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経世瑣言(総集編)』

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No.0203

 

 経世瑣言』安岡正篤(致知出版社)を読みました。

 

 少し前に、ピーター・ドラッカーの著書を10冊まとめて紹介しました。ドラッカーは昨年、生誕100周年でした。つまり、ドラッカーは1909年生まれです。安岡正篤は1898年生まれです。ドラッカーより11年早く生まれた安岡は、ほぼドラッカーと同時代を生きました。いわば、二人は東西の賢人です。「東の安岡正篤、西のドラッカー」と呼ぶべきでしょうか。

 

 わたしは、安岡正篤のほぼ全著作を読んでいるつもりですが、これから代表的な著作を集中的に読み返したいと考えています。それは、『世界一わかりやすい論語の授業』の執筆メモにもなると考えます。およそ明治以降の日本人で、安岡正篤ほど、『論語』を読み込んだ人はいないからです。


 さて本書は、昭和9年から19年というわが国の歴史上最も狂乱怒涛の大激動期に書かれました。この時局に昭和の哲人・安岡正篤はいかなる見識を持ち、指導者の育成に当たったかが本書を読むとよくわかります。

 

 「経世」とは、経世済民の経世で、「瑣言」の「瑣」は壁玉(へきぎょく)の砕かれた片々を意味します。つまり、経世についての片々たる文章という意味ですが、そこには玉片のように、きらりと光る文章という義が込められています。

 

 もともと『経世瑣言』には、正・続・全など各種あります。本書は、総編数61篇のうち47篇が収められている(総集編)です。


 赤穂浪士の数と同じ47の文章はいずれも鋭い洞察と憂国の熱情があふれていますが、中でも「いかなる人物が天下を救うか」という一篇に非常に感銘を受けました。

 

 安岡正篤は、「昭和維新」を夢見る満天下の志士に対して「革命家たらんよりはまず求道者たれ」と呼びかけます。そして、「いかなる人材勢力を以てしても、要するに逆を以て動いては駄目である。あくまでも正々堂々と大義により、名分を忽(ゆるが)せにしてはならぬ。人間を動かすものは利害であるなどと考えている間は天下を論ずるに足らぬ。それは「真の利害」すら分からぬのである。人間を動かす最も厳粛博大なるものはやはり大義名分である」と力説します。

 

 「人の心はお金で買える」とほざいた経営者や、彼を選挙に担ぎ出した政治家たちに読ませたい一文ですね。

 

 なぜ、多くの宰相をはじめとした本物のリーダーたちが安岡正篤を心の師としたのか。わたしは本書を読んで、その理由が初めてわかったように思いました。

 

 まだ読まれていない方は、ぜひ、お読み下さい。