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本当の強さとは何か』

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No.1334

 

 『本当の強さとは何か』増田俊也×中井祐樹著(新潮社)を読みました。

 格闘技界最大レジェンドの「真の強さ」に、大宅賞作家が肉薄する内容となっています。お二方の著書は、この読書館でも既に紹介しています。増田氏は傑作ノンフィクション『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』、および青春熱血小説『七帝柔道記』、さらには『VTJ前夜の中井祐樹』の著者で、中井氏は『希望の格闘技』の著者です。また、二人は北海道大学の柔道部の先輩・後輩の関係でもあります。

 

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    本書の帯

 


 アマゾン「内容紹介」には以下のように書かれています。

 

「柔道と柔術を極めた伝説の格闘家と、木村政彦の遺志を伝え続ける作家による最強対談。相手の反則により、24歳で片目失明により総合格闘家を引退するも、数年後には柔術家として復活。日本柔術界トップとして多くの弟子を育てている中井の『強さ』の神髄に増田が迫る。二人が共に汗を流した、七帝柔道(北大)の秘話も満載!」

 

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    本書の帯の裏

 


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

「ユーキ・ナカイという偉大なる男」増田俊也

第一章 北大柔道部とプロ修斗の頃

第二章 強い「指導者」として

第三章 柔らかな思考こそ強さを生む

第四章 護身術と護身的思考

第五章 強くあれ。そして考える人であれ

「私の格闘技精神がすべて詰まった本」中井祐樹

 「ユーキ・ナカイという偉大なる男」の冒頭を、増田氏はいきなり以下のようなインパクト満点の文章で書き出しています。

 

「中井祐樹の名前は、現代格闘技界において最大のレジェンドである。 柔道界でいえは木村政彦、空手界でいえば大山倍達に並ぶといっても過言ではない。海外に行くと、格闘技関係者で『ユーキ・ナカイ』の名前を知らぬ者はいないほどの偉大なる男である」

 

 第一章「北大柔道部とプロ修斗の頃」の「ゴルドー戦について、いま思うこと」で、中井氏がジェラルド・ゴルドーと戦って失明した第2回バーリトゥード・ジャパン・オープン95について、増田氏は以下のように述べています。

 

「世界の格闘技の分水嶺となる大会だったから、観客席にもすごくたくさん格闘技が好きないろんな人が来てた。極真の人から芸人からいろいろ来て、その前で中井が『バーリトゥードではきちんとした寝技が必要なんだ』ってことを証明して、そのあと右眼失明の怪我で引退をせざるを得なくなったんだけど。大変な試合だったけど、あの試合があったから、総合格闘技興行の市場ができて、他にもたくさんの大会ができた。PRIDEもDEEP(デイープ)もRIZIN(ライジン)もあの試合があったからこそできた。中井が総合格闘技を創り上げた。右眼を失明してブラジリアン柔術家になったとき、格闘技雑誌に言ってたんだっけ。『これは神様からプレゼントされたんだ』と。ブラジリアン柔術をやる機会をね」

 また、「『楽しんでやる』柔術カルチャーの神髄」では、増田氏が述べます。

 

「武士の嗜みとして始まった日本の柔道や剣道の『負けたら腹を切る』っていう思想は、昭和時代までで終わったわけではなくて、やっぱりいまでも五輪トップを目指す柔道家たちには心の内にある。それくらいの覚悟がね。プラジリアン柔術でもトップのグレイシー一族なんかは同じだから、やはり持ってる」

 第三章「柔らかな思考こそ強さを生む」の「柔道人口減少と町道場文化の復活」では、増田氏は以下のように述べています。

 

「空手は『空手バカ一代』(1971年から『少年マガジン』で連載された大山倍達の伝記漫画。梶原一騎原作で空手の大ブームを巻き起こした)以降からだから。一方の柔道は戦前戦後と連綿とブームが続いていたんで、過去の因習も継いでしまってるのかな。そういう意味では空手のほうが進んでるし、環境がいい。柔道の町道場の世界には、一生懸命指導してくださっている先生方が報われない現状がある。昭和の町道場カルチャーっていうのは、柔整(柔道整復師。昔でいういわゆる『骨接ぎ』『接骨師』)をやりながら道場を併設してた先生が多いんだよね。柔整で生活の糧を得て、柔道はボランティアで教えると。あるいはサラリーマンをやって、夜は実家の柔道場を継いで教えていると。そういうのが根付いちゃった」

 続けて、増田氏は以下のように述べています。

 

「だからお金を少しでも取ると陰でいろいろいわれた時代が長かったし、習い事として成り立つような指導科が取りにくいらしい。でも極真空手でもブラジリアン柔術でもボクシングでも、いまは月謝9000円なり1万円くらいが相場だよね。書道でも絵画教室でも茶道でも華道でも本格的な教室はみんなそう。それなのに柔道が2000円とか3000円だけでも取ったら『あそこは金を取るのか』って言われてしまう。それでは現場の先生方が報われない。それだけでご飯が食べられないから他の仕事もフルタイムでして、くたくたになって夜や休みの日を返上して教えてくださっている。そういう先生方が柔道の指導に専念できるような環境を整えないと」

 第四章「護身術と、護身的思考」では、安易な護身術への信頼に対して増田氏が以下のように警鐘を鳴らします。

 

「48キロの日本人女性がちょっと格闘技を齧ったからといって、アメリカ言って格闘技経験はないけどアメフトやバスケットをやっていたという100キロの男性が抱きついてきたときにそれを制することができるかというと・・・・・・」 「怖いよね。というより勝てないと思う。だから柔道にしても合気道にしても空手にしても『護身に役立ちます』って安易に言うのはすごく危険なことだと思う。『護身』レベルで軽くやってたら本当の強さが身に付いてくるところまでいけないから」

 さらに増田氏は、「女性に一番適した護身術は」で以下のように述べます。

 

「昔、同年代の女の子と論争になって途中から泣きながら言われたことがある。『増田さん、私は150センチ45キロの体で生きてきたの。夜道で男性とすれ違うときに、自分が150センチ45キロだったら、どれだけ怖いと思う?』って。ああそうなんだと気づかされた。『夜道だけじゃない。会社だって常に20センチ30センチ大きい男たちに囲まれて自分の意見を言っていかなといけない状況なのよ。女性にとっては普通に生きるだけで、常に荒くれ者の巨人の国にいる感覚なの。そんなこと考えたことある?』って。たしかに176センチの俺からしたら、20センチ大きいといったら196センチ、30センチ大きいといったら206センチ、そんな人間は滅多にいないわけだから、相撲部屋で関取ばかりの部屋、あるいはアントニオ猪木や坂口征二が選手だったころの新日本プロレスで毎日一緒に暮らしているようなもんだよ。150センチ45キロっていったら男なら小学生の体格だ。つまり小学校時代に夜道を歩く怖さを常に想像してないと、女性の気持ちはわからない。リアルなサイズ差。だから、とくに女性は銃刀法にひっかからないようにあれを持ちましょうこれを持ちましょうって、持ち物を指定するのも護身術だよね」

 「勝敗だけで人生の全体は語れない」では、増田氏が述べます。

 

「人生には無駄な事は何も無い。中井の人生がそうだったように、俺の人生だってそう。若いころ薄給の北海タイムスにいたことも、後に体調を崩して倒れたことも、全部楽しい人生なんだよ。あらゆる人に同じように人生がある。木村先生も、晩年の雑誌で、『プロレスラーになって世界のいろいろな所へ行けたし良かった』って言ってたけど、あれも一面の本音だと思うんだよ。当時は海外なんて簡単に行けないんだから。そんな時代に欧州や北米、中南米にも行った。苦しいこともあったけど、でも、晩年『プロレスやって良かった』って。それも本音だよ。間違いなく」

 

 続けて、増田氏は以下のように述べるのでした。

 

「なんだかんだ言っても、木村先生と力道山て気が合うと思うんだ。2人とも傑物だし理解されずにいたから、心通じるものがあるんじゃないかな。孤高の虎なんだよね、力道山も木村先生も。今頃、向こうでうまくやってると思うよ」

 第五章「強くあれ、そして考える人であれ」の「いまこそ武専の復活が必要だ」では、二人のあいだで以下のような会話が交わされます。

 

増田 ときどき格闘技関係者と話すんだけど、吉田秀彦も1回もKOされなくて、やっぱり凄かったなと。精神力とフィジカルだけで当時のPRIDEトップファイターと殴り合ってたからね。それでほとんど勝ってたんだから。

中井 吉田さん凄いですよ。申し訳ないけど、世界のトップではない。でもあの時代、あれをやったのは凄い。

増田 けして巧くないパンチや蹴りを出しながら、前に前に出ていって捕まえる、あの精神性。柔道関係者としては感動の連続だった。

中井 妻いですよ。本当の意味で木村政彦の後を継ぐのは吉田さんかもしれないですよ。

 そして「中井スタイルはウインドウズ方式」で、増田氏は述べるのでした。

 

「中井祐樹が言っていることは嘉納治五郎先生の仰っていることと同じだね。柔道とは戦う技術のことを指すのではなく、考え方や生き方のことをいうのだと嘉納先生も仰った。違うルールの違う格闘技だけれども、そこを登り詰めていくと、結局トップは同じ結論に達するのかもしれない。競技ではなく哲学にまで昇華してしまう。社会のなかでその考えを活かすのが柔道であり、ブラジリアン柔術であり、総合格闘技であると」

 この本は対談本なのですが、話しているのはほとんどが増田氏で、中井氏のほうは「はい」とか「そうですね」といった相槌が多いです。大学の柔道部の先輩に対して後輩が遠慮しているというよりも、やはり作家と格闘家の圧倒的なボキャブラリーの差を感じました。しかし、中井氏は言葉ではなく体を操るアスリートなのですから、仕方ありません。

 そういえば、プロレスラーの中には、長州力や前田日明などの言葉を操る名人もいます。彼らが増田氏と対談したら、興味深い発言がポンポン飛び出したかもしれませんね。しかし、中井氏こそはわたしが最もリスペクトするリアル・ファイターです。彼がゴルドーやヒクソンと戦ったときの雄姿が今も目に浮かんできます。そこには間違いなく、「本当の強さ」がありました。