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狂気の山脈』

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No.0469

 

 『狂気の山脈』ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 原作、宮崎陽介 漫画(PHP)を読みました。

 

 昨夜から、TBS開局60周年記念の大型ドラマ「南極大陸」がスタートしました。本書は、その南極大陸を舞台にした秘境冒険怪奇小説のコミカライズです。解説は、クトゥルフ神話研究家の森瀬繚氏が担当しています。森瀬氏は、「はじめに」の冒頭に次のように書いています。


 「南極大陸という巨大な謎を覆い隠してきたヴェールが除かれはじめた1930年。アーカムのミスカトニック大学もまた、ナサニエル・ダービイ・ピックマン財団の支援のもと、大規模な探検隊をこの地に送り込んだ。彼らがそこで見出したのは、ヒマラヤ山脈を思わせる威容を見せる黒々とした山脈と、その向こう側に広がる太古の石造都市だった。恐るべき運命に見舞われた探検隊の数少ない生存者、ウィリアム・ダイアー教授の手記を入手したハワード・フィリップス・ラヴクラフトは、その顛末を小説の形に書き起こすにあたり、その舞台となる山脈を『狂気山脈(The Mountains of Madness)』と呼んだ。それは、彼が尊敬してやまないアイルランド出身の幻想作家、ダンセイニ卿の物語に描かれる象牙色の丘の名前である―」


 2010年7月末、『狂気の山脈』の映画化が発表されました。「アバター」で3D映画の先人を切ったジェームズ・キャメロンと、クトゥルー神話のオマージュ作品でもある映画「ヘルボーイ」シリーズを手掛けたギレルモ・デル・トロがタッグを組み、3D映画「狂気の山脈にて」を製作するというのです。


 デル・トロが数年前から口にしていた企画で、J・R・R・トールキン原作の映画「ホビットの冒険」の撮影が終了したら取り掛かると公言していました。ところが、デル・トロが「ホビットの冒険」の監督を辞退したために、製作時期が早まったようです。


 本書の原作である「狂気の山脈にて」は南極大陸を舞台にした秘境冒険小説の色合いが強い怪奇小説だと述べました。じつは、秘境冒険小説こそは少年時代のラブクラフトが夢中になって読み耽ったジャンルでした。


 いわば、作家ラブクラフトの魂の原点が、秘境冒険小説だったのです。当然ながら、ヴェルヌやドイルといった先達の影響を強く受けていました。森瀬氏は、「はじめに」で次のように書いています。


 「彼はかつて、海底や地底へと人間が赴く旅の数々を描いたジュール・ヴェルヌの冒険物語に驚嘆し、海洋小説家ウィリアム・クラーク・ラッセルの"The Frozen Pirate"に熱中し、秘境冒険物語の大家でもあったアーサー・コナン・ドイルの『北極星号の船長』を愛読した。地理学に打ち込んだ12歳の頃には、1838年にアメリカ政府の命で南海洋に赴いたチャールズ・ウィルクスと、1841年に南極横断山脈の存在を文明世界に報告したジェイムズ・クラーク・ロスとがそれぞれ行った調査探検についての研究論文を執筆している」


 ラヴクラフト少年には、「いつか、南極についての物語を書きたい」という密かな夢がありました。そして、40歳になったとき、彼はその夢をついに果たしたのです。ラヴクラフトは、怪奇小説家としてのエドガー・アラン・ポーの後継者とされますが、SF作家としてのポーの後継者はヴェルヌとされます。そして、ラヴクラフトはヴェルヌの影響も強く受けていました。ポー → ヴェルヌ → ラヴクラフト と流れるDNAリーディングが可能なのです。森瀬氏は、この3人の関係について以下のように述べています。


 「ラヴクラフトは、ヴェルヌが生きていた19世紀の時点での―という条件付きではあるが、最新の科学的知識に裏打ちされた『地底旅行』や『海底2万里』の愛読者だった。
 『墳丘の怪』などの作品に見られる地底世界へのラヴクラフトの偏愛は、少年時代にこよなく愛した『地底旅行』などの作品によって育まれたのではないかとの指摘もある。
 ヴェルヌもまたエドガー・アラン・ポオの影響を強く受けた作家である。ラヴクラフト同様、南極大陸に強く関心を抱いていた彼が、ラヴクラフトよりも遥かに早い1897年に、『ナンタケット島のアーサー・ゴードン・ピムの物語』の後日談にあたる『氷のスフィンクス』を手掛けた」


 さて、ラヴクラフトは、1931年に書いた「狂気の山脈にて」を自身の最高傑作と見なしていました。書き終えたばかりの1931年3月26日、ラヴクラフトは、友人のクラーク・アシュトン・スミスへの手紙に次のように書いています。


 「私が理想とする怪奇小説作家は、言ってみれば、緊迫した雰囲気を生み出すポオと、宇宙的視野を持ち豊かな想像力を駆使するダンセイニと、深遠な含蓄のある文体のマッケンと、息もつかぬほどの迫力のある幻想を描くアルジャーノン・ブラックウッドとを一体化したような作家なのです」
 (矢野浩三郎・訳、国書刊行会『定本ラヴクラフト全集10』より)


 森瀬氏は、「理想の怪奇小説家とは書いているが、これは『狂気の山脈にて』において彼が到達した熟練の作家としての自負心が書かせた文章だったのかも知れない」と述べています。わたしも、その通りだと思います。


 まさに、ダンセイニとマッケンとブラックウッドという幻想文学における3人の巨匠を合体させたような怪物作家ラヴクラフトが誕生したのです。そのような視点で本書を読めば、また味わい深いと言えるでしょう。