No.2210 ホラー・ファンタジー | 心霊・スピリチュアル 『異端の祝祭』 芦花公園著(角川ホラー文庫)

2023.02.07

『異端の祝祭』芦花公園著(角川ホラー文庫)を読みました。民俗学カルトホラーとして話題の作品で、面白かったです。著者は、東京都生まれ。2020年、カクヨムにて発表した中編「ほねがらみ―某所怪談レポートー」がTwitterで話題となり、書籍化決定。21年、同作を改題した一条真也の読書館『ほねがらみ』で紹介した本でデビュー。古今東西のホラー映画・ホラー小説を偏愛しているそうです。

本書の帯

 本書の帯には「ヤバい! 面白い!」「今読まないと後悔する作家No.1」「WARNING! WARNING! WARNING!」と書かれています。帯の裏には、「~登場人物紹介~」として、「【島本笑美】幼い頃から異形の死者が見える、就職浪人生だったが、ダメ元で受けた『モリヤ食品』に内定。入社後、様子がおかしくなる」「【ヤン】『モリヤ食品』社長。笑美が心酔する人物」「【島本陽太】笑美の兄。妹の様子を心配し、心霊案件専門の佐々木事務所へ相談」と書かれ、佐々木事務所の佐々木るみ、青山幸喜の2人が大学時代の先輩後輩であることを説明しています。

本書の帯の裏

 本書のカバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「冴えない就職浪人生・島本笑美。原因は分かっている。彼女は生きている人間とそうでないものの区別がつかないのだ。ある日、笑美は何故か大手企業・モリヤ食品の青年社長に気に入られ内定を得る。だが研修で見たのは『ケエエェェェエコオオォォオオ』と奇声をあげながら這い回る人々だった――。一方、笑美の様子を心配した兄は心霊案件を請け負う佐々木事務所を訪れ……。ページを開いた瞬間、あなたももう『取り込まれて』いる。民俗学カルトホラー!」

アマゾンより

アマゾンより

『ほねがらみ』を読んだときは、「この著者は、情景描写が上手だな」と思いましたが、本書では心理描写が冴えています。特に、主人公の笑美が電車の中で女子高生の霊を見たときの心境とか、就職活動に苦戦してなかなか内定が得られないときの苛立ちなどがうまく描けていると思いました。モリヤ食品社長のヤンという男は不気味ですが、なんとなく、わたしはブレイキングダウンに出場している謎の中国人であるチョン・ツーウェイの姿を連想しました。あくまでも、イメージの話ですが……。

 あと、「異端の祝祭」というタイトルからもわかるように、本書には奇妙な儀式が登場します。だいたいホラー小説に出てくる儀式というのはロクなものではないのですが、本書から一条真也の映画館「ミッドサマー」で紹介した北欧を舞台としたホラー映画を連想したという声が多いようです。「ミッドサマー」は、一条真也の映画館「ヘレディタリー/継承」で紹介した映画で長編デビューを果たしたアリ・アスターが監督と脚本を務めた異色作で、スウェーデンの奥地を訪れた大学生たちが遭遇する悪夢を映し出すしています。「思いがけない事故で家族を亡くした大学生のダニー(フローレンス・ピュー)は、人里離れた土地で90年に1度行われる祝祭に参加するため、恋人や友人ら5人でスウェーデンに行きます。太陽が沈まない村では色とりどりの花が咲き誇り、明るく歌い踊る村人たちはとても親切でまるで楽園のように見えましたが、そこで想像を絶する悪夢が展開されるのでした。

『異端の祝祭』は一部で「和製ミッドサマー」などと呼ばれているようですが、本書に登場する儀式は、ヤンが信仰するキリスト教に倣ったもので、具体的にはイサクの燔祭(はんさい)を模しています。『旧約聖書』に登場するアブラハムが、その妻サラと年老いてから設けた一人息子イサクを生贄にせよと神に命じられ、葛藤しながらもその通りにします。アブラハムがイサクの喉を掻き切る寸前、神はそれを止めます。そして、神はアブラハムの信仰心が本物であることを知るというエピソードです。

 本書には、「驚いたことに、これに非常によく似た儀式が諏訪大社で行われている。御頭祭と呼ばれるそれでは、柱に八歳の男児をくくりつけ、神官が男児を小刀で刺す真似をする。そこに馬に乗った別の神官が駆け込んできてそれを止め、儀式は終了する。非常に似通っているうえ、カケコーという鶏の鳴き声まで使う。私はヤンがどちらの神を信じているか分からなかった」(P.300~301)と書かれています。諏訪大社の御頭祭がイサクの燔祭に似ていることは有名で、日本とユダヤのルーツが同じであるという「日猶同祖論」の根拠の1つにもなっています。

 このような素材をつかっているがゆえに『異端の祝祭』は民俗学カルトホラーなどと呼ばれるわけですが、もともと民俗学の本質はホラーとの親近性が高いと言えます。民俗学は英語で「フォークロア」ですが、本来イギリスの民俗学の称で、19世紀のなかば1846年にウィリアム・ジョン・タムズが初めて使い出した言葉です。従来、「ポピュラー・アンティークス(民間故事)」と呼んでいたもの、すなわち俗信や伝説や昔話、その他の口承文芸などを総称する言葉でした。そこにはホラー的要素も多々あったのです。一方、ドイツのフォークロアはグリム兄弟が集めたメルヘンが基礎となりました。グリム兄弟は民話や伝承を、口承の語り部の話を忠実に編纂して童話として広く提供しましたが、そこにもホラー的要素が強いことは有名です。

 日本における民俗学の誕生も、ホラーと深い関係がありました。日本民俗学の黎明を告げたのは、柳田国男が明治43年に上梓した『遠野物語』であることは有名ですが、幽霊、河童、ザシキワラシなどが登場する同書は怪談実話集としての一面もありました。一条真也の読書館『遠野物語と怪談の時代』で紹介した東雅夫氏の著書に詳しく書かれていますが、『遠野物語』は怪談への熱狂から生まれたのです。同書が世に出た頃、明治維新後の西欧化の波にもまれ、日本では怪談ブームが起こっていました。科学的な「心霊研究」がイギリスから輸入され、哲学者・井上円了が「妖怪学」を講義しましたが、これまで娯楽としての色彩が強かった怪談がにわかに「学問」として注目され出したのです。その流れを受けて、東京の料亭などで新聞雑誌社の協力の下、百物語式の「怪談会」が催されました。このような時代に『遠野物語』が刊行され、日本民俗学が誕生したのです。もともと民俗学は怖いのであり、ホラー小説の素材の宝庫であると言えるでしょう。

Archives