「お菓子は幸せな気分にしてくれる」という小町さんの発言もあることから、本とお菓子は幸せへの入口なのだということがわかります。

  

 5つの物語の中では、三章「夏美 四十歳 元雑誌編集者」が最も印象に残りました。バリバリのキャリアウーマンで、やり手の編集者だった崎谷夏美は出産を機に会社の資料部に移され、孤独と焦りを感じます。以前のように第一線で活躍したいのだけど、娘はまだ幼く、彼女が熱を出せばどんなに大切な仕事の予定があっても保育園に迎えに行かなければなりません。子どものいない同僚がうらやましくて仕方ない彼女は、かつて担当した大御所作家である彼方みづえから「ああ、崎谷さんもメリーゴーランドに乗ってるとこか」と言われます。「メリーゴーランド?」と問い返す夏美に、みづえ先生はこう言います。

  

 「よくあることよ。独身の人が結婚してる人をいいなあって思って、結婚してる人が子どものいる人をいいなあって思って。そして子どものいる人が、独身の人をいいなあって思うの。ぐるぐる回るメリーゴーランド。おもしろいわよね、それぞれ目の前にいる人のおしりだけ追いかけて、先頭もビリもないの。つまり、幸せに優劣も完成形もないってことよ」

(『お探し物は図書室まで』P.158~159)

  

「人生なんて、いつも大狂いよ。どんな境遇にいたって、思い通りにはいかないわよ。でも逆に、思いつきもしない嬉しいサプライズが待っていたりもするでしょう。結果的に、希望通りじゃなくてよかった、セーフ! ってことなんかいっぱいあるんだから。計画や予定が狂うことを、不運とか失敗って思わなくていいの。そうやって変わっていくのよ、自分も、人生も」

(『お探し物は図書室まで』P.159)

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ハートフルに遊ぶ』(東急エージェンシー)

  

 みづえ先生の発言に、わたしは膝を打ちました。まさに、その通りだと思ったからです。いわゆる「人間万事塞翁が馬」ということです。じつは、わたしは単位の取得を間違えて、大学を1年留年したことがあります。そのとき、同級生たちが就職して先に社会人になったのに、自分だけがあと1年も大学に通わなければいけない状況に落ち込みましたが、「それならば、この1年を人生で最も価値のある1年にしてやろう!」と考えました。そして、その1年間で、わたしは生涯の伴侶となる妻と出会い、かつ処女作『ハートフルに遊ぶ』を書き上げて、翌年入社したばかりの東急エージェンシーの出版事業部から刊行することができました。その後、妻とは30年以上も連れ添っており、著書も100冊以上書いたわけですから、まさに人生でも「最も価値ある1年」だったと思います。 

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「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)

  

 父から「何事も陽にとらえる」という考え方を受け継いではいましたが、もともと、わたしは負けず嫌いなのだと思います。それで、「失意の年を未来への飛躍となる年に変えたい」と発想したのでしょう。この発想法は30年以上経った2020年にも発揮され、新型コロナウイルスであらゆる予定が台無しになった1年を意味のあるものにしたいと願い、年末も押し迫ってから『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)を書き上げました。同書は、作家としてのわたしの新しい世界を拓いたようで、多くの新しい読者を得ることができたのでした。

  

 本書『お探し物は図書室まで』に登場する夏美は、文芸書に強い大手出版社への転職を試みますが、上手く行きませんでした。しかし、それが幸いして素晴らしい人生の転機を迎えることができます。司書の小町さんも、「人間万事塞翁が馬」を実践した人でした。三章で明らかになるのですが、もともと図書館司書だった小町さんは、学校に入り直して養護教諭になり、その後また司書に戻ったのでした。それを知った夏美が「どうして転職に次ぐ転職を?」と訊ねると、小町さんはこう答えます。

  

「そのときに一番やりたいことを、流れに合わせて一番やれる形で考えていったら、そうなった。自分の意志とは別のところで、状況は刻々と移り行くからね。家族関係とか、健康状態とか、職場が倒産したり、いきなり恋に堕ちちゃったり」

「えっ、恋?」

 小町さんの口からそんな言葉が出てくることに驚いて、私は思わず訊き返す。小町さんはそっと頭の花かんざしに触れた。

「それが私の人生でもっとも予想外の出来事だったね。こんなのくれる人が現れるなんて、想像もしたことなかった」

 つまり、ご主人のことだろうか。そんな素敵すぎる話、ぜひとも聞いてみたかったけどそれはさすがに突っ込みづらい。

「転職して、よかったですか。変わることに不安はなかったですか」

「同じでいようとしたって変わるし、変わろうとしても同じままのこともあるよ」

(『お探し物は図書室まで』P.165~166)

  

 その後の展開で判明するのですが、小町さんはご主人から婚約指輪の代わりに花かんざしをプレゼントされたのでした。本当に素敵なエピソードですが、この小町さんの発言を読んで、わたしは「まさに自転公転だな」と思いました。なんと、本書『お探し物は図書室まで』は、ともに2021年本屋大賞にノミネートされた山本文緒著『自転しながら公転する』のメッセージも内包していました。人に縁があるように、本にも縁があるのです!