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怪異を歩く』

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No.1450

 

  『怪異を歩く』一柳廣孝監修・今井秀和&大道晴香編著(青弓社)を読みました。編著者の1人である大道氏から贈られた本です。

 シリーズ三部作「時空の怪異」の第一弾ですが、このシリーズは、幽霊、妖怪、心霊現象などの時代や場所を超えて人々を惑わし、恐怖を与え、崇められ、ときには消費・快楽の対象にもなる「現実にはありえない現象」を「怪異」と定めて、怪異から時代や地域特有の文化的感性を照らし出すという企画です。一見サブカルチャーの本を思わせる装丁ですが、じつはアカデミックな論文集となっています。

 らせん階段を上から俯瞰した写真が使われている表紙カバーには、以下のように書かれています。

 

「人が空間を移動する、土地から土地へと旅する、ある場所からいなくなる―場所と移動にまつわる怪異を私たちはどう受け止めてきたのか。怪談、『鬼太郎』、イタコ、心霊スポット、幽霊タクシーなどの怪異を掘り起こし、恐怖と快楽の間を縦横に歩き尽くす」

 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

「はじめに」一柳廣孝

第1章 怪異を旅する:東雅夫インタビュー(聞き手:今井秀和/大道晴香)

第1部 往く人、来る人

第2章 旅を棲家に、夢は枯野を・・・・・・―江戸の客死と怪談(今井秀和)

第3章 地方を旅する鬼太郎―怪異が生じる場所を求めて(清水潤)

第4章 「妖怪採集」のすすめ―日常を拡張するまなざしの獲得に向けて (市川寛也)

第2部 異郷と故郷

第5章 蔵の中の近代―「会津怪談集」と妖怪博士(伊藤龍平)

第6章 土地の神が〈怪異〉になるとき―泉鏡花「山海評判記」から (富永真樹)

第7章 岡本太郎とイタコ―「神秘」というまなざし(大道晴香)

第3部 ここではない場所

第8章 尾張名古屋、魔の往く道―都市空間のなかのオカルト街道 (小松史生子)

第9章 よみがえれ、心霊スポット(広阪朋信)

第10章 幽霊はタクシーに乗る―青山墓地の怪談を中心に(一柳廣孝)

「おわりに」今井秀和/大道晴香

 「はじめに」の冒頭を、横浜国立大学教育人間科学部教授(日本近代文学・日本近代文化史)の一柳廣孝氏は以下のように書きだしています。

 

「怪異とは、現実にはありえないと思えるような、不思議な出来事をさす。といっても、怪異はそれほど珍しいものではない。幽霊や妖怪に遭遇することだけが怪異ではない。誰でも1度ぐらいは、わけのわからないことに出くわしているはずだ。怪異は、普段の生活のなかでも出現している。ただし私たちは、その現象になかなか気づかない。もしくは、気づかないふりをする。私たちが拠って立つ世界のあり方が揺らいでしまうからだ。日常のありように亀裂を走らせるのが怪異だとすれば、私たちは、たとえ退屈で平凡だとしても、このかけがえのない日常を守るために、目の前で起きた不思議な出来事を、忘れるか、または様々な理屈をつけてなかったことにしてしまう」

 2012年8月、「怪異怪談研究会」が立ち上げられました。

 この研究会について、一柳氏は「本研究会では、近代に生じた文化規範の劇的な変化を意識しながら、江戸時代から近・現代における怪異へのまなざし、怪談に集約された物語の内実を明らかにすることを目的とした」と述べ、当面の主な課題として、以下の4点を挙げています。

 

(1)怪異とその周辺の歴史的変容に関する文化研究

(2)メディアにおける怪異表象の変容状況に関する研究

(3)文学における怪異表象の研究

(4)怪談の歴史的変容をめぐる研究

 シリーズ第1巻である本書について、一柳氏は述べます。

 

「テーマは場所、空間、そして移動である。怪異はしばしば、特定の場所に生じる。だからこそ恐怖を求める人々は、怪異が生じるという場所、いわゆる心霊スポットなどを訪れる。では、なぜそこに怪異が生じるのか。かつてそこで、何かが起こったと語られるからである。そこには怪異と結び付く歴史的な記憶が刻み込まれていて、折につけ、その記憶は巻き戻される。そういう土地のなかには、陰惨な事件を呼び込む場所があるという。辻や坂、橋などは、古代から怪異が発生する代表的な場所として知られていた。境界的な空間は、日常と非日常が交じりやすい。だから怪異が起きる。ならば、非日常が日常世界で突出している場所では、怪異が起きないほうが不思議だということになる。人間にとって最も非日常的な『死』を連想させる墓地や火葬場、寺院などは、その代表的な空間となる。非日常を喚起する神社なども、夜間は一転して恐怖の場と化す。神もまた、人にとっては怪異なのだ」
  
 続けて、一柳氏は以下のように述べています。

 

「一方で、怪異はしばしば『故郷』意識と結び付いて想起される。その土地特有の怪異へのまなざしである。『故郷』という概念が定着したのは、人々が生まれ育った場所を離れて生活することが常態化した高度経済成長期以降だという。人々は仕事を求めて都会に移動し、遠い故郷を思って涙ぐむ。北島三郎『帰ろかな』(1965年、永六輔作詞、中村八大作曲)や千昌夫『北国の春』(1977年、いではく作詞、遠藤実作曲)には、望郷の思いと都会での生活との葛藤が暗示されている。このとき故郷は、その場所を離れた人々にとって、心のなかに思い描くしかない『異界』となる。行きたいけれど行けない場所。蜃気楼のようなはかない記憶を喚起させる場所。それは、逃げ水のようなものだ。ならば故郷は、それ自体が怪異なのだ。現代にあって、地方自治体が町おこし・村おこしのシンボルとして妖怪を起用するのは、きわめて正しい戦略といえるだろう。故郷それ自体が怪異ならば、その土地の怪異の具現たる妖怪こそが、故郷と自らをストレートに結び付ける、媒体となるのだ」

 第1章「怪異を旅する:東雅夫インタビュー」では、聞き手である國學院大學大学院特別研究員(宗教学)の大道晴香氏の「各地を旅したことを記した本をたくさん出版されていますが、やはり生身でその場所を訪ねてから、再び怪談というテクストに立ち返ると新たな発見があるものですか?」という質問に対し、アンソロジストで文芸評論家の東雅夫氏が答えています。

 

「自分が記事を書く立場でもあるから、取材から文章になる間に、いかに個人的なバイアスがかかるかというのがよくわかります。だから、書かれている資料が本当にその場所のことを正確に伝えているかについては、かなり注意してみなければならない。特に妖怪や怪談に関してはそうで、その土地土地の人たちの様々に屈折した歴史や、折々の思いのなかから立ち昇ってきたものだから、そこはやっぱり実際に故地におもむき、その場に身を置いてみないと、見えてこないものも多い。もちろん研究者のフィールドワークではないので、大したことができるわけではありません。それでも、怪異の伝承地を自分の足で歩いてみる、かそけき地霊の囁きに耳を傾けてみるというのは、妖怪や怪談に関わる仕事をするうえでは大切なことではないかと思います」

 また、同じく聞き手である国際日本文化研究センター機関研究員(日本近世文学、民俗学)である今井秀和氏の「自然の脅威と都会的な人間生活の接着剤として怪談が機能することもあれば、仏教的な意味も含めた供養として機能することもあるんですかね?」という質問に対して、東氏は以下のように答えています。

 

「供養という言葉も、そんなに仏教的・宗教的な意味で使っているわけではないと思うんです。地震や津波で亡くなった死者との折り合いを、生きる側がどうやってつけるか、ということであって。よく誤解されるんですが、『怪談が鎮魂になる』と言うと、怪談を語ることが死者の鎮魂になるのはおかしいと言う人がいます。でも、それはべつに、死んだ人に怪談を語って鎮魂とか供養をするという意味ではないんですよね。生きている人たちが怪談を語ったり書き記したりすることで、それぞれが抱えている喪失感みたいなものを癒していく、解消していくための機能ということなんです」

 続けて、東氏は「東北」という地について以下のように述べています。

 

「おそらく東北の人たちは、昔から繰り返し天災、戦乱、人災などに遭ったときに、虐げられたなかでどうやってそれを解消していくかということを実践してきたと思うんです。イタコの営みなども、その一環でしょう。あれも結局、生きている人にとって必要とされているものだから。ある種のケアなのだと思います。そういうことが自然におこなわれている土地では、怪談に対する偏見も少ないのは当然なのかなと思います」

 

 東氏は、日本の幻想文学の伝統についても以下のように語っています。

 

「かねてより私は上田秋成の『白峰』(1776)を先蹤として、幸田露伴の『対髑髏』(1890年)しかり、北村透谷の『蓬莱曲』(1891年)しかり、そして泉鏡花の『高野聖』(1900年)しかり、黎明期の近代日本幻想文学が、いずれも異界へ分け入る旅人の物語であったことに注目しています。おそらく、その根っこには能楽の伝統がある。夢幻能では、ワキ方の僧が旅の途中で幽霊や妖怪と遭遇するという定型があって、それに当てはめる形で過去や同時代のおびただしいい数の怪異譚が夢幻能化されていった。文明開化によって妖怪だの幽霊だのがいったん否定され排除された明治中期にあって、そうした主題をあえて作品化する際に、近代の作家たちが能楽の伝統を1つの拠りどころにした可能性は高いと思います」

 

 続いて、怪談文学について、東氏は以下のように語ります。

 

「一方で明治期における怪談探究の先覚者のなかには、実際に諸国を遍歴した旅人たちも少なくない。その典型が、例えば井上円了であり柳田国男であるわけですが。もっとも、彼らの場合も元から旅好きだったかどうかは微妙なところですけれどね。円了の場合は、教育事業の資金集めの講演旅行ですし、柳田の旅は地方の視察や民俗研究が眼目。その途中で、円了は聴衆から所望されて妖怪談を講演し、柳田は按摩を呼んでは土地の伝説や怪談を聞き出そうとしている。旅好きかどうかはわかりませんが、おばけ好きであることは間違いない(笑)。若い時分から柳田の盟友でもあった泉鏡花に『夜叉ヶ池』(1913年)という戯曲がありますね。主人公の青年は、不思議な物語を蒐集するため諸国を旅する学究という設定になっていて、これは明らかに柳田がモデルでしょう。それと表裏一体の関係にあるのが、柳田の『木思石語』(1942年)の自序です。両方を読み合わせると、明治のおばけ好き青年たちが、旅に寄せた思いが鮮明に浮かび上がってきます」

 東氏は「その場に身を置く」ことの大切さを強調し、以下のように語ります。

 

「伝承地に実際に身を置いたり、その土地の祭礼とか芸能と間近に接することは、非常に重要ではないかと思います。祭礼や芸能には、もともと地霊召喚という側面がありますし、視えない世界との関わりを、凝縮した形で、その場に参列した人たちに追体験させる機能を保有していると思うんですね。芸能だったら、たとえ自分で演じ手にならなくても、神楽大会を最前例で見るとか、演者や裏方さんたちと話してみるとか、そうすることで、文献だけの知識のその先を感得できる部分があるかもしれないと思います」

 第1部「往く人、来る人」の第2章「旅を棲家に、夢は枯野を・・・・・・―江戸の客死と怪談」では、今井秀和氏が「客死の『ヒダル神』」として、以下のように述べています。

 

「峠道などを歩いているときに突然、強い空腹と虚脱感に襲われて1歩も進めなくなることがある。かつて、これは『ヒダル神』や『ダリ』『ガキ』などと呼ばれる、行き倒れた死者が変じた妖怪が取り憑いて起こす現象だと考えられていて、民俗資料をひもとくと、これらに類した妖怪たちの事例が数多く飛び出してくる」

 

 また、「客死」について、今井氏は「客死した者への想いは、一方では供養碑(供養塔)となり、一方ではヒダル神になるのである。両者は一見、異なるものだが、根底で死者への想いはつながっている。実際、ヒダル神にまつわる口頭伝承には、しばしば供養碑が関わってくる」と述べています。今井氏は、柳田国男が『先祖の話』で、「戦や旅の空で、何の遺言も無しに死んだ者は、一度は寄せてやらぬと啞の子が生まれる」という俗信があったと報告していることを紹介し、「『寄せる』というのは、イタコに代表されるような口寄せ巫女が、自らに死者の霊を憑依させてその想いを代弁することを指す。すなわち、客死した者の霊が抱える無念を放置しておくと、現世の者にマイナスの作用を及ぼすということが信じられていたのである」と述べています。

 そして最後に、今井氏は以下のように述べるのでした。

 

「人は生きているかぎり、生まれた場所から移動して1本の『線』を引きずり続けるが、人生の終着点である『死』に際して、死んだ場所に負のイメージを宿した『点』を残す。ときにその点は消えない染みとなり、死のイメージを宿した怪談を生成することにもなる。

 この世に生まれ落ちたときの『点』から複雑な『線』を紡いできた旅人の人生は、死を迎えたその地点で終わる。だがしかし、『終わり』は『始まり』でもある。移動を続けた旅人の死をめぐる怪談は、まさにその終着点で生成されるのである」

 

 第2部「異郷と故郷」の第5章「蔵の中の近代―『会津怪談集』と妖怪博士」では、台湾・南台科技大学助理教授(伝承文学)の伊藤龍平氏が、「はじめに―地域社会と怪談集」として、以下のように述べています。

 

「近世の怪談集に多いのは、全国の怪談を1話ずつ集めた諸国咄型の作品である。それに対して、地域密着型というべき特定の地方に根差した怪談集がある。その場合、核となる地方都市を中心にして怪談が収集されていることが多い。そのさまは、あたかも小宇宙を形成させるかのようである。例えば、加賀地方の怪談を集めた『聖城怪談録』(前田利考、1799年)、『三州奇談』(堀麦水、近世中期)、播磨地方の怪談を集めた『西播怪談実記』(春名忠成、1754年)、『怪談深雪草』(壺菫子、1786年)などである。柳田国男の『遠野物語』(1910年)もそのはるか後裔に位置づけられるだろう。柳田は、『老媼茶話』(先述)を、続帝国文庫『近世奇談全集』(田山花袋/柳田国男編校訂、博文館、1903年)に翻刻している。これらの作品には、怪談を話している地域住民と、それを書き留める地方知識人との対峙が、しばしば見て取れる」

 

 第6章「土地の神が〈怪異〉になるとき―泉鏡花『山海評判記』から」では、慶應義塾大学大学院文学研究科国文学専攻後期博士課程(近代国文学)の富永真樹氏が、「はじめに」の冒頭で、泉鏡花の作品について以下のように述べています。

 

「泉鏡花は様々な土地を作品に描いた。療養のために滞在した逗子、友人を訪ねた京都、大阪、あるいは友と旅した名古屋や伊勢・・・・・・。東京という、いわゆる『中央』から離れた土地に彼が作家として引かれていたことを、それらの作品群は示している。そしてそのなかには、彼の故郷である金沢を扱った作品が、量・質ともに重要な意味を持ち存在する。  

 鏡花作品で金沢が、永遠に憧れ続ける母の面影が重ねられる美しく優しい故郷として描かれていることはいうまでもない。しかしそんな故郷が同時に、我々を見つめ返し、問いかけ、相対化する異郷として作中に描かれていることを見逃してはならないだろう。故郷が異郷としての顔を覗かせるとき、多くの場合そこには〈怪異〉が現出する」
  
 第7章「岡本太郎とイタコ―『神秘』というまなざし」では、大道晴香氏が「はじめに」の冒頭で、「イタコ」について以下のように述べています。

 

「1960年代、日本は空前の『イタコ』ブームを迎えていた。 イタコとは、青森県から秋田県北部・岩手県北部にかけての地域で活躍してきた、死者の言葉を伝える宗教的技法『口寄せ』をおこなう在野の巫女である。戦前は日本全国に散見された『口寄せ巫女』だったが、社会環境の変化を背景に急速な衰退をみた結果、彼らの存在は巫俗の調査が本格化した1950-60年代の段階で、既に日本列島の南北両端に片鱗を残すばかりとなっていた。すなわち、『口寄せ巫女』がもはや身近な宗教者ではなくなった世で、イタコには稀少性に基づく新たな価値が生じていたことになるだろう」

 また、大道氏は「イタコ」と「恐山」について、以下のように述べます。

 

「現状、表象上では癒着している『イタコ』と『恐山』だが、民俗文化の実態に目を向けた場合、平素のイタコは自宅を構える地域を主要な活動域とし、恐山を訪れるのは年2回の祭典期間中に限られる。要するに、『恐山での口寄せ』は多岐にわたるイタコの巫業の1つにすぎないのであって、両者の結び付きは決して強固ではない。にもかかわらず、大半の記事が恐山を通じて《イタコ》を発見しているという事実は、地域社会に溶け込んでしまえば把握が難しい在野の宗教者が可視化されるに際し、開かれた場の存在が不可欠だったことを物語っている」

 

 さらに大道氏は、この読書館でも紹介した『神秘日本』の中の「オシラの魂―東北文化論―」において、著者の岡本太郎がイタコに注目したことを取り上げ、以下のように述べています。

 

「岡本が『暗い神秘』と表現した、イタコに見る『日本人』の特異なありようとは、いったいどのようなものだったのか。彼が提示した『神秘』は2つ。1つは浄/不浄から成る2元的な人間観。もう1つは、抑圧の歴史のなかで育まれた女性の内なる呪力である。

 恐山を訪れた岡本は、まず『いろいろな要素がごちゃまぜ』になった『いれもの』の様相に着目する。恐山は吉祥山円通寺の管轄下に置かれた寺院境内地である。しかし、同時に古くから死霊が集まる山と信じられてきた当地には、正統の教えである仏教以外にも多種多様な民間信仰が根を下ろしてきた。イタコもまさしく、そうした非正統的信仰の1つにあたるが、岡本は『正道でオフィシァルな宗教と、盲の女がまじないによって死んだ霊を操り、よびよせるという、いわば暗闇の信仰が隣りあわせることは必ずしも非合理ではない』と断言する。そして、2つの相反する領域の接合が、かつて中央の聖地でも社寺と門前に集う被差別民といった形で表出していた点に触れたうえで、『浄と穢れ』が人間の根源的なあり方をなすと指摘するのである」

 「『神秘の世界』としての東北」として、大道氏は以下のように述べます。

 

「非合理性としての『神秘』は、『日本人』を形作る"見えない"暗号と位置づけられていた。しかし同時に、民間信仰などの生きた現象として、『神秘』は我々の眼前に立ち現れてくるものでもあった。岡本は、まさにこうした『非合理』の顕在化を通じて『日本人』の生き方を探ろうとしていたわけだが、ここで1つ看過できないのは、彼が非合理の顕在化した状態を『地方』という空間と接合させて認識していた点である。

 岡本は未踏の地・青森に『埋れ、うずくまり、忘れられた「日本」を直観』する。イタコ、そしてオシラサマのような『素朴で、原始的な民間信仰』を抱える本州最北の地は、岡本にとってまさしく『神秘の世界』にほかならなかった」

 

 大道氏は今年の3月1日に『「イタコ」の誕生』(弘文堂)という単著を上梓されました。同書を献本していただいたわたしは、ちょうど沖縄にいましたので、その御礼メールに以下のように書きました。

 

「いま、沖縄に来ています。沖縄には戦争にまつわる怪談がたくさん残っています。よく、『広島・長崎など、大量死があった場所で幽霊がでないのは、霊がいない証拠』などと言われます。阪神淡路大震災の被災地でも幽霊話は少なかったです。しかし、沖縄の戦場、東北の被災地では多くの霊体験が報告されています。これは、沖縄や東北といった土地の霊性によるものだと思います。岡本太郎が再評価したのが、まさに沖縄と東北でした」

 

 そう、この読書館でも紹介した『沖縄文化論』で、岡本太郎は東北に続いて、沖縄の「神秘」に注目したのです。そんなことを書いたメールをお送りしたところ、大道氏からは以下のような返信が来ました。

 

「沖縄にいらっしゃるのですね。実はお恥ずかしながら、シャーマンの研究者にも拘らず、沖縄の地を踏んだことがないのです。今年はカミンチュの研究でその機会に恵まれそうなので、大変楽しみです」

 

 シャーマニズム研究の新星である大道女史の沖縄の「カミンチュ研究」に大いに期待しています。

 第3部「ここではない場所」の第9章「よみがえれ、心霊スポット」では、編集者・ライターの広坂朋信氏が「心霊スポットとはどんな場所なのか」について説明します。広坂氏はまず、「地縛霊説の限界」として述べます。

 

「心霊スポットは、日本全国にある。ひとしきり話題になって忘れ去られてしまう場所もあれば、幽霊や妖怪を神として祀る寺社ができて伝説を偲ぶ名所になっているところもある。従来、心霊スポットの条件は、通俗読み物を通して流布された『心霊学』的知識によって、地縛霊という観念で説明されてきた。すなわち非業の死を遂げた者の霊魂が、命を落としたその場所に思いをとどめている状態を地縛霊と呼び、地縛霊が憑いている場所が心霊スポットである、という説明である」

 

 広坂氏は、大道氏宛のわたしのメールに通じる内容を述べます。

 

「ところが、広島市と長崎市には原爆によって非業の死を遂げた者が無数にいるわけだから、街中に心霊スポットが点在していてもおかしくはないのに、そうした話はあまり聞かない。一方で、沖縄の戦跡にはたくさんあるのだそうだ(仲村清司『ほんとうは怖い沖縄』新潮社、2010年)。地縛霊についての説明は、あたかも自然現象が起きる条件についての説明のようになされるが、地域差があるということは、非業の死イコール死亡現場への憑依という図式では語れないことは明白である」

 

 また、「異界との境界」として、広坂氏は「地縛霊説を超える心霊スポットの説明理論として注目されたのが、民俗学系妖怪学の境界説である」と述べます。そして、民俗学者の宮田登の著書『都市空間の怪異』(角川選書)に「境界説」についての要約ともいえる文章があるとし、引用しています。

 

「妖怪の出現にあたっては、その場所性というものが、強く影響していることはこれまでも指摘されてきた。具体的には三辻とか四辻といった道が交差する地点あるいは橋のたもとであるとか、橋の中間部、坂の頂上とか、坂の中途などに独特な境界がある。それは私たちが無意識のうちに伝えている民間伝承の累積として定着している民俗空間の中に位置づけられている」

 

 この宮田登による文章を紹介した後で、広坂氏は述べています。

 

「ここでは交差点、橋、坂が例に挙げられているが、境界とはそれらだけに限定されるものではない。宮田の意図を忖度するなら、ある空間の内側から見たときの外部と内部を隔てると同時に連絡するような場所が、この世とあの世(異界)の接点と重ね写しされて意識されるときに、その場所が『境界』となる、と理解すべきだろう」

 さらに広坂氏は、「境界説」について以下のように述べています。

 

「もちろん境界説は民俗学研究上の作業仮説であり、自然法則ではない。怪異が起こる場所の条件を示したものというよりも、起こった怪異が人々の記憶に定着されやすい場所の地理的・景観的条件を示したものとして理解したほうがいいかもしれない。

 そうだとすれば、心霊スポットの究極の定義はこうなる。それは文字どおり『心霊が依り憑く場所』ではなく、怪異が起きた(として伝えられる)場所、である。身も蓋もない言い方だが、他に考えようがない。怪異が起きた(と伝えられる)からこそ、境界という地理的・景観的条件に意味が生じるのである。その逆ではありえない」
  
第10章「幽霊はタクシーに乗る―青山墓地の怪談を中心に」では、一柳廣孝氏が「幽霊がタクシーに乗り込むという怪談」を取り上げ、「はじめに」で以下のように述べています。

 

「タクシー幽霊の話は全国各地に分布している。その理由を考えるうえでヒントになりそうなのは、青山墓地のタクシー幽霊の話に言及した松谷みよ子の指摘である。松谷はこの話を『民話として、まことによく形がととのってい』ると評価するのである。『よけいな因縁話も、興ざめの落ちもなく、ただ不思議な体験を過不足なく記録してある』という、池田の話に対する広坂朋信の指摘もおそらくこの点に関わる」

 

 続けて一柳氏は、タクシー幽霊について以下のように述べます。

 

「民話とは民間説話の略称であり、民間において口頭で伝承されてきた説話である。特定の話が民間で、しかも口頭で伝承されるためには、それだけ強い伝播力・生命力を保持し続ける必要がある。つまりこの話には、この形でなければならない理由、この形でなければ語れない何かがあるはずだ。だからこそ、タクシー幽霊の話は一定の説得力を持つ」

 また、一柳氏は松谷みよ子の説を参考にしながら述べます。

 

「タクシー幽霊の話を、松谷がいうように『まことによく形がととのっ』た民話だとすると、頷ける点も多い。夜中でも仕事をすることが普通であり、不特定多数の『人』を『道』で拾う仕事となれば、確かにタクシー運転手は幽霊との遭遇率が高いという印象を与える。また、車が閉鎖された空間であり、他から切り離されていることで、双方向的なコミュニケーションが際立つ点も大きい」

さらに、運転手がバックミラーを見ることにも注目する一柳氏は、以下のように述べるのでした。

 

「この行為は、物語の転換点になっている。鏡による現実の把握は、しばしば鏡に映った世界と現実との差異が強調されることで、事態の違和感を暴き出す。この場合、鏡には映っているが現実には存在しないケースと、肉眼で確認した者が鏡には映っていないケースの両方があるものの、あくまで問題となるのは、鏡の世界と 現実世界の不一致である」

 今井秀和氏と大道晴香氏によって書かれた「おわりに」には、「歩く」という行為から〈怪異〉を捉えることが本書のコンセプトであるとして、以下のように書かれています。

 

「『歩く』ことを分析の主眼に据えたとき、そこには必然的に2つの局面と問題系が立ち上がる。1つは『移動』という動態そのものを焦点化する局面。そしてもう1つは、この行為が世界を横断し、分節化した結果として生起する『場所』あるいは『空間』といった、静態的な認識に関わる局面である。これらの問題系を両極に据えたうえで、『移動』によって結び付けられた質を異にする『空間』、すなわち、身体性を介して成立する対抗的な空間認識であるところの『異郷/故郷』の問題を中間に配し、計3つの軸をもって〈怪異〉という文化現象を立体的に浮かび上がらせるのが本書の試みである」

 本書を読んで、わたしは「歩く」について考えました。「巡礼」という言葉があるように、「歩く」という行為は宗教において重要な要素です。巡礼者たちが向かうその先には「聖地」と呼ばれる場所あるいは空間がありました。考えてみれば、孔子も、ブッダも、イエスも、いずれも大いに歩いた人でした。

 「歩く」という行為そのものが、人間を非日常としての「聖」や「怪異」に導くのかもしれません。その意味で、「歩く」ことと「怪異」の関係を追求した本書は、非常に興味深いものでした。本書には『怪異を魅せる』、『怪異とは誰か』という続編がありますが、ぜひ読んでみたいと思います。