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『鬼滅の刃』に学ぶ 絶望から立ち上がるための27の言葉』

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No.1986


 『『鬼滅の刃』に学ぶ 絶望から立ち上がるための27の言葉』合田周平&堀田孝之著(笠倉出版社)を紹介します。2020年10月11日刊行の本です。

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合田周平氏と

  

 著者の合田周平氏は電気通信大学名誉教授、(財)天風会元理事長。1932年、台北市生まれ。電気通信大学卒業、カリフォルニア大学バークレイ校にて工学修士、東京大学にて工学博士。TDKや東京大学生産技術研究所などに勤務。『海洋工学入門』で毎日出版文化賞を受賞。学生時代に師と仰ぐ中村天風と出会い、以来中村天風の実践哲学を心の支えとしてきました。一条真也のハートフル・ブログ「ソーシャルの達人」で紹介したように、長年にわたって親しくお付き合いさせていただいている先生です。一条真也のハートフル・ブログ「孔子文化賞受賞祝賀会」で紹介した会の発起人にもなっていただきました。

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堀田氏が編集した 『慈経 自由訳』(三五館)

  

 もう1人の著者である堀田孝之氏は、ブックライター・編集者。1984年、山梨県出身。横浜国立大学中退。日本映画学校卒業。エンタメ系の編集プロダクションを失踪後、施設警備、ビル清掃などに従事。その後、出版社の三五館とアスコムにて、実用書の書籍編集を約10年経験。三五館時代には拙著『慈経 自由訳』(三五館)の編集をしていただきました。わたしもよく知っているお二人が『鬼滅の刃』の本を出したと知り、大変驚きました。

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本書のカバー表紙の下部

  

 本書のカバー表紙には日本刀の写真が使われ、「累計8000万部超大ヒットマンがを『人生の教科書』に! 88歳・最高齢ファンの名誉教授が『鬼滅の刃』の名言を哲学的に解釈し、落ちこぼれ編集者を覚醒させる物語」と書かれています。カバー裏表紙には、「失っても失っても 生きていくしかないです どんなに打ちのめされようと」(『鬼滅の刃』第2巻13話 竈門炭治郎)と書かれています。

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本書のカバー裏表紙の下部

  

 カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「『鬼滅の刃』の登場人物たちが放つ言葉には、現代社会を生きる私たちが学ぶべき、強く、熱く、大切なメッセージがたくさん込められています。この本はそんな『鬼滅の刃』の名言を素材に、『先生とボクの対話篇』という物語形式で、その名言に秘められた哲学的メッセージに迫っていきます。人生がうまくいかないと思い悩んでいるとき、乗り越えられない壁にぶつかり心が折れそうなとき、失敗や挫折から立ち上がれないとき、本書はあなたにシンプルな解決策を与えてくれるはずです。そして、『鬼滅の刃』の新たなる魅力を発見することにもなるでしょう」

  

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
「プロローグ」

SESSION1 

仕事や勉強から「逃げない」ための言葉

SESSION2

家族や仲間と「絆を築く」ための言葉

SESSION3 

失敗や挫折から「立ち上がる」ための言葉

SESSION4 

「小さな幸せ」を見つけるための言葉

SESSION5

忘れられない面白さ! 『鬼滅の刃』迷言集

激論番外編

鬼から学ぶ! 人生の道を踏み外さない極意

・彼らは、本当の「加害者」なのか

「おわりに」

  

 「はじめに」では、「『鬼滅の刃』は『生き方』を学ぶための最高の教科書」として、堀田氏が「『鬼滅の刃』の登場人物たちが放つ言葉には、現代社会を生きるボクたちが学ぶべき、強く、熱く、大切なメッセージがたくさん込められています。また、先生と語り合う中で、登場人物たちの生き様は、合田先生が長年研鑽を積まれてきた、中村天風の『天風哲学』と相通じるものがあることを知りました」と書いています。

  

 続けて、堀田氏は「この本は、『先生とボクの対話篇』という物語形式で、『仕事や勉強から逃げないためには?』『家族や仲間と絆を築くには?』『失敗や挫折から立ち上がるには?』『本当の幸せとは?』『人間が生きる意味とは?』などの問いに、『鬼滅の刃』の名言を素材にして、シンプルかつ具体的な回答を提示していきます。名言に秘められたメッセージを、天風哲学で読み解いていく対話の中で、ボクは、いかに自分の生き方が間違っていたか思い知りました。そして現在、『人生の歩み方」のマニュアルを手に入れたボクは、毎日をポジティブに幸せに過ごせるようになっています』」と述べています。

  

 最初、わたしは正直言って、「なぜ、本書を共著の形にしたのか?」と思いました。宮本武蔵研究の第一人者にして、中村天風哲学の後継者でもある合田氏が『鬼滅の刃』について語るというのは大いに興味を惹かれましたが、はっきり言って合田氏の単著にすればいいだけの話で、落ちこぼれ編集者を自認する堀田氏は不要ではないかと思ったのです。しかし、本書を読み始めて、なぜ共著にしたのかがすぐわかりました。つまり、アドラー心理学を対話形式で説明して大ベストセラーになった一条真也の読書館『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』で紹介した岸見一郎氏の2冊の著書をモデルにしているのですね。

  

 合田氏が交流のあった中村天風は「実践哲学」の巨人でした。「プロローグ」で、「実践哲学というのが、ボクの『人生のマニュアル』になるのではないかと思ったのです」という堀田氏の発言に対して、合田氏は「確かに、実践哲学は人生のマニュアル、人生の行動指針になるだろうね。世界に『哲学』は数あれど、真理と実践法を打って一丸としたのが『実践哲学』だ。真理だけ知っても、実際にそれを人生に活かせなければ何の意味もないからね。実践哲学を知らずに人生を過ごすことは、ハンドル操作の利かない車を運転するくらい危険なことだよ。だから、そこら中で人生の大事故を起こす人が絶えないんだ」と語っています。

  

 また、合田氏から『鬼滅の刃』を推薦されて、「わかりました、『鬼滅の刃』を読んで出直してきます!」と言う堀田氏に対して、合田氏は「登場人物たちの『言葉』に注目して読んでみるといい。『言葉』によって、『心が強く』なり、『心の強さ』が人生を切り拓いていくことがよくわかる。これこそ実践哲学の醍醐味だよ。どうすれば困難から逃げずに立ち向かえるのか、家族や仲間と絆を築けるのか、心と体と言葉の関係、心のありようが人生を決めること、などなど、『鬼滅の刃』は、私たち現代人が忘れてしまっている大切なことを教えてくれる」と語るのでした。

  

 SESSION1「仕事や勉強から『逃げない』ための言葉」では、「頑張れ!! 人は心が原動力だから 心はどこまでも強くなれる!!」(7巻53話 竈門炭治郎)という言葉が紹介されますが、「心が原動力である理由①自律神経を整えて体を強化」として、2人のあいだで以下の対話が展開されます。

先生 まず、「人は心が原動力」という言葉です。これはまさに実践哲学そのものの考え方です。なぜ、心が原動力なのかわかりますか?

ボク 心によって人は突き動かされているから、でしょうか。そのままですが。

先生 その通りです。この言葉は禅の世界でいう「心身一如」を表しています。心身一如とは曹洞宗を開いた道元禅師が説いた言葉で、心と体は一体だとする考え方です。どれだけ体を鍛えても、心が弱ければ、強くなれないことを炭治郎は悟っているのです。

  

 また、人間活動のすべての基盤は「心」であると喝破する合田氏は、「健康を例にするとわかりやすいでしょう。医学の進歩によって、心の状態が体に大きな影響を与えることがわかってきました。自律神経についてご存じでしょうか。自律神経は毛細血管を含めた人体の血管のすべてに沿って走っている神経です。すべての内臓や血液の流れをコントロールしています。私たちが『食べ物を消化するぞ』と意識しなくても消化吸収できることや、『血液を流すぞ!』と意識しなくても勝手に血液が流れているのは、すべて自律神経のおかげなのです」と語っています。

  

 続けて、合田氏は「自律神経はそのほかにも、呼吸や体温調整、免疫機能などを司っています。脳の指を受けなくても独自に機能している『人体の生命維持機能』といえます。実はこの自律神経は、『心』の影響を大きく受けることがわかっています。心が不安や怒りなどのネガティブな感情になると、自律神経のバランスが崩れて、人体の生命維持機能が損なわれてしまうのです。逆に心がポジティブな状態になると、生命維持機能は正常に働き、体をベストの状態に持っていくことができます」と述べています。

  

 また、「心が原動力である理由②『氣』と接続する装置になる」として、合田氏は「炭治郎が『心はどこまで強くなれる』と言いますが、これは比喩でもなんでもなく事実です。肉体的な鍛錬には限界があるかもしれません。生まれつきの能力差もあるでしょう。しかし、心はすべての人に平等に与えられ、誰でも自分の力で強くすることができます」と述べます。「どうすれば心を強くできるのでしょうか?」という堀田氏の問いに対して、合田氏は「それは心を、『氣』と接続することです。『元気』の『気』です」と語ります。

  

 合田氏は、人間を1台の扇風機だと捉えてみることを提案します。扇風機本体はその人の「体」です。扇風機を動かしているのは電気のおかげです。この事実を踏まえて、合田氏は「扇風機という『体』は、電気という『氣』があって初めて動くことができます。そして、その電気を扇風機まで送り届けるためのコンセントとコードが、君の『心』です。『心』と『氣』がしっかりと接続して、初めて私たちは『体』を動かすことができるのです」と述べます。

  

 続けて、合田氏は「私たちは電気そのものを見ることはできません。しかし、確かに電気が存在していることを知っています。同じように空気だって見ることができない。しかし、確かに空気は存在しています。それと同じように、私たち生命は、もっと根本的な『氣』によって生かされているのです。この根本的な『氣』を、実践哲学の世界では『宇宙霊』『宇宙エネルギー』『エーテル』と呼んだり、中国の儒教哲学では『先氣』と呼んだりしています。すべての存在の大本になる『氣』ということです。とはいえ、私はこれらの言葉を好みません。君のように偏見を持ってしまう人が多いからです」と述べるのでした。

  

 「頑張れ炭治郎 頑張れ!! 俺は今までよくやってきた!! 俺はできる奴だ!! そして今日も!! これからも!! 折れていても!! 俺が挫けることは絶対に無い!!」(3巻24話 竈門炭治郎)という言葉も紹介されています。「言葉で己を鼓舞すれば心はどんどん強くなる!」として、合田氏は「心を前向きにするのに、『自分で自分をほめる』ことが有効なのは脳科学の世界でも解明されています。脳は『ほめ言葉』をキャッチすると、快楽物質のドーパミンが分泌されたり、『やる気』を司っている前頭前野の血流が良くなることがわかっています。炭治郎は『今までよくやってきた』『できる奴だ』と自分をほめることで、心をどんどん前向きにして、自分の中に『氣』を呼び込んでいたのですね」と述べています。

  

 また、言葉には不思議な力が宿るという「言霊」の思想を取り上げ、「『言霊』は心理学的に証明されている」として、合田氏は心理学の世界では、人間には『暗示の感受習性』があることがわかっています。私たち人間は、自ら考えたことや発した言葉に、知らず知らずのうちに無条件に同化してしまう性質があるのです。つまり、あなたがこれまで発してきた何気ない日常の言葉によって、あなたの心や性格は作られていることになります」と述べています。

  

 続いて、合田氏は「だから、日常で使う言葉を『前向きな言葉』に変えるだけで、あなたの心や性格は変わります。すると、運命を切り拓いて、人生を変えることができるでしょう。炭治郎や煉獄さんは、言葉が持つ暗示力を利用して、自分を高めているといえます。さらに、炭治郎のこのセリフで素晴らしいのは、『頑張れ炭治郎!』と自分の名前を呼びかけていることです。このように言葉がほかでもなく自分に向けた言葉であると明確にすることで、暗示力をより高めることができます」と述べるのでした。

  

 SESSION2「家族や仲間と『絆を築く』ための言葉」では、「俺たちは仲間だからさ 兄弟みたいなものだからさ 誰かが道を踏み外しそうになったら 皆で止めような」(201話 竈門炭治郎)という言葉が紹介されます。「なぜ、野生児の伊之助に『利他の心』が芽生えたのか?」として、ネアンデルタール人よりも現生人類のほうが「利他の心」があったため、われわれはこうして生き延びることができたと指摘し、合田氏は「脳には前頭連合野という部位があります。思考や創造など人間らしい思考を司るための部位です。この前頭連合野は『利他の心』や『社会性』も司ることがわかっています。ネアンデルタール人の脳と現生人類の脳を比べると、脳全体ではネアンデルタール人のほうが大きいですが、こと前頭連合野を含む前頭葉の大きさは、現生人類のほうが大きいことがわかってきました」と述べています。

  

 つまり、現生人類が生き延びることができたのは、ネアンデルタール人よりも、「利他の心」や「社会性」を持っていたからだと考えられているとして、合田氏は「ヒトは『一人』では生きられません。ポエム的な意味でそう言っているのではなく、ヒトが種として存続するためには、『強い男性』だけが生き残っても成り立ちませんよね。『女性』や『子ども』が守られて、初めて種を存続することができます。そのために必要なのが『利他の心』です。私たち人間が『利他の心』を持っているのは、長い歴史の中で培われた、生存するための戦略だったと捉えることもできます。先にも言いましたが、『利他の心』は『思いやり』に通じます。思いやりとは、相手の気持ちになって考えること。これは、戦いに勝つための戦略思考のベースになるでしょう」と述べます。

   

 さらに、合田氏は「批判を恐れずに言えば、『利他の心』を持たない人は、ネアンデルタール人に退化しているといえます。『鬼滅の刃』流にいうと、『鬼に退化している』というわけです。鬼と人間を区別する最たるものは、『利他の心』を持っているか否かですから。鬼は仲間を作って行動することができません。仲間と助け合うという発想もない。強い者が弱い者を守るどころか、鬼舞辻無惨は次々と自分より弱い鬼を殺していく。利他の心が欠如した鬼が滅びるのは必然だったといえます。ネアンデルタール人がそうであったように」と述べるのでした。埋葬の習慣を持っていたことから、わたしはネアンデルタール人については日頃から関心を持っていますが、合田氏のネアンデルタール人=鬼説にはちょっと衝撃を受けました。

  

 「人のためにすることは巡り巡って自分のためになる そして人は自分ではない誰かのために 信じられないような力を出せる生き物なんだよ」(14巻117話 竈門炭治郎)という言葉も紹介されています。「『情けは人のためならず』が理解できない若者たち」として、合田氏は「他人への思いやりある行動は、たとえ誰にも感謝されなくても、『自分自身』は見ています。人の脳には、「前頭前野内側部」という自分の行動を評価する部位があります。この部位は君の行動を「素晴らしい!」「偉い!」と常に評価しています」

   

 続けて、合田氏は「利他行動をとれば、たとえ他人から評価されなくても、あなたの脳は喜びに溢れ、心は前向きに、ポジティブに変わっていきます。そして、もし相手から『ありがとう!』などと言われようものなら、ミラーニューロンの働きによって、他人の喜びを自分の喜びのように感じて、ますます脳は喜びに溢れてポジティブ思考になれます。他者への思いやりが巡り巡って自分のためになる理屈の1つはこの通りです」と説明します。

  

 利他の行動を取って、相手から「ありがとう」と言われる。これは、「思いやり」と「感謝」を交換しているようなものです。合田氏は、「そういった心理を『互酬性の原理』といいます。もともと人間はお互いに報酬を与え合い、お互いに報いる性質があり、誰かから報酬を与えられるとお返しをしたくなるというものです。自分が助けた相手は感謝の気持ちを抱いてくれる場合もありますが、同時に『お返ししたい』という気持ちも抱いています。利他の行為は尊いことですが、相手の気持ちに負担をかけていることも覚えておく必要があるでしょう。そういう負担をできるだけ与えないためにも、『助けてあげる』ではなく『助けさせてもらう』という、相手の気持ちになって考えることが大切です」と述べています。

  

 「人に与えない者は いずれ人から何も貰えなくなる 欲しがるばかりの奴は結局 何も持ってないのと同じ 自分では何も生み出せないから」(17巻146話 愈史郎)という言葉が紹介されています。「ビジネスは『利他の心』がなければ成功しない」として、合田氏は、自身がビジネスの現場では「利他の心」が何より大切だと思っていることを明かします。以前、ある会合で合田氏が経営者と話す機会がありました。その人は、ちょうど中国進出に失敗したところで、ひどく中国の悪口を言っていたそうです。「あいつらは嘘つきだ」とか「民度が低すぎて付き合っていられない」とか「相手を騙すことしか考えていない」とか。

  

 そこで、合田氏を含めて数人から意見がありました。「あなたが嘘つきで、民度が低く、相手を騙すことしか考えていないから、それが巡り巡ってあなたに戻ってきているだけです」と。その日以来、経営者は会合に来なくなったとか。会社は倒産したそうです。合田氏は、「結局のところ、ビジネスの現場で『心に思っている現象』が現れているにすぎないのです。国家や人種が違っても、信頼と絆で結ばれ、互いに成功を収めている経営者はたくさんいます。『利他の心』がなければ、どんな仕事も成功しません。仕事は「他者」がいて初めて成立するもの。『利他の心』が何より重要になってきます」と語っています。まったく同感ですね。

  

 SESSION3「失敗や挫折から『立ち上がる』ための言葉」では、「誰が喋って良いと言った? 貴様共のくだらぬ意思で物を言うな」(6巻51話 鬼舞辻無惨)、「全ての決定権は私に有り 私の言うことは絶対である お前に拒否する権利はない」(6巻52話 鬼舞辻無惨)という言葉が紹介されます。「鬼舞辻無惨は典型的なパワハラ上司」として、合田氏が「さまざまなパターンのパワハラが描かれていて、ブラック上司の勉強になりますね」と語っています。

  

 すると、堀田氏が「たとえば、下弦の肆の零余子に、『お前はいつも鬼狩りの柱と遭遇した場合逃亡しようと思っているな』と言い、零余子が『いいえ思っていません!』と返答すると、『お前は私が言うことを否定するのか?』とブチギレ殺害。血を分けてくれたら頑張って戦うと言う下弦の弐の轆轤に対しては、『なぜ私がお前の指図で血を与えねばならんのだ』『全ての決定権は私に有り私の言うことは絶対である』『私が"正しい"と言った事が"正しい"のだ』とあっさり殺してしまいます。要するに、議論の余地はなく、何を言ってもダメで、結論ありきなわけです。こういう状況、経験したことがあるのでよくわかります」と雄弁に語っています。

  

 ここで、「言葉の暴力を受け流すための新幹線回避術」として、合田氏は「パワハラ上司の言葉は『新幹線』だと捉えましょう。生身の人間がまともに新幹線と対峙したら、どんなに強靭な体を持っていても、一瞬で粉々に砕け散ってしまいます。そこで、言われた內容が蘇ってきたら、『新幹線が近づいてきた』と考え、ヒョイと身をかわすイメージを持ちましょう。どんなに暴力的な言葉でも、君がヒョイとかわせば、心にダメージを受けることはありません。誰かから暴力的な言葉を受けたときは、このイメージを思い出してください。習慣にしていくと、他者のネガティブな言葉に、悪影響を受けることが減っていくでしょう」と述べます。これは非常にユニークかつ効果的な方法ですね。さすがは合田先生、感服いたしました。

  

 「その瞳の中には 憎しみも怒りもなく 殺気も闘気もなかった 恐らくその瞳が捉えていたものは 俺の求めていた"至高の領域""無我の境地"に他ならない」(18巻153話 猗窩座)という言葉も紹介されています。「怒りも憎しみもない領域を目指せ」として、合田氏は「相手を打ち負かすとか、負けまいとする敵対意識や怒りがあるうちは、心に絶対的プラス思考は生まれません。相手の言動に惑うことなく、相手の言動をそのまま受け入れる状態が『絶対的プラス思考』です。意識して誰かに打ち勝ちたいとするのは『相対的プラス思考』で、本当の意味でのプラス思考ではありません。なぜなら、どんなに自分の心を強くしたとしても、他者の言動に左右されていたら、本当に自分の人生を生きているといえないからです」と述べます。

  

 合田氏によれば、他人に振り回されずに生きるには、怒りや憎しみといった感情を手放し、「絶対的プラス思考」を抱く必要があるといいます。言い換えると、絶対的プラス思考を抱いていれば、誰にも生殺与奪の権を握られないとして、合田氏は「最終決戦で、炭治郎が綺窩座を倒したときを思い出してみてください。炭治郎は伊之助や父の炭十郎の言葉を回想しながら、『透き通る世界』を見ることに成功しました。猗窩座はこのときの炭治郎を『その瞳の中には憎しみも怒りもなく 殺気も闘気もなかった 恐らくその瞳が競えていたものは 俺の求めていた"至高の領域""無我の境地"に他ならない』と称しています。つまり、炭治郎は、鬼への怒りや憎しみを手放すことで、異次元の能力を得ることができたのです」と述べています。

  

 また、「絶対的プラス思考を実現する宮本武蔵の教え」として、合田氏は、炭治郎の「透き通る世界」は宮本武蔵が『五輪書』で記した「有構無構」という名言にも通じるものがあると指摘します。それは、「構えあって構えなし」ということであるとして、合田氏は「敵が自分に打ち込んでくるとき、未熟な剣士ほど、相手に負けまいと気合を入れ、『斬る』という行為に執着すると武蔵は言います。一方、達人になると、相手の剣さばきの風を感知して受け流し、相手の動作に合わせて剣をすっと出す。すると、相手が自ら刀に当たってくるそうです」と説明しています。

  

 さらに合田氏は、こうも述べています。
「絶対的プラス思考とは、相手が攻めてきたときも、そうでないときも、常に自己の心が泰然として揺らぐことのない状態。実践哲学的に言うならば、〈潜在意識〉に雑念妄念がなくなり、『凪』のような心持ちになっているということです。すると、五感の感覚がすべて敏感になり、相手の動きが・スロモーションのように見え始める。炭治郎のいう『透明な世界』への入り口でしょう」

   

 SESSION4「『小さな幸せ』を見つけるための言葉」では、「どんな時もアンタからは不満の音がしていた 心の中の 幸せを入れる箱に穴が空いてるんだ どんどん幸せが零れていく その穴に早く気づいて塞がなきゃ 満たされることはない」(17巻145話 我妻善逸)という言葉が紹介されます。この回のタイトルは「幸せの箱」。右の回想には、獪岳の幸せを感じて満足するための箱の底に、穴が空いているように描写されています。

  

 ここでいう幸せの箱とは、文字通り、人間の心の中にある、降伏を感じる部分の比喩でしょう。その箱に穴が空き、永遠に満たされることなく、ただただ際限なく他人から与えられる幸福、もしくは奪った幸福を貪り続ける獪岳の心が、まさに鬼の代表的なものとして描かれます。その先に待っていたのは、仲間との幸福を見つけ出し、そのつながりの中から、雷の呼吸の新たな型を生み出した善逸に敗北したのでした。

  

 「物質的欲望を満たしても幸せにはなれない」として、合田氏は「物質本位の生活をしても、人は幸せになれないのです。なぜかというと、人間は物質や金銭に満ち足りると、得意絶頂になり、心の備えを失ってしまうからです。私たちが本当の幸福感に満たされるのは、『足るを知る』ことができた時。そのためには、今この瞬間をできる限り価値高く生きようとする態度が必要です。それには、理屈なしに三勿三行を思念し、厳守することが求められます(註:「三勿」とは、怒らず・怖れず・悲しまず、「三行」とは、正直・親切・愉快、のこと)」と述べています。

  

 また、「『足るを知る』の本質的な部分を知る」として、合田氏は「心を強くするとか、逆境に負けないとか、運命を切り拓くとかいうと、ついつい自分の欲望を満たすための方法だと勘違いしがちです。でも、私たちの根本的な目的が『幸せになる』ことだとすれば、自分が強くなる理由は『誰かのため』でなくては意味がありません。実際、日本人の幸福度が低い理由の1つは、ボランティア活動が諸外国よりも少ないからだといわれています。斜岳的な自己中心的なメンタリティーになっていると、結局幸せを感じられなくなってしまうのです」と述べています。同感です。

  

 「幸せそうな人間を見ると 幸せな気持ちになる この世はありとあらゆるものが美しい この世界に生まれ落ちることが できただけで幸福だと思う」(21巻186話 継国縁壱)という言葉も紹介されています。「『奇跡』の連鎖に気づければ、人は必ず幸せになれる」として、合田氏は「君も私も、父の精子と母の卵子が出会うことで生まれました。1回の射精に含まれる精子の数は1億から4億だといわれています。その中で、卵子までたどり着けるのは、ほぼ1個です。受精したとしても、受精卵が子宮内に着床する確率は約何パーセント。着床しても妊娠するとは限りません。妊娠しても約5パーセントは流産してしまいます」と述べます。

  

 続いて、合田氏は「このように奇跡的な確率で、私たちはこの世に誕生したのです。そしてこの奇跡は、父や母にも、4人の祖父母に言、8人の曾祖父母にも共通して起こった。それどころか、人類が誕生してから、溶跡の連鎖が延々と繰り返されて、私たちは『今ここに』存在しているのです。その宇宙的な確率の奇跡が、1つでも欠けていたら、私たちはここにいない。『今ここに』いる私たちは、すべからく全員、奇跡の人、幸福な人と言えないでしょうか」と述べるのでした。

  

 SESSION5「忘れられない面白さ!『鬼滅の刃』迷言集」では、「小生の......書いた物は......塵などではない」「小生の血気術も......鼓も......認められた」(3巻25話 響凱)という言葉が紹介されています。響凱は「鼓屋敷」の主である鬼で、自分のことを「小生」と言います。彼は、肩・腹・脚に鼓が埋め込まれた異形の姿をしています。人間だった頃は小説家だったようで、特に『里見八犬伝』を好み、自身も伝奇小説を書いていました。しかし、あまり周囲からは評価されず、彼の作品を酷評した上に、原稿用紙を踏みつけにした知人を惨殺した過去が回想で描かれています。

  

 「鬼になってからも小説を書きつづける熱意に脱帽!」として、堀田氏は「炭治郎は優しいから、誰かの手書きの文字が書かれた紙が落ちていると気づいたら、とっさに踏むのを回避しました。そして、『君の血気術は凄かった』と。この瞬間、初めて響凱は承認欲求が満たされたわけです。『認められた』と涙を流しています。メチャクチャいい奴だな、と思いました。そして、努力が報われてよかったね、と述べています。

  

 ここから先の会話がじつに興味深いです。

先生 ところで、響凱が書いていた小説がどんなものか知っていますか?

ボク たしか公式ファンブックによると、『里見八犬伝』のような伝奇小説だったかと。

先生 私、一つの仮説があります。『鬼滅の刃』の原作者は、響凱なのではないかという仮説です。

ボク はい? どういうことですか?

先生 『里見八犬伝』は、江戸時代後期に流行した、エンターテインメント文学です。神秘的な因縁によって結びついた8人の剣士が徐々に集結し、反発や敵対を経ながらも、最後は固い絆で結ばれて戦っていきます。「犬」の字を名字に含む八犬士は、それぞれ「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」の文字が書かれた数珠の玉を持っており、体には牡丹の形の痣があるのです。8人と9人の違いがあるものの、それぞれに特徴があり、痣を持っているなど、なんだか『鬼滅の刃』の柱と似ていないでしょうか。

  

 「おわりに」で、合田氏は師である中村天風との出会いを振り返り、「先生の天風哲学に支えられながら、人生を歩んできた私は、今、後期高齢者と呼ばれる年齢となりました。しかし、人生を前向きに楽しもうとする心に変わりはありません。「もしろい!」と感じたことにはすぐにのめり込みます。『鬼滅の刃』との出会いもそうでした。ふだん私は漫画を読まないのですが、小学2年生になる孫の喜一君に薦められて『鬼滅の刃』のページをめくってみたところ、『これがまあ、興味深い!』。88歳にして少年漫画に魅せられるとは、自分で『心の若さ』に驚きます」と述べています。わたしも、合田氏はお若いと思います。

   

 もちろん合田氏の精神年齢は若いですが、それ以上に合田氏が学び続けた宮本武蔵や中村天風の思想と『鬼滅の刃』の物語の相性が良かったことがあると思います。本書で合田氏が示すアイデアの数々はいずれも刺激的で勉強になりました。一方、堀田氏のほうは合いの手を入れるばかりで、質問者としては物足りません。これは、やはり合田周平氏の単著にしたほうが良かったと思う読者は、わたしだけではありますまい。合田氏のご健康とますますのご活躍をお祈りいたします。堀田氏も、めでたく資格を取得した警備の仕事を頑張っていただきたいと思います。

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近刊『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)

  

 最後に、わたしは新年早々に『「鬼滅の刃」に学ぶ』(現代書林)を上梓します。経済効果という視点からでは見えてこない、社会現象にまでなった大ヒットの本質を明らかにしました。今回のブームには、漫画の神様の存在や、現代日本人が意識していない、神道や儒教や仏教の影響を見ることができます。わたしは、今回の現象は単なる経済的な効果を論じるだけではない、大きな転換点を感じています。新型コロナウイルスの感染におびえる現代人にとって「こころのワクチン」とでもいうべき存在が『鬼滅の刃』であると断言できます。多くの『鬼滅の刃』関連本では語られてこなかった(作者自身も気が付いていないかもしれない)大ヒットの秘密を開陳したいと思います。