お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

  • HOME
  • 未来国家ブータン
Title

未来国家ブータン』

Category

No.0660

 

 『未来国家ブータン』高野秀行著(集英社)を読みました。

 

 著者は、既に紹介した『幻獣ムベンベを追え』『怪獣記』の作家です。UMA(未確認動物)を求めて、世界中を駆け巡る人物です。最新作である本書は、「世界でいちばん幸せな国」とされるブータンの紀行本です。


 本書の帯には、「わが国に未知の動物はいません。でも雪男はいますよ」「そのひと言にのせられて、私はヒマラヤの小国に飛んだ」「GNPよりGNH、生物多様性、環境立国・・・・・、今世界が注目する『世界でいちばん幸せな国』の秘密を解き明かす!!」といった言葉が書かれています。


 本書の「目次」は、以下のような構成になっています。

 

「はじめに」

第一章:ブータン雪男白書

第二章:謎の動物チュレイ

第三章:ラムジャム淵の謎

第四章:ブータン最奥秘境の罠

第五章:幸福大国に隠された秘密


 著者は、「誰も行ったことのない場所に行き、誰も書いたことのないものを書く」を信条とし、これまで過酷な条件で未知の土地に足を踏み入れてきました。ところが今回は、なんと、「ブータン政府公認プロジェクトで雪男探し」です。

 とある企業の調査員としてブータンに入国した著者は、政府の随行員と一緒に決められた日程で薬草やフォークロアを調査します。これまでの著者の旅とはまったく違う異色な旅となっているのです。「あの国には雪男がいるんですよ!」とのひと言に乗せられて、著者はブータンヘ飛びました。


 「はじめに」で、著者は次のように書いています。

 

 「私は20年前から世界中の未知の動物(未確認動物)を探し回ってきた。コンゴの謎の怪獣モケーレムベンベ、中国の野人、トルコの巨大水棲獣ジャノワール、ベトナムの猿人フイハイ、アフガニスタンの凶獣ペシャクパラング・・・・・。

 1つも見つかっていないから自慢にもならないが、私ほど、未確認動物を客観的かつ徹底的に探してきた人間は日本にはほかにいない。世界でもいないんじゃないか。もちろん、雪男のことも話としてはよく知っているが、"本場"はネパールである。ブータンの雪男は初耳だった」


 第一章「ブータン雪男白書」で、著者は雪男について次のように書いています。

 

 「『雪男(スノーマン)』は外国の登山家がつけた名前だ。雪山でよく足跡が発見されたからそう呼ばれたのだが、雪男自体は森の中に棲んでいると(ネパールでもブータンでも)思われている。当然だ。雪の上では食べるものがないし寝るところもない。だから最近では世界中どこでも『スノーマン』でなく、ネパールの呼び名である『イエティ』と呼ぶのが普通だ。もっともブータンではイエティとは言わない。一般的に『ミゲ』だが、東部では『ドレポ』とか『グレポ』などとも呼ぶらしい。

 イエティもミゲもドレポもみな同じものを指すわけだから、いっそのこと日本語では『雪男』に統一してもいいんじゃないかと思ったのだが、困ったことに、ときどき『雌の雪男』というのが登場する。『雌の雪男』は変だ。じゃあ『雪女』かというと、それは別物である」


 「雪女」といえば、日本の妖怪です。妖怪を扱う学問は民俗学ということになりますが、日本の民俗学を確立したのは柳田國男であり、彼の著書『遠野物語』ということになっています。じつは本書『未来国家ブータン』の冒頭には、「願わくばこれを語りて平地民を戦慄せしめよ」という『遠野物語』の一句が記されています。つまり、著者は岩手県遠野村のフォークロア=民間伝承を集めた『遠野物語』のように、ブータンのフォークロア、特に雪男についての伝承を集めた本書を執筆したことがわかります。

 ということは、かつてのモケーレムベンベやジャノワールのように実在する怪獣としてではなく、著者はフォークロア的存在としての雪男を求めたのかもしれません。実際、本書を読むと、著者がそれほど本気で雪男の存在を信じてはいないように思えます。


 さて、雪男を探しながら、著者は次第にブータンという国の実情を掴んでいきます。

 「世界でいちばん幸せな国」は、国王を中心に小さく巧妙にまとめられていることに著者は気づきます。ブータン国内での国王の人気は驚くほど高いそうです。昨年、ブータンの第5代国王であるジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王夫妻が来日され、爽やかな印象を残されました。日本では、ちょっとしたブータン・ブームが起きました。第4代国王のジグミ・シンゲ・ワンチュク国王ですが、親子で大変な人気だとか。その人気の凄まじさについて、本書には次のように書かれています。

 

 「ブータンの国王、恐るべし。この国では国王は『尊敬の対象』どころではない。

 日本で言うならジャニーズ事務所所属の全タレントと高倉健とイチローと村上春樹を合わせたくらいのスーパーアイドルである。

 4代目は先代の急死により16歳で即位。『世界で最も若く最もハンサムな国王』と騒がれた。50代の今でも十分にハンサムだ。稀にみるほど賢い人で、若くしてGNH(国民総幸福量)の概念を考え、環境立国の道を切り開いた」


 現在の第5代国王も若くてハンサムですが、昨年は日本の国会で素晴らしいスピーチをされました。わたしたち日本人は、国王のスピーチを聞きながら、「さすがは、世界一幸せな国の国王だ」と感心したものでした。

 本書で著者も書いているように、国王を求心力としたブータンのシステムは国内では非常にうまくいっているようです。しかしながら、著者はブータン社会の問題点(一種のカースト制度)にも国王が自ら取り組んでいることも紹介しています。

 ブータンには「ネパール系住民」という最大の内政問題が存在します。これは隣国のシッキムがインドに吸収された最大の原因であり、人権問題にも発展しています。ブータンが今後存続していく上で最大の問題であると言えるでしょう。


 第五章「幸福大国に隠された秘密」では、著者は「ブータン方式とは国民の自発性を尊重しつつ明確に指導すること、もう1つは巧みな補完システム」であると述べます。著者がブータンを1ヵ月旅して感じたのは、この国には「どっちでもいい」とか「なんでもいい」という状況が実に少ないことでした。著者は述べます。

 

 「何をするにも、方向性と優先順位は決められている。実は『自由』はいくらもないが、あまりに無理がないので、自由がないことに気づかないほどである。国民はそれに身を委ねていればよい。だから個人に責任がなく、葛藤もない」


 著者は、ブータンのインテリについて、次のように書いています。

 

 「アジアの他の国でも庶民はこういう瞳と笑顔の人が多いが、インテリになると、とたんに少なくなる。教育水準が上がり経済的に余裕が出てくると、人生の選択肢が増え、葛藤がはじまるらしい。自分の決断に迷い、悩み、悔いる。不幸はそこに生まれる。

 でもブータンのインテリにはそんな葛藤はない。庶民と同じようにインテリも迷いなく生きるシステムがこの国にはできあがっている。

 ブータン人は上から下まで自由に悩まないようにできている。

 それこそがブータンが『世界でいちばん幸せな国』である真の理由ではないだろうか」


 「上から下まで自由に悩まないようにできている」国家ブータン。ある意味で超管理社会ともいえるブータン社会に、著者は未来を感じるそうです。

 

 かつて、「未来惑星ザルドス」というSF映画がありました。「猿の惑星」シリーズと同じ20世紀フォックスの名作ですが、未来の超管理されている惑星の物語でした。ザルドスで反乱を起こす主役は、「007」シリーズで初代ジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリーが務めています。わたしは、『未来国家ブータン』という書名を最初に見たとき、「未来惑星ザルドス」を真っ先に思い浮かべました。

 

 著者は、もしかしたらブータンとザルドスを重ね合わせているのではないでしょうか。ザルドスは強大な石像の頭部が空中を飛ぶ世界でしたが、本書の表紙には空を飛ぶ王宮の絵が描かれており、どうしてもザルドスを連想してしまいます。


 「―未来国家。またしてもこの言葉が頭に浮かんだ」と、著者は書いています。どうして著者はブータンに未来を感じるのでしょうか。それについて、著者は次のように述べています。

 

 「自分で旅してみれば、特に田舎に行けば、ブータンで感じるものは過去であり、未来ではない。多くの土地ではまだ電気も水道も通っていない。

 高度な教育や医療、福祉の恩恵にあずかれる人はごく一部だ。

 反面、建物も人の服装も伝統がきちんと守られている。人々は信仰に生き、雪男や毒人間、精霊や妖怪に怯え、家族や共同体と緊密な絆で結ばれている。

 人情は篤く、祖父母から受け継いできた文化や言い伝えを次の世代に伝えようとしている。『未来』でなく『古き良き世界』である。

 特に顔や文化の似通った日本人はノスタルジーをかき立てられる。

 だから、ある人はブータンのことを『周回遅れのトップランナー』などと呼ぶ」


 著者が見たブータンは、「伝統文化と西欧文化が丹念にブレンドされた高度に人工的な国家」でした。それは「国民にいかにストレスを与えず、幸せな人生を享受してもらえるかが考え抜かれた、ある意味ではディズニーランドみたいな国」でした。著者は、ブータンに「私たちがそうなったかもしれない未来」を感じるといいます。

 というのは、アジアやアフリカの国はすべて同じ道筋を歩んできました。その道筋について、著者は次のように説明します。

 

 「まず欧米の植民地になる。ならないまでも、経済的・文化的な植民地といえるほどの影響を受ける。独立を果たすと、政府は中央政権と富国強兵に努め、マイノリティや政府に反対する者を容赦なく弾圧する。自然の荒廃より今の景気を優先し、近代化に邁進する。たいてい独裁政治で抑圧はひどいが暮らしは便利になる。やがて、中産階級が現れ、自由、人権、民主主義などが推進される。迷信や差別とともに神仏への信仰も薄れていく。個人の自由はさらに広がり、マイノリティはよりきちんと理解されるとともに、共同体や家族は分解し、経済格差は開き、治安は悪くなる。政治が大衆化し、支配層のリーダーシップが失われる。そして、環境が大事だ、伝統文化が大切だという頃には環境も伝統文化も失われている―」


 国や地域によって差はあっても、大まかにはこういう徹を踏んでいるわけです。

 しかし、後発の国は先発の国の欠点や失敗がよく見えるはずであり、それを回避できるはずです。それなのに、なぜわざわざ同じ失敗を繰り返すのか。

 考えてみれば、不思議な話です。著者によれば、ブータンだけが例外だそうです。

 ブータンだけは、まるで後出しジャンケンのように、先進国の長所だけを取り入れて、短所はすべて避けているというのです。その結果、ブータンは世界のほかの国とはまるで違った進化を遂げました。「まるで同じ先祖をもつとされるラクダとクジラを見比べるようだ」という著者は、次のように述べています。

 

 「日本だって、明治初期まで遡ればブータン的進化を遂げる可能性があったのではないか。今でも国民はちょんまげに和服で刀を差し、伝統的な日本家屋に住み、神仏を固く信じ、河童や神隠しを畏れ、天皇を尊び、自然環境を大切にする。自分の収入が減るより国のことを案じ、でもどう生きるかという葛藤はなくて、おおむね幸せである。いっぽうで、行政は地元住民の幸せを真剣に考え、人権や民主主義は行き渡り、一部のエリートが国のために尽くそうと心から願っている。高度な医療はないからちょっと難しい病気にかかったら諦めなければいけないし、贅沢どころか、職業選択の自由もないが、生物資源の開発でそこそこ生活は成り立つ。休みの日にはエリートも庶民も、みんながお洒落をして高僧の説教にキャーキャー言って押し寄せる―」


 日本もそんな社会になっていたかもしれないと、著者は推測します。

 そして、「SFでいうところの『平行世界(パラレル・ワールド)』だ。宇宙のどこかにはそんな日本があるのではないか。そんな妄想にまで駆られてしまうのである」と書きます。

 そう、未来国家ブータンも、そして未来惑星ザルドスも、もう1つの日本だったのかもしれません。最後に、わたしは雪男探しの興味から本書を読み始めました。その意味では、肩透かしの感もありました。

 しかし、文明批評の書としては優れており、本書を読むことができて非常に満足しています。