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たかじん波瀾万丈』

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 No.1020

 

 『たかじん波瀾万丈』古川嘉一郎著(たる出版)を読みました。

 この読書館で紹介した『殉愛』の関連書と知り、アマゾンで購入しました。 これまで、やしきたかじんという人にまったく興味がなかったのですが、 『殉愛』を読んで一気に関心が高まりました。それというのも、「終活」というものを考える上で非常に考えさせられるケースだと思ったからです。

 

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   宮根誠司氏の言葉が紹介された帯


 

 さて、本書『たかじん波瀾万丈』の表紙カバーにはマイクを持って熱唱している歌手やしきたかじんの写真が使われ、帯には宮根誠司氏の以下の言葉が紹介されています。

 

 「いろいろ・・・お礼も言えなかった。
 『なに死んでくれてるんねん』
 って言いたいです。
 あの人が引っ張ってくれなければ、
 今の僕はなかったです」

 

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   本書の帯の裏


 

 著者は、1942年(昭和17年)大阪市生まれ。立命館大学文学部卒。コピーライター、雑誌、「上方芸能」編集委員などを経て放送作家に。藤本義一氏に師事し、テレビ・ラジオ番組の企画構成、演芸評論および新聞・雑誌への執筆、講演など幅広い分野で活動しているそうです。『殉愛』を書いた百田尚樹氏は生前のたかじんとは面識がなかったそうですが、著者は多くの仕事も一緒に行っており、たかじんとは非常に親しかったようです。


 「はじめに」で、著者は次のように書いています。


 「やしきたかじんと初めて出会ったのは30年前。テレビ大阪の昼のワイドショー『お昼だドン!』という番組の企画構成を担当したのだ。それ以降、ABCラジオ『聞けば効くほどやしきたかじん』、『午後は一気にサンデーたかじん』で一緒にしゃべり、ABCテレビの『晴れ時々たかじん』、読売テレビの『たかじんnoばぁ~』まで13年間ほど、タレントと放送作家としてずっとタッグを組んだ」


 本書は、やしきたかじんと共に業界を生きてきた著者の本だけあって貴重なエピソードが満載ですが、特に25%以上という驚異的な視聴率を稼いだ伝説のテレビ番組「たかじんnoばぁ~」にビートたけしがゲスト出演したときの話が興味深かったです。


 「ギャラはいらねえ」というたけしの心意気を、たかじんもまた心意気で受けました。たかじんは身ゼニを切って、割烹「神田川」を借り切り、キタ新地の倶楽部を5軒ばかり押さえます。さらに宿泊は全日空ホテルのVIPルームでしたが、全部たかじんが面倒を見た上に、たけしの付き人に100万円の小遣いを渡したそうです。


 収録は1993年(平成5年)4月21日の午後6時。放送は5月8日、15日の2回に分けられました。最初は緊張気味だった2人でしたが、酒が進むにつれて、たけしもたかじんもリラックス。爆笑の連続で、深い芸談も展開されました。さらには出演者によるカラオケ合戦が始まり、たかじんは「やっぱ好きやねん」、たけしは「六本木ララバイ」を熱唱するという盛り上がりぶりでした。


 長い収録が終わった瞬間、たかじんは「もうこれで死んでもええくらいの気分や」と叫んで涙ぐんだそうです。たかじんは、自伝風のエッセイ集『たかじん胸いっぱい』の中で、この夜のことを次のように書いています。


 「あんなに嬉しい夜はなかった。番組のことより何より、たけしさんの"友情出演"に対し、僕はどんなふうに気持ちを返せばいいのかと、そればかりを考えていた。その緊張感が一気に解けて、僕はもう放心状態であった」


 さらに、たかじんは「僕はやっぱりビートたけしにカリスマ性を見たし、その芸人としての生き様に接して、今までにどこか逃げていた自分をどやしつけられたような気がした」とも書いています。この夜は、たかじんのアシスタントのトミーズ雅は、2年前に東京で出会ったビートたけしから励まされた思い出を披露し、感極まって泣き出しています。ビートたけしという全国区の大スターのオーラに、関西のタレントたちが改めて感じ入った一夜だったようです。


 たかじんといえば競馬好きで知られましたが、著者が最初から指南したのだとか。本書には、以下のように書かれています。


 「俗に芸人の三道楽をさして『飲む・打つ・買う』と言うが、たかじんは46歳になるまでギャンブルとは無縁の男だった。
 こんな男がこの年齢でのめり込むと半端じゃない。私がレクチュアしたあとの特に3か月間は超猛烈に競馬の勉強に取り組んだ。
 まず競馬に関する本を数十冊読破し、過去の主なレースをビデオで回顧。
 血統、脚質、持ち時計から騎手の巧拙や連対率、果ては馬主のチェックまで。1日最低3時間の猛研究」


 また、たかじんは競馬を始めてからは、よほどのことがない限り、土曜・日曜は競馬場へ出掛けたそうです。阪神、京都、小倉、中京、と休みなしで、それぞれ競馬場近くのホテルに前泊してという熱心さでした。本書には以下のようなエピソードが明かされています。


 「たかじんはハワイ滞在中も小倉競馬が気になるらしく、26日と27日の馬券をファックスと電話を使って大阪の事務所に指示していた(この馬券が土・日曜日とも快調で30万円のプラス)。『よし、こうなったら帰国してすぐに小倉競馬場に乗り込むぞ』と意気盛ん」


 おそらくは相当の回数、たかじんは小倉へ足を運んだはずです。そういえば、もう15年ぐらい前でしょうか、小倉の「美松」というクラブで飲んでいるとき、やしきたかじんを見かけたことがあります。あのときも、きっと小倉競馬を目的に来ていたのでしょうね。


 酒と競馬と歌を愛した、やしきたかじん。本書の「ちょっと長めの、あとがき」には以下のように書かれています。


 「まだまだ書き足りない思いだけが残るが、じんちゃん、こんなもんで堪忍してや。さよなら、じんちゃん。
 ありがとう、じんちゃん。
 向こうでもあんまり無茶したらあかんで」


 心に沁みる著者の惜別の言葉ですが、生前これほどまでに親しかった著者が、どうして「じんちゃん」の死をずいぶん後から知らされ、葬儀にも参列できなかったのか。そのことを考えると、わたしは大阪弁で「なんでやねん!」と言いたくなりました。本書は、生前のやしきたかじんの魅力を存分に伝えてくれる好著だと思います。

 

 ところで今夜は東京ですが、またカラオケで「やっぱ好きやねん」を歌ってしまいました。たかじんさん、安らかに眠って下さい!