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元・新日本プロレス』

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No.0800

 

 『元・新日本プロレス』金沢克彦著(宝島SUGOI文庫)を読みました。

 『子殺し』という本の続編です。「『人生のリング』を追って」というサブタイトルがついており、帯には「リング上より劇的な『その後』の物語」「大幅加筆の『完結版』待望の文庫化」と書かれています。またカバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 

 「日本の格闘技界の源流となったアントニオ猪木率いる新日本プロレス。かつて胸のライオンマークを誇りにリングに上がった選手たちはなぜ団体を去り、いま何を思うのか。専門誌記者として同時代を生きた著者が彼らの『その後』を追う旅の記録。栄光、挫折、そしていまだ消え去ることのない夢。選手たちによって初めて語られる『新日本体験』から、新しいプロレス史が立ち上がる」

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「まえがき」
第1章:小原道由~「最強伝説」の真実
第2章:片山明&大矢剛功~「不死鳥」が語った空白の18年
第3章:栗栖正伸~「イス大王」のプライド
第4章:越中詩郎~馬場、猪木、そして三沢―
第5章:大谷晋二郎~橋本真也を追いかけて
「文庫版補記」
「あとがき」
「文庫版あとがき」

 

 新日本プロレスは、燃える闘魂・アントニオ猪木が創立した、「最強」を求めるプロレス団体です。猪木はプロボクシングや柔道や空手の最強選手たちとも戦いました。「まえがき」で、著者は次のように書いています。

 

 「かつて70年代に猪木が推進した異種格闘技戦は、プロレスのリングで行なわれたのだからプロレスである。プロレスの中の一ジャンルであり、言ってみれば意の気流プロレス。ただし、対戦相手にはその道の第一人者、世界的ビッグネームが何人もいた。この一連の異種格闘技戦が、のちに総合格闘技確立へのヒントになったことは間違いない」

 

 さらに、著者は次のように述べています。

 

 「今でこそ『総合』だけでも通用してしまう。
 総合格闘技なる用語を世に送り出した人物は前田である。
 ただ、前田に言わせれば、『自分が道場とか、試合前のリングで藤原さんとやっていたスパーリングが、すでに総合格闘技だった』となるわけだ。
 そう考えると、まず人一倍の格闘技志向を持った人間たちが、新日本からUWFへと動いた。そのUWFから別れた枝葉が、世界の格闘技界に飛び火した」

 

 UWFから別れた枝葉とは、前田日明率いるリングスであり、また高田延彦率いるUWFインターナショナルであり、さらに船木誠勝率いるパンクラスでした。

 

 「PRIDE」も「UFC」もこのムーブメントの中から生れてきました。著者は、さらに次のように述べています。

 

 「総合格闘技のルーツは明らかに新日本プロレスにある。新日本が存在しなければ、アントニオ猪木がいなければ、おそらく格闘技というジャンル自体が日本においてここまでメジャー化することもなかったろう。K-1も生れていなかったかもしれない。空手、キックボクシングが『K-1』というブランドに化けたのも、新日本プロレス独自のパブリシティやエンターテインメント性、舞台演出などをお手本としたから。すべてのルーツは新日本にあったのだ」

 

 しかし、本書のテーマとコンセプトはこのような話とはまったく別です。著者は、本書について次のように述べています。

 

 「新日本のストロングスタイルであるとか、格闘技論であるとか、そういう語り尽くされた理屈やテーマを蒸し返す気はまったくない。この本は、理屈でなく現実を記しているのだ。理屈と道理、理屈と屁理屈の境界線が判然としないのと同様に、理屈と空論も紙一重である。この業界に限らず、社会には理屈と空論ばかりが渦巻いているではないか・・・・・」

 

 「プロレスラーは言葉を持ちすぎた」と喝破する著者は、「まえがき」の後半に次のように書いています。

 

 「スター選手は必要ない。言葉を用意している者も必要ない。しゃべり過ぎた人間、晒し過ぎたレスラーには興味が湧かない。ここに登場するのは、言葉を持たない者、あるいは単に主張する機会に恵まれなかった者。それでいて、我々の脳裏にその存在感を焼きつけてきた男たちである。
 選ばれし者しか生き残れなかった時代の新日本プロレス。そこで確かに生き抜いてきた男たちだ。退団の理由は様々だが、6選手はみんな明日を信じて新日本を去って行った。生き様を見せながら、今もなお『元・新日本プロレス』だったことに誇りを持っている」

 

 伝説の1・4橋本vs小川のセメント事件で、新日本の「強さ」の象徴であった橋本が小川から一方的にやられたとき、新日正規軍と敵対する平成維震軍メンバーでありながら真っ先にエプロンに駆け上がった小原は、「ケンカ番長」などと呼ばれ、最強の噂もありました。なぜ、小原があのときエプロンに上がったか、その理由が詳しく書かれていて興味深かったです。総合格闘技に出陣したときに、あの吉田秀彦と一緒に練習を重ねたことも知りませんでした。また頑丈な小原が交通事故で怪我をしてしまい、プロレス界を離れ、さまざまな職業に就くという話にも考えさせられました。

 

 また、新日本を退団してSWSに移籍した片山明は、試合中のトペ・スイシーダの失敗で大怪我を負い、長期にわたる理療とリハビリ生活を余儀なくされました。「金沢さん、片山を取材してやって下さい」というケンドー・カシンの依頼で、著者は片山が入院する岡山の病院に向かい、19年ぶりの再会を果たします。夫人の献身的な愛に支えながら、今も治療とリハビリを続ける片山に対して、著者は「片山選手」と呼びかけます。それが本人にとっていかに嬉しく、生きる励みになったかを夫人の礼状が伝えてくれるのですが、ここは涙腺が緩みました。

 

 越中詩郎が全日本を離脱するときにジャイアント馬場に挨拶に行った話にも強い印象を受けました。越中が巡業中の全日勢が宿泊するホテルに着いたとき、たまたま天龍源一郎がロビーにいました。事情を聞いた天龍は、越中を馬場のもとに連れていってくれます。でも、馬場は越中に背を向けたまま決して彼を許そうとはしませんでした。顔を見ないまま挨拶を済ませた越中でしたが、この後の展開が泣かせます。

 

 本書には、次のように書かれています。

 

 「足早にホテルから立ち去ろうとする越中を天龍が追ってきた。ロビーで立ち話になると、『お前、金ないんだろう?』と天龍が言う。図星だったが、越中は無理に笑顔を作って『いえ、大丈夫ですから』と答えた。
 『そうしたら、いきなり天龍さんが背広のポケットにお金を入れてくれた。財布からごそっと札束を抜いて僕のポケットに押し込むんです。
 その場で金額を確認するわけにもいかないし。天龍さんは僕がホテルを出るまで見送ってくれてね、それでタクシーに乗って初めて確認してみたらもう握れないぐらいのお金でしたよ。まさかその恩人とね、何年か後に団体や軍団を賭けて抗争したり、タッグを組んでベルトを巻いたりすることになるとは・・・・・俺の人生ってそういうのばっかりですよねぇ』」

 

 いやあ、この話には感動しました。天龍源一郎はやはり「男の中の男」です。

 

 越中といえば高田延彦との「名勝負数え唄」が有名です。ヘビー級の藤波vs長州のジュニア版として、多くの会場を湧かせました。実力が伯仲したイメージの藤波と長州に比べると、高田の実力が圧倒的に上で、ひたすらその攻撃を耐える越中といった姿が思い浮かびます。本書には、ライバルについて語る越中の言葉が次のように紹介されています。

 

 「高田との試合は会館だったのかなあ・・・・・どう表現したらいいのか上手い言葉が見つからないけど、夢中になっていたよね。あのピリピリ感がなんとも言えないんですよ。リングで会う以外は彼とはほとんど話したこともないわけだし、一度タッグを組んだからって仲良くなったわけでもない。
(中略)だけど不思議でね、リングで向かい合うとパッパッパと体が反応して動いていく。体がね、高田に対しては勝手に反応していくの。これは今まで経験したことのない不思議な初めての感覚でしたよ」

 

 長州力もかつての藤波戦を振り返って、「もう極端に言ったら、藤波さんとは目を瞑っていてもやれる感覚だった。こうすればこう動いてくるって、ぜんぶ体が自然に反応するからね」と語ったことがあります。これぞ、本物の「好敵手」と言えるのでしょう。

 

 UWF勢が新日本にUターンしてきたとき、最も彼らと激戦を繰り広げたのが越中でした。ライバルの高田だけでなく、前田日明のキックも受けまくりました。第4章の最後に、著者は次のように書いています。

 

 「いまの越中からは何の気負いも感じられない。
 それでいながら、この人はリングに上がった瞬間、気負いまくる。
 いや、本人に言わせれば『腕まくって行ってやる!』となる。そこだけは20数年前、高田に対して突進していった時と何も変わらない。
 プロレスラーとしての強さとは、このことを言うのだろう。
 例えば越中が総合格闘技に打って出るとか、そんなことを想像する者は誰もいない。それを期待するファンもいないだろう。しかし、このコテコテのプロレスラーこそが、日本の総合格闘技界の礎となった前田、高田の2人と、実はもっとも数多くリングで肌を合わせてきたのである」

 

 この一文はわたしのハートをヒットし、胸が熱くなりました。

 

 そして最後に、大谷晋二郎が橋本真也の骨を拾った話が味わい深かったです。奔放に生き、40歳の若さで亡くなった橋本の葬儀のとき、世話になった大谷は棺を運ぼうと願い出ますが、叶えられませんでした。橋本が代表を務めていたZERO1-MAXを大谷たちが乗っ取ると邪推した連中の仕業でした。その結果、橋本の棺を運んだのは新日本プロレスの坂口相談役をはじめ、藤波、武藤、蝶野、ライガー、天山、中西、ドン荒川の8人でした。大谷はその輪の中に入って担ごうとしましたが、テレビ朝日の高島アナ(現在の福岡市長)が「今から橋本真也を最後にお送りする棺を担ぐ人間を発表します」とマイクで言い始め、蝶野や武藤など1人づつ呼ばれて、大谷だけがポツンと残されました。彼は、「悔しくて悔しくて、あの悔しさだけは一生忘れないですね。『お前ら、ふざけんな! そこまでやるのか!?』ってホントに発狂しそうになりました。だけど、橋本さんの葬儀をぶち壊すわけにはいかないから黙っていましたよ」と語っています。

 

 その後、火葬場に行ってみると、プロレス関係者はZERO1-MAXの人間とドン荒川だけだったそうです。あとは身内でした。少なからずショックを受けたという大谷は、著者のインタビューに対して次のように語っています。

 

 「(未亡人の)かずみさんは休憩室でずっと泣いているんです。僕、かずみさんのそばにいて『僕なんかで申し訳ないですけど、最後までいさせてください』って。かずみさんは『大谷くん、ありがとうね』てずっと感謝してくれて。棺は担がせてもらえなかったけど、骨は拾わせてもらったんで。最後を見送ることができたんで。ホントにね、それで僕は満足ですよ」

 

 わたしは、この大谷の言葉を読んでセンチメンタルな気分になるとともに、葬儀とは究極の人間関係の「かたち」であることを再確認しました。

 

 もうひとつ、大谷の語った言葉で心に残ったものがあります。次の言葉です。

 

 「普通プロレスラーになったら、誰々と試合がしたいとかあると思うんですけど、僕はほとんどの方と絡ませていただいた。長州産、藤波さん、天龍さん、三沢さん、小橋さん、闘魂三銃士のみなさん、佐々木さん・・・・・そういう人たちと絡めて、20年プロレスを続けられる人間ってほんの一握りだと思うんですよ。ZERO1である日、気が付いたら先輩が1人もいなかった。新日本のときはあれだけ鬱陶しいと思っていたのに、いないことがこんなに寂しいものなんだなって」

 

 この言葉を読んだわたしは、『七帝柔道記』という本の内容を連想したりして、ちょっとシンミリしました。

 

 本書には、リング上よりも劇的なプロレスラーたちの「人生のリング」が見事に描かれています。「あとがき」にあるように、前作の『子殺し』と同じく、本書は「徹底的に取材をして、相手の言葉から真実を引き出し、当時の歴史を遡りながら、そこに筆者の体験、その選手との関わりも交えて事実関係を文章化する。」という、著者のいう「もっともシンドイ文章形式」で書かれた本です。

 

 「文庫版あとがき」の最後に、著者は次のように書いています。

 

 「人は亡くなったときに、『人生のリング』から引退する。
 それまで誰もが人生という名のリングに生きて、輝き、苦闘する。
 そして必ず何かを残していく。生きることにリングアウトだけは許されない。
 だから平凡な人生なんてものはあり得ないのだ」

 

 それぞれの人生模様はまるで極上の短編小説を読んでいるようでした。そして、なんだか昔のプロレスの動画が無性に観たくなってきました。