No.0016 国家・政治 『新・ニッポン開国論』 丹羽宇一郎著(日経BP)

2010.03.11

 『新・ニッポン開国論』丹羽宇一郎著(日経BP)を読みました。著者は、わたしが最も尊敬する経営者のお一人です。

 1939年の生まれで、1962年に名古屋大学をご卒業後、伊藤忠商事に入社。ニューヨーク駐在、業務部長などを経て1998年に社長に就任されました。1999年に約4000億円の不良債権を一括処理しながら、翌年の決算では同社史上の過去最高益を計上したことで知られます。なかなか出来ることではありません。史上最高益も素晴らしいですが、それよりも20世紀の最後に巨額の不良債権を一括処理したことに、わたしは経営者の端くれとして心から尊敬の念を抱きます。

 よく、「○○年連続増収増益」などと謳って、見かけ上の数字は良くしているものの、実際はかなりの負の資産を抱えているという企業も存在します。

 いかに膿を出して会社を健康体にするか。 それが名経営者の最大の条件の一つではないでしょうか。

 さて、本書は雑誌「日経ビジネス」に連載された記事を再編集したものですが、日本経済を再生させるための数々の具体的提言が熱く語られています。特に、経営者に対するメッセージが熱い、です。

 「リーダーの品格」と題された序章では、次のように述べられています。

 「心が崩れそうになり弱る瞬間は、時々誰にでも訪れる。しかし、リーダーは人々のため、社会のため、国のために強い”克己”の心を持たねばならない。そうしてこそ、初めて真実を語る勇気が、人々から尊敬されるものとなることを心に刻んでほしい。覆い隠そうとするから、ばれた時に人々から信頼を失う。今やIT(情報技術)が発達し、世界中で情報開示が進んでいる。ある程度の時間が過ぎれば、大概の不祥事は表に出てしまう。」

 著者によれば、過去の日本のリーダーは現実を見つめ真実を語るという美点を持っていました。大変革期に登場した西郷隆盛や坂本龍馬といったリーダーは、真実を語る勇気で、人々を魅了していったのです。

 わたしも『龍馬とカエサル』というリーダーシップについての著者で、リーダーが語るべきは何よりも真実の言葉であると書きました。著者が同じ御意見と知り、大変嬉しくなりました。

 また本書には、著者が関わっておられる国連WFP協会の話題もよく出てきます。

 いま、約64億の人口を養うための食料が世界には十分にあるにもかかわらず、依然として飢えや栄養不良に苦しんでいる8億5400万人以上の人々がいます。 干ばつ、エイズ、マラリア、この三重苦にあえぐアジア・アフリカ地域では、5秒に1人の割合で5歳以下の子どもが亡くなっています。 その原因は圧倒的に栄養不良だそうです。 そして、この子どもたち1人に対して20円あれば、1日生き長らえることができるそうです。

 つまり、わずかコーヒー1杯のお金で、10人以上の子どもたちを1日生き長らえさせることができるのです。この事実を、わたしは著者の講演会で知りました。

 わたしが伊藤忠商事さん主催の異業種交流会で講演させていただいたご縁で、著者の講演会に招待され、お話を聞かせていただいたのです。そこで、「わたしの命を助けてください!」という心の叫びを発している子どもたちが世界にはたくさんいるという現実を知り、大変なショックを受けたのです。

 わたしは、いてもたってもいられなくなって、飢餓と貧困の撲滅を使命とする国連WFP協会に加盟させていただきました。正式名称は「特定非営利活動法人 国際連合世界食糧計画WFP協会」ですが、わが社は評議員メンバーとして認めていただき、現在、世界の子どもたちの命を救うお手伝いをさせていただいています。

 わたしは、著者が資本主義のシンボルのような大手総合商社のトップでありながら、世界の子どもたちの命を救うというプロジェクトに全身全霊をかけておられる姿に深い感動と心からの敬意を抱かざるをえません。

 その姿からは「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉を思い浮かびます。

 これは『論語』に出てくる孔子の教えです。孔子は、「勇」を「正しいことをすること」の意味で使っています。 経営者も金儲けのことばかり考えず、正しいことをしなければなりません。すなわち、勇を実践しなければならないのです。

 著者の生き方からは『論語』の内容さえ連想されるわけですが、伊藤忠商事の高嶋九州支社長からプレゼントされた丹羽会長の講演録『汗だせ、知恵出せ、もっと働け!』(文藝春秋)には、実際に「信なくして国立たず」などの孔子の言葉が引用されています。

 さらには、ドラッカーについても触れられています。ドラッカー逝去の際、著者はその追悼記をいくつかの雑誌に書かれたそうです。このように孔子とドラッカーにも一目置かれる著者の講演録は、とにかく面白くて、昼休みに一気に読んだことを憶えています。読み終えた本には無数のポストイットが貼られました。

 後日、著者に初めてお会いしたとき、この付箋だらけの本をお見せしたら、目を開いて驚かれていました。 帯には「丹羽節、炸裂!」とのコピーがありますが、まさにその通りでした。

 また、著者の読書量の多さにも感服しました。孔子とドラッカーだけでなく、古今東西の名著の名前がバンバン出てきます。 なんでも丹羽会長は名古屋の書店の子息として生まれ、大の本好きなのだそうです。豊かな読書経験が、数々の的確な経営判断を生んだのかもしれませんね。

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