お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

Title

桜雨』

Category

No.0345

 

 『桜雨』坂東眞砂子著(集英社文庫)を読みました。

 

 『死国』『狗神』『蛇鏡』『蟲』 の恐怖小説カルテットを書き上げた著者が、『桃色浄土』に続いて書いた長篇小説です。島清恋愛文学賞を受賞しています。


 本書は、これまでの著者の小説とは明らかに印象の違う1冊です。


 それもそのはず、舞台が因習に満ちた地方ではなく、今回は東京になっています。


 主人公の額田彩子は東京の出版社・薫陶社に勤める39歳のOLです。


 最近同棲相手と別れて「棘抜き地蔵」で有名な巣鴨に引っ越してきた彼女は、『戦前幻想絵画読本』という本の企画を進めていました。


 この本のタイトルからして完全にわたし好みでワクワクしてきますが、彩子は本の図版に使う絵画を探すうちに1枚の不思議な日本画に出合います。その絵は、天窓や出窓のある家々から朱色の炎が立ち上がり、闇の中を渦巻いていくものでした。火の粉とともに桜の花びらが乱舞します。そして、そこには2人の女が描かれていました。


 絵に深く魅せられた彩子は、その謎を追ううちに、戦前の東京には池袋モンパルナスという芸術村があったことを知ります。芸術の都パリに憧れながらも、渡仏など夢のまた夢であった戦前の貧乏画家たちは、「上野モンマルトル」とか「池袋モンパルナス」などと東京をパリに見立てていたのです。


 そこで生きた放縦な1人の画家・西游と、彼を愛した2人の女、早夜と美紗江の凄絶な日々が現在と並行して描かれます。


 早夜という女性は、もう1人の主人公ともいえる存在です。この物語では、60年もの時間を超えて、彩子と早夜の人生がパラレルに流れていくのです。


 その早夜は新潟・長岡の富裕な商家の出身でしたが、女子美術大学に入学して絵の勉強をするために上京します。しかし、実家の商売が傾いて郷里に帰らなければならなくなったとき、早夜は「田舎に帰るのは嫌!」だと拒絶します。東京での生活にしがみつく彼女は、喫茶店の女給から画学生のためのヌード・モデルなどをこなし、懸命に生きようとしますが、最後はモラルのかけらもない画家・西游との同棲生活に至るのです。


 現在、かつての早夜のような故郷を離れて上京してきた老人たちが次々に孤独死しています。NHKがキャンペーンを展開した「無縁社会」のメイン舞台は、はっきり言って東京です。「血縁」も「地縁」も捨てて、「ユートピアとしての東京」をめざした人々が、いま無縁死という運命を迎えているのです。


 東京にこだわるのは早夜だけでなく、現代に生きる彩子も同じでした。


 本書には、次のように書かれています。


 「自分は好きで東京暮らしをしている。今は落ち着いているが、薫陶社に入るまでの数年間、気儘に仕事場を転々と変えてきた。自由を選んで、結婚したいといった秀夫と別れてしまった。少しばかり孤独を味わっても、それが何だというのだろう。
 アスファルトの地面にぼんやりと自分の影が落ちている。代価とは、この影のようなものかもしれない。暗闇でじっとしていられるならいいが、外に出れば影は否応なくついてくる。自由に歩きまわりたければ、影を引きずることは覚悟しないといけないのだ」


 これまで、わたしは著者の一連の小説が「血縁」や「地縁」の持つ負の側面を強調していることを指摘しました。著者の作品には必ず仕事を持って自立したヒロインが登場しますが、彼女たちはいわゆる「おひとりさま」の人生を歩んでいます。つまり、孤独死を覚悟する、さらには孤独死を肯定するような生き方をしている主人公ばかりなのです。


 著者が描く幻想的な物語はわたし好みなのですが、その意味で、作品の背景には島田裕巳著『人はひとりで死ぬ』と同じ価値観があるとも感じていました。


 ところが、今度の『桜雨』では、やはり島田裕巳著である『葬式は、要らない』にも通じる葬儀観が見られて、複雑な思いがしました。


 正確に言うと、『葬式は、要らない』は経済的な側面からの葬式無用論でしたが、この『桜雨』では感情的に葬儀が否定されています。


 たとえば、彩子が行きつけのパブ・レストランでよく会う大磯という夫婦がいました。なぜか大磯夫婦は、いつも黒服を着ていますが、話をしてみると夫が非常に博識なので彩子は驚きます。特に、寺や墓についての知識がハンパではないのです。


 あるとき、彩子は烏に餌をやっている大磯夫妻を見かけます。


 餌を目当てに群がってくる夥しい数の烏を無表情で見つめる夫婦の姿に何か不気味なものを感じつつ、その後、彼らの正体が「葬儀屋」であることを彩子は知ります。


 絵の持ち主である鬼塚と一緒に、その正体を教えてくれそうな老人を訪ねたとき、その老人は孤独死していました。彼の葬儀に参列した彩子の前に現れたのが、葬儀を取り仕切る大磯夫婦だったのです。本書には、次のように書かれています。


 「打ち合わせを終えた大磯夫婦は、台所に通じる部屋の出入口に、一対の人形のように立っていた。沈鬱な表情の底から、冷たい月に似た色が滲んでいる。彩子には気がつかないままに、座敷に集まった黒服の人々の群れを最大に睥睨している。その様子が、先日、烏たちに餌を与えていた二人と重なった。すっくと立つ大磯夫婦を囲む黒い群れ。ここに集う者たちは烏なのだ。大磯夫婦が差し出す餌に釣られてきた。ただ、彼らがこの場で与えているものは肉ではなく、死の匂いだ」


 「自分も鬼塚も、呼ばれもしないのに、この葬式に列席している。そして、近所だというだけの義理でここに集まった人々。


 動機はどうであれ、自分たちは死の匂いに群がる烏なのだ」


 「彩子はこっそりと周囲を見回した。老人たちの顔がひしめいている。いかにも葬式にふさわしい沈んだ表情の中に、ほんの僅かの好奇心が混じっていた。それは死への好奇心。人は死に脅えながらも、それに興味をもたないではいられない」


 『葬式は必要!』(双葉新書)などにも書いたように、わたしは葬儀とは人間にとって絶対に必要なものであると思っています。また、『隣人の時代』(三五館)に書いたように、「となりびと」とは「おくりびと」であり、故人の近隣に住む人々が葬儀に参列することは当然だと思っています。ですので、葬儀に参列した隣人を「近所だというだけの義理でここに集まった人」という言葉には納得できません。


 「近所だというだけの義理」どころか、近所というのは最大の「縁」ではないでしょうか。


 ここでも「地縁」を否定する著者の考え方が現れているように思いますが、さらに葬儀に参列する人々を「死の匂いに群がる烏」と表現するなど言語道断です。


 亡くなった老人は、雄吉という名前でした。


 雄吉の葬儀の場での彩子について、著者は次のように描いています。


 「私はあたりを見回した。眉をひそめ、霊柩車を眺める人たちは、まるで雄吉さんの遺体がしっかりとこの街から運びだされることを確かめるためにだけ残っているようだ。無駄な動きひとつなく、てきぱきと物事を運ぶ葬儀屋に至っては、時間を惜しんで先を急いでいる。ここにあるのは、赤の他人たちの見せかけの悲哀と、見せかけの儀礼。皆、一刻も早く遺体を焼いてしまいたいのだ。この世に雄吉さんが生きていたという証拠を消してしまいたいのだ。この街から死の影を消したいのだ。それが、この葬式の意味なのだ」


 うーむ、よりにもよって、葬儀の場にあるのが「赤の他人たちの見せかけの悲哀と、見せかけの儀礼」とは! まあ、東京の一部の葬儀社をはじめとして、実際に「見せかけの儀礼」と言われても仕方のないサービス内容の葬儀社もあるようですが・・・・・。


 その意味では、こういった葬儀に対するネガティブな見方も、業界としては謙虚に受け止める必要があるかもしれません。


 それにしても、一般に葬儀の場面が出てくる小説では、葬儀業者はあまりよく描かれていないように思います。その呼び方も「葬儀屋」というものがほとんどですが、唯一、著者と同じく直木賞作家である重松清氏だけは「葬儀社の人」と柔らかく書いています。わたしが重松作品を最高に評価するのは、こういう言葉の端々にも彼の人間に対する「思いやり」が溢れているところです。


 それにしても、著者の葬儀に対する嫌悪感は、何か心の根っこに関っているように思います。本書には、「死の匂い」とか「死の影」といった言葉がたくさん出てきます。もしかすると、著者は「死」というものを異常に恐れている人ではないでしょうか。


 もちろん人は誰でも死を恐れますが、著者の場合はその恐怖が人並み外れて大きいような気がします。だからこそ、ものすごく怖い話が書けるのかもしれません。


 「読書の達人」として有名な元・外交官の佐藤優氏は、泉鏡花と坂東眞砂子の小説を愛読しているそうです。佐藤氏は「現代作家では坂東眞砂子さんが、泉鏡花にすごく近いなと思っているんです」と述べています。


 たしかに、両者の描く「幻想」と「恐怖」は似ているとわたしも思います。


 そして、その鏡花ですが、あれほど怪異な小説を多く残したにもかかわらず、死を非常に怖れていたそうです。親友の柳田國男に看取られたときも、鏡花は最後まで死の恐怖に怯えていたといいます。死への恐怖が度外れて大きかったからこそ、あれだけの非日常的な幻想小説が書けたのでしょうか。彼は実際に幽霊や妖怪といった異界の存在を感じていたのかもしれません。


 鏡花が抱いた「死」への恐怖は、「現代の鏡花」と呼ばれる著者にも通じているように思えてなりません。著者は、かつて「子猫殺し」の問題で世間を騒がせました。


 2006年8月11日の「日本経済新聞」のコラムにおいて、当時タヒチに住んでいた著者は、飼い犬が産んだ子犬を自分で「始末した」という内容のエッセイを掲載しました。そのコラムは「天の邪鬼タマ」という題名でした。


 その1週間後の同月18日、同紙にて、著者は「子猫殺し」という題名のコラムを書きました。それによると、飼い猫が産んだ子猫を崖下に放り投げ殺しているというのです。


 著者によれば、交尾して子を産むのが雌という性を持つ猫にとっての幸せである。


 その幸せを奪わないことと引き替えに、自分自身が育てられないので、「子猫をすぐに母猫から引き離し、崖下へ放り投げ殺す」と述べたのです。


 当然ながら、世間では大騒ぎとなりました。


 動物愛護法の主管官庁は環境省です。同月25日、小池百合子環境大臣は「動物愛護の面で残念」と公式会見で述べました。また同月、日本動物愛護協会は、著者のエッセイが事実であるのか、また倫理審査機関の有無について日本経済新聞社へ確認を求めました。日本経済新聞社は、エッセイの内容は事実に基づいたものであり、社内審査機関を通過したものであると回答。


 さらに同年9月22日、著者が住むタヒチを領有するポリネシア政府が「動物虐待の疑いで告発の動き」と報道されたそうです。


 一連の騒動は、恐怖小説家の奇行として受け取られた観がありますが、わたしはそこに著者独自の「死生観」があったように思います。


 つまり、自らの「死」を恐れるあまり、子犬や子猫の生命を奪って、「ほら、死ぬなんて大したことじゃない」と自分に言い聞かせていたように思えるのです。


 まあ、これはあくまで、わたし個人の単なる感想です。もちろん、確証はありません。


 それにしても、著者の小説には「死の匂い」や「死の影」に満ちています。


 地方の土俗的で因習的な社会を描いた従来の作品とは違い、この『桜雨』の舞台は東京です。新潟の長岡から出てきた早夜は、死ぬほど東京に固執しますが、東京で暮していた貧しい画学生たちは死ぬほどパリに憧れ、「池袋モンパルナス」などという呼び方をします。つまり、そこには長岡(などの地方都市) → 東京 → パリ という憧れのベクトルがあるわけです。どこに住もうが、人間の本質は変わりません。


 また、著者の手にかかると東京でさえも、ドロドロとした土俗性を帯びてきます。


 本書には、「都市は冥界である」と叫んで回る不気味な男が何度も登場します。


 著者は、都市が冥界であることの理由を次のように書いています。


 「この東京に蠢く一千万の人間の中に幽霊が混じっていても不思議ではないなら、私たちこそ幽霊かもしれないではないか。例えば、今は本当は西暦三千年くらいの世界で、東京は廃墟と化しているのかもしれない。そして私たちは死んだことを自覚していない幽霊。幻の都市の中を、昔の記憶を辿って生きているふりをしているのだ」


 この感覚、わたしには非常によく理解できます。


 このような「もしかしたら自分も死者」という感覚が著者に恐怖小説の名作を書かせてきたのかもしれません。でも、この感覚の先には「死者との共生」、あるいは死者儀礼としての「葬儀の重要性」に気づく可能性があるわけで、その意味では惜しいと思います。


 いろいろ書いてきましたが、著者が現代日本を代表する小説家の1人であるという考えは変わりません。やはり、そのストーリーテラーとしての実力には感服します。


 本書でも、男女の愛憎や嫉妬といった負の感情、芸術にとりつかれた者たちの魔道のような生き方も見事に描いていました。


 ちなみに、わたしは葬儀こそは最大最高の「芸術」であると思っています。


 最後に、本書の最後には、ある仕掛けがあります。この仕掛けを絶賛するレビューなどをいくつか見ましたが、このアイデア自体はよくあるもので、別に驚きはしませんでした。


 それから、やはり著者の小説の舞台は東京より地方のほうがいいというのが正直な感想です。この『桜雨』の後、わたしの願い通りに著者は物凄い小説を書き上げます。


 そうです、日本の伝奇小説の歴史に残る大傑作『山妣』です。