No.1802 マーケティング・イノベーション | 経済・経営 | 評伝・自伝 『ジェフ・べゾス 果てなき野望』 ブラッド・ストーン著、井口耕二訳、滑川海彦解説(日経BP社)

2019.12.09

 『ジェフ・べゾス 果てなき野望』ブラッド・ストーン著、井口耕二訳、滑川海彦解説(日経BP社)を読みました。「アマゾンを創った無敵の経営者」というサブタイトルがついています。一条真也の読書館『the four GAFA』『amazon』で紹介した本を読んで以来、アマゾンという会社、および、その創業者であるジェフ・べゾスに対する関心は強くなる一方でした。本書は、その奇才の生い立ちから現在までをベテランジャーナリストが追った物語です。フィナンシャル・タイムズ紙、ゴールドマン・サックス共催ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2013を受賞しています。著者は、ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌のシニアライターです。ニューズウィーク誌、ニューヨーク・タイムズ紙などで15年にわたり、アマゾンやシリコンバレー企業について報道してきました。カリフォルニア州サンフランシスコ在住。

本書の帯

 本書のカバー表紙には、ジェフ・べゾスの顔写真が使われ、帯には「アマゾンを創った企業家は、未来をいかに変えるのか」と大書され、続けて「すべてを売るショッピングサイト、電子書籍、クラウド、宇宙――ベソス本人、親族、アマゾン幹部に徹底取材した唯一のべゾス伝」と書かれています。

本書の帯の裏

 帯の裏には「ジェフ・べゾスとは何者か?」として、以下の文章が並びます。
●実の父はサーカス団員、両親は10代でべゾスをもうけた
●幼少期はキューバ難民の養父とテキサスの大牧場の祖父から学ぶ
●けたたましい声で笑う陽気な男
●弱った中小出版社から交渉しろとげきを飛ばす冷酷な経営者
●10年以上先を見据えた投資戦略
●ライバルを蹴落とすためなら赤字もいとわない安売り戦略
●批判などなんのその
●20年以上前から「エブリシング・ストア」のビジョンで突き進む
●宇宙飛行士を夢見た少年はロケット会社も経営する

 アマゾンの「内容紹介」には、こう書かれています。
■アマゾン創業者ジェフ・ベゾス、奇才経営者の実像に迫る物語。インターネットに大きく賭け、買い物や読書の習慣を大きく変えてしまった。アマゾン創業者、ジェフ・ベゾス。本書は、その奇才の生い立ちから現在までを詳細に追った物語である。宇宙に憧れた聡明な少年が、ウォールストリートの金融会社をへて、シアトルで創業。当初はベゾス夫婦とエンジニアのたった3人でアマゾンを始めた。そこからベゾスの快進撃は始まる。時に部下を叱りつけ、ありえない目標を掲げ、けたたましく笑う。そうして小売りの巨人ウォルマート、大手書店のバーンズ&ノーブルなどとの真っ向勝負に立ち向かってきた。ベゾスのビジョンは、「世界一の書店サイト」にはとどまらない。「どんなものでも買えるお店(エブリシング・ストア)を作る」という壮大な野望に向けて、冷徹ともいえる方法で突き進んでいく。
■急成長したアマゾンの手法がわかる!
ジェフ・ベゾスとアマゾンの経営手法は独特だ。10年以上先を見据えて、必要とあれば赤字もまったくいとわない。買収したい会社があれば、相手の体力が尽きるまで価格競争を仕掛けて追い込む。投資家から批判されても、巨大な物流システムやクラウド「AWS」、電子書籍「キンドル」などの新規事業には、巨額の投資を続ける。電子書籍の普及に向けて、出版社には言わずに卸値を下回る1冊9ドル99セントで電子書籍を売りまくる。数字と情熱を重要視する合理的で冷徹な手法を解説している。
■ベテラン記者がベゾスの許可を得て記した最高のノンフィクション
著者は、ニューズウィーク誌、ニューヨーク・タイムズ紙、ビジネスウィーク誌でジェフ・ベゾスやアマゾンの記事を書いていたベテラン記者。ジェフ・ベゾス自身はマスコミ嫌いで有名だが、長年の著者の実績から、本書に関しては、ジェフ・ベゾス自身がアマゾン幹部や親族や友人への取材を許可した。著者は本書のために、300回以上も関係者に取材。ベゾス自身が40年以上音信不通だった実の父も探し当てて話を聞いた。

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「プロローグ」
第Ⅰ部 信念を貫く
  第1章 アマゾンは金融工学の会社から生まれた
  第2章 冷たい目を持つ聡明な者
  第3章 べゾスの白昼夢と社内の混乱
  第4章 宿敵アナリストに打ち勝つ
第Ⅱ部 書店サイトだけでは終わらない
  第5章 ロケット少年
  第6章 混乱続きの物流システム
  第7章 テクノロジー企業であって小売企業ではない
  第8章 キンドル誕生
第Ⅲ部 伝道師か、金の亡者か 
  第9章 グーグル、アップルと並ぶ会社になる
 第10章 ご都合主義
 第11章 疑問符の王国
「謝辞」
「訳者あとがき」
解説「エブリシング・ストアからエブリシング・カンパニーへの20年」
付録「ジェフ・べゾスの愛読書」
「原注」

 「プロローグ」の最後に、著者はこう書いています。
「本書の目的は、ウォルマート店舗候補地を視察するためのサム・ウォルトンが2シートのターボプロップ機で米国南部を飛んで以来最大の成功を収めたと言える起業物語を語ることである。才能に恵まれた子どもがやる気に満ちた多才なCEOとなり、彼とその家族や友人が、インターネットと呼ばれる画期的なネットワークに賭けた物語、どんなものでも買えるお店を作るという壮大なビジョンに賭けた物語である」

 第Ⅰ部「信念を貫く」の第1章「アマゾンは金融工学の会社から生まれた」では、「インターネットであらゆる商品を販売する」として、著者は以下のように述べます。
「本当のエブリシング・ストアを立ち上げるのは無理だ――少なくとも最初からは。そう考えたベゾスは、コンピューターソフトウェア、事務用品、アパレル、音楽など候補となる製品を20種類リストアップした。結論は「書籍が一番いい」だった。理由はいくつもあった。まず、書籍というのは差別化と縁のない商品で、どのお店でもまったく同じ本が買える。だから、商品の質を心配せずに買い物ができる。書籍の世界にはイングラムとベイカー&テイラーという2社の取次があるため、たくさんの出版社にひとつずつ当たる必要がない。また、重要なポイントとして、書籍は300万点以上も存在しており、書籍のスーパーストア、バーンズ&ノーブルやボーダーズでさえもすべての在庫を持つことは不可能である。すぐにエブリシング・ストアを実現するのは無理だが、その肝となる点――無限の品ぞろえ――を1種類の製品について実現することなら可能だとベゾスは考えた」

 また、著者は以下のようにも述べています。
「そのころベゾスはカズオ・イシグロの『日の名残り』を読んだところだった。執事が戦時下の英国で職業人として、また、人として生きた人生を振り返り、その選択についていろいろと思い悩む小説だ。そのような本を読んで人生の岐路をふり返ることが頭にあったからだろう、自分がどちらに行くべきかを考えるにあたり、ベゾスは後悔最小化理論なるものをひねり出す。『いろいろ悩みに悩んでいると、細かな部分にとらわれてわけがわからなくなったりします。でもたとえば、80歳になったとき、1994年の半ばという最悪のタイミングでウォールストリートの会社を辞め、ボーナスをもらいそこねたなぁと思いだすことはありえません。そんなの、80歳にもなってくよくよすることではありませんからね。逆に、このインターネットというもの、世界を変える原動力になると思ったものに身を投じなかった場合、あのときやっておけばよかったと心から後悔する可能性があると思いました。こう考えると……決断は簡単でした』」

 第3章「べゾスの白昼夢と社内の混乱」では、べゾスのとっぴなアイデアに対して社員からは「白昼夢だ」との声があがったことが紹介され、以下のように書かれています。
「アレクサンドリアプロジェクトとかノアの箱舟とか呼ばれた構想がある。ケンタッキー州レキシントンに新設した物流センターに、出版された全書籍を2冊ずつ集めようというものだ。これは費用もかかるし効率も悪い。大半の本はほこりをかぶって死蔵されるだけになるが、あらゆる本をさっとみつけられるようにしたいとベゾスは考えたのだ。この指示には仕入れチームが反対し、在庫は人気の高い本のみとして、あまり人気のない本は取次や出版社から直接送ってもらうよう交渉することとなった」

 続けて、著者は以下のように述べています。
「もっとすごかったのが、あらゆる商品をひとつずつ物流センターに在庫しようというプロジェクトで、コーエン兄弟の映画『ファーゴ』にちなんでプロジェクトファーゴと呼ばれていた。『なにかを買おうと思ったとき、まずアマゾンをチェックするようになってもらおうというのが目的でした。ロデオの衣装まで在庫してあるのなら、ないものなんてまずありませんからね』と、古株のアマゾン幹部、キム・ラクメラーは肩をすくめる。『でも、社員の受けはお世辞にもいいとは言えなくて。みんなは在庫を減らそうとする、ジェフは増やそうとするというせめぎ合いが続きました。ファーゴが必要だと大きな会議でみんなを説得しようとしていたジェフの姿をよく覚えています。「これほど重要なプロジェクトはアマゾン史上ほかにないというくらい重要なんだ」と言って』」
 結局、このプロジェクトは、もっと切実なもろもろに埋もれてうやむやになったそうです。

 第Ⅱ部「書店サイトだけでは終わらない」の第5章「ロケット少年」では、「子ども時代の夢は宇宙飛行士」として、著者は以下のように述べています。
「アポロ11号の月着陸を古い白黒テレビで見た5歳のときからベゾスは宇宙に興味を持つようになったが、その興味を一段と深めたのはスタートレックだろう。ベゾスの祖父は20年ほど前、軍関係の研究開発機関である高等研究計画局(ARPA、のちに改称してDARPAとなる)に勤めていた経験があり、その祖父がロケットやミサイルの話をしてくれたり、もうすぐ宇宙旅行ができる時代が来ると話してくれたりしたことも、宇宙に対するベゾスの興味をかき立てた」

 べゾスの祖父はポップ・ガイスという米原子力委員会を辞任後、牧場で働いた人物でした。彼は孫であるべゾスにさまさまなことを教えますが、著者は以下のように述べています。
「ポップ・ガイスが孫に教えたのは、素人手術や力仕事だけではなかった。知的興味の追求がすばらしいことも教えたのだ。コチュラの図書館にはマニアからSFコレクションが寄贈されていた。祖父に連れられてここを訪れたベゾスは、夏休みごとに、ジュール・ヴェルヌやアイザック・アシモフ、ロバート・ハインラインなどの優れた本を次々に読んでは恒星間旅行に思いをはせ、大きくなったら宇宙飛行士になりたいと考えるようになった。ポップ・ガイスはチェッカーも教えてくれた。だが、手加減してやってくれと娘に頼まれても『そのうちあの子が勝つ日が来るよ』と取りあわず、毎回、ベゾスを徹底的に負かした」

 べゾスはオールAの成績でプリンストン大学の早期募集に合格し、卒業生壮大にもなりましたが、「宇宙にいくために金持ちになる」として、著者は以下のように述べています。
「卒業生総代あいさつはベゾスが手書きしたものを母親がタイプしたのだが、清書の途中、高校を卒業する年の子どもにしてはかなり変わった夢をベゾスが持っていることに気づいたそうだ。あいさつはコピーを残してあるとのことで見せてもらった。『宇宙。そこは最後のフロンティア』というスタートレックの有名はオープニングがあって、周回軌道上に移住用コロニーを作り、地球は全体を自然公園とすることで人類を救う夢が語られていた。これは単なる夢ではない。ベゾスの目標なのだ。アーシュラ・バーナーは、1990年代にインターネット時代の王を理解しようと取材に来たジャーナリストたちにこう語っている。『彼が自分の将来を考えるときは、必ず、お金持ちになるということが絡んできます。やりたいことをするためには不可欠だからです。それほど多くのお金を欲しがる理由は、宇宙に行きたいからです』」

 第6章「混乱続きの物流システム」では、「我々はアンストアだ」として、以下のように書かれています。
「2003年、ジェフ・ベゾスは、アマゾンのコンセプトを表す新しい言葉を思いつく。ハードウェア、スポーツ用品、家電製品などで構成されるハードラインカテゴリーに参入しようと努力しているバイヤーたちに向けた言葉だ。アマゾンは非商店だというのだ」
「アンストアであるとは、小売業の常識に縛られる必要がないことを意味する。アマゾンは棚スペースが無限にある上、顧客1人ひとりに合わせてパーソナライズされている。肯定的なレビューだけでなく否定的なレビューも書けるし、中古品を新品に並べて販売し、顧客が十分な情報をもとに選べるようにしている。ベゾスにとってアマゾンとは、エブリデーロープライスとすばらしい顧客サービスが両立する場所、ウォルマートとノードストロームのいいとこ取りなのだ。アンストアであるとは、また、顧客にとってなにが一番いいのかさえ考えればいいことを意味する。宝飾品事業では100%から200%の利ざやが慣例だが、アマゾンがそれに従う必要はない」

 また、「物流センター従業員との対立」として、著者はこう述べています。
「アマゾンはソフトウェアとシステムを特に重視しているが、現実には物流システムを支える大事な要素がもうひとつある――低賃金で働く作業員だ。この10年間成長を続けたアマゾンは、ホリデーシーズンごとに数万人ものアルバイトを雇い、その10%から15%を正式採用してきた。そのほとんどは実入りのいい仕事がほとんどない地域で働く非熟練労働者で、時給は10ドルから12ドルといったところである。彼らにとってアマゾンは冷酷なマスターだと言えるだろう。FCにはDVDや宝飾品など、簡単に隠せる商品がたくさん置かれており、盗難が絶えない。だから、どのFCにも金属探知機と監視カメラがあるし、そのうち警備会社と契約して設備のパトロールまでするようにもなった。『アマゾンは、作業員を見れば泥棒と思うところです。まあ、しかたないと思いますけどね。実際、かなりの人が盗みを働いているのでしょうから』アソシエイトと呼ばれる作業員として2010年にファーンリーFCで働いたランダル・クラウスは、こう証言している」

 第8章「キンドル誕生」では、「音楽事業でアップルに敗北」として、著者は以下のように述べています。
「ジョブズは立ち上がると、アップルがアルバムや楽曲をiTunes経由で販売するというビジョンを会議室のホワイトボードに描く。これに対してアマゾン側は、そのようなミュージックストアはウェブ上に置くべきであって、定期的にアップデートが必要なデスクトップソフトウェアに組み込むようなものではないと反論。だが、ジョブズは、ミュージックストアからポータブルメディアプレイヤーまでを使いやすくしたい、不慣れな人でも使えるくらいシンプルなものにしたいと力説する」

 ニール・ローズマンは、「ジョブズはウェブ販売をばかにしていましたし、書籍などどうでもいいとも思っていたようです。クライアントアプリケーション版のiTunesストアをビジョンとして掲げており、なぜエンドツーエンドの体験でなければならないのかを熱く語ってくれました」と語っています。このときジョブズは、音楽販売についてアップルはアマゾンにすぐ追いつくと自信たっぷりに語ったそうですが、その予想は正しかったことになります。2003年4月にiTunesミュージックストアを発表したアップルは、その後数年でアマゾン、ベストバイ、ウォルマートと次々に追い越し、米国最大の音楽販売業者になったのでした。

 「いままでの本の事業をぶちのめせ」として、著者は述べます。
「そのころベゾスら経営幹部は、アマゾンの戦略に大きな影響を与える本を読み、その内容を熱心に検討していた――ハーバード大学教授、クレイトン・クリステンセンが書いた『イノベーションのジレンマ』である。この本でクリステンセンは、巨大企業が傾くのは破壊的な変化を避けようとするからではなく、有望だが、現状の事業に悪影響を与えそうで短期的な成長要件を満たさないと思われる新市場への対応が消極的になりがちだからだと喝破した。たとえば、シアーズはデパートからディスカウントストアへの変身に失敗したし、IBMはメインフレームからミニコンピューターへのシフトに乗り遅れた」

 クリステンセンは、イノベーションのジレンマを解消して成功する企業は、「破壊的技術を中心に独立の新事業を立ち上げる自律的組織を設置した」ところであると喝破しました。この本に感銘を受けたベゾスは、従来型メディアの組織という枷からケッセルを解放したのです。「べゾスがキンドルの仕様を決める」では、彼が「手の中で消えるのが良書であり、これが最大の設計目標になった」「読者が著者の世界に浸るためには、キンドルもじゃまにならず、消えなければならないのです」と語ったことが紹介されています。

 また、「弱い出版社から交渉しろ」として、著者はこう述べています。
「最初のころ、出版社とは基本的に共存共栄のシンプルな関係にあった。書籍のほとんどはイングラムやベイカー&テイラーといった取次から仕入れていたし、取次に在庫がないという珍しい事態が起きたときだけ出版社から直接購入した。いざこざはときどきあったが、どれも小競り合いだった。ベゾスがよく公言しているが、最初、出版社はカスタマーレビュー機能に眉をひそめていた。匿名で厳しいことを書かれると売上が落ちるのではないかと考えたからだ。サードパーティの売り手に古本を売らせることにも、出版社と作家協会から苦情が寄せられた」

 続けて、著者は以下のように述べています。
「一方、アマゾンは、もっと『メタデータ』――著者略歴や内容紹介、書影などの補足情報を出せと出版社にせっつき続けた。それでも、当時はアマゾンを救世主だと見る出版社が多かった。そのころはバーンズ&ノーブル、ボーダーズ、そして英国のウォーターストーンズなど、大手書店チェーンが次々にスーパーストアを開店し、販売量と成長を盾に卸売り価格の引き下げを出版社に求めていた。この流れに対抗する力として、アマゾンがどうしても必要だったのだ」

 第Ⅲ部「伝道師か、金の亡者か」の第10章「ご都合主義」では、以下のように書かれています。
「アマゾンという会社は伝道が仕事であって金儲けが仕事ではないという言い方もよく使った。この二項対立は、パートナーのランディ・コミサーが2001年に著した事業哲学の本、『ランディ・コミサー―あるバーチャルCEOからの手紙』を読んだあと、元取締役のジョン・ドーアが考え出したものだ。伝道師とは正しい目標を持ち、世界をよりよくしようと努力する人々を指すが、金の亡者は金と権力が目的で、じゃまする者は誰であろうとたたきつぶす。少なくともベゾスにとって、アマゾンがどちらに属するのかは明らかだった。ベゾスお気に入りのせりふをひとつ紹介しよう。『私は、金の亡者ではなく伝道師の道を常に選びます。ただなんとも皮肉なのは、普通、伝道師のほうがたくさんのお金を儲けてしまうという点です』」

 「訳者あとがき」では、井口耕二氏が以下のように述べています。
「アマゾンの特徴は、いずれも、当初からベゾスが掲げてきた方針――顧客第一主義――から生まれたものだ。『安心して買い物ができる』『ここで買ってよかった』などと消費者に思ってもらえるようにアマゾンは努力してきた。だから、宝飾品など世間では高い価格で売られており、高い利益率が見込めるものも極限まで安くしてしまう。利用者による評価レビューの機能を導入したとき、否定的なレビューが書けるようにしたのも顧客第一主義から導かれた結論だ。否定的なレビューを恐れたサプライヤーから『おまえたちは売るのが仕事で商品にけちをつけるのが仕事じゃないはずだ』と言われても『我々はモノを売って儲けているんじゃない。買い物についてお客が判断するとき、その判断を助けることで儲けてるんだ』と突っぱねている」

 井口氏は「利益率が低いという強みがアマゾンにある」と述べ、さらに以下のように書いています。
「書きまちがいではない。顧客第一主義で価格を下げれば利益率も下がるが、それを弱みではなく強みとするのがベゾス流なのだ。利益率が高ければライバル企業が研究開発に投資して競争が激しくなるが、逆に利益率が低ければ顧客は集まるし市場を守りやすい。ベゾスはこれを『スティーブ・ジョブズの失敗をくり返したくない』と表現することもある。iPhoneをびっくりするほど利益があがる価格にして、競争相手をスマートフォン市場に引き寄せた愚は避けたいというわけだ」

 そのスティーブ・ジョブズとジェフ・べゾスに共通点があるとすれば、優れたビジョンを持つだけではなく、それを20年にわたって強烈なリーダーシップで一貫して最初のビジョンの実現にあたってきたことでしょう。本書を読んで、そのことがよくわかりましたが、よく考えたら本書は2013年に刊行された本です。もう6年以上も前の本であることを考えれば、現在のアマゾンはさらに最初のビジョンである「エブリシング・ストア」に近づきつつあるわけです。それを思うと、ちょっと怖くなってきます。

 最後に、本書には『日の名残り』カズオ・イシグロ著(1989年)、『イノベーションのジレンマ――技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』クレイトン・クリステンセン著(1997年)といったべゾスの愛読書が紹介されていますが、付録「ジェフの愛読書」には、その2冊以外にも、『私のウォルマート商法 すべて小さく考えよ』サム・ウォルトン、ジョン・ヒューイ著(1992年)、『会長からのメモ――機知とユーモアの経営』アラン・グリーンバーグ著(1996年)、『人月の神話――狼人間を撃つ銀の弾はない』フレデリック・P・ブルックス・ジュニア著(1975年)、『ビジョナリー・カンパニー――時代を超える生存の原則』ジム・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著(1994年)、『ビジョナリー・カンパニー2――飛躍の法則』ジム・コリンズ著(2001年)、『Creation:Life and How to Make it』スティーブ・グランド著(2001年)、『ザ・ゴール――企業の究極の目的とは何か』エリヤフ・ゴールドラット、ジェフ・コックス著(1984年)、『リーン・シンキング改訂増補版』ジェームズ・P・ウォーマック、ダニエル・T・ジョーンズ著(1996年)、『Data-Driven Marketing:The 15 Metrics Everyone in Marketing Should Know』マーク・ジェフリー緒(2010年)、『ブラック・スワン――不確実性とリスクの本質』ナシーム・ニコラス・タレブ著(2007年)などが紹介されています。世界最大の書店主だけあって、べゾスは読書家のようですね。

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