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「論語」に帰ろう』

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No.0264

 

 『「論語」に帰ろう』守屋淳著(平凡社新書)を読みました。

 

 著者は、中国古典分野での第一人者として知られる守屋洋氏の息子さんです。お父さんと同じく、中国古典の研究家です。


 著者は、本書の「プロローグ ― 日本人を育んだ『論語』」で、『論語』とは、われわれ日本人がぜひとも知っておくべき古典の一つに他ならないと述べます。


 なぜなら『論語』を知ることは、われわれ日本人の「無意識の思い込み」を理解することに直結するからだというのです。


 たとえば、現代日本における社長の給料の安さなども、『論語』を中心にした儒教教育の余波であると著者は述べます。2008年の世界的な金融危機の際、アメリカのCEO(最高経営責任者)の年俸の高さが大きな話題となりました。


 会社を破綻させたにもかかわらず、その責任者たちに数億円から数十億円という、一般社員の数百倍の年棒や退職金が払われていたのです。


 一方で、日本の会社社長の年棒はせいぜい数千万円であり、新入社員の年収のわずか十倍から三十倍程度しかありません。


 著者は、ここには、江戸時代以来の儒教教育の影響が強く見られるというのです。


 もともと『論語』では、人の上に立つ人間は利益を追求するべきではないという考え方があります。これが江戸時代における武士のモラルとなりました。


 やがて日本人に「リーダーは、高額の報酬を求めてはならない」という風潮や空気を作り出していったと推測されるわけです。


 また、日本人は会議などで、必要以上に控えめな態度を取ることで知られています。その理由として、著者は2つの理由を次のように推測しています。


 まず1つめの理由として、「集団でいるときに『空気を読む』ことが染みついていて、誰かが口火を切るのを待ってしまう傾向がある」と述べています。農耕民族であった日本人は、一律の集団作業を繰り返してきました。そのため横並びが習い性になってしまい、それが「空気を読む」原因になったというのです。確かに現在でも日本人は一律になびくところがあり、「KY」などという言葉が一般化しています。


 もう1つの理由として、著者は、ここにも『論語』の影響を見ることができると述べます。


 本書は、もちろん『論語』入門でもありますが、ある意味で日本文化論としてもユニークな内容となっています。


 親子二代で『論語』を学び習った著者は、「〈仁〉と〈恕〉――世界に、未来に愛を広める」、「〈知〉と〈勇〉―人の上に立つ人間に欠かせない徳」、「〈天命〉―自分の人生を見出し、生きる」、「孔子の生涯」、「『論語』が世界に与えた影響」の5つの章で、現代人に『論語』のツボを指南します。


 興味深かったのは、『論語』における「君子」のリーダーシップを語る上で、著者がピーター・ドラッカーの言葉を何度か引用しているところでした。10年ほど会社勤めの経験があるという著者は、次のように述べています。


 「『この上司なら、ついていこう』と思う最大の動機は、孔子やドラッカーの指摘のように『人柄』や『品性』、『真摯さ』に尽きるところがあります。いくら仕事ができたり、立派なことを口にする上司でも、平気で二枚舌をつかい、保身に走り、倫理観に低ければ、信用してついていく気にはなれません」


 さらに、著者は続けて次のように述べます。


 「結局、部下がついていこうと思う『身の正しさ』とは、『そう思わせるに足る人柄と実践』がキモなのです。裏を返せば、いくらご立派な徳目を学んで知識として持っていても、それが本人の行動と切り離されていては、意味がありません」


 『孔子とドラッカー』(三五館)を著し、両者の思想に「人間尊重」という共通項があると訴えるわたしにとって、非常に共感できる本でした。