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子殺し』

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No.0799

 

 『子殺し』金沢克彦著(宝島SUGOI文庫)を読みました。

 もともと単行本を持っていましたが、読んだのは新たに出た文庫版です。「猪木と新日本プロレスの10年戦争」というサブタイトルがついています。帯には「新日本『迷走』の真実と格闘技の『プロレス喰い』」「エピソード大幅加筆の完全版!」と書かれています。カバー裏には、以下のような内容紹介があります。

 

 「アントニオ猪木の引退後、団体史上最大の暗黒期に突入した新日本プロレス。専門誌編集長として、その壮絶な内幕を目の当たりにした著者が、長き迷走の『真実』を鮮やかに描き切る。大仁田の参戦、運命の橋本VS小川、そして格闘技との禁断の交戦―我が子に手をかけようとする猪木に選手たちは何を思い、どう行動したのか。新たなエピソードによって補完された新日本の『混沌の10年』を読み解くGKの絶対代表作」

 

 「GK」というのは「GONG金沢」という意味で、著者はプロレス雑誌「週刊ゴング」の編集長を務めていたのです。ライバル誌であった「週刊プロレス」の編集長を務めたターザン山本氏と並んで、業界の名物編集長でした。特に、著者は長州力と強い信頼関係を築いていることで知られました。

 

 本書の目次構成は、以下のようになっています。

 

「まえがき」
第一章:「邪道」の流儀~大仁田厚「参戦」の内幕
第二章:惨劇~橋本vs小川の真実1
第三章:濁流~橋本vs小川の真実2
第四章:プロレス喰い~永田裕志の戦い
第五章:「飛び級」志願~野獣・藤田の実像
第六章:「強さ」を追う者~石澤常光の心象風景
第七章:ヒクソンの亡霊~長州力のプロレス論
「あとがき」
「文庫版 あとがき」

 

 「まえがき」で、著者は編集長就任時の様子を次のように書いています。

 

 「99年1月6日、私は『週刊ゴング』の編集長に就任した。幸か不幸か、そのタイミングでマット界に事件が続出した。大仁田厚の新日本マット参戦、橋本vs小川のセメントマッチによる大混乱、そして、ジャイアント馬場さんの死、総合格闘技団体『PRIDE』がプロレスを侵食し始め、別ジャンルと思われていた『K-1』もプロレスファンを取り込む流れに乗った。
 新日本プロレスの創設者であるアントニオ猪木は、徐々にPRIDE寄りにスタンスを移していく。その結果、総合のリングに次々と新日本のレスラーが送りこまれていった。猪木vs新日本という本来あり得ない図式が顕わになるなか、新日本から橋本真也が去り、ついには武藤敬司まで去っていった。その一方で、一枚岩と思われていた全日本プロレスが分裂し、新たにプロレスリング・ノアが旗揚げされた。主力選手のほとんどは三沢光晴を慕い、ノアへと移籍している」

 

 2001年、元新日本プロレスのレフェリーであったミスター高橋が『流血の魔術 最強の演技~すべてのプロレスはショーである』(講談社)という著書を刊行しました。同書はプロレス関連本としては異例の約20万部を記録し、版元による大々的な書籍広告もあいまって、日本におけるプロレス業界、マスコミ、そしてファンに対して大きな衝撃を与えました。これが一因でプロレス業界は凋落し、プロレス専門誌も売り上げを落としていったという見方もあります。もちろん、「週刊ゴング」も衰退していきました。

 

 この本によって、プロレスというジャンルそのものがオープン・キッチン化したと言えるでしょう。本書の著者である金沢氏は、次のように述べています。

 

 「プロレスを称して、『ショー』であるとか『八百長』云々という論議は、とうに終わっている。世間から見れば、オリンピックも含めてスポーツというジャンルは、すべてエンターテインメントと化している。その中でもプロレスというジャンルは、そこからさらに一歩深く社会に踏み込んでいるのだ」

 

 著者はテレビ朝日の「報道ステーション」を観ていて、驚いたことがあるとか。それは、生放送のゲストとして、歌舞伎役者の故・中村勘三郎さんがメインキャスターの古館伊知郎氏の隣に座ったそうです。そのとき、歌舞伎界の大スターである勘三郎さんが「歌舞伎の世界っていうのはプロレスと同じで全部作り物の世界なんですよ」と言ったというのです。著者は、そのセリフが、プロレス界の味方であるはずの古館氏の真横で発せられたことが皮肉でもあり興味深くもあり、と感じたそうです。

 

 著者は「歌舞伎という日本が誇る伝統芸能がプロレスを引き合いに喩えられたのは、大変なことなのかもしれない」と思いつつも、この一件に関して、長州力へのインタビューの中でその話を振ってみたそうです。一昔前の長州ならば100%タブーな質問でした。しかし、長州は平然と以下のような答えを返してきたのです。


 「それだけこの業界が触りやすくなったんじゃない? 選手に対してだったら、そういうこと言わないと思うよ。たまたま全然関係のないところで、そういう言葉が出たんであって、プロレスって言葉が触りやすいから。でもね、そういう時に一言ぐらいは自分で言えるぐらいの信念・・・・・信念っていうほどのカッコのいいものじゃないけど、プライド持っていたら言える。俺は言うよ。『でも、くたばるヤツいますよ』ってさ。歌舞伎で死人は出ないだろ」

 

 著者はこの長州の発言について、「完璧な答だった。『腐っても鯛』と言っては失礼かもしれないが、やはり老いても天下の長州力だと思った」と述べています。

 

 その触りやすくなったプロレスというジャンルをどう表現すべきか。ジャンルとしてのプロレスは誰にだって語れるし、あるときは専門誌よりもファンのブログのほうが遥かに視点が鋭かったりもします。ただし、プロレスラーについては誰でも語れるものではありません。著者は言います。

 

 「今、プロレスラーを語れる取材記者は私しかいないと思う。
 私が最後の生き残りだと自負している。
 レスラーの生きざまであったり、苦悩であったり、喜びや涙であったり・・・・・それをどれだけリアルタイムで間近に見てきたかである。プロレスラーと共に、一緒に泣いて、一緒に走り、時には真正面からケンカをしてきたかである」

 

 著者は、本書を書くにあたって、沢木耕太郎氏の『一瞬の夏』の手法を参考にしたそうでうす。『一瞬の夏』は、黒人のアメリカ兵と日本女性との間に生れたカシアス内藤というボクサーの栄光と挫折を描いた作品で、日本で初めてスポーツ・ノンフィクションというジャンルを確立させた歴史に残る名作です。この本を目標としながら、本書を執筆したという著者は次のように書いています。

 

 「葛藤に苛まれる中、『週刊ゴング』の編集長に就任した1999年の出来事。1・4東京ドームから始まった大国・新日本プロレスの綻び。大仁田厚の新日本マット初参戦、橋本vs小川のセメント事件、そして、度重なる猪木の強権発動から狂い始めた新日本マットの磁場。次々と総合格闘技のリングに送り込まれるプロレスラーたち。それに耐える者、去った者。あの時代、新日本はもがき苦しみながら、それでも運命に逆らうことができずに転落の道を歩み始めた」

 

 そして書き上げた本書の内容について、著者は次のように述べています。

 

 「本書は、かつて私が人生のすべてを懸けていた『週刊ゴング』そのものであり、同時に新たな実験の場でもある。神であるアントニオ猪木を始め、長州力、藤波辰爾、大仁田厚、橋本真也、小川直也、藤田和之、石澤常光(ケンドー・カシン)、永田裕志と、登場するすべての人間が主役である」

 

 そして、「まえがき」の最後に次のように書き記しています。

 

 「私は、この本を書かなければいけない。『ゴング』を記憶から消し去ってほしくはない。本書は、23年間、この業界で闘ってきた自分の私闘物語である。
 今、まっさらな気持ちで、闘いの歴史を記しておきたい」

 

 本書の白眉は、やはり1999年1月4日に起こった橋本VS小川のセメント事件の描写でしょう。あの事件についてはさんざん語り尽くされてきた観がありますが、著者はじつにさまざまな視点から分析をし、じつに多くの証言を集めて、あの不可解な事件の真相を浮き彫りにしています。それはまるで、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』という本で展開された力道山VS木村政彦のセメント事件の真相究明を彷彿とさせる内容でした。橋本VS小川について、著者の金沢氏は以下のように書いています。

 

 「当初から、猪木は小川にシュート指令を出していたというのだ。つまり、『橋本を相手に仕掛けろ!』ということである。ところが、試合直前になって、ストップをかけたという。それを考え併せると、辻褄が合ってくる。
 試合前、新日本サイド、橋本とのルール・ミーティングに応じなかった時点では、猪木のゴーサインは有効だった。ところが、直前になって猪木がストップを掛けた。佐山代表は、小川の入場に付き添っていないから、バックステージで待機していた。そこで急遽、猪木からストップが掛かったため、入場してリングインした小川に初めてその事実を告げた。
 『新日本ルールに変わった』という意味は、『これはプロレスの試合だから、仕掛けるのはなしだよ』ということだろう。それでも、小川は仕掛けたのだから、もう小川の上昇したテンションは止めようがなかったということか。確かに、もし佐山がシュートを仕掛ける方向で確信犯的に小川を焚きつけていたとしたら、あの大混乱の中でとったアクションもまったく違っていただろう」

 

 あの大混乱というのは、試合がノーコンテストになった後の新日本と猪木が率いるUFO(世界格闘技連盟)勢の大乱闘のことであり、小川のセコンドを務めていた村上一成が新日勢にリンチを受けて半殺しにされています。そのとき、UFO代表の佐山聡が非常に困惑したような表情をしていたのが印象的でした。最後は新日本の現場監督であった長州力もリングに上がり、「これが、おまえのやり方か?」と叫んで小川を一発殴り、さらに大混乱になりました。

 

 新日本プロレスの「強さ」の象徴であったにもかかわらず、小川にボコボコにされてしまった橋本真也は腹の虫が収まりません。1・4後、怒り狂う橋本は新日道場から神であるアントニオ猪木の肖像写真を撤去し、さらに著者に向かって猪木批判を繰り広げています。

 

 「ヤキモチとしか考えられないよ。あの人、35年間これでメシ食ってきたんじゃないの!? あの人はね、俺らが言った小っちゃい事でも忘れないんですよ。もの凄いジェラシーなんだよ、俺たちに対して。俺らは素晴らしい事やってきた自負もあるし、もっと先に進んでる。それを何でも否定する、自分でできないから否定する。だから年寄りは退くべきなんだよ。
 力道山が死んだから、日本のプロレス界は次を求めて発展してきたんですよ。だからアントニオ猪木はもう・・・・・死んだ方がいい!」

 

 1・4から始まった新日本の迷走と凋落は加速していき、橋本真也や武藤敬司といった花形選手たちも去っていきました。そして、猪木の強権発動により新日本の選手たちが次々に総合格闘技のリングに上がります。

 

 藤田和之はなんとか結果を残したものの(それでも、ミルコ・クロコップには敗れました)、石澤常光や永田裕志といったアマレス出身の強豪レスラーたちはいずれも慣れない総合のルールの前に苦杯を舐めることになります。

 

 じりじりと新日本の最強神話は崩れていき、観客動員は低迷を続けるようになりました。起死回生のアイデアとして浮上したのが、当時の総合格闘技で最強を誇っていたヒクソン・グレイシーへの挑戦でした。新日本はアマレスの猛者である中西学を対戦要員として考えていたようですが、なんと長州力がヒクソンと戦うという案もあったそうです。

 

 当時、ヒクソンの対戦相手としては、桜庭和志や小川直也といった現役バリバリの選手の名がよく挙がっていました。著者が行ったインタビューに対して、長州はヒクソン戦について次のように語っています。

 

 「まあ桜庭とか小川がサラブレッドなら、今の俺の状態は騾馬だよ。でもね、金沢、考えてみな。標高何千メートルは騾馬しか上がれないんだぞ、サラブレッドには上がれない。俺は気持ちのどっかに『やってみなきゃ分かんない』っていうのはある。決して高田や船木を中傷するつもりはないけど、本当に決まったらちょっと闘い方は違うだろうね。自分の根本的なルーツだね。そのベース自体も衰えて使えるようなベースじゃないけど・・・・・あとはもう打ち合いしかないんだよ。俺個人の中では、高田と船木はすごいことをやってくれるだろうなと思っていたんだけど、あまりにも呆気なかった。なぜ打ち合わないのかなって。俺は、自分が倒されると思ってないんだよ」

 

 うーん、さすがは長州力。思わず、唸ってしまいますね。抜群の言語感覚というか、プロレスも総合格闘技もともにジャンルとして衰退した現在においても、限りなく読者にファンタジーを与えてくれる言葉です。

 

 最後に、『子殺し』という本書のタイトルはあまりにも物騒です。これについて、本書の「あとがき」で著者は次のように述べています。

 

 「日本史における戦国時代、己の地位と権力、領土を守るために、『子殺し』は日常的な出来事であったという。戦争は、相手に親子、兄弟を問わなかったのだ。また、旧約聖書には、神に我が子を生贄として捧げる『子殺し』を暗示するかのような個所もある。
 そんなところにまで考えが及んだ時に、猪木という存在は戦国時代の武将そのままであるようにも思えてきた。あるいは生贄を求めた神であったのか? 
 新日本の暗黒期とは、猪木幕府が統治する戦国時代であったのかもしれない」

 

 新日本プロレスをめぐる猪木と後継者たちのバトルは間違いなくセメントでした。ちょうど、円谷プロの衰退について論じた『ウルトラマンが泣いている~円谷プロの失敗』円谷英明著(講談社現代新書)という本も同時期に読んだのですが、わたしにとってはこの2冊が組織運営というかマネジメントの教科書のように思えました。ウルトラマンが泣いているなら、新日本のライオンマークも泣いている。

 

 最後に、新日本プロレスをはじめとしたプロレス界の人気復活を願っています。