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呪われた部分 有用性の限界』

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No.1250

 

 『呪われた部分 有用性の限界』ジョルジュ・バタイユ著、中山元訳(ちくま学芸文庫)を読みました。著者は1897年生まれのフランスの哲学者、思想家、作家です。フリードリヒ・ニーチェから強い影響を受けた思想家として知られ、後のモーリス・ブランショ、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダなどに影響を及ぼし、ポスト構造主義に影響を与えました。1935年、芸術家や思想家を結集して政治結社「コントル‐アタック」を結成。36年、カイヨワ、レリスと社会学研究会を創設。46年、雑誌「クリティク」を創刊しています。55年に頸部動脈硬化症と診断され、62年に病状が急速に悪化し、永眠。聖マドレーヌ教会堂裏の墓地に埋葬されました。

 バタイユの両親は無宗教でしたが、本人の意志でカトリックに入信。敬虔なクリスチャンとして過ごしますが、そのうちに神秘主義的な素養が芽生えました。そして、ニーチェの読書体験を通して、1920年代の始めまでには無神論者となりました。「死」と「エロス」を根源的なテーマとし、経済学・社会学・人類学・文学・芸術・思想・文化・宗教・政治など多岐の方面にわたって旺盛な執筆活動を続けました。発表方法も批評や論文・評論、対談集から詩・小説・哲学書まで様々な形態をとっています。

 

 バタイユには、彼がいうところの「学問的/科学的」に論理的明晰な、思想的文章群が存在します。その代表が『呪われた部分―普遍経済学の試み』(第一巻:『呪われた部分―有用性の限界』)、第二巻:『エロティシズムの歴史』、第三巻:『至高性』)で、わたしは20年以上前にこれらの翻訳書を読みました。本書はこれらの草稿原稿を中心とした内容で、1949年生まれでインターネットの哲学サイト「ポリロゴス」を主宰する思想家の中山元氏によって、2003年に訳されたものです。

 本書のカバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 

「本書は、20世紀の重要な思想家ジョルジュ・バタイユが約15年にわたり書き継いだ、書籍『呪われた部分』の草稿原稿、アフォリズム、ノート、構想をまとめたものである。栄誉、笑い、供犠、エロティシズムなどのさまざまな形の浪費についての断章は、バタイユの未完の体系を浮き彫りにしながら、『呪われた部分』『至高性』『エロティシズムの歴史』などのバタイユの思想の根幹をも宿している。バタイユの思想の源流とエッセンスをたどる待望の書、新訳で文庫に登場」

本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

「まえがき」


第一部 呪われた部分 有用性の限界

第1章 銀河、太陽、人間

第1節 宇宙から隔離された人間の条件

第2節 素朴な人間が再びみいだした宇宙

第2章 非生産的な消費

第1節 アステカ経済における栄誉あるふるまい

第2節 消費の原則あるいは喪失の必要性

第3節 栄誉ある社会における経済活動

第4節 教会と宗教改革の役割

第5節 プロテスタントのアメリカと資本主義の発展

第3章 私的な浪費の世界

第1節 成熟した資本主義

第2節 浪費の価値の低下

第3節 失業

第4節 個人主義

第5節 国家、理性、科学

第4章 生の贈与

第5章 冬と春

第6章 戦争

第7章 供犠


第二部 構想と断章

第1章 アフォリズムと一般的な断章

第2章 1939年から1941年の構想と断章

第3章 1941年から1943年の構想と断章

第4章 1944年3月の断章

第5章 1945年の構想と断章

 

「訳者あとがき」

 本書は広い意味での「経済」についての本です。バタイユの経済論は「供犠」の問題を大きく扱っているので、わたしは『儀式論』(弘文堂)の参考文献として本書を読みました。冒頭に第1章「銀河、太陽、人間」が置かれているので、驚きました。いきなり宇宙の話題から始まるとは思いませんでした。わたしも拙著『唯葬論』(三五館)の冒頭に「宇宙論」を置いたことを思い出しました。

 第1章「銀河、太陽、人間」の第1節「宇宙から隔離された人間の条件」の1「銀河とその運動」を、著者は以下のように書き出しています。

 

「わたしたちにはとうてい理解できない宇宙空間のある場所で、つねに移動しつづけているこの地球という天体の表面で、わたしたち人間は植物や動物とともに、絶えず移動しながら暮らしている。書物によるとこの地球という球体は、目が眩むほどの速さで運動している。地球が銀河の軸を中心に回転している速さと比較すると、砲弾の速度など、その1000分の1にすぎない。 わたしたちが暮らしているこの天体は、その移動しつつある速度と分離できない。この地球という天体の現実そのものが、この天体を動かしている運動と、天体が形成された質量によって生まれたものである。地球は多数の惑星とともに太陽系に所属するが、太陽系そのものが、非常に広大な距離を回って運動しているので、1回転するのに2億5000万年もかかるほどだ。太陽はわずか一瞬に、30万キロメートルもの距離を動いているのである」

 また、3「太陽の贈与、地表の周辺は貪欲な粒子に分割されること」では、著者は以下のように述べています。

 

「地球の『内的な運動』は、太陽とは逆の方向を向いている。太陽は光を発散し、わたしたちの地球は冷えている。太陽は、炎を統一しているようであり、太陽はその力を狂おしいまでに浪費する。わたしたちの大地は、力の貪欲な粒子に分割される。粒子の貪欲さは法外なものである。 これらの粒子は太陽のエネルギーと、遊離した状態にある大地のエネルギーを吸収する。もっとも強い者が、もっとも弱い者の集めたエネルギーを奪い取る。人間たちは利用できる力を収穫する。人間は、太陽、鉱物、動物、植物のすべての領域の資源を吸収し、利用し、蓄積する。そして結局は、もっとも強い者が、もっとも弱い者の仕事を奪い取るのである」

 太陽の話題は続きます。第2節「素朴な人間が再びみいだした宇宙」の1「素朴な意識」では、以下のように述べられています。

 

「未開の民族に共通する意識では、太陽は栄誉のイメージを示すものである。太陽は光を発散する。栄誉は太陽のように光輝くもの、光を発散するものと考えられている。素朴な人間にとって光は、神的な存在のシンボルである。光は壮麗さをそなえている。この輝きは有用なものではないが、解放感を与えてくれるものである。現在でも、生について判断しようとするときに、与えられた恩恵を想起しながら、その有用性を測定しようとすると、わたしたちは奥深いところでこの輝けるものに影響されるのである。ありきたりのプチブルでも、太陽と同じような存在になることを夢見ているのである(もっとも、実際にそのことを口にしたりはしないが)」

 この太陽についての記述は、「サンレー」という太陽の名を冠した会社を経営するわたしとしては非常に興味深いですが、2「失墜という感情」では以下のように書かれています。

 

「何の役にも立たないものは、価値のない卑しいものとみなされる。しかしわたしたちに役立つものとは、手段にすぎないものだ。有用性は獲得にかかわる―製品の増大か、製品を製造する手段の増大にかかわるのである。有用性は、非生産的な浪費に対立する。人間が功利主義の道徳を認める限りにおいて、天は天のうちだけで閉じていると言わざるをえない。こうした人間は詩を知らないし、栄誉を知らない。こうした人間からみると太陽は、カロリー源にすぎないのだ」

 著者は「栄誉」というものに注目します。3「自己の贈与において再びみいだされた栄誉」では以下のように述べます。

 

「古代の人々は、もはや捉えがたくなった本性に従って、苦悩を感じながらも、招かれた祝祭を眺めるように、目の前に展開される光景を見つめたのだった。古代の人々にとっては失墜とは、失墜した状態であるよりも、失墜のうちに屈してしまうことの拒否であった。古代の人々は宇宙のもとに栄誉をみいだすことができただけでなく、みずからも栄誉あるふるまいをしなければ、栄誉をみいだせないと考えていたからである。 わたしたちの世代は、自分で考えている以上に、栄誉を高く評価しているが、この自己の贈与の意味は明確でない。というよりも、その意味が知られていないのである。古代メキシコの人々は、人間と宇宙の栄誉を結びつけた。太陽は供犠の狂気の果実であり、人間の姿をした神は、灼熱の火のうちに身を投じることで、真昼の壮麗さを生んだのだ。このようにアステカの人々は、供犠と光が一体となるのを見た。そして陶酔のうちでの自己の贈与は、同じように陶酔のうちでの栄誉に匹敵すると考えたのである。たしかに『文明化』された人々も、このように考えることができるかもしれないが、めったにあることではない」

 「メキシコにおける人間の供犠」では、以下のように書かれています。

 

「この供犠でもっとも感動的なところは、若く、非のうちどころのない美しい若者を、『復活祭の頃に』犠牲にすることである。儀礼の1年前に、戦の俘虜のうちから選びだされる。俘虜は、選ばれてからは、王侯のように暮らしていた。『手に花をもち、供を従えて町中を練り歩いた。人に出会うたびに恭しく挨拶した。その若者がテスカポリトカ(もっとも偉大な神の一柱)の役を演じていることはだれもが知っており、どこで出会っても、みな彼の前にひれ伏し、拝んだ』」 「生け贄の祝祭の20日前に、みめよい4人の娘が与えられた。若者はこの20日の間、娘たちと交わるのである。若者に捧げられたこの4人の娘たちも、そのために繊細な配慮をもって育てられてきたのである。娘たちは、4人の女神の名前で呼ばれる・・・・・・。生け贄に捧げられる祭の5日前に、若者は神の栄誉を与えられる」

 

 死の日、4人の娘たちと別れた若者は神殿の階段を登り、一段ごとに、1年の間ずっと奏でてきた横笛を1本づつ手で折ります。最上段に登ると、神官たちに投げ倒され、仰向けに押さえられて、黒曜石の刀を持った神官から胸をぐさりと刺されます。若者に死を与えた神官は、刀を抜いてから、刀で開いた傷口に手を差し込んで心臓を抉りとり、それをすぐに太陽に捧げました。

 その後のようすを、著者は次のように書いています。

 

「若者の死体は丁重に扱われた。神殿の中庭に静々と降ろされる。ふつうの犠牲者の場合には、階段から下に投げ落とされるのである。ふつうの儀礼では最大の暴力がありきたりのことになっていた。死者の皮膚を剥ぎ、神官がすぐに血塗れの皮膚を身にまとう。燃えさかる火の中にいくたりもの人間が投げ込まれ、そこから熊手ですくい上げ、生きたままで板の上に置くのだった。生け贄の供犠で聖なるものとなった生け贄の肉は、食べられることが多かった。饗の儀礼は休みなしに続けられ、聖なる供犠のために毎年、無数の生け贄が必要とされるのだった。毎年、2万人が犠牲にされたといわれる。ところが神の化身となった犠牲者だけは、神のように人々に囲まれて神のごとくに犠牲の台に登り、人々は生け贄が死ぬまで、この若者を見守るのである」

 著者は、アステカ族の供犠についても以下のように紹介しています。

 

「アステカ族は、犠牲になって死ぬ者には、独特な姿勢を示している。俘虜たちを人間的に遇して、俘虜が求める食べ物と飲み物を与えるのである。戦争で俘虜を連れて戻り、これを生け贄に捧げたある戦士は、俘虜を『息子として扱い、俘虜は戦士を父親として見做していた』。生け贄となる者たちは、自分を殺させる者たちとともに踊り、歌った。俘虜たちの苦悩を慰めようとすることも多かった。 『神々の母』の化身とされた女性は、治療にあたる女たちや助産婦たちから、『うるわしき友よ、悲しまないで、今宵は王とすごすのよ。楽しんでね』と慰められたのである。だからこの犠牲者には、これから死ぬのだとは告げないのである。彼女の死は予期せぬ突然のものでなければならないからである」

 犠牲になる者たちは、自分の運命をよく知っていました。 そのためにも最後の夜は、どうしても歌い、踊って、寝ずに過ごしたといいます。アステカ族の人々は、犠牲者を酩酊させたり、「悦楽の娘」を与えました。11月の祭の間に死ななければならない奴隷たちは、墨を満たした鉢を抱えた男に先導されて、主人を訪ねて暇乞いをしました。奴隷は声をはりあげて、胸も裂けんばかりに歌い、墨の入った鉢に手を浸し、家の敷居と柱に手を当てて、手形を残しました。両親の家でも、同じしぐさをしたそうです。 女奴隷たちは白装束をまとわされ、白と黒の羽根で飾り立てられ、顔は半ば黒、半ば黄色に彩られました。そして、殺される前に、歌と楽器の音色に合わせて踊らされました。娘は近づく死の思いに苦悩にうちひしがれながら、泣きながら踊ったそうです。秋になると、コアトランという神殿で、彼女たちは生け贄にされました。ある娘は歌いながら、またある娘は叫びながら、そしてある娘は泣きながら神殿の階段を登ったといいます。

 平和な現代日本に暮らすわたしからすれば、供犠で死を与えられた俘虜や奴隷の心中を想像すると、沈痛な気分になります。4「戦士と戦士の死」で、このようなアステカ族の供犠について、著者は以下のように述べています。

 

「この儀礼で意外なのは、これが『自己の贈与』の喜劇であるということだ。神話ではおそらく神々がみずからを贈与しただろう。しかし神々の化身にされた生け贄たちでは事情が異なる。俘虜はみずからを贈与することはできない。贈与するには、その人は自由でなければならないのだ。しかし俘虜の供犠は、供犠を可能にした条件、すなわち戦争と死のリスクと切り離すことはできない。アステカ族は、死の危険に挑むという条件のもとでなければ、血を流さなかった」

 第2章「非生産的な消費」の第1節「アステカ経済における栄誉さるふるまい」では、著者は以下のように述べています。

 

「栄誉だけが究極の尺度だった。栄誉は他のすべての可能性よりも上位にあり、さらにあらゆる運動が、栄誉の運動のうちに巻き込まれていた。祝祭の動乱も戦の動乱も、現実的な力をもっていた。脈打つ心臓と同じように現実的な力だったのである。栄光は人間を、そして人間のすべての行動を(ごくつつましい行動までも)、宇宙の大きさにしたのである。この宇宙との一致が、畑仕事を活気づけ、豊かなものにしていた。収穫の意味そのものが、踊りと供犠のうちで表現されたのである」

 続けて、著者は以下のように述べています。

 

「アステカ族は、他の素朴な民族と同じように、儀礼に農耕の仕事と同じような威力を与えていたが、これはみずからを誤解していたのである。アステカ族の暮らしと収穫は、実際には天の壮麗さとかかわるものだった。経済的な活動に、壮麗な目的を与えることは、ごく論理的なことである。純粋な必要性に支配されることは、恐怖よりもさらに深いところで、人間の生に敵対することだからだ。人間は、過剰な情熱に耳を傾けるときではなく、さもしい必要性に動かされるときにこそ、劣った存在に、しかも残酷な存在になるのである。供犠は、人間と宇宙の一致の源泉となる。儀礼の効果にたいする信念がその土台にあるが、その根拠を示すためには、それを逆転させてみるだけで十分である。アステカ族は、自然が自分たちに従うようにさせるしかなかったが、じつは自然との合一のうちに生きていたのである」

 第3節「栄誉ある社会における経済活動」の1「ポトラッチ、空虚な栄誉の経済」の冒頭、著者は以下のように述べています。

 

「古代的な交換の形式では、浪費が生産よりも上位に置かれていることが、はっきりと示されている。古典的な経済学では、原初的な交換は物々交換という形をとると考えられてきた。しかし経済の起源において、交換のような取得方式は、獲得の要求に応じるのではなく、反対に喪失し、破砕する要求に応じたものだった。このことを古典的な経済学にはどうしても考えることができなかったのである。この古典的な経済学の概念が崩壊したのは、ごく最近になってからのことである」

 また、交換儀礼としての「ポトラッチ」について、著者はべます。

 

「トリンギット、ハイダ、チムシアン、クワキウトル族では、ポトラッチは社会生活の頂点に位置する。これらの未開の部族のうちでも、古い習慣をまだ残している部族は、イニシエーション、結婚、葬儀など、個人の地位が変動する際に行われる儀礼で、ポトラッチを実行する。古い習慣を放棄し始めた部族でも、まだ祭でポトラッチが行われることがある。特定の祭の際にポトラッチを行うこともあるが、ポトラッチを行うためだけに、祭が開かれることもあるのである」

 さらに、著者は「ポトラッチ」について以下のように述べるのでした。

 

「ポトラッチは、交易と同じように、富を循環させる手段であるが、駆け引きは行われない。これは首長が競争相手に、巨大な富を厳かに贈与するという形で行われることが多い。この贈与は、相手に屈辱を感じさせ、挑戦し、債務を負わせることを目的としている。贈与された者は、この屈辱を晴らし、挑戦に応じざるをえない。贈物をうけとったために生まれた債務を返済する必要があるのである。これに応じるためには、少し遅れて、最初のものよりもさらに気前のよい新たなポトラッチを実行するしか方法はない。いわば高利をつけて、債務を返済しなければならないのである」

 2「祝祭の経済」では、以下のように祝祭について論じられています。

 

「産業社会となる以前の文明では、富者は祝祭の費用を支払わされていた。もっとも有力な者は、突然の浪費にそなえて、予備の富を蓄えていたのである。人々の労働が富を創出し、富める者がこの富を蓄積する。共同体はこの富のすべてを、栄誉ある形で一挙に浪費する―過剰さへの欲求の外に、いかなる欲求も満たさずに」

 

 ポトラッチは、財産形成の若々しい段階です。多くの社会では、栄誉の意味と、ポトラッチで代表される競争関係が明確な形で示されることはありませんでした。それでも、このような制度の痕跡は、現代でも見ることはできます。

 その具体例として、著者は以下のように述べています。

 

「たとえば西洋の社会でも通夜、結婚式、復讐の挨拶、私的な祝祭など、巨大な富が投じられる習慣がある。わたしたちは貪欲であるにもかかわらず、こうした至福に満ちた、それでいて敵意を含む浪費の運動を忘れていない。鶏が声をかぎりに時を告げるのと同じように、人間にはこうした運動はごく自然なものなのである。[商業的な取引と比べると、ポトラッチは人間の心のイメージである。混乱と気前のよさに満ちているが、同時に攻撃的なイメージでもある]」

 著者はさらに以下のように述べます。

 

「名誉ある身分の者がこのような義務に従うという風習は、祝祭の意味のうちで理解できる。富という語に、この〈名誉の高さ〉という意味が、まだ木霊のように共鳴している。これらすべての行動は、いまでは魅力のないものかもしれない。しかし黄金は、輝くという単純な性質から、富と輝きを結びつける。黄金は、貪欲な者が一人でこっそりと満足するために輝くのではない。黄金の所有者は自分一人でその輝きを享受するかもしれないが、この輝きは多数者のために光を放つべきなのである。カエサルが催し、祝った祝祭は、カエサルの権力の意味そのものだった。皇帝から発散される幸福が、群衆の熱意を生んだのである」

 第5節「プロテスタントのアメリカと資本主義の発展」の3「牝豚の比喩」では、「実業が栄誉なしに繁栄することが目的となり、有用性が道徳的な価値の基礎となった」として、著者は以下のように述べています。

 

「かつては『栄誉ある人間』は、気紛れな神性と一致したいという目的だけで、繁殖力のある牝を必要もなく殺した。『実業家』の考えでは、牝豚を殺す『供犠の人間』は不道徳である。実業、工業、資本、蓄積は、供犠とは正反対のものである。ブルジョワジーの性格のうちには、濫費を拒む必要性が刻み込まれている。ブルジョワはその控え目な姿勢のもとに、存在の単調さのうちに、供犠を逃れようとする意志をこっそりと表現しているのである」

 第3章「私的な浪費の世界」の第2節「浪費の価値の低下」の1「聖堂から仕立屋へ」で、著者は以下のように述べています。

 

「資本主義は人間に、祝祭の濫費を放棄するように求めた。かつては祝祭や同じような種類の浪費が霧散させたものを、いまや生産を発展させるために蓄積するようになる。蓄積は原則として、際限なく増大することができる。ただそれは、原則の上でのことだ。工業製品は消費されなければならない(消費されないと、その後の段階の蓄積が停止してしまう)。資本主義は、非生産的な浪費を抑圧したわけではない。資本主義はまず、社会の浪費を非難しながら、浪費の運動にブレーキをかけたのである。次に非生産的な浪費を、製品の消費に還元する傾向を示した。中世以降、非生産的な浪費と生産的な支出の比率が変動して、生産的な支出の比率が増大したことを示すのは困難である。ただ1つだけはっきりとしているのは、非生産的な浪費が変身し、支配的な重要性を失ったということである」

 また、著者は「聖堂」および「祝祭」について、以下のように述べます。

 

「聖堂は商業的に利用される〈もの〉ではありえない。聖堂は、なにか意味があるというふりをしているだけであり、意味を表現し、新しい聖堂を建築する力が登場するとともに、その意味は消滅する。そして、意味をほとんど理解しがたい浪費の様式だけが続くことになる。 人間の栄誉ある浪費は限界まで抑えられ、こうして商業的な搾取が可能になった。豪勢な活動の対象を作り出すことのできたものは、なにも(あるいは、ほとんどなにも)残らなかった。現代では文学も見世物も、貨幣の計算に還元できるものである。アメリカ合衆国で、鉄鋼業に続く第2の産業は、映画産業だった。ときおり、声の輝きがひび割れた音を爆発させ、反響させることがある。しかしこの声は、自分が消え去ることをあらかじめ知っているだけに、異様であり、心を乱すものでもある。祝祭の運動は全体として悲劇的であり、栄誉に輝き、人を陽気にさせるものだ。かつては人間の顔に誘惑の力を与えたものだったが、いまや変質してしまった」

 2「喫煙」では、祝祭としての喫煙について述べられます。

 

「喫煙という祝祭は、人々に祝祭が行われているという意識を持続させる。しかしこの用途には、隠された魔術が存在する。喫煙する者は、周囲の事物と一体になる。空、雲、光などの事物と一体になるのだ。喫煙者がそのことを知っているかどうかは重要ではない。煙草をふかすことで、人は一瞬だけ、行動する必要性から解放される。喫煙することで、人は仕事をしながらでも〈生きる〉ことを味わうのである。口からゆるやかに漏れる煙は、人々の生活に、雲と同じような自由と怠惰をあたえるのだ」 この喫煙論は非常に面白かったですが、わたしは嫌煙家なので、ヘビー・スモーカーの連中には内緒にしておこうと思います。

 第4章「生の贈与」では、「武器を手にした多様な闘いが、自己の贈与と気前よさに力を与える」として、著者は以下のように述べます。

 

「力のゲームは人間の生に輝きを与え、栄誉あるものとする。征服という意味では、自己の贈与に至高の位置を与える。征服そのものも、死の栄誉ある暈のうちに置かれている。これは聖なるものであり、征服を聖なるものにしたのは、生者というよりも死者である。死者は自己の生を贈与することで、征服を聖なるものにしたからである。死者は、力と富を増大させただけではない。死者の犠牲によって、生の全体が死の高みに高められた。法外な浪費の過剰という模範的な行為を行ったのである」

 第5章「冬と春」では、「死の次元での社会の存在」として、著者は以下のように述べています。

 

「それぞれの共同体は、死者の屍の処理を引きうける。そして共同体は非人称的な形で、死が引き起こした混乱に対処しなければならない。『死とはどういうものか、わかっている』。これは共同体が、死の決定的な暴力の次元において、暴力的な生をみずから生きることなしには、言いえない言葉である。 兵士や司祭だけが、死にふさわしい言葉を語る能力をそなえている。兵士は死に直面し、司祭は死後の世界に属しているからだ。死がそこに現存するとき、俗人のような態度は許しがたいものとなる。死を前にして自己の外に滑り出るためには、聖なる世界が必要である。わたしは、恐怖に敢然と立ち向かう力が存在するさらに広い世界のうちに、自己を失う必要がある。カフェや銀行にはなにもない。軍隊のうちに含まれた暴力、古い教会の中での夜、どうにか許容できそうなものはこれくらいだ」

 第6章「戦争」では、著者は戦争と供犠を比較しながら、以下のように述べています。

 

「戦争と比べると、供犠は逆説的なものにみえる。戦争は征服で説明できる。しかし供犠はさまざまに説明されている。戦争と供犠では、手段は同じなのに、結果が異なるのだ。一言で供犠と戦争の違いを言えば、供犠は結果を追い求めるのだが、その目的を実現するために、どのような行為を、どう進めるか、手段の豊かさが限られないことにある。ある意味では供犠は自由な活動である。いわば擬態のようなものなのだ」

 続いて、著者は以下のように述べますが、これは著者の思想における最重要部分ではないでしょうか。

 

「人間は宇宙のリズムに従う。そして宇宙を模倣することだけが目的なのだから、狭い場所をすばやく通過したりすることは重要ではない。供犠は逆に、苦悩を際立たせることもできる。苦悩を通過する必要があり、急ぐ理由はないのだから、事柄を極限まで推し進め、そこで待ちながら、すべての生がゆっくりと引き裂かれるようにすることだけが求められる。宗教的な生は、人間の生の条件と痙攣を深めるのだ」

 また、供犠について、著者は以下のように述べています。

 

「供犠は巨大な力のもつ魅力を発揮するが、これは失うことを求める激しい欲求のあらわれである。こうした供犠はまず、供犠を捧げる者にとって脅威となる。神を体現する司祭は、失う欲望にとり憑かれ、神のように、みずから供犠の執行者を犠牲にすることができるだろう。しかし神話が神々に求めることを、司祭がみずからに求めることは稀である。燔祭は神を焼き尽くし、神を殺すが、儀礼を執り行う者を焼き尽くすことはない。血なまぐさい供犠のうちで自由に発動する要求に応じられるのは、宗教的な自殺だけだろう」

 第7章「供犠」でも著者は供犠の問題に言及し、以下のように述べます。

 

「人間の生は自己の贈与を望むものであること、この自己の贈与は死の苦悩をもたらすものであることは指摘しておきたい。わたしは人間とは、絶えず増大しつづけるだけの生産活動とは異なるものに向かう存在であり、聖なる恐怖のもとで、こうしたものをあらわにする存在であらざるをえないと考える。人間の常識に反するこの自己の贈与の呼びかけは、星辰についてのあいまい観念とは別のやりかたで、根拠づける必要があるのだ」

 著者は、供犠についての最大の謎を示します。 それは「あらゆる場所で、合意したわけでもないのに、人間がまず謎のような行動をしたのはなぜか、人間が儀式において生けるものを殺す必要があると感じ、殺す義務があると感じたのはなぜか」という謎です。 この問いには、これまでもいくつかの回答が示されたとして、著者は以下のように述べます。

 

「たとえば、古代の人々は、支払いや贈与によって、聖なる世界の幸を獲得できると考えていた。キリスト教徒もかれらなりに、この見方をうけついでいる。またオクスフォード大学のジェームズ・フレーザー卿は、豊かな収穫を確保するために、生け贄が捧げられたという考え方を提示した。フランスの社会学者たちは、供犠の儀礼は、人間たちの間の社会的な絆を強め、集団の共同体的な統一の基礎となったと考えた」

 続けて、著者は以下のように述べています。

 

「こうした説明はたしかに、供犠の効果を説明するものである。しかし人間が宗教の儀礼で、同類の人間を殺さざるをえなかった理由については、なにも語っていない。ただし最後の社会的な説明は、謎の正確な位置を示していることを認めるべきだろう―これは人間のすべての実存の〈鍵〉なのである」

 

 さらに、著者はこの問題について以下のように述べます。

 

「供犠の問題については、供犠は究極の問題であることを指摘する必要がある。言い換えると、この究極の問題に答えようとするすべてのテーゼは、供犠の〈謎〉も同時に解決する必要があることは明らかだ。生が死とともに戯れることを強いられるこの〈戯れの問題〉を無視するならば、存在についての思索の営みである形而上学は、意味のないものになる」

 

 著者によれば、「宗教的な儀礼で人を殺すのはなぜかという問いは、宗教的な儀礼の構造と結びつけて考える必要がある」というのです。

 「供犠」の謎について言及した後、著者はなんと「笑い」の問題を取り上げます。 著者は、「笑い」について以下のように述べています。

 

「笑いは、すべてを暴力的に疑いにさらす重要な交流の形式である。どう考えても、生が極限にまで白熱した光をみいだすことができるのは、死がかかわってくるときである。しかしこうした瞬間の模索はつねに狭く、つねに張り詰めたものであるために、精神が重くなる。なにかにこだわることは、みずからを失うことで軽くなろうとする欲求に反したものである」

 また、著者は以下のようにも述べています。

 

「自らを失いながら交流するという欲求が、さらに多くを所有するという欲求に還元された場合には、いかなる至高なものも、それを笑うことなしには、人間のうちには存在しえないことを、理解すべきなのである。ところですべての種類の激しい交流のなかでも、笑い以上にわたしたちの全体を動かす交流はない。笑うことで、わたしたちの生はつねにたやすく交流できるようになる。反対に、至高な交流を望む心は、わたしたちを不条理のうちに孤立させる危険がある」

 哲学者アンリ・ベルグソンの名著『笑い』をはじめ、「笑い」についての考察は多いですが、バタイユの以下の指摘は秀逸な「笑い」論であると思います。

 

「わたしたちは笑うとき、魔法にかけられたような発散のうちに自己を失う。それでいてこの発散は、正確にはどこにもない。ある特定の場所から訪れるものではなく、どの方向に進むのでもない。しかし笑いが起こると、内省していた存在が突然に、きらめくような瞬間的な運動のうちで、世界との分離を失う。そのためには、あるひとが倒れて、安定性という性格が幻にすぎないことがあらわにされるだけで十分なのだ」

 続けて、著者は以下のように述べています。

 

「一人の女性がころげるのを見た人々は、その女性と同じように、すべてのものが安定している世界から、滑る世界に移行するのである。すべての仕切りが倒れ、笑う者たちの痙攣するような運動が解き放たれ、反響して、ひとつのまとまった笑いになる。だれもが宇宙の無限のきらめきに参与するだけではなく、他者の笑いに混じりあう。部屋のうちにもはや、たがいに独立した笑いがあるのではない。ただひとつの哄笑の波が生まれるほどだ。笑う人は、自分のよそよそしい孤独が奪いとられたかのように、だれもが急流の中でさざめく川の水のような生の一刻を過ごすのである」

 著者は、「笑い」の問題から一気に「供犠」の問題に突入します。そのキーワードは「不安」です。

 

 「この宙吊りの状態で、笑いの限界で、不安の奥深い真面目さの限界で、無理にでも、供犠の謎の中に入るべきだと思う」として、彼は以下のように述べます。

 

「わたしが笑うとき、他の笑う人々がわたしに交流するのは、すべての不安がとり除かれたということである。反対に供犠に近づくとき、たしかに笑う者に囲まれた時と同じように、他者の感情に依存するのだが、供犠の参加者は、不安をとり去ることなく、不安そのものしか交流しない。犠牲を捧げる者と供犠の列席者は、意味のある唯一の価値、重要であるとみなすことのできる唯一のもの、それは不安であるかのようにふるまう」

 

「不安はさまざまな余裕度で維持される。笑いが不安の除去を交流することであるように、供犠は不安の交流である。そして交流された不安の総計は、原則として交流可能な不安の総計に近い。あまりに強すぎる反応は、儀式の効率を低める。これを感じる者が、供犠の儀式から逃げ出すからだ」

 著者は「不安」というキーワードを使いながら、以下のように「供犠」の謎を解いていきます。

 

「供犠の歴史を調べると、さまざまな変形が生じていることがわかる。これは、ある余裕度で不安を維持することが、ますます困難になってきたことの痕跡なのだ。人間を生け贄にすることの恐怖は、時とともに強くなった。イフィゲネイアやイサクのような人身御供を捧げる代わりに、チャルカス族やアブラハムは雌鹿や雄羊の喉を掻き切った。これは、人間の燔祭がついに耐えがたいものになったために、犠牲を捧げる者は人間そのものではなく、人間の意志だけを神々に、象徴的に捧げざるをえなくなったことを意味している。はっきりと語られていないが、聖書はこの問題の悲劇的な大きさを表現している。 後には、不安の総計を処理する望ましい方法としては、動物の生け贄も使われなくなった。血なまぐさい供犠を中止したいという願いを退けることができなくなった瞬間から、供犠を認めない習慣が始まった。人間は、これほど衝撃を与えない宗教的な態度を模索したのである。血が流れるのを目撃することは、吐き気を催すようなことだと感じる人がでてきた」

 第二部「構想と断章」に移ります。 第1章「アフォリズムと一般的な断章」では、「聖なる絆」という草稿の以下のくだりを興味深く感じました。

 

「世界は、聖なるものでなければ意味をもたないことに気づく人はごくわずかだ。というのは、わたしたちが生きているこの世界、人間の世界は、それが十全なものであるならば、多数の人々が生きている世界であり、ただ聖なる絆だけが多数の人々を結びつけているということである。しかしこの聖なる絆は、たんに外的な役割を果たす綱のようなものと考えることはできない。聖なるものは、花を束ねる紐のように、人間を外側から結びつけるわけではない。すべての聖なる現実は、人間にみずからを無条件に贈与するように求めながら、人々を結びつける」

 続けて、著者は以下のように書いています。

 

「こうした現実は、この贈与そのものと混ざりあう。現実はこの贈与のうちに生きるからである。自己の贈与から生まれたものは、たえず自己の贈与によって養われる必要がある。供犠が聖域を作りだし、あらたな供犠が聖域に向かって流れ、聖域は供犠の流れと同じものになる。『聖者の交感』は、これを作り出す供犠の生によって作り出されるものである。聖者の交感が存続するためには、それに与かろうとする人々は、供犠の生に通じていることを求められるのである」

 

 著者はさらに、「わたしたちはみずから、聖なる生を生きていない。聖なる生が世界に欠けていること、聖なる生は世界にも、人間にも欠けていることを意識するために、聖なる生について語るだけなのである。わたしたちは壊れた世界を結び直したいと思うが、そのための紐がない」と書いています。

「祝祭の意味」という草稿に書かれている以下のくだりも興味深かったです。

 

「素朴な時代には、すべての民が祝祭のカオスのうちで、生の深い根源へとさかのぼっていた。祝祭においては意味は混乱し、酩酊と性的な放埒さが解き放たれる。しかしこうした混乱は、聖なる儀礼が生み出した悲劇的な印象と不安に結ばれている。儀礼はもっとも深いところで存在にふれ、そこで存在は破砕されるのである」 「わたしの考察で、孤独な者がその生涯を通じて、現代では分離されているものを結びつけていることを示したとき、基本的な研究から遠ざかっていたわけではない。人間を結びつけること、人間たちの絆を結び直すことが大切なのだ」

 第2章「1939年から1941年の構想と断章」では、「不安(第五部)」の草稿で、以下のように儀礼の問題が大きく取り上げられています。

 

「人間になることにおいて、不安が果す決定的な役割、貪欲さの不安。 祝祭では、食べるので貪欲さが満たされる。しかし祝祭の原則は不安であり、貪欲は同じ道を進まない。 死後の生についての解釈。実効力のある信仰が失われてからも、祝祭は存続できる。 深い理性(苦悩に満ちたやましさ)、外的な信仰(経済的な効果)、そして儀礼(栄誉ある行動)がある。 信仰が失われた後で儀礼が存続すると、劇的な性格(苦悩)はすべて喪失する。しかし儀礼の存続の可能性は、信仰とは、深い理性と儀礼の中間項にすぎないのであり、信仰の重要性の低さをあらわにする。この事実を検討することが決定的に重要であるが、これは出発点にすぎない」

 「トーテムの起原(付属文書)」の草稿の以下のくだりは、拙著『唯葬論』の「人間論」の内容を連想しました。

 

「人間が動物とはっきり区別されるのは、人間が宗教的な態度をとるからだが、こうした宗教的な態度には、つねにある精密な意味があった。他者を自分と同類の者として意識することなしには、他者にたいするみずからの貪欲を、すなわち自分で使うために他者を破壊しようとする欲望を満たすことができないのである。人間に似た他者、すなわち動物、植物、光、雨などは、人間の貪欲に応じてくれる。すると人間は、こうした自分に似た他者の貪欲に応じるために、みずからを毀傷し、血を流したのである。 宗教的な態度の源泉にはこうした意識があったわけである。しかしこの奇妙な行動は、他者の意識、そして自己自身についての意識が、そこであらわになることを示すものではない。そもそも人間は他者を自己のイメージに合わせて考えるのであり、人間のうちにはこうしたイメージがすでに存在していたのである」

 「カニバリズム」の草稿では、以下のくだりが印象的でした。

 

「生命に貪婪な生物は、死のうとする生物を摂取する。そして破壊された生が、自己のうちに摂取されたことを意識するようになる。この生物はみずからを死すべき存在として理解するようになり、犠牲を捧げることで、この認識に固執する。 みずからを死すべき存在として認識した人間は、他の人間を殺し、食べる。あるいは他の人間を殺し、食べるかのように、他の人間を奴隷にする。あるいは動物を隷従させる。 人間は他の人間を摂取し、搾取し、搾取のうちで他者として承認する」

 

「人間と動物を分かつもの、それはおそらく交流だろう。そして交流はおそらく供犠の効果として生まれるのだろう。その場合には、供犠がもはや行われなくなったということは、人間性の衰えを、新しい動物性の形式に戻ることを意味するだろう。この動物性への復帰は、大衆において可能となる―もはや人間という名前が正確にはふさわしくないほどに『新しい』少数の人間が大衆から生まれるならば」

 本書の第一部はメキシコの原住民族についての人類学的研究成果がもとになっています。バタイユの本にしては珍しく実証的な分析がなされており、非常に説得力がありました。 しかし、バタイユが自己流に資本主義を分析した第二部は断片的論文集であり、それぞれの文章がバラバラである上に、書き方も雑多で読みにくく感じました。 バタイユは『呪われた部分』を15年もかけて草稿を書きましたが、結局は未完成に終わりました。その出版も彼の死後でした。文中には(抹消)とか(後で補足)などのメモも書かれていて、バタイユが『呪われた部分』を書くのに非常に苦労したさまがよくわかります。しかし、「供犠」の謎を解き明かすという彼の壮大な志には感銘を受けました。わたしは彼の遺志を継いで、「なぜ人間は儀式を行うのか」という謎を解き明かしたいです。