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稲盛和夫の哲学』

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No.0554

 

 『稲盛和夫の哲学』(PHP文庫)を再読しました。

 

 著者の『稲盛和夫の実学』とともに何度も読み返した愛読書です。著者の本で、一番役に立ったのが『稲盛和夫の実学』なら、一番感動したのは本書です。

 

 PHP文庫の経営者の哲学書といえば、松下幸之助の名著『人間を考える』を思い浮かべます。『人間を考える』が松下哲学の教典なら、本書は稲盛哲学の教典であると言えるでしょう。ともに、すべての経営者が読むべき必読書です。

 

 わたしは、これからの社会は人間の「こころ」が最大の価値を持つハートフル・ソサエティであると思います。そして、ハートフル・ソサエティで重要な役割を果たすのは哲学・芸術・宗教です。哲学・芸術・宗教と聞いて、おそらく最も近寄りがたいイメージを持たれるのは哲学でしょう。「哲学ほど面白いものはない」と言う人もいます。

 

 でも、ほとんどの人々はそれを本気にしないでしょう。それほど、哲学は難解で無用の長物であると見なす考え方が一般化しています。しかし他方で、それぞれの思いによって「哲学を求める」人々が後を絶たないのも、また事実です。特に、経営者の多くは「哲学」とか「フィロソフィー」という言葉を語りはじめています。


 ピーター・ドラッカーは、21世紀の社会は知識集約型社会であり、そこでは知識産業が主役になると主張しています。知識集約型社会において、企業が「売れるもの」は、知識ワーカーとしての社員に体現された組織の知識や能力、製品やサービスに埋め込まれた知識、顧客の問題を解決するための体系的知識だとされています。

 

 顧客は、提供された知識とサービスの価値に対して評価し、支払うことになるのです。一方、企業が質の高い知を創造するのは、事業を高い次元から眺めること、「知とは何か」を問うこと、つまり、哲学が求められます。それは「志の高さ」にもつながるもので、当然トップの課題でもあります。マーケットはそこまで見て企業を評価するようになると言われています。ビジョンやミッションはもちろん、フィロソフィーまで求められるのが今後の企業像なのです。


 わたしの最も尊敬する現役の経営者である本書の著者は、日本人にいま求められていることは、「人間は何のために生きるのか」という、最も根本的な問いに真正面から向かい合い、哲学を確立することだと述べています。

 

 政治にしても、経営にしても、倫理や道徳を含めた首尾一貫した思想、哲学が必要であることは言うまでもありません。しかし、政治家にしても経営者にしても、その大半は哲学を持っていません。そのような現状で、「動機善なりや、私心なかりしか」と唱え続ける著者こそは、経営における倫理・道徳というものを本気で考え、かつ実行している稀有な経営者であると言えるでしょう。


 「人間は価値ある存在なのか」

 

 「この世に生を受け、生きていく意味とはどこにあるのか」

 

 そのように「人間」というものに対して核心をつくような問いを受けたとき、著者はいつも次のように答えるそうです。

 

 「地球上・・・・・・いや全宇宙に存在するものすべてが、存在する必要性があって存在している。どんな微小なものであっても、不必要なものはない。人間はもちろんのこと、森羅万象、あらゆるものに存在する理由がある。たとえ道端に生えている雑草一本にしても、あるいは転がっている石ころ一つにしても、そこに存在する必然性があったから存在している。どんなに小さな存在であっても、その存在がなかりせば、この地球や宇宙も成り立たない。存在ということ自体に、そのくらい大きな意味がある」


 宇宙のなかで「存在する」ということは、あるものが自立的に存在するのではなく、すべてが相対的な関係のなかで存在するということになります。この考え方をさらに進めていけば、他が存在しているから自分が存在するし、自分が存在するから他が存在するという、相対的なつながりにおいて存在というものが成り立っている、ということができるでしょう。

 

 釈迦ことゴータマ・ブッダはこれを「縁があって存在する」というふうに表現しましたが、つまるところ哲学的思考とは、宇宙のなかにおける人間の位置や、自然の秩序や人生の意味などについて深く考えをめぐらせることだと言えます。


 著者・稲盛和夫氏の経営哲学は日本はもちろん中国にも大きな影響を与えています中国のビジネスマンたちは、稲盛氏のことを「日本経営之聖」と呼んでいるそうです。これほどの哲人経営者と「孔子文化賞」を同時受賞させていただいたことは、わたしの生涯忘れぬ思い出となりました。その驚きと感激は今も続いています。