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右手の優越』

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No.1218


 『右手の優越』ロベール・エルツ著、吉田禎吾・内藤莞爾・板橋作美訳(ちくま学芸文庫)を読みました。「「宗教的両極性の研究」というサブタイトルがついています。著者はフランスの社会学者、社会人類学者です。1882年生まれ、1904年、エコール・ノルマル卒業。1915年、第一次世界大戦の東部戦線マルシェヴィルで33歳の若さで戦死。
 この読書館で紹介した『宗教生活の原初形態』エミール・デュルケム門下の秀才で、「夭折さえしなければ、師と肩を並べる研究者になったであろう」と言われています。また同じく当読書館『贈与論』で紹介したマルセル・モースはエルツの友人でした。この頃、文化人類学は最もホットな学問でした。

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   本書の帯


 本書の帯には「象徴的二元論研究の先駆」「右(right)は、正しい(right)、なぜ? フランス社会学黄金期の著作」と書かれています。
 また、カバー裏には以下のような内容紹介があります。


「『われわれの両手ほどよく似ているものがあるだろうか。しかし、両者の間には何という驚くべき不平等が存在していることだろう。右手には名誉と、嬉しがらせるような名称と、特権とが与えられている。・・・・・・いったい右手の優越性の由緒はどこにあるのだろうか。また左手の隷従は何に由来するのだろうか』(本書より)。現在の象徴体系、認識体系研究の先駆けとなったフランス社会学黄金期の著作。論文『死の宗教社会学』を併録する」

 本書の「目次」は、以下のようになっています。


「訳者まえがき」
序文(エヴァンズ=ブリチャード)
「死の宗教社会学―死の集合表象研究への寄与」
はじめに
一 あいだの期間
    1 遺体とその仮の墓場
    2 魂とその地上での仮住まい
    3 生者とその喪
二 最終の儀式
    1 最後の墓場
    2 死者の国への魂の旅立ち
    3 生者の解放
結び
「右手の優越―宗教的両極性の研究」
一 有機体の非対称性
二 宗教的両極性
三 右と左の特徴
四 両手の機能
結び
「解説」
「文庫版解説」
「参考文献」

 「死の宗教社会学―死の集合表象研究への寄与」の第一部「あいだの期間」の1「遺体とその仮の墓場」では、いきなり凄いことが書いてあります。


「バリ島は、ヒンズー文化の影響を強く受けているけれども、なお遺体は、火葬にするまで、何週間も家に置く習慣をとどめている。ここでは棺の底に穴があいていて、これは(液を外に出すためであって、この液を容器に受けて、毎日の供養のときに、それを空ける)。もう一つ、同じくボルネオではあるが、カプアス(Kapoeas)のダヤク族では、腐敗して出てきた液を土器の皿に受ける。そしてこの液を米と混ぜて、近親者たちは、喪中のあいだ、それを食べる」

 このグロい記述を読んで、わたしは以前に自身のブログで紹介したバリ島の風葬の村「トゥルニャン村」を思い出しました。あの村の風葬墓地には、死後1週間の遺体が野ざらしになっていました。
 続けて、エルツは以下のように書いています。


「このしきたりの解釈については、これを保留しておきたい。というのは、われわれが問題としている地域のほかにも、これと似たしきたりが、もっと広く、もっと複雑にひろがっているからである。それでここでは、とりあえずインドネシア人が死体の示す変化について、特殊な意味を与えている、このことを指摘するにとどめたい。すなわちこの点についてのかれらの表象が、葬儀をすぐには終わらせないようにしている。また生者たちに一定の配慮と遵守とを命じている、ということである」

 続けて、エルツは以下のように述べています。


「最終の儀式が終わらないかぎり、死体は非常に危険な状態に置かれている。一定の期間、死体はとりわけ悪霊に攻撃されて、人間に害をするあらゆる力に晒されている。これは、民族誌家や民俗学者がよく承知している信仰である。だからこういうときには、呪術的な手続きを踏んで、衰えた抵抗力を強めなくてはならない。死んですぐあとの期間は、この危険性がたいへん高い。だから死体はお祓いをして悪魔からこれを守らなくてはならない。そしてこうした配慮の少なくとも一部は、遺体を水で洗うとか、その他、死後すぐ遺体を対象としておこなう諸儀式に示唆されている」

 葬儀は単なる遺体の処理技術ではありません。
 それは、魂のコントロール技術でもあるのです。
 エルツは、魂について以下のように述べています。


「いくつかの部族では、魂を他界に導く儀式は、死後すこしたって、呪師によって行なわれる。ただこの場合でも、魂は造作なく新しい存在となるのではない。はじめは魂も、はっきりこの世を去ったという意識を持たない。他界での暮らしは、陰気で気持がよろしくない。それで他界では禁じられている食物を求めて、しばしば地上に戻ってくることになりやすい。いくつかの報告によると、こうしたわけで生者たちは、とりわけ人間の首を供えようとする。つまりこの供犠によって、魂は気の毒な状態を少しでもなぐさめようとする。けれども魂がひとりだちとなって、死者の国での喜びを満喫できるようになる。これは、最終の儀式が済んでからのことである」

 第二部「最終の儀式」の冒頭で、エルツはその目的を3つ挙げています。


「最終の儀式は、3つの目的を持っている。それはまず遺体に最後の墓場を用意しなくてはならない。また魂に安らぎを与えて、死者の国に行かせるようにしなくてはならない。さらに、生者たちから、服喪の義務を取り去らなくてはならない」


 また、「生者の解放」として、エルツは次のようにも述べています。


「どんな宗教的な儀式も、かならず儀礼をともなっている。そしてこの儀礼のうちには、参加者をその負っている危険性から解放して、もう一度、俗界に戻れるようにする儀礼を含んでいる。この目的の儀礼は、葬儀の場合、とりわけ重要である。だから第二部の祭儀というように、第一のそれとあとに続く祭儀とを区別して、別の祭儀をつくることもある」

 さらに葬儀について、エルツは以下のように述べています。


「葬儀は、死のなせる業をまったく無効にすることはできない。なるほど死に襲われた人たちも、やがては生活に戻ってくる。ただそれは他界での生活、別の種類の生活なのである。
もっとも魂は、霊界での地位をすっかり固めてから、子どもの胎内に戻るものばかりではない。再化身は、喪中が終わってすぐなされることもある。またある魂は、まだ肉体とじかに結びついていて、だからきまったときが過ぎないのに、もう胎内への移動を開始して、現世に戻ってくるような例も、しばしば見られる」

 「結び」では、「集合意識」という言葉を使って、エルツは述べます。


「死は、人間の肉体的・可視的な存在に終止符を打つばかりではない。同時にこの物理的個人に接木された、社会的存在をも破壊してしまう。集合意識は、この社会的存在というものに、多少でも大きな意味と威厳とを与えている。だから周囲の人たちが集まって、故人の社会的価値に見合ったところの力を合わせて、いうなれば叙品の儀式を行なう。かれの破壊は瀆聖に等しい。この瀆聖は、さらに同種の力[聖なる力]の介入を呼びこむけれども、この力の性格はなんといっても消極的にとどまっている」

 また、魂の行方について、エルツは以下のように述べています。


「人は一度死んでしまうと、そう簡単に去った生活に戻ることができない。この分離はあまりにも深いので、すぐにはそれが埋まらない。そこでかれは自分と同じように、また自分に先だって他界した人たちや先祖たちと、まず一緒になる。すなわちそれぞれの社会がそのイメージにしたがってつくった、魂たちの神秘な社会に入ることになる。ところでこの天界または冥界は、たんに現世の再生ではない。他界では死が改造される。だから現世では絶えず集合的な欲求の飛躍を妨げる外的な強制や物的な必要性があっても、ここではそうしたものから解放される。つまりこの点については、社会はみずからを開放する。というよりも他界は、まさに観念のうちにしかないので、あらゆる制約から自由である。他界は理想の場所であり―また理想の場所になりうるところである」

 二重葬儀の支配している社会でも、ある種の人々は通常の葬儀から好意的に除外されます。その代表的存在は、子どもです。エルツは述べます。


「子どもたちは、まだ可視的な社会に入っていないので、なにも苦労してまた時間をかけてまで追放する理由がない。また霊界からは完全に離れていないので、直接、そこに戻ることができる。べつに聖なるエネルギーを働かせる必要もなければ、苦しい推移期間を要することもない。嬰児の死は、せいぜい社会外の出来事にすぎない。社会はまだこの子どもに、なにもしていないから、これがいなくなっても、別に苦労することはない。無関心のままで放置されるのである」

 なお、「死に方」というのも、普通の葬儀に多くの例外を設けます。
 「死に方」について、エルツは以下のように述べています。


「惨死、事故死、出産時の死、溺死、焼死、自殺は、しばしば特別な儀礼の対象となってくる。こうした死体は、もっとも強い恐怖心をおこさせるので、人びとは急にこの恐怖から抜け出ることができない。またかれらの骨を、普通の死に方をした人たちの骨と一緒にするようなことは絶対にない。その魂は、不安と悪意とをはらんでいて、ずっと地上をさまよい歩いている。またこれらの魂は、他界に移っても、別の村に住むことになる。この村は、他の魂たちの住む村と、まったくちがった場所にあることもある。少なくとも典型的には、こうした呪われた犠牲者の推移期間は、無限に引き延ばされる。つまりその死には、終わりがないらしい」

 「結び」の最後に、エルツは研究結果を以下のように要約しています。


「集合意識にとって、普通の状態での死は、当人を一時、人間界の外に出すことを意味している。この追放は、結果として、かれを生者の可視的な世界から先祖たちの不可視的な世界へと移行させる。喪というものは、もともと生者がかれらの親族を《本当に死なせる》ための参加である。だからそれは、この[真死]の状態になるまで続けられる。おわりに社会現象としての死は、精神的な分離と総合という二重の難作業から成っている。そしてこの作業が終わったとき、社会ははじめて平安に戻り、死に打ち克ったことになるわけである」


 この「死の宗教社会学」の最後の一文には感銘を受けました。これほど、「なぜ、人間にとって葬儀は必要なのか」という問いに対する完璧な解答はありません。そう、葬儀とは、社会を平安に戻すため、そして、死に打ち克つために行うものなのです。わたしは、この名文を拙著『唯葬論』(三五館)の中でぜひ紹介したかったと思いました。

 続いて、「右手の優越―宗教的両極性の研究」に移ります。
 一「有機体の非対称性」では、以下のような問題提起がなされます。


「ブローカ(Broca)は『われわれの大脳が左利きなので、われわれは右利きなのである』と述べている。つまり右手の優位は神経中枢の非対称的構造に基づいているのであって、その原因は何であれ明らかに有機的なものであるという。右手の優越と大脳の左半球の優位とのあいだに規則的な相互関係があることには疑いがない。しかしながら、この右手と大脳に関する2つの現象のうち、どちらが原因でどちらが結果なのであろうか。『われわれが右利きだから大脳が左利きなのだ』と、ブローカの主張の因果関係を逆転させることを何が妨げているのだろうか」

 二「宗教的両義性」では、以下のように述べられています。


「宇宙のあらゆるものは2つのあい反する世界に分かれる。両者が2つの極の重力のいずれかの方向に引かれるに応じて、いろいろな事物、存在、力はたがいにひっぱり、押しあい、あるいはたがいに引きこみ、また排除しあうのである。生命を保ち、殖やす力は、健康、社会的優越、戦闘のさいの勇気、仕事の優秀さを生み出す。そのすべての力は聖なる原理に宿っている。これに対し、俗なるものは(それは神聖な世界を侵害するかぎりにおいて)、不浄なものとともに、本質的に、弱らせ、死に至らしめるものである。人びとを圧迫し、すり減らし、傷つける悪い影響力も、俗と不浄の側に由来する。このように、一方において、強、善、生命などの極があり、他方において、弱、悪、死などの極がある。あるいは、現代の用語によれば、一方に神々が、他方に悪魔が存在するといえる」

 また、宗教的両義性は儀式にも反映します。エルツは述べます。


「二元論が未開人の思考全体を特徴づけているとすれば、それは彼らの宗教的活動、崇拝に対しても同様に影響を与えている。この影響は、ティラ(tira)という儀式ほど明白に表われる例は他にないだろう。この儀式はマオリ族の儀礼において非常に頻繁に行なわれるもので、きわめて多くの目的のために行なわれる。祭司が神聖な地面に2つの小さい山をつくる。一方が男を表わし、これを天に捧げ、他方が女でこれを大地に捧げる。祭司は、この2つの小山のいただきにそれぞれ棒を立てる。一方は《生命の棒》と呼ばれ、東側に位置し、これは健康、強さ、生命のしるしであり中心である。もうひとつの棒は《死の棒》といわれ、西方に立てられ、これはあらゆる悪のしるしであり、その中心とされる」

 さらに、人間を小宇宙としてとらえ、エルツは以下のように述べます。


「小宇宙としての人間の身体が、全宇宙を支配している両極性の法則を逃れることができるだろうか。社会と全宇宙は、神聖な、尊い、貴重な側面とともに、俗なる普通の側面を持ち、強く、活動的な男の側とともに、弱く受動的な女の側をそなえている。簡単に一言でいえば、右の側と左の側を持っているのである。人間という有機体だけが左右対称であることがあるだろうか。ちょっと考えてみただけで、人間のみが左右対称ではありえないことがわかる。もし人間だけが例外的に表象されているとすれば、それは不可能であるだけでなく、世界観全体の調和を崩壊させることになろう。というのも人間は創造の中心にあり、生命や死をもたらす恐るべき力の統制をはかり、それを良い方向に導くのも人間だからである」

 三「右と左の特徴」では、以下のように述べられています。


「右と左の対立は、宇宙の表わしている異なっているが同じ原理に還元できる一連の対比と同じ意味をそなえ、同じように用いられる。神聖な力、生命の源泉、真理、美、徳、昇る日、男性と、これに私は右側をつけ加えることができるが、これらの語は、その反対語と同じように置きかえられ、さまざまな点で、同じカテゴリーのもの、共通の性格、神秘的世界の2つの極のうちのひとつに対する同じ志向性を意味している」

 四「両手の機能」では、非常に興味深い内容が述べられています。


「礼拝の時、人間は何よりも神聖な力に接することを願うものである。これはこういう力を育てふやし、その力の働きの恩恵を受けるためである。神聖な力と有益な関係を結ぶには右側こそがふさわしい。これは、右側が儀礼が行なわれるべき事物や存在の本性に関与するからである。神々はわれわれの右手にいるので、祈るためには右の方に向かなければならない。神聖な場所には右足から先に入らなければならないし、神聖な供物を神々に捧げるのも右手である。天から恵みを受け、それを祝福のときに伝えるのも右手である。儀式によい効果をもたらすために、祝福あるいは奉献するために、ヒンズー教徒やケルト人は人や物のまわりを、太陽と同じように左から右の方に、右まわりに3回まわる。こうして彼らは真中にあるものに対して、右側から発する神聖な有益な力をふり注ぐのである。これと反対のまわり方や態度は、同様な状況では神聖を穢す、不吉な意味をもつと思われる」

 「文庫版解説」では、人類学者の吉田禎吾氏が「死の宗教社会学」について以下のように述べています。


「エルツの功績は、葬儀の起源は死体への恐怖心にあるとした、それ以前の解釈に代わる社会学的な説明を行ったところにある。エルツは、葬儀が成人式や結婚、出生などの儀礼と類似している点を指摘した。つまり、家族から青年集団に入り、少年から大人になり、嫁が結婚のとき生家から夫の集団に所属するようになるという変化・統合は、葬儀における分離と統合の過程に類似していると論じた」

 また吉田氏はエルツが取り上げたバリ島の葬儀について述べます。


「エルツが葬儀を他の儀礼との関係で分析しているように、バリにも再生の観念があることを見逃しやすい。死後、布にくるんだ遺体は棺に入れずに墓地の穴に埋める。普通の場合、この後、数年して遺体を墓から掘り出し、村の南部の広場でできるだけ盛大な火葬にするが、埋葬から火葬までの期間は―経済的理由で短いことも長いこともある―死霊が人間に病気をおこすなどの危害を加えるので恐れられることは、前述の事例と同じである。死者の親族が火葬の後に骨や灰を集めて海に流す。死者の魂はやがて天に昇るが、毎年特定の日に降りてきて先祖として各家の小さい祠で祀られるようになる。他の儀礼を見ないと、バリ人の霊魂観は分らない」

 また吉田氏は、エルツ以後の「死」の研究について述べています。


「エルツ以後の死の表象に関する多くの実証的な研究は、エルツの説を退けることなく、それを再確認し、修正、発展させている。それらはかつてエルツが力説したように、死に関わる社会的次元を確認し、遺体、魂、服喪者に関する社会的な対処の仕方、捉え方を論じているのである。年代としてはエルツの『死の集合表象』論文を最も早く批評した者の1人ヴァン・ジェネップ(A.Van Gennep)は、エルツとほぼ同世代の学者で(有名な『通過儀礼』はエルツの論文より2年遅く1909年に刊行された)、儀礼間の類似はすでに指摘されていたが、エルツは諸儀礼における地位の推移の段階に注目し、その構造的類似を指摘した唯一の研究者であると評価している」

 「右手の優越」の解説で、吉田氏は沖縄の事例を持ち出して述べます。


「沖縄では、政治経済的には男が支配しているが、儀礼は女性が神女として司る。また長崎県壱岐の勝本浦では、漁船が出漁するときには、湾内を右回り(日まわりという)に回ってから沖に出る。葬式の時には家から出棺のさいに、棺を庭で左回りに回してから墓に向かう。前者はコンテクストの違いによって男女の優位が違ってくる例であり、後者は、象徴的逆転の例である。ただ、松永和人氏によると、日本で普通の縄は右ないであるが、葬式においても、神社においても左ないの縄が用いられる。この左ないの縄は魔除けに用いられるので、吉凶にかかわらず逆転されないと解釈される。あるいは右が日常と結びつくのに対し、左が異界に結びつくと言えるかもしれない」