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Title

死の儀礼』

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No.1236

 

 『死の儀礼』ピーター・メトカーフ&リチャード・ハンティントン著、池上良正&池上冨美子訳(未来社)を読みました。「葬送習俗の人類学的研究」というサブタイトルがついています。1991年に刊行されていますが、過去の人類学者の古典的研究から古代エジプト、中世末期以降のヨーロッパ、現代アメリカなどの事例を通して、人類学の立場から葬送儀礼に関する一般理論の構築を図った意欲作です。

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「はじめに」

「第二版への序論」

第一章 予備考察

第一部 普遍なるものと文化

第二章 死に対する情緒的反応

第三章 死にともなう象徴連合

第二部 過渡状態としての死

第四章 生者と死者―エルツ再考―

第五章 死の儀礼と生の価値―通過儀礼再考―

第三部 王の四諦と政治的身体

第六章 死せる王

第七章 不死の王権

第四部 われわれ自身を見つめなおす

第八章 アメリカ人の死の習俗

「訳者あとがき」

「参考文献」

「索引」

 第一章「予備考察」の冒頭では、「生のなかの死」として、以下のように述べられています。

 

「死ほど普遍的なものがありえようか。とはいえ、死が呼びおこす反応には、何という途方もない多様性が見られることか。死体は焼かれることもそのまま埋められることもあり、動物や人間の犠牲を伴うこともあれば、伴わないこともある。いぶしたり、防腐処理をしたり、酸に漬けたりして保存されることもある。死体を食べることもある――生のまま、あるいは調理したり腐敗させたりして。死体を儀礼的に腐肉として人目にさらすこともあれば、そのまま放置しておくこともある。あるいは、ばらばらに切り離したうえで、こうしたさまざまな処置が施されることもある。葬式が人目を避ける機会となることもあれば、さまざまな集団を集結させ、無数の異なった組合わせで、喧嘩や性的オルギーを引き起こしたり、泣いたり笑ったりする機会にもなりうるのである。文化的反応の多様性は、死が惹きおこす普遍的衝撃を測る尺度である」

 また「死の儀礼と19世紀の人類学」として、こう書かれています。

 

「考古学においては、埋蔵品に重要な意味が与えられているため、死者の処理に関心をもつことはほとんど避けがたい。埋葬地から得られる資料は、最初期の文化活動の何らかの痕跡をもっていた。最古の文明にとって、死の建造物は古代の生活についての感動的で明白な証拠をもたらしてきた。 一方、社会人類学においては、死の儀礼に対する関心は揺れ動いてきた。面白いことに、前世紀と今世紀で同じような変動が見られた。まず社会構造の類型に没頭したのち、関心の焦点は次第に広いイデオロギーの問題へと移ったのである」

 

 続いて、本書には未開生活について以下のように書かれています。

 

「エドワード・バーネット・タイラーやジェームズ・フレイザーにとっては、未開生活の最も興味深い局面は、明らかにそれが生み出す世界観であると見なされた。タイラーは、死や夢といった現象を深く考えることから生じる、ひとつの完結した宗教体系を措定した。夢を見ることから個人が物質的な要素と非物質的な要素に分かれているという観念が生じ、次にはそれが肉体と霊魂の分離という観点から、死に説明を与えることになった。さらにこれが来世という観念を生み出し、やがては死者祭祀へとつながっていったという。この論法は古代人の合理的思考を共感的に復元するものであったため、『主知主義』のレッテルが貼られてきた。しかしながら、注目すべきは、タイラーの宗教への関心が、宗教への熱中とは言われなかったことである。同時代の人類学者の多くがそうであったように、彼もまた宗教を科学へと向かう錯誤の前段階にすぎないと見ていた。タイラーが考えた未開人は知的であったかもしれないが、彼らの思考は間違ったものとされたのである」

 

 さらに「デュルケムと宗教社会学」として、以下のように書かれています。

 

「フレイザーやタイラーにとって、死に関する未開人の信仰が宗教の起源や本性という問題に安易な回答を与えるものであったのに対し、デュルケムにとって死に関する諸観念は、問題の一部であって決して解答ではなかった。これは、彼の見地からすれば、探究されるべき課題は、あくまで集団から取り出した一単位としての個人の本性にあったからである。デュルケム理論は、共同生活への個々人の統合に焦点をあてる。この過程では、信仰や観念はタイラーやフレイザーが考えたよりもずっと複雑な役割を演じる。デュルケムはその生涯の多くを、集合的に所有される信仰や諸観念という複雑な問題の解明に捧げ、こうした『集合表象』がいかにして個々人を統合し、しかも一方では各自の独自性を際だたせていくのか、という問題に取り組んだのである。デュルケムの著作全体を通してみられるのは、個人の自律性と社会への同一化とのあいだの動態的緊張である。すなわち、有機体としての人間の物理的隔絶性と、言語や象徴の使用によってこの隔絶性を超越しなければならない必要性とのあいだの緊張である。この理論的枠組みのなかでは、死の出来事は、人間の社会的存在や限定につきまとう曖昧さや矛盾を暴き出す、重要ではあるが厄介な問題となる」

 

 それから「ヴァン・ジェネップの通過儀礼」として、この読書館でも紹介した『通過儀礼』(岩波文庫)の著者について以下のように書かれています。

 

「ヴァン・ジェネップは、ひとつの状態から他の状態への通過に関わる儀礼、たとえば加入儀礼、結婚式、あるいは年忌などの儀礼を、ひとつの属類と見なした。彼の命題は、それらの儀礼がいずれも共通して三部形式の構造をもち、最初にある地位からの分離、次に周縁的時期、最後に新しい地位への再統合、があるというものである」

 また、ヴァン・ジェネップの考えが以下のようにも紹介されています。

 

「ひとつの生涯に、ひとりの個人はいくつかの地位の変化を経験する。各々の変化において、いわば古い自己が滅び、新しい自己が生まれる。あらゆる地域の人びとにとって、生と死は明瞭な隠喩を提供し、より小さな過渡状態はその隠喩によって想起させるため、生と死は通過儀礼のシンボリズムのなかに常に表現され、特に始まりと終わりの局面で、それぞれが卓越している。これは機会におかまいなく起こる。たとえば収穫祭に頭蓋骨や骸骨といったものが場違いに侵入したり、死の儀礼が再生のシンボリズムで満たされたりする」

 

 『通過儀礼』を書いたジェネップの後、本格的な儀礼研究を行った人物といえば、この読書館でも紹介した『儀礼の過程』を書いたターナーです。 本書には、以下のように書かれています。

 

「ヴァン・ジェネップの著作にみられる見解のなかで、近年最も多くの注目を浴びたのは、彼の境界性の概念である。ヴィクター・ターナーがこの概念を見事に完成させたことが、ヴァン・ジェネップの用語を広く普及させるのに大きく貢献している。ターナーは、過渡の局面がある種の自律性をもって儀礼の他の部分から独立しているというヴァン・ジェネップの洞察に基づいて、『過渡の状態』という見解を発展させ、その状態にあるものは通常の社会的役割に対して『どっちつかずで中間』に位置し、社会的道徳的価値の多少とも超越的で神聖な核心に接近すると考えた。ターナーはヴァン・ジェネップに従って、人が変化を表現するのに、月経とか腐敗といった生物学的過程から引き出された象徴を用いる独特のやり方を探求している。ターナーの焦点が境界性の自律に向けられていたことは、最終的には彼を特定の過渡儀礼から遠ざけていくことになる」

 

 ジェネップ、ターナーに続いて、儀礼研究の巨人として、この読書館でも紹介した『右手の優越』の著者であるエルツが登場します。本書には以下のように書かれています。

 

「ヴァン・ジェネップ自身が認めるように、儀礼の境界的局面のもつ重要性や特徴を認めたもうひとりの学者が、ロベール・エルツである。エルツの特別な関心が死の儀礼にあったことを思えば、このことは驚くに値しない。葬式は、ヴァン・ジェネップの広範囲にわたる検討資料の一分野を成すにすぎない。対照的に、エルツの論文『死の集合表象研究への一考察』(1907)では葬式が唯一の関心事であり、この論文は、今世紀に書かれた死に関する最も独創的な分析のひとつである」

 この「死の集合表象研究への一考察」という論文は、『右手の優越』(ちくま学芸文庫)に収録されています。エルツについて、本書『死の儀礼』には以下のように書かれています。

 

「エルツは資料の多くをインドネシア、特にボルネオ島から引いている。この地域では、死ぬべき運命にある者がもはや生きてはいないけれど最終的には死んでもいないという時期を、多くの民族が考えている。エルツはこれを『あいだの期間』とよぶ。この期間の終わりには『大祭宴』が催され、そこで死者の亡骸が再びあばかれ、儀礼を受け、新たな葬所に移される。エルツはこの「あいだの期間」はいくつかの要因、たとえば祭宴に費やす余剰を蓄財する必要性などから、引き延ばされることがあると指摘している。だが、必要最小限の期間は決まっており、それは骨が乾燥して腐肉がはがれ落ちるのに必要な時間である」

 「本書構成」では、以下のように述べられています。

 

「まぎれもない事実である死の普遍性は、葬送儀礼が単純で汎人類的なものとして説明できるという魅力ある可能性を示唆するものである。人類学者たちはしばしばある種の『人類の心的斉一性』を強調し、人びとがいかに異なった信仰をもち、いかに異なったタイプの社会や環境に住もうと、同型の情緒的、認識的特性を共有すると仮定したのである。だが、疑問は残る。これらの特性が同一のものでありうるとしても、それは死の慣行を説明するうえで何らかの役に立ちうるものなのであろうか。恐怖と悲哀という強い否定的情緒は死にともなうごく自然なものと考えられ、したがって葬送儀礼の普遍的原因の候補とされる」

 第三章「死にともなう象徴連合」では、「繰り返しあらわれる葬式の規則的な特徴といったものは、本当にないのであろうか」と読者に問いかけ、「実際にはあるのだ」と答えます。1つの明白な実例は色彩のシンボリズムであるとして、以下のように述べています。

 

「西欧文化に見られる黒色と死や服喪との連想が普遍的であると仮定するのは誤りであるとしても、死をあらわすのに黒を使用するのは、世界中の文化に広く分布している。ターナー(1967)は、赤、白、黒の3色の組み合せが、ほぼ普遍的に存在することを示唆している。多くの社会で、白は清浄と豊饒、赤は力や生命の善悪の両面に、黒は腐敗や死と結びついている。ターナーは、この象徴的な3色の組み合せが広く分布するのは、これらの色が体液を連想させること、特に白は母乳や精子、赤は血液を連想させることに関連していることを示唆している。彼が述べているように、黒は身体の排泄物と結びつくことはまれであるが、失神とか『昏倒』のような、意識の喪失と結びつく傾向がある」

 また、繰り返しあらわれる葬式の規則的な特徴がもう1つ、以下のように挙げられ、この読書館でも紹介した『文化とコミュニケーション』の著者である文化人類学者のリーチが登場します。

 

「第2の例は、服喪者の髪に関するものである。エドムンド・リーチ(1958)が述べているように、髪を特殊カットするといった慣習は世界中に広く分布しており、とりわけ葬送の儀式において顕著である。遺族は服喪の印として、しばしば剃髪を命じられる。場所が変わると、その習慣は逆転する。服喪者、特に男性は、服喪期間中、日常的な習慣である髭剃りや顎髭、口髭、毛髪の手入れを差し控え、髪の乱れを強調する。また、どちらの場合でないこともある。しばしばひとつの社会のなかで、あるいはひとつの家族のなかですら、ある服喪者は完全に髭を剃り、別の服喪者は剃刀を片づけてしまうこともある。それゆえ、このような慣習を取り入れていることに一般性があったとしても、その意味には一般性がない」

 

 第六章「死せる王」の冒頭には「死には、ある逆説がつきまとう。一方で、死は偉大なる平等主義者であり、だれもが有限な存在であることの印である」として、以下の『ハムレット』の一節が紹介されます。


  アレキサンダーが死ぬ、アレキサンダーが埋葬される、   

  アレキサンダーが塵にかえる。塵は土だ。土から粘土を作る。   

  そこだよ、アレキサンダーの身体でできた粘土で、   

  酒樽の栓を作るかもしれぬ。   

  皇帝シーザー死して土にかえり   

  孔をふさぎて風をさえぎる。   

  あわれ、世界を震撼せし土は   

  壁と化して冬の烈風を防ぐ!

  (『ハムレット』第5幕、第1場、小津次郎訳)



 また、本書には以下のように「王の死の儀礼」について書かれています。

 

「イスラム教のいくつかの厳格な教派では、死が人びとを『平等にする』という側面を強める意識的な努力がなされている。たとえば、サウジアラビアの王はスパルタ式とよべるほど簡素に埋葬され、その唯一の墓標といえば、雑に積み重ねられた石だけである。こういったものは例外的だ。多くの場合、王が死ぬと、まず儀礼的活動の微動があり、やがてそれは最高潮に達して、後継者の戴冠式さえ見劣りするほどの国家的な威厳が誇示される。 王の死の儀礼は、多くの人が関心を寄せる政治劇の一部であるがゆえに、特別なものである。特に、国家が君主によって体現されている王国では、王の葬式は遠大な政治的、宇宙論的意味合いをもって語りつがれる催しであった。王の死は、しばしば諸価値を統合する強力な儀礼的表象を始動させるが、それはエルツの言葉を借りれば、『まさしくその生命原理に突然介入してきた』社会への打撃を相殺するために考案されたのである。さらに国民にとっては、英雄としての王が出会う死は、万民の終焉の元型である」

 第七章「不死の王権」では、冒頭に以下のように書かれています。

 

「西欧の社会思想は、政治制度の発展や存続にとって、理性、法、武力といったものが重要であることを強調してきた。人類学者たちもこうした現実的な要素の役割を否定するわけではないが、むしろ政治的統治にとって儀礼的象徴が果たす決定的な役割に焦点を合わせている。なかでも人類学者のひとりである、A・M・ホカートは、草創期における国家の発展にとって王権の儀礼的側面が何よりも重要である点を強調したことで知られている。『最初の王は死せる王であったに違いない』という驚くべき示唆から出発した彼は、後の著作においては、『近代』の官僚政府というのは実際上は儀礼的組織にその起源をもつのであって、行政的機能をもつようになったのは後になってからである、という命題を示すにいたった。ホカートの見解によれば、『政府』というのは、しばしば重要人物の死霊を慰撫する仕事に携わる儀礼の専門家たちを中心に形成されたものであり、国家の発展とは、超自然的な諸々の力から生命や幸福を守ろうとする儀礼的試みの副産物にすぎないという」

 最後に、「訳者あとがき」では宗教学者で駒澤大学文学部教授の池上良正氏が以下のように述べています。

 

「今日では、葬送儀礼や他界観などに関する個別地域の事例研究は数多く見られるが、総合的・一般的な課題群を整理し、一定の理論的展望を示すことに成功した研究書は少ない。こうした状況は90年代に入っても変わっておらず、本書は依然として、『死の儀礼』に関心をもつ人類学、宗教学、社会学などの研究者の必読書としての地位を保っている。さらに本書では、過去の人類学者の古典的研究はもとより、古代エジプト、中世末期以降のヨーロッパ、現代アメリカなどの事例が、積極的に取り上げられている。ここには、自らの調査地域のみに限定して論じるという人類学者の『禁欲』をあえて破ることによって、問題の広がりを示そうとする著者たちの意欲が感じられる。その意味で、本書はまた、広く死の習俗に関心をもつ一般読者にとっても、豊富な話題を提供する恰好の入門書となるであろう」