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Title

知の逆転』

Category

No.0739

 

 『知の逆転』ジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキー、オリバー・サックス、 マービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン著、吉成真由美[インタビュー・編](NHK出版新書)を読みました。

 現代最高の知性6人が未来について熱く語ったインタビュー集です。本書の帯には、「10冊分の情報がつまっている」とのサイエンス作家の竹内薫氏の言葉が紹介されています。


 また、前そでには次のような内容紹介があります。


 「『二重らせん』構造を解明したワトソン、『普遍文法』を提唱し言語学に革命をもたらしたチョムスキー・・・・・限りなく真実を追い求め、学問の常識を逆転した叡智6人。彼らはいま、人類の未来をどう予見しているのか。『科学に何ができる? 人工知能の可能性は? 情報社会のゆくえは?」―世界有数の知性が最も知りたいテーマについて語る興奮の書!」


 本書の目次は、以下のような構成になっています。


「まえがき」 吉成真由美


第一章 文明の崩壊 ジャレド・ダイアモンド


第二章 帝国の終わり ノーム・チョムスキー


第三章 柔らかな脳 オリバー・サックス


第四章 なぜ福島にロボットを送れなかったか マービン・ミンスキー


第五章 サイバー戦線異状あり トム・レイトン


第六章 人間はロジックより感情に支配される ジェームズ・ワトソン


「あとがき」 吉成真由美 


 「まえがき」の冒頭には、次の2人の哲人の言葉が紹介されています。


 「最も尊重せねばならぬのは、生くることにあらず、よく生くることなり」―ソクラテス
 「いかに生きるかを学ぶには全生涯を要す」―セネカ
 そして、元NHKディレクターでサイエンスライターの吉成真由美氏は「どのような環境に生を受けても、この世で生きていくのは難しい。そのうえインターネット時代になって、受け取る情報がやたらに増え、難しさがぐっと増してきている。情報を得ることと、それを判断して考えることとは全く別の脳作業となるから」と書き出しています。


 吉成氏は、この世からロマンが失われつつあると感じているそうです。そして、「まえがき」に次のように書いています。


 「文学も、音楽も、芸術も、恋愛も、結婚も・・・・・・あらゆることが少しずつロマンティックではなくなってきている。恋愛も結婚も、『運命の赤い糸』というより、むしろ自らの遺伝子をうまく残すために、その可能性の高い相手を選んでいるということだし。文学も音楽も芸術も、思い込みと想像と誤解に支えられてきたけれど、たくさんの情報がそれぞれ本来の姿をよく映し出すようになると、思い込みと想像と誤解が減ったぶん、それらの世界が必要以上に大きく見えることもなくなってしまった」


 潤沢な情報が現代人からロマンを奪い去りつつあるわけですが、吉成氏は「唯一ロマンが残っているとすれば、それは人と人、人と物、人と雰囲気とのケミストリー、波長と言ってもいいかもしれない。波長が合うかどうか、人はまだほとんど制御できないものだから」とも述べています。


 本書にはあまりにも膨大な情報が収められています。ここでは、わたし個人の備忘録として、吉成氏のインタビューに答えた6人の「知の巨人」の言葉をそのまま紹介したいと思います。


 まず1人目は、ジャレド・ダイアモンド。

 文明が崩壊するメカニズムを見事に解明した人類生態学者である彼は、以下のように語っています。


 「日本では、歴史的には徳川幕府が森林の保存に成功して、人口増加にともなう日本列島の環境破壊を未然に防ぎましたが、イースター島では、最後の1本の木まで切り倒されて、食料にする動物や鳥も消え、魚を捕るためのカヌーも作れず、ついには食人にまで追い詰められて、社会が崩壊してしまった。現在では、小さな社会が崩壊すると、グローバリゼーションによって、世界中がその影響を受けてしまいます」


 「よく人は、『幸せな結婚生活を送るために一番大事なことは何か』と聞くわけですが、幸せな結婚にとって一番大事なことは、『結婚における一番大事なこと』を探さないということなのです。なぜなら、幸せな結婚生活のためには、セックス、子供、経済面、相手の家族といったさまざまな38余の要素がそれぞれにうまく機能していかなければならないから。同様に、ある社会がうまく機能していくためには、38余の事柄がうまく機能していく必要がある。一番大事な1つのことに絞り込めないのです」


 「なぜ人は不倫に走るのか。手短に言えば、男の場合と女の場合では不倫する理由が違っているのではないか。もちろん不倫しない男もたくさんいるわけで、男だから不倫するとは限りませんが、する男は、3分半の不倫によって、もう1人子供を作って遺伝子を残す可能性が十分にあるわけです。つまり不倫は男にとって遺伝子を残すチャンスになるので、男の場合の不倫の動機は、そもそもは遺伝的なものなのでしょう。
 では女にとってはどうか。女性は、特に妊娠している場合、3分半の不倫で子供を作って遺伝子を残す可能性はゼロです。ですから結婚している女性の場合は、不幸な結婚が背景にあって、新たな関係を求めてパートナーを物色したり関係を試したりするための不倫がほとんどではないか。もちろん女性の中にも男性同様の情熱をもって不倫に走る者もあるでしょうが」


 2人目は、ノーム・チョムスキー。

 言語学に革命をもたらすとともに米国の権威主義を批判してきた彼はプラトン、フロイト、聖書と並んで、最も引用回数の多い著者であり、「生きている人の中でおそらく最も重要な知識人」(ニューヨークタイムス)と形容されています。そのチョムスキーは、以下のように語っています。


 「おそらく近年のアメリカ最大の民間輸出品目は、民間航空機でしょうが、民間航空機とは、要するに改良を加えた爆撃機のことですね。複雑な航空電子工学、計測工学など、やっかいな部分の研究は、国家防衛の名目で全て政府の支援によって行われた。外から見るとちょっとこっけいな話ですが、アメリカのボーイング社とヨーロッパのエアバス社という世界の2大民間航空機会社は、世界貿易機関(WTO)の会合で、どちらが政府の資金援助をより多くもらっているかという点で、しょっちゅうもめているのです。いずれの会社も、多かれ少なかれ政府の援助を受けて生き残っているので、問題が複雑になるわけです。そうなると、資本主義とはいったい何なのかということになる。
 唯一市場原理だけで動いているのが、金融部門です。だから何度も破綻する。市場原理だけでは破綻は避けられません。金融部門はほぼ10年ごとに大きな危機に見舞われています」


 「情報にアクセスするということ自体は、あまり役に立ちません。生物学者が、ハーバード大学の図書館にある全ての生物学の論文を読んだとしても、ほとんど何の役にも立たないでしょう。実際優れた生物学者だったら、そんなばかげたことはしようともしないはずだ。生物学でノーベル賞をとるような人は、論文を片端から読むような人ではなく、何を探すべきか、何が大事か、ということがわかっている人です。だからこちらで大事なことを拾い、またあちらで大事なことを拾うというふうに働く」


 「音楽はどうか。わかっているのは、人間の全ての種族がある種の音楽、ダンス、アートといったものを持っているということです。ですからこれら全ては人間に特有の能力なのです。この時期(大躍進)以前にもそれらがあったかどうかは定かではない。音楽やダンスの考古学的記録は残っていませんから。ではアートの記録は残っているかというと、これも実はそうでもない。大躍進時代の砂絵などもちろん残っていませんし、ラスコーの壁画はずっと後になります。わかっているのはこれくらいです。
 それらがいったいどこから出てきたかについて考察をめぐらすことはできる。進化生物学者たちを悩ませてきたのはまさにこの問題でした」


 3人目は、オリバー・サックス。

 アルバート・アインシュタイン医科大学で脳神経科医として診療を行うかたわら、精力的に作家活動を展開している人物です。担当した患者の症例を詳しく描くスタイルで知られる彼は、以下のように語りました。


 「アルツハイマー病患者の場合、知っている音楽でないと効果が出ません。古い音楽や、昔の歌などです。うつろだったり興奮している患者も、音楽に対して静かに聞き耳を立て始め、涙を流したり微笑んだりするのです。音楽は、昔それを聴いていたときの感情や情景の記憶を呼び覚ますからでしょう。これらの感情や情景を、音楽なしに直接呼び覚ますことはできません。
個別の記憶や、エピソード記憶は失われてしまっても、音楽は残っているのですね。一般的に、音楽の力というのは、多かれ少なかれ病気によって侵食されずに長いこと残っています」


 「進化上の問題としては、言語が先か音楽が先か過去200年の間いろいろ議論されてきました。複雑な問題です。ダーウィンは音楽について1章丸ごと論じています。ちなみにダーウィン自身はフロイトと同じように、音楽については複雑な思いがあったようですが、聴くことは楽しんでいたようで、エマ夫人はショパンの弟子でした。
 ダーウィンは音楽が先であったと、すなわちわれわれの祖先の男が、女を惹きつけるための手段としてさまざまな音を発するようになり、一部知覚による選択が働いた結果(女がより良い音を選択したため)、声や歌が生まれ、言語はその後に発達してきたと考えていました。ハーバート・スペンサーはその逆であると提唱しています。私自身は両方とも非常に複雑に絡み合っており、解きほぐすのは至難のわざであると、両方とも一緒に発達してきたのだと考えています」


 「その昔ソクラテスは『書く』ということを拒絶していました。だから彼は一言も記述していない。弟子のプラトンのほうはもちろんのべつまくなし書いていたわけですが。ソクラテスは『書く』ことで記憶や会話というものが失われてしまうことを恐れていました。
 アルゼンチンの作家ボルヘスは『本は民族の記憶である』と言っているわけですが、過去においては、グーテンベルクの印刷技術の発明によって、世界は大きく変わったんですね。でもあと10年か20年もすれば、さまざまなブレーン・マシーン・インターフェース(BMI:脳信号が直接コンピュータや機械を動かすようにした装置)が出てきて、われわれの生活はまた大きく変わるでしょう。今度は、新しいコミュニケーション手段の開発によって、『書く』ことによる表現、あるいは言語そのものが犠牲になるのではないかと心配しています」


 この問題は、かつて読書館でも取り上げた『ソクラテスはネットの「無料」に抗議する』の内容にも通じます。BMIの未来には期待と不安の両方がありますね。


 4人目は、マービン・ミンスキー。
 彼は人工知能分野の開拓者であり、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』映画版のアドバイザーとしてもよく知られています。「ほとんどのコミュニケーションには、新しい情報はほん のわずかしか入っていない。たいていの人は、情報を伝えるためにではなく、自分が安全な人間であることを示すために会話をしている」と主張する「人工知能の父」は以下のように語ります。


 「科学の歴史を振り返ってみると、叡智というものは、アイザック・ニュートンやジョン・フォン・ノイマン、アラン・チューリング、アルバート・アインシュタインなどの、「個人知能」によってもたらされているのがわかります。わずか100人の個人が、知的革命によって西欧の科学というものを形作ってきたわけで、大衆の「集合知能」のほうは、逆に科学を何百年も停滞させてきたのです」


 「なぜ2011年3月の東日本大震災のあと、福島原子力発電所にロボットを送り込んで作業をさせることができなかったでしょうか。ロボット工学研究分野の最大の問題は何なのでしょう」という質問に対して、ミンスキーは次のように答えています。


 「問題は、研究者が、ロボットに人間の真似をさせることに血道をあげているということ、つまり単に『それらしく見える』だけの表面的な真似をさせることに夢中になっている、というところにあります」


 この問題については、まさにミンスキーと同じことを感じていました。


 5人目は、トム・レイトン。
 数学者でありながら、自らの理論を引っさげてインターネット戦場に乗り込んでいった人物です。1998年に、ハワイ語で「インテリジェンス」を意味する「アカマイ」を社名に冠したアカマイ・テクノロジーズ社を設立しました。もっぱら数学を武器にして戦いながら、約10年余にして年商10億ドル(約1000億円)を越える会社に成長させた彼は、以下のように語りました。


 「主要なサーチ・ポータルサイト(グーグルやヤフーなど、サーチエンジンとしての役割に加えてメールやニュース、天気など、一度そこに入るだけでいろいろな情報が取れるようになっているサイトのこと)は全て当社を使っています。それらのために当社が何を提供しているかは公表していませんが、主要なサーチエンジンやほとんど全てのメジャーなサイトは顧客になっています」


 また、「各家庭から本棚がどんどん消えつつあります。新しいメディアを通して、われわれは本から得られるのと同じくらいかそれ以上の知識を得られるのでしょうか」という質問に対して、レイトンは次のように答えています。


 「たしかに本は消えつつあります。プラスとマイナスの両面があると思います。プラス面としては、最新情報をより早くより深く得られるということ。ただし、制御や編集がなされていないため、間違った情報も一緒くたにされているということがマイナス面としてあります。まあ、政府が情報操作していないということで、かえって正しい情報が出てくるという面もありますが(笑)。非常に多面的な情報が得られるということです」


 6人目は、ジェームズ・ワトソン。
 DNA二重らせん構造の解明という、ダーウィンに並ぶ偉業をわずか1ページの美しい論文で成し遂げた人物です。しばしばその正直すぎる発言が物議をかもしてきました。「老いることの良いところと悪いところは何でしょう」という質問に対して、ワトソンは次のように答えています。


 「おそらく『老いは人に経験を与える』と言えるのでしょうが、本当の良いところは私には見えていない。おばあさんは必要だと言えるでしょう。はじめて子供を持った母親にとって、おばあさんの知恵というものは本当に役に立つものだからです。祖父母というものは、人類の存続上役に立つから必要だということです。では曾祖父母というのはどうか。おそらく否だと思います。世話をしなければならないから、多分かえって負担になる」


 また、「あなたがいま最もエキサイトしている事柄は何でしょうか」という質問に対しては、次のように即答しています。


 「ガンを治すことです。非常にエキサイトしています。とうとうガンの基本というものを突き止められるようになったのではないかと考えるからです。
 強い痛みをともなう化学療法をやりながら死ぬというのは、本当にひどいことだ。だから私の目的は、患者を苦しめない化学療法を生み出すことです。われわれはいよいよ、子供がたとえば白血病にかかったとき、『ああ何てひどいことになるんだろう』と思うのではなく、その子が6週間薬を飲むことですっかり治ってしまう、というような世界に入ろうとしている。それによって彼は学校も続けられるわけです。それが私にとって理想の世界です」


 このワトソンの発言を読んで、わたしは非常に感動しました。


 それにしても、これでだけの「知の巨人」が一堂に会して、人類の未来について語る本というのは贅沢すぎる企画です。彼ら6人の発言は予想以上に平易でわかりやすく、そのことにも驚かされました。これは、インタビュアーである吉成真由美氏の力量と努力によるものだと推察します。その吉成氏は、「あとがき」の冒頭で次のように書いています。


 「このインタビューは、『この人たちに会うまでは・・・・・・』という、ある情熱のようなものから生まれました。
 ダイアモンドは静謐にして鋭い室内楽、チョムスキーは鮮明にして華やかなオペラ序曲、サックスはカラフルで心地よいジャズ、ミンスキーは1つのテーマにクールに焦点を当てたソナタ、レイトンはドキドキするほど生きのいいロック、そしてワトソンはサイエンスを基にしたコンチェルト、といった感じでしょうか」


 ならば、吉成氏自身は音楽番組の名司会者といったところでしょうか。


 本書に登場する6人それぞれが異なった見解を提示している場合もあります。吉成氏は「たとえば、核を廃絶する以外に人類存続の可能性はないと言い切るチョムスキー。対してダイアモンドは、霊長類としての人間には、そもそも暴力性が備わっているから、人間の欲望を制御するためには武器も必要となるが、どうやって互いに使わずに済ませるか、そこに人類が知恵をしぼる必要があると」と述べています。


 また、重要テーマである「宗教」について、吉成氏は以下のように分析します。


 「ほぼ全員が、他人の宗教を否定はしないけれども、自らは全く無宗教であるか、または宗教に頼らない生き方をしている。神という概念は時の支配者が都合に合わせて作ったものであって、世界を説明することも人生に意味を与えることもできていないと明言している場合もある。6人に共通するのは、『限りなく真実をもとめて』というような姿勢」


 わたしは、本書を読みながら、かつて上梓した『ハートフル・ソサエティ』(三五館)の内容を連想しました。もちろん、6人の世界的知性とは比較のしようもありませんが、同書もまた「人類のより良き未来」について思いを馳せた本でした。『ハートフル・ソサエティ』という書名は、本書にも登場するマービン・ミンスキーの代表作である『心の社会』を参考にしたように記憶しています。


 最後に、人類の未来に大きな希望を与えてくれた6人と、彼らの偉大な思想をわかりやすく伝えてくれた吉成真由美氏に心からの拍手を贈りたいと思います。