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世界史 上・下』

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No.1070

 

 『世界史』上・下巻、ウィリアム・H・マクニール著、増田義郎/佐々木昭夫訳(中公文庫)を再読しました。

 上下2冊で900ページを超えますが、世界で最も読まれている世界史の本です。著者は1917年カナダ・ヴァンクーヴァ生まれ。シカゴ大学で歴史学を学び、1947年コーネル大学で博士号取得、同年以来、長い間シカゴ大学で歴史学を教えました。現在では引退し、コネティカット州のコールブルックに在住しています。シカゴ大学名誉教授。

 上巻のカバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 

 「世界で四十年余にわたって読みつづけられているマクニールの『世界史』最新版完訳。人間の歴史の流れを大きく捉え、「きわめて特色ある歴史上の問題」を独自の史観で鮮やかに描き出す。ユーラシアの文明誕生とそのひろがりから、紀元後1500年までの四大文明の伸展とその周縁部との相互干渉まで。地図・写真多数収録。年表つき」

 

 また下巻カバー裏には、以下のような内容紹介があります。


 「世界の文明の流れをコンパクトにわかりやすくまとめた名著。人類の歴史を一貫した視座から眺め、その背景と脈絡を知ることで、歴史のダイナミズムを描き出す。西欧文明の興隆と変貌から、地球規模でのコスモポリタニズムまでを概説する。新しい歴史的出来事を加え改訂された最新版の完訳。地図・写真多数収録。年表・索引つき」

 

 上巻目次は、以下のようになっています。


「第四版への序文」
「序文」


第1部 ユーラシア大文明の誕生とその成立 紀元前500年まで
     1 はじまり
     2 文明のひろがり 紀元前1700年までの第一次の様相
     3 中東のコスモポリタニズム 紀元前1700―500年
     4 インド文明の形成 紀元前500年まで
     5 ギリシャ文明の形成 紀元前500年まで
     6 中国文明の形成 紀元前500年まで
     7 蛮族の世界の変化 紀元前1700―500年


第2部 諸文明の平衡状態 紀元前500―後1500年
     8 ギリシャ文明の開花 紀元前500―336年
     9 ヘレニズム文明の伸展 紀元前500―後200年
    10 アジア 紀元前500―後200年
    11 インド文明の繁栄と拡大 100―600年
    12 蛮族の侵入と文明世界の反応 200―600年
    13 イスラムの勃興
    14 中国、インド、ヨーロッパ 600―1000年
    15 トルコとモンゴルの征服による衝撃 1000―1500年
    16 中世ヨーロッパと日本 1000―1500年
    17 文明社会の外縁部 1500年まで


「参考文献」

 

 下巻目次は、以下のようになっています。


第3部 西欧の優勢
    18 地理上の大発見とその世界的影響
    19 ヨーロッパの自己変革 1500―1648年
    20 ヨーロッパの外縁部―ロシアと南北アメリカ 1500―1648年
    21 イスラムの領域―それに従属するヒンズー教およびキリスト教の社会 1500―1700年
    22 東アジア 1500―1700年
    23 ヨーロッパのアンシャン・レジーム 1648―1789年
    24 南北アメリカとロシア 1648―1789年
    25 ヨーロッパ旧体制へのアジアの反応 1700―1850年


第4部 地球規模でのコスモポリタニズムのはじまり
    26 産業革命および民主革命による西欧文明の変貌 1789―1914年
    27 産業主義と民主主義に対するアジアの反応 1850―1945年
    28 アフリカとオセアニア 1850―1945年
    29 西欧世界 1914―45年
    30 1945年以後の世界規模の抗争とコスモポリタニズム


「訳者あとがき」
「参考文献」
「索引」

 

 この手の通史は、教科書のように人物、戦争、革命などを年代順に並べただけの無味乾燥な内容になりがちですが、文章が非常に格調高くて歴史のダイナミズムというものをドラマティックに感じさせてくれます。たとえば、「序文」の冒頭は以下のように書かれています。

 

 「人間社会は、異なった生活のスタイルによってそれぞれ互いに他から自分を区別し、その数も極めて多く、また人類史を通じ、先人類、原人類の時代からずっと続いてきた。文明とは、なみはずれて質量の大きな社会であり、何百、何千キロメートルにもわたり、しかも、人間個人の生涯の長さにくらべれば途方もなく長い期間を通じて、何百万という人間達の生活を、ひとつの緩やかな、しかし一貫性のある生活スタイルへと織りなす。文明は、巨大で、長い生命を持つがゆえに、いきおいその数は限られざるをえない。事実、人間社会がはじめて文明化した複雑さと規模に到達したとき以来、旧世界では、たった4つのことなった大文明の伝統が、共存してきたに過ぎない。またアメリカ原住民の発展が、常に力弱く後進的だった新世界では、3つのことなった文明が発生しただけである」

 

 著者は、本書をまとめる基本的な考え方について以下のように述べます。

 

   「いついかなる時代にあっても、世界の諸文化間の均衡は、人間が他にぬきんでて魅力的で強力な文明を作りあげるのに成功したとき、その文明の中心から発する力によって攪乱される傾向がある、ということだ。そうした文明に隣接した人々、またさらにそれに隣接しあう人々は、じぶんたちの伝統的な生活様式を変えたいという気持ちを抱き、またいやが応でも変えさせられる。これは、技術や思想を率直に借用しておこなわれる場合もあるが、それより、いろいろなものを、その地域の条件にもっとスムーズに適応、変化させておこなわれる場合のほうが多い。

 時代が変わるにつれて、そのような世界に対する攪乱の焦点は変動した。したがって、世界史の各時代を見るには、まず最初にそうした攪乱が起こった中心、またはいくつかの中心について研究し、ついで世界の他の民族が、文化活動の第一次的中心に起こった革新について(しばしば二番せんじ三番せんじで)学びとり経験したものに、どう反応ないしは反発したかを考察すればよいことになる。以上の見方に立つと、異なった文明間の地理的背景や接触の経路が、中心的な重要性をもつ。考古学、技術史、美術史などは、今日まで残った文書記録類ではときにわからない古代の諸関係に、重要な暗示を与えてくれる」

 

 「1 はじまり」の冒頭には、わたしたち人間の歴史の開始が次のように書かれています。

 

 「ホモ・サピエンスが原人類の集団の間から出現したとき、人間の歴史は始まる。その歩みは、さだめしひじょうにゆっくりしたものであったにちがいないが、約十万年前の時代までに、生物学的に現代人の特徴をそなえたいく種類かの人間が、ばらばらに狩猟民の小集団をなして、アフリカのサヴァンナ地帯をさまよい歩き、おそらくはアジアの生活条件のよい温暖な地帯にも住みついていたと思われる。これらもっとも初期の人間社会は、その原人類の祖先たちからうけついだ技能にたよっていた面もあった。木器とか石器の使用は、完全に人間的な集団が現れるずっと以前からはじまっていたように思われるし、初歩的な言語や、狩りのときの協同の習慣なども、原人類時代からはじまっていた。おそらく、火の使用についても同じことが言えよう」

 

   本書の特筆すべき点は、西洋人が書いた世界史の本であるにもかかわらず、アジアをおまけではなくきちんと取り上げ、インドや中国や日本の歴史も欧米と同じように扱っている点です。わたしは世界史の本を読むとき、仏教や儒教をどのように論じているかに注意するのですが、本書の記述はまるで宗教学の本のように核心を衝いたものでした。

 本書のスタイルは偉人の記述を最小限に切り捨て、文明の必然的な流れや文化の発展による人間の行動原理などから本質を探っていくというものですが、ブッダや孔子の簡単な伝記ではなく、仏教や儒教の本質を見事に示しています。たとえば、仏教についての記述は以下の通りです。

 

 「インド自体では、仏教は、誕生してから数百年の間に、ウパニシャッド流の宗教思想を一般民衆の間にひろめ、和らげ、その意味を明らかにした。そうすることによって、仏教はインド文明全体に、はっきりとした来世思想や神秘主義や禁欲主義の伝統を刻みこみ、のちのインドの思想家や聖人に大きな影響を与えた思想の発展の方向づけをした。しかし、このようにはじめのうちは成功をおさめたにもかかわらず、仏教は結局のところ一般化しなかった。むしろ、バラモンの宗教が再生、変形して出来たヒンズー教が、インド人大部分の信仰心をとらえ、永続することに成功した」

 

 この後、著者は「なぜ仏教は誕生したインドの地において衰退したのか」という問いの答えを明かします。

 

 「仏教には実践面での弱点があって、このような転換がおこったことは指摘しておいていいと思う。仏教は、その初期形態において、人間生活一般の危機的時期―誕生、死、結婚、成年その他―に対応する儀礼をなにも持たなかった。そこで、日常生活の性格上、バラモンの儀式は依然として要求され、バラモンの必要性はなくならずに、ヴェーダの教えと神官の主張も、簡略化されることなく生きつづけたのである。仏教の生活様式は、あたりまえの家庭生活をなげうって、全身をあげて聖なるものの追求に打ちこむ非凡な人間だけに完全な導きを与えた。それ以外の人間たちは、伝統的な儀礼と神官の助けなしには生きて行けなかった。人生におけるごく普通の危機に対して、初期仏教はなにも与えるものがなかった。そこで、インドは完全な仏教国にはついになり切らず、またインド文明は、仏教の鋳型に完全にはまることもけっしてなかった」


 仏教は葬儀をはじめとする人生儀礼を扱わなかったがゆえに、儀礼を司るヒンドゥー教に敗れたのです。逆に、日本においては葬儀を扱ったがゆえに仏教は発展しました。葬儀こそは宗教の核心であり、その意味で「葬式仏教」は正しいのです。

 

 さて、著者は儒教についても以下のように述べています。

 

 「戦争がくりかえされるたびに激しさを増し、競争の激化とともに国家権力を最大限まで強めざるを得なくなってくると、古来の儀礼を正しく守ることが人間間のよき秩序と地上の繁栄をもたらす鍵だ、という思想が宙に浮いてくる。これに対する反応として、過去の信仰をいきなり否定してしまう行き方が考えられるが、このようなものの見方は、実際の政治家や実務家の手で、情容赦のない合理性を発揮して推進された。これらの人々をまとめて『法家』という。しかし、伝統的信仰を激しく否定した彼らの態度は、結局は普及しなかった。そのかわりに、保守主義の筋金のはいった、だが調和的な儒教の信仰が、中国社会に刻印を残し、今日にいたるまで影響をおよぼした」

 

  さらに著者は、道教についても以下のように述べています。


 「孔子龍の礼節と自己抑制の強調は、あらゆる人を満足させるわけには行かなかった。あまりにも多くのものが除外されていた。例えば深い人間の情熱とか自然の神秘などは、規律正しい孔子の世界では場所を与えられなかった。そうした現実の側面を真剣に考察した別の流派の思想が、中国ではかなり人々の注目をひいた。その中で最も重要なのは、道教である。これはいくぶん秘儀的な知識の集積を中心として形成された。輪郭のはっきりしない伝統である。道士の信者は、健康と長寿を与え、その他例えば空を飛ぶような、人間や自然の力を絶した異常な能力を与えてくれる呪術的な魔力や儀礼を強調した。後世になると、ひとつには仏教の影響もあって、道教は教義的なものをはっきりと持つにいたった。しかし、孔子の時代には、道士はどちらかと言えば、ギリシャの哲人やインドの聖人より、むしろシベリアのシャーマンやアメリカの部族の呪医に似た存在だったようである」

 

  著者はイスラム教についても、本書のかなりの部分を割いており、バランスの良い目配りを見せています。マホメットについては以下のように書いています。


 「はじめのうち彼は、ユダヤ教徒やキリスト教徒も、彼の教えを神の意志の最後にして最も完全な啓示として認めることになろうと考えていた。なぜならアラーとは、マホメットの信じるところによれば、アブラハム、モーゼ、イエスその他あらゆるヘブライの預言者たちに語りかけたと同一の神格だからである。アラーが矛盾を示すことはあり得ないから、マホメットの啓示とむかしからの諸宗教の教理の間にある差異は、真正の神の教えを守り伝えてくる上での人間的な誤りとして簡単に説明された」

 

  下巻においても著者の歴史観は絶妙のバランスとスケールの大きさを保っています。たとえば、「29 西欧世界 1914―45年」では、以下のように述べています。


 「19世紀中にきわめて強力になった時間のプロセスを中心とした歴史観は、20世紀にはいってもその勢力をひろげつづけた。考古学がさかんになり、非西欧社会の歴史がひろく研究されるにつれて、本当の意味での世界史が可能となった。オスヴァルト・シュペングラー(1880-1936年)とアーノルド・トインビー(1889-1975年)のふたりは、世界の諸文明をヨーロッパ文明と同等なものとして扱った学者として、最も強い影響力をおよぼした。人類の歴史全体のうちで、ヨーロッパなり、中国なり、なんらかの特定の地域を真正面におき、他はすべて無視するか、あるいはしりぞけるといった従来の歴史観は、基盤を失っていった。だがそれにかわって一般に受け入れられるような新しい歴史観は出てこなかった。人類の進歩を説明したマルクス主義的歴史観―奴隷制から農奴制、資本主義、社会主義、そして最終的に共産主義になるというもの―は、ソ連ではドグマとして固定された。その他の地域では万人が合意するようなモデルは、まったくあらわれなかった」

 

  「30 1945年以後の世界規模の抗争とコスモポリタニズム」では、20世紀最大いや、ある意味では人類史上最大の出来事について以下のように書かれています。


 「ソ連とアメリカの軍拡競争が生んだ大きな副産物は、宇宙開発だった。地球の裏側まで核弾頭を送りこめるロケットは、同時に人工衛星も打ち上げることができた。最初にこれを実現したのはソ連だった。1957年のことである。その4年後、ソ連はユーリ・ガガーリンを人工衛星に乗せて打ち上げ、地球をめぐる軌道にのせてから、安全に帰還させる、という大偉業を成し遂げた。ソ連の成功に刺戟されたアメリカは、莫大な資金を宇宙開発に注ぎこんだ。その結果1969年には、二度にわたってアメリカの宇宙船が人間を月面まで運び、無事に地球に帰還させた」

 

  そして著者は、この壮大な歴史ロマンの最後に、次のように書いています。

 

 「人間の行為(または行為の抑制)が、人間相互や人間を取りかこむ自然界にどのような影響を与えるかは、完全には予見できない。これは過去においても同じだった。しかし、人間の計画的な行動によって、変化への道が広く開かれている未来には、すばらしい可能性と、それと同じくらい恐ろしい破滅がひそんでいる、と結論しなければならない。したがって、世界史は、いままでつねにそうであったように、未知なるものへの栄光ある、挫折多き冒険でありつづけるのである」

 

 日本人でスケールの大きい歴史観を持った人物といえば、渡部昇一先生の名前が思い浮かびます。渡部先生とわたしの対談本である『永遠の知的生活』(実業之日本社)の最後には「一条真也流『永遠の知的生活』のために心がけたいこと」が紹介されていますが、その中に「ときどき、『歴史』についての巨視的なスケールの本を読む」というものがあります。
 本書、マクニールの『世界史』はまさにそんな本です。