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インスマウスの影』

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No.0470

 

 『インスマウスの影』ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 原作、原田雅史 漫画(PHP)を読みました。

 

 『クトゥルフの呼び声』『狂気の山脈』の宮崎陽介氏による漫画は味わいがありましたが、本書の原田雅史氏の漫画もなかなか良い感じです。各章末の解説は、前2作と同じくクトゥルフ神話研究家の森瀬繚氏が担当しています。


 アメリカはニューイングランドにある陰気な漁村を舞台にした物語ですが、一連の「クトゥルフ神話」の中に位置づけられています。「20世紀最後にして最大の怪奇小説家」と呼ばれたH・P・ラヴクラフトが紡ぎ出した「クトゥルフ神話」とは何か。解説「インスマスを覆う影」で、森瀬氏は次のように説明します。


 「クトゥルーとは、ラヴクラフトが『クトゥルーの呼び声』と題する中編小説に初めて登場させた架空の古代神である。クトゥルーにまつわる物語は、やはりラヴクラフトの創造になる『ネクロノミコン』という架空の書物や登場人物などの数多くの記号を介して、ラヴクラフトの他の作品と相互に関連する形でゆっくりと広がっていった。のみならず、クラーク・アシュトン・スミスやロバート・E・ハワード、ロバート・ブロックなど、ラヴクラフトと手紙を交換していた親しい作家たちもこの『お遊び』に積極的に参加した。
 ラヴクラフトの死後、やはり彼と交流していたオーガスト・ダーレスらが、彼の作品に見られる独特の世界観を体系化したのが、我々が『クトゥルー神話』と呼んでいる架空の神話体系であり、数多くの作家たちによって関連作品が今なお書き継がれているのだ」


 ここで森瀬氏は「クトゥルー」という言葉を使っていますが、これは「クトゥルフ」とも呼ばれます。名称の問題ですが、正しくは「kuh-THOOG-hoo」です。これは本来、地球外に由来するものとされています。つまり、人間の口で発音することは不可能なのです。それを無理やり言語で置き換えたものなのです。


 英語圏では、「クトゥルー」と「クゥルー」の中間ぐらいの発音になるそうです。日本では、出版社の青心社が「クトゥルー」表記を採用し、文庫版で『クトゥルー神話作品集』を刊行しています。同じ文庫版でも、『ラヴクラフト全集』の文庫版を刊行している東京創元社では「クルウルウ」(第1巻、第2巻のみ「クトゥルフ」)を採用しています。


 さらに、ハードカバーの『定本ラヴクラフト全集』『真ク・リトル・リトル神話大系』の国書刊行会では「ク・リトル・リトル」を採用。これは、かの荒俣宏氏が考案したものです。


 かつて、同社の「ドラキュラ叢書」という怪奇小説のシリーズで最初に荒俣氏が訳した『ク・リトル・リトル神話集』が出たとき、わたしは小学生の高学年でしたが、未知の奇想天外な物語に心を躍らせたことをよく記憶しています。


 それにしても、なぜ「ク・リトル・リトル」なのでしょうか?


 「kuh-THOOG-hoo」をどこからどう読んでも、「ク・リトル・リトル」というのは浮かんできません。今度、荒俣氏にお会いする機会があれば、ぜひ訊ねてみたいです。


 最近は、TRPG『クトゥルフの呼び声』などをはじめ、クトゥルフ神話をテーマにしたゲーム作品が多く作られていますが、こちらの文化は「クトゥルフ」で統一されています。


 さて、「インスマスを覆う影」という作品は、1931年の11月から12月にかけて執筆されました。ラヴクラフトは1937年3月15日に亡くなりましたので、この「インスマスを覆う影」は後期の作品ということになります。森瀬氏は「ラヴクラフトは元来、決して多作の作家ではない」として、次のように述べます。


 「18世紀の英国紳士たることを常より標榜していた彼は創作活動を『高尚な趣味』と見なし、その貧しさにも関わらず、小説執筆を賃金を得るための『労働』と考えることを病的なまでに嫌っていた。『20世紀最後の怪奇・幻想作家』『エドガー・アラン・ポオの後継者』などといった最大級の賛辞を国内外から集めながらも、今なお彼がアマチュア作家と見なされているのは、そうした彼の姿勢に由来する」


 「インスマスを覆う影」は、「ダゴン」「クトゥルーの呼び声」に連なるラヴクラフトの「南太平洋もの」の集大成とされています。彼はまた、1920年に大西洋の深海に沈んだというアトランティス大陸を題材とした「神殿」という作品を書いています。


 当時、ルイス・スペンスが書いた『幻のレムリア大陸』という本がベストセラーになっており、ヨーロッパやアメリカの人間がアトランティス人の子孫であると主張しました。


 しかし、これにラヴクラフトは疑義を唱えています。そして、友人宛の手紙に「人の住む大陸が実際に沈んだのだとすれば、それは太平洋だったはずだ」と書いています。ラヴクラフトの関心はもっぱら太平洋にあったのでしょう。


 「インスマスを覆う影」において、ラヴクラフトは「深きものども」という半人半魚の異形の種族を描きました。1956年製作のユニヴァーサル映画『大アマゾンの半魚人』に登場する半魚人(ギルマン=鰓男)は、明らかにラヴクラフトの「深きものども」の影響を受けているとされています。ちなみに、わが書斎にはギルマンのフィギュアがあります。


 ラヴクラフトが「深きものども」の元ネタにした作品が2つ存在するそうです。


 第1の作品は、1904年に刊行されたロバート・W・チェンバースの"In Search of the Unknown"。ニューヨークのブロンクス公園にある動物園で働く主人公が、ふとしたことから絶滅種、あるいは未知の生物を探索するという物語だとか。


 第2の作品は、"Cavalier"という雑誌の1913年1月号に掲載された、アーヴィン・S・コッブの「魚頭」という小説です。舞台は、テネシー州とケンタッキー州にまたがるリールフット湖という架空の湖です。この湖には、近隣の住民から「フィッシュヘッド(魚頭)」と呼ばれている怪人物が登場するそうです。


 「フィッシュヘッド」から「深きものども」へ、さらには「ギルマン」へ。モンスターの世界にもDNAリーディングが存在するのですね。


 なお、「インスマスを覆う影」は、1992年に日本で映像化されました。大の怪奇映画マニアである俳優の佐野史郎氏が単発のテレビドラマとして発表したのです。


 佐野氏扮するカメラマンの平田拓喜司は、歩行者天国で魚のような顔つきの男とすれ違います。そこから、奇妙な物語が展開されていくのでした。


 佐野氏の他には、真行寺君枝、河合美智子、石橋蓮司、六平直政、斉藤洋介といった人々が出演していました。わたしもリルタイムで観ましたが、ニューイングランドの物語が見事に日本の話に翻案されていて、とても面白かったです。


 佐野氏が本当にラヴクラフト作品を愛していることがよく理解できました。