No.0728 小説・詩歌 『本日は、お日柄もよく』 原田マハ著(徳間書店)

2013.05.18

 『本日は、お日柄もよく』原田マハ著(徳間書店)を読みました。
 『楽園のカンヴァス』『キネマの神様』を読んで以来、すっかり著者のファンになりました。本書の装丁は祝儀袋を模しています。ですので、てっきり結婚式の話かと思っていました。もちろん、結婚式の場面も登場するのですが、本書はもっとスピーチそのものというか、言葉の持つ力について書かれた小説でした。

 帯には、「わたしの言葉が日本を変える!?」「OLが選挙のスピーチライターに! トキメキの♥お仕事青春小説。」とのコピーが記され、さらに「スピーチの数だけ、ほろりと涙が出ていました。(SHIBUYA TSUTAYA 竹山涼子さん)」という書店員のコメントが添えられています。
 また、カバーの前そでには、以下のような内容紹介があります。

「二ノ宮こと葉は、製菓会社の総務部に勤める普通のOL。他人の結婚式に出るたびに、『人並みな幸せが、この先自分に訪れることがあるのだろうか』と、気が滅入る27歳だ。けれど、今日は気が滅入るどころの話じゃない。なんと、密かに片思いしていた幼なじみ・今川厚志の結婚披露宴だった。ところが、そこですばらしいスピーチに出会い、思わず感動、涙する。伝説のスピーチライター・久遠久美の祝辞だった。衝撃を受けたこと葉は、久美に弟子入りすることになるが・・・・・。」

 主人公のOLが選挙のスピーチライターになるという物語なのですが、冒頭に登場する結婚披露宴で述べられる伝説のス ピーチライター・久遠久美の祝辞は本当に素晴らしいものでした。わたしも商売柄、結婚式の祝辞や葬儀の弔辞は人一倍聞いてきましたが、そんなわたしも感動してしまう内容でした。スピーチの詳しい内容を知りたい方は、ぜひ本書をお読み下さい。

 ただ、結婚披露宴の祝辞は良かったのですが、話が選挙のスピーチという政治がらみの話題になると、どうしても引いてしまいます。それは、本書のテーマが政権交代にあるからです。この作品は民主党が政権を獲得する以前の2008年に書かれたものですが、まだ実現していない政権交代に対する情熱のようなものがビンビン伝わってきます。それが、民主党政権のお粗末ぶりを知ってしまった今になって読んでも、白けてしまうわけですな。せっかく筆力がある著者がユーモアを交えて軽妙なタッチで書き上げた作品なのに、生ものである政治をテーマとしてのは返すがえすも勿体なかったと思います。

 本書の中に登場するスピーチの内容も、登場人物たちのセリフも非常に練られています。読んでいるうちに自分の言語感覚まで研ぎ澄まされてくるような気がしてきます。特に、絶望の淵にある人に対しての次の言葉には感動しました。

 「困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。3時間後の君、涙がとまっている。24時間後の君、涙は乾いている。2日後の君、顔を上げている。3日後の君、歩きだしている」

 これは、まさにグリーフケアにぴったりの言葉だと思いました。それもそのはず、この言葉はスピーチライターの久美が15歳のときに交通事故で両親を同時に失ったとき、某政治家が語りかけてくれた言葉なのでした。このグリーフケアの宝物のような言葉を教えてもらっただけでも、本書を読んだかいがありました。原田マハさん、本当にありがとうございます。

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