No.2218 幸福・ハートフル | 社会・コミュニティ | 経済・経営 『ウェルビーイング』 前野隆司・前野マドカ著(日経文庫)

2023.03.06

『ウェルビーイング』前野隆司・前野マドカ著(日経文庫)を読みました。共著者の2人は夫婦で、前野隆司氏は慶應義塾大学SDM研究科教授でウェルビーイングリサーチセンター長、一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事、ウェルビーイング学会会長です。前野マドカ氏はEVOL株式会社代表取締役CEO。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科附属システムデザイン・マネジメント研究所研究員。国際ポジティブ心理学協会会員です。

本書の帯

 本書の帯には「ビジネス、組織や社会、そして人生を根底から変える。」「幸せ・健康・福祉の追求は、社会や企業の最重要テーマ。その本質を第一人者が多くの具体例を交え解説する」と書かれています。

本書の帯の裏

 カバー前そでには、「POINT」として、以下のように書かれています。
■本書は話題のウェルビーイング(幸せ、健康、福祉)とは何か、基本的知識をわかりやすく解説します。
■研究書として、またビジネスの推進者として活躍する第一人者の2人が対話しながら書き上げました。
■ウェルビーイングの広がりで、社会やビジネス、人間の生き方がどう変わるのか、その影響の大きさと、研究の最前線、実現策が理解できます。
■私たちの人生、働き方、組織運営のあり方、そして社会を劇的に変えるウェルビーイングに関する知識は、これからを生きるすべての人にとって必要です。

 アマゾンの【内容紹介】には、こう書かれています。
「新型コロナウィルスの大流行によって、人々はこれまで積み上げてきた価値観や消費行動、思考に抜本的な見直しを迫れています。既存の枠組みによる経済成長だけでは推し量ることができないウエルビーイング(well―being)な社会の実現が、日本にとどまらず国際社会全体の喫緊の課題になっています。ウェルビーイングとは、ひとが身体的・精神的・社会的に”良好な状態”であることを指す概念。それは昇進や結婚などのイベントによって一時的に得られる幸せや、あるいは日本国憲法でいう『健康で文化的な最低限度の生活』ができていることを指すのではありません。人生の満足度だけでなく、幸せを生み出している複合的な要素を組み合わせ、一時の感情に左右されない『持続的幸福度(Flourish)』を指標にしていこうと考え出されたものなのです。そのなかで日本は、客観的なウエルビーイングの指標の1つであるGDPは右肩上がりに上昇し、世界第3位を堅持していますが、国連の発表する世界幸福度ランキングでは156国中62位と、世界各国と比較しても客観的地位と主観的地位の差が目立ちます。オランダの資産運用会社ロベコのハッセルCEOは、投資の3要素を『リスク、リターン、そしてウェルビーイング(社会的な幸福)だ』と指摘しています。新しい資本主義では、ウエルビーイングの達成も目的となっているのです。本書は、このように取り組みが必要とされているにもかかわらずイメージがつかみにくいウェルビーイングについて、働く人、部下を持つ人、経営者に向けて平易に解説するもの。ウエルビーイング研究の第一人者とコンサルティングのプロによる共著です」

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1章 ウェルビーイングとは何か

1 なぜいまウェルビーイングなのか

2 現代社会が求めるウェルビーイング

第2章 社会とウェルビーイング

1 仕事の現場とウェルビーイング

2 政治とウェルビーイング

第3章 ウェルビーイングの研究

1 多彩な研究者

2 幸福度を高める方法の研究
第4章 経営とウェルビーイング
1 ウェルビーイングを推進する企業人

2 企業経営の事例とウェルビーイング

3 成長する組織――調和と共生の社会モデル

第5章 地域・家庭とウェルビーイング

1 自治体の取り組み

2 夫婦の幸福度を上げる方法

第6章 幸福度の計測・向上事例

1 ウェルビーイングの測定

2 ウェルビーイングを向上させる活動の事例

おわりに――ウェルビーイングの未来

「はじめに」の冒頭を、著者はこう書きだしています。
「私たち夫婦が大学でウェルビーイング(幸せ、健康、福祉)の研究を本格的に始めてから10年以上になります。始めた当初は、まだSDGs(持続可能な開発目標)も始まる前でした。当時は、あやしい研究を始めたと訝しがられたものでした。あれから10数年。2022年1月の日本経済新聞の記事に「2022年をウェルビーイング元年に!」という文字が躍る時代になりました。隔世の感があります」

 世界の歴史を俯瞰すると、人類はある面で同じことを繰り返してきたといえるのではないかとして、著者は「ある時代が続くと、制度が疲労し、既得権益が広がり、格差が拡大し、不満が広がります。社会の歪みが蓄積するのです。そんなとき、革命が起きたり、戦争が起きたり、恐慌が起きたりします。そして、蓄積された歪みが解放され、オールクリアされます。面白い数字があります。明治維新(1868年)から77年後が、第二次世界大戦の終戦(1945年)です。そして、終戦から77年後は、2022年なのです」と述べています。

 江戸時代末期は黒船をきっかけに幕府派と討幕派が争う時代でした。そんな歪みが一掃されたのが、明治維新でした。また、世界のパワーバランスの変化による歪みが爆発したのが第二次世界大戦でした。つまり、社会は77年くらい経つと、さまざまな歪みが蓄積して混乱するということなのではないかと推測し、著者は「社会秩序が老朽化し、格差が拡大するからです。また、77年は人間の寿命に近い数値です。77年前のことを知っている人が少なくなると、過去の過ちに学びにくくなることも、次の革命や争いが勃発することに影響するのではないでしょうか」と述べます。

 そして、著者は「私たちは、明治維新に匹敵する激動の時代のキーワードはウェルビーイングだと思っています。いや、明治維新以上の、人類20万年の歴史の転換点というべきだとも思っています。では、私たちは時代の転換点をどのように生きるべきなのでしょうか。その問いへの答えを、研究、経営、地域、家庭、計測などの分野に分けて、『ウェルビーイング』の現状という形で、私たちの視点から解説しました」と述べるのでした。

 第1章「ウェルビーイングとは何か」の1「なぜいまウェルビーイングなのか」の「ウェルビーイングの定義」では、ウェルビーイングが初めて言葉として登場したのは、1946年に設立された世界保健機関(WHO)の憲章だと紹介されます。設立者の1人である施思明(スーミンスー)氏の提案によるものでした。では、ウェルビーイングとは何か。訳語としては「健康」「幸福」「福祉」「よいあり方」などが当てられてきました。WHOの憲章における「(広い意味での)健康の定義」のなかで使われている単語です。すなわち「健康とは、単に疾病や病弱な状態ではないということではなく、身体的、精神的、そして社会的に完全に良好ですべてが満たされた状態である」と定義づけられた中の、「満たされた状態」がwell-beingという英単語です。

 本書には、「身体的、精神的、社会的に良好な状態を、広い意味で健康といいます。つまり、狭い意味での心身の健康だけでなく、心の豊かな状態である幸福と、社会の良好な状態をつくる福祉を合わせた、心と体と社会のよい状態がウェルビーイングです。したがって、『楽しい』『うれしい』など幸せの感情の一部を表す英語のハピネスとはニュアンスが違います。そうした感情のほかに、例えばやる気、思いやり、チャレンジ精神、あるいは理念や夢に賛同する心など、やりがいやつながり、利他性などにも関係する状態をウェルビーイング、よい心の状態というのです」と書かれています。

 ウェルビーイングという言葉が、日本の学問分野ではどのように使われているかといえば、例えば医療系の学会では「健康」と訳されていますし、心理学者は「幸せ」と訳します。また、福祉関係の学会では「福祉」と訳されています。SDGsの目標3「Good Health and Well-Being」は「すべての人に健康と福祉を」と訳されています。「ハピネスとの違い」では、日本語の「幸せ」は、もともと「仕合わせ」と書いたことを指摘し、著者は「これは『し』と『合わせる』を足した言葉です。『し』は『する』の連用形です。何かをして何かとめぐり合わせることが語源だったのです。もともとは、よい仕合わせばかりでなく悪い仕合わせもあるという使われ方をされていたようです。英語のハッピーとはルーツが違うのです。ウェルビーイングの研究分野について、私たちは「幸福学」という言葉を使っています。英語ではwell-being and happiness studyと呼ばれます」と述べています。

 2「現代社会が求めるウェルビーイング」の「ウェルビーイングとSDGs」では、2030年までの世界の行動指針であるSDGsの目標、その3番目に「Good Health and Well-Being」(すべての人に健康と福祉を)があることが紹介されます。ただし、ここではウェルビーイングは福祉と訳されています。の扱いからすると、ウェルビーイングはSDGsの一部と見ることもできますが、SDGsで取り上げられたウェルビーイングは、「健康」と「福祉」の意味合いが強いと言えます。一方、本書で扱うウェルビーイングは「健康、幸せ、福祉」を包含した概念ですから、SDGsの上位概念だと考えることもできると述べています。

 ウェルビーイングがSDGsの上位概念である理由について、著者は「なぜなら、貧困も飢餓もなく、健康で豊かな教育が授けられ、快適な環境での生活が維持されるなど、人類に限らず地球上のすべての生物がよりよく生きるためにSDGsの各目標があると考えるならば、17あるSDGs目標全体を包括するものが人類や生物のウェルビーイングであると捉えられるからです。いま、SDGsが注目を集めています。貧困、飢餓、教育、差別、食料、衛生、エネルギーや環境問題などに、世界規模で取り組もうというものです」と述べます。また、自分の豊かさだけを追い求めるという従来の価値観が通用しなくなり、地球規模でよりよい社会をつくるという規範を設けなければならない時代が来ている1つの証左が、SDGs活動であると指摘し、著者は「人々がより幸せに生きるためのよりよい社会をつくる。これこそ、広い意味でのウェルビーイングであり、17の目標を包含する上位概念といってよいのではないでしょうか」と述べるのでした。

心ゆたかな社会』(現代書林)

 他方で、ソサエティ5・0という考え方もあります。狩猟採集社会がソサエティ1・0、農耕社会が2・0、産業革命による工業化社会が3・0、そして情報化が4・0。次に来る5・0は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムを用いて、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を目指すものです。著者は、「本来、どのフェーズも人間が中心にいなければならないはずですが、工業化によって労働させられる立場になったり情報化に翻弄されたりと、徐々に人間の主体性が失われたという反省のもとに、ソサエティ5・0は、まさに人間が主役となる社会にすべきではないかと、日本が目指すべき未来社会の姿として第5期科学技術基本計画でも提唱されています。この動きもウェルビーイング社会の到来と捉えることができます」と述べています。なお、ソサエティ5・0については拙著『心ゆたかな社会』(現代書林)(現代書林)で詳しく説明しました。

「経済成長から心の成長へ」では、日本は世界に先駆けて人口減少が起こっていますが、見方を変えれば、人類史20万年における3回目の定常化への曲がり角を最初に曲がろうとしている国であるともいえると指摘し、著者は「この30年ほどはすでに成長が止まっていますから、日本は定常化の曲がり角にトップランナーとしてすでに飛び込んでいるというべきかもしれません。しかし、この曲がり角は日本にだけ用意されたものではありません。少子化、食糧危機の波は、数十年後、百数十年後には人口増加中のアフリカも含めて世界すべてを飲み込みます。世界人口は数十年から百数十年後には減少に転じると考えられています」と述べています。

 日本の人口減少は「人類史の必然」であると、著者は言います。興味深いことに、日本は、かつての世界の大きな潮流にいつも遅れて飛び込んできました。例えば世界の農耕開始は約1万年前ですが、日本に農耕民が登場したのは約3000年前ですから、7000年遅れです。産業化も英国から遅れること約150年です。著者は、「このように、増加期に常に遅れて参入した日本が、今度は先に定常化に向かっているわけです。産業化で後れを取っていた間、日本は世界に誇る浮世絵やわびさびの茶道などを確立する文化的な時代を過ごしていました。その意味では、定常時代の長い国と見ることもできます。そんな日本が、世界に先駆けて3度目の定常化を迎えているのです。人口増加時代と定常時代は、経済成長時代と心の成長時代といえます」

「限界を迎えつつある資本主義」では、ウェルビーイングは、個人を対象にするだけでなく、個人と社会と地球のよりよい状態を総合的に考えるものなのであり、SDGsも包含するような概念だといえると指摘し、著者は「心の幸せを求める世界でのトレンドの1つは、人の感性や創造性に訴えかけ、他者とのつながりを大切にする、という流れです。つまり、経済成長から心の成長へ。では、心の成長とは何でしょうか。過去から学べば、音楽や美術、武道、仏道、茶道、華道といった文化、芸術に寄り添ったものになるのではないでしょうか。伝統芸能や伝統工芸もここに含まれます。また、ここにAIやテクノロジーも介在すべきでしょうし、クールジャパンのような現代的な文化・芸術も一翼を担うでしょう。もちろん、それらを、金銭的欲求を満たすためだけに展開するのではなく、それ以上に環境への配慮を含めた社会性や公共性、人々の生活の文化的な質を高める方向、すなわちウェルビーイングが高まるほうに価値がシフトしていくのではないかと思います」と述べます。

「新時代の行く手を示す人たち」では、閉塞状態にある資本主義に対して、大阪市立大学大学院准教授で経済思想史が専門の斎藤幸平氏などのように、この先は共産主義の進化型を目指すべきと批判的に捉える意見がある一方、広井良典京都大学教授のように資本主義の範囲内でウェルビーイングを主体に考えていくべきと唱える意見もあるなど、さまざまな考え方が出てきていると紹介し、著者は「広井氏はその主張のなかで『地球倫理』という言葉を使い、地球のことを真剣に考えるような時代になれば今後も資本主義の枠内で進展していけるとしています。世界に目を転じても、統計学や経済史的視点から経済的不平等を研究するフランスのトマ・ピケティ氏や、『サピエンス全史』で石器時代から現代までの人類の進化を綴ったイスラエルのユヴァル・ノア・ハラリ氏など、大きく人類全体を俯瞰しようとする流れが出てきているのは、いま真に人類の転換期にさしかかっているからだと思います」と述べます。

 政治、経済、哲学、教育、実業界など、各界で大きな議論が巻き起こっています。著者は、「公共政策の鈴木寛東大・慶大教授は時代の大きな転換を『卒近代』と呼び、実業家の原丈人氏は公益資本主義と呼びます。いずれも周りの世界と地球への配慮を重視する資本主義に転換すべきとの主張です。海外でも、ダボス会議のクラウス・シュワブ会長はグレート・リセット、すなわち産業革命以来の成長主義をリセットすべきと発言しています。社会活動家のジョアンナ・メ―シー氏はグレート・ターニングと呼んで、農耕革命、産業革命以来の3つ目のターニングポイントであるという視点を披瀝しています」と紹介します。

 続けて、著者は「シューマッハ・カレッジの校長サティシュ・クマール氏は、スモール・イズ・ビューティフルというE・F・シューマッハ氏の言葉を用いて、大地とともに生きるべき時代の到来を強調しています。電子マネー『eumo(ユーモ)』をつくった新井和宏氏は、共感資本社会への転換を目指すべきだと述べています。千葉大学大学院教授の小林正弥氏やハーバード大マイケル・サンデル教授は、共同体主義への転換の必要性を強調します。京都大学教授の内田由紀子氏は集団的幸福という概念を打ち出し、慶応義塾大学医学部の宮田裕章教授も、同様の概念でco-beingと協調的・調和的な生き方が大切であることを謳っています」と紹介します。

 第3章「ウェルビーイングの研究」の1「多彩な研究者」の「幸せと健康・長寿」では、先進国に住む多くの人を対象にした幸せと寿命の調査の結果、幸せを感じている人は、そうでない人に比べて7年から10年寿命が長いということがわかっていることが紹介されます。また、修道院の修道女180人に対する調査では、修道院に入所したときに幸せと感じていた修道女の寿命は、あまり幸せとは感じていなかった修道女に比べて、やはり7年長いという結果が出ているそうです。著者は、「要するに、幸せを感じていれば健康長寿であるということです」と述べます。

 年齢が上がるにつれて不幸感が増すという内閣府の調査結果もあります。ただし、著者たちの調査ではUカーブを描いていたので、政府の調査は何か特殊な事情があったのではないかと思われるといいます。また、時代の影響を受けるのではないかとの意見もあるかもしれませんが、世界中のいろいろな時期の調査でも一律にUカーブになることが知られていますので、普遍的な特徴と考えられそうだと推測し、著者は「つまり、人間は、生を受けてから年を重ねるごとに次第に不幸感が増していき、50歳頃に底を打ち、それを超えるとまた幸福感が増していく、という傾向があるようです。40代、50代は、会社で中間管理職になったり、家族や生活を背負ったりして、大変な時期ということかもしれません」と述べています。

 幸せと健康は相関が高く、幸せと「健康だと思うこと」の相関はさらに高いことが知られています。また、ポジティブ感情、すなわち幸せだという感情は、中枢神経系や自律神経系、免疫系に影響することが知られています。幸せと感じれば免疫力は高まるといいます。著者は、「例えば、口角を上げて笑顔をつくるだけで免疫力が高まり、幸福度が増すという研究結果もあります。免疫力が高まれば病気になりにくいため、結果として長寿になると考えられます。幸せな人は、うつ病、大腸がんなど、多くの病気にかかりにくいことも知られています。さらには、幸せな人ほど自殺願望は低いということも確認されています。幸せは、健康の最大の友なのです」と述べるのでした。

 2「幸福度を高める方法の研究」の「ゴーリンによる幸福度向上法の関係性マップ」では、米国イェシーバー大学のユージニア・ゴーリン教授の研究を取り上げ、「過去の楽しかった思い出、うれしかった思い出は、思い返すと幸せになりますが、嫌なこと、辛いことなど、後ろ向きなことも、それを体験したことによって自分は成長したと考えればポジティブになれます。過去と現在を後ろ向きに捉えれば不安や心配、猜疑などが増す不幸な状態に陥ります。しかし、嫌なこと、辛いこと、悲しいことがあったときには、同時に誰かに助けられたり新たな知見を得たりするなど、必ずその隣や裏にはよいこともあるので、過去と現在を前向きに捉えることで幸せになれるのです。未来もそうです。未来は大変だ、辛い、と考えると不安にさいなまれるだけですが、楽観的になんとかなると捉えれば幸福度は高まるということです」と紹介しています。

「ゴーリンの高解像度モデル」では、日本では、あまりユーモアを一流の条件とは考えませんが、欧米ではユーモアがリーダーとなるべき人の条件、教養人の条件のように捉えられていることが紹介されます。著者は、「日本人も、もう少しユーモアのセンスを磨くと幸福度が高まると思います」と述べます。わたしも、そう思います。また、著者は「教会へ行って心を落ち着かせる、あるいは寺で座禅をするなど、心が洗われる状態に身を置くことは幸福度を向上することが知られています。寺に座って枯山水を見ていると心が落ち着いたりします。神と人間の関係は、親と子の関係のアナロジーとも考えられます。子どもは親がいると安心するように、私たちも何か神聖なものに包まれていると感じると、マインドフルな状態、すなわち安心で幸せな気持ちになるということだと思います。これは何も宗教に限りません。美術館で絵画を見る、コンサートで良質な音楽を聴く、キャンプで焚火をするなど、日常から離れて特別な瞬間を持つことも含まれるというべきでしょう」とも述べています。

 第4章「経営とウェルビーイング」の1「ウェルビーイングを推進する企業人」の「ウェルビーイング・ビジネスの可能性」では、ウェルビーイング産業、幸せ産業というビジネスは、いま流行りの健康産業よりも大きな裾野を持っているのではないかとして、著者は「食品、筋トレなどのエクササイズ、スポーツ、キャンプなど、健康産業もさまざまです。もちろん医療もあります。非医療の整体や、鍼、灸、マッサージなども含めて、健康産業は多岐にわたります。これと同様に、幸せ産業も、例えばドクターユーモアやドクター感謝、ドクターポジティブ、さらにはやりがいや生きがいの醸成、つながりのサポートなど、さまざまな視点から幸福度を高める介入を産業化することが可能だと思います」と述べています。

「ウェルビーイング経営の先駆者たち」では、企業におけるウェルビーイングを考えるとき、「近江商人の三方よし」という経営の視点がもともと日本にあったことが紹介されます。自分よし、お客様よし、社会よしという総合的な視点です。もともと日本が持っていたウェルビーイング経営の思想だといえるでしょう。また、渋沢栄一も先駆者の1人として紹介し、「論語と算盤や倫理観と経済合理性の両立。渋沢氏は会社のあるべき姿として「合本主義」を提唱しました。出資者が会社を支配するのではなく、多くの者が出資者として企業の設立に参加して、事業から生じる利益を分け合うという考え方です。企業が私益のみを追求するのではなく、社会の発展を実現するために必要な人材と資本を合わせて、事業を推進すべきだという、まさにウェルビーイング経営です」と述べます。

「従業員ウェルビーイングとエンゲージメント」では、「企業には人事部門があります。かつて人事では、従業員満足度の調査が盛んでした。従業員が働くうえで仕事や環境に満足しているかを調べるものです。その後、モチベーション調査なども取り入れられ、最近では、前にも述べた従業員エンゲージメント、ワーク・エンゲージメントなどのサーベイが盛んになっています。次に来るのは、従業員ウェルビーイングではないかと私は思っています」と書かれています。かつては、顧客満足度CS(Customer Satisfaction)に対するものとして従業員満足度を計るES(Employee Satisfaction)の調査がよく行われましたが、最近ではそれがエンゲージメント調査に移っているといいます。著者は、「従業員をただ満足させるだけではなく、従業員が主体的に仕事に対する高い熱中度や職場とのよい関係性を持つことが重視される世の中の流れに対応しているものと思われます」と述べます。

 では、エンゲージメントとウェルビーイングはどう違うのでしょうか。エンゲージメントはあくまで「従業員にはこの会社を気に入って働いてほしい」というような企業目線からの考え方であるのに対し、ウェルビーイングは「そもそも人間は幸せに生きるべきである」という人類目線だといいます。著者は、「人類がいかに生きるべきかを問われるポストパンデミック時代に、働き方についての考え方もウェルビーイングに向かっていくものと思います」と述べます。また、「従業員の幸福と働き方改革」では、ウェルビーイングが産業界で取り上げられはじめたのには、国が健康経営と働き方改革を推進している事情も関係していると指摘し、「健康経営というと、身体的健康にばかりばかり目が行きがちかもしれませんが、生き生きと働くといった、より広い意味も含んでいます」と述べています。「幸福度とパフォーマンスの関係」では、幸福度の高い社員は、そうでない社員よりも欠勤率が41%低く、離職率が59%低く、業務上の事故が70%少ないという研究結果もあることが紹介されます。つまり、幸せな人は創造性も生産性も高く、ミスも少なく休んだり辞めたりもしないということです。働く者にとって幸福度がいかに大事であるかが理解できます。

 2「企業経営の事例とウェルビーイング」の「ウェルビーイング優良企業に見る押しつけない経営」では、著者は以下のように述べています。
「京セラの稲盛和夫氏は、創業当時から全社員の物心両面の幸福を追求する、つまり社員が幸せであることが大事だとされています。最近では、清水建設の井上和幸社長も社員の幸せが大事だといっています。また、トヨタ自動車の豊田章男社長も、豊田の使命は「幸せを量産」することだ、という考えを打ち出しています。つまり、お客様に車を提供するのではなく幸せを提供するのだという大胆な発想の転換が見られます。同様に積水ハウスの仲井嘉浩社長も、家をつくるのではなく「我が家を世界一幸せな場所にする」と発言していて、いよいよ企業トップが「幸せ・幸福」という言葉を使う時代に変わってきたと感じます。それでは、社員とお客様、どちらの幸せが大事なのかといえば、近江商人の伝ではないですが、わが社にもお客様にもよければ、それが結局は社会を幸せにすることにつながる、ということをみなさんは示しているのだと思います」

「離職率を激減させ売上を好転させたサイボウズ」では、GAFAが利益を上げることを第一目的としてビジネスモデルを構築しているのに対して、サイボウズは働く人がより楽しく幸せに働くために役立つことを常に第一に考えている会社であることが紹介されます。クラウドサービスの内容も、利益を上げるための発想ではなく、人々を幸せにするために何をすべきかを発想の基本としています。この結果、サイボウズの商品を、グーグルは真の意味で真似することはできないと気づいたら、サイボウズにとってグーグルは怖い存在ではなくなったそうです。著者は、「儲かるビジネスモデルを求めて、ウェルビーイングという流行りものを利用しようとしても、本来の長期的利益には結びつかないと思います。いったん利益を忘れてウェルビーイングを中心にすべてを考える。その結果、これまで述べてきた会社は安定的に利益を上げています。これらの例に学べば、真にウェルビーイング第一の会社をつくることができるでしょう」と述べています。

 第5章「地域・家庭とウェルビーイング」の2「夫婦の幸福度を上げる方法」の「結婚と子どもと幸福度」では、ウェルビーイング研究によると、未婚よりも配偶者のいるほうが幸せな傾向があることが明らかにされていることが紹介されます。もちろん、この結果は統計結果ですので、未婚の方はすべて不幸というわけではありません。パートナーや友人、家族といった人とのつながりを豊かにすることが、ウェルビーイングのために大切だということを示唆しているものといえます。また、結婚後3年ほど経つと、「好きだ」という感情をもたらす脳内物質のエンドルフィンの分泌が低下する結果、幸福度は結婚前の水準に戻るという研究結果もあることが紹介されます。

 さらには、子どもができて巣立つまでは幸福度が低いという研究結果もあるそうです。意外なことに、子どもができる前と子どもが巣立ったあとに比べて、子育て期間は幸福度が低いというのです。小さくてかわいい子どものいる家族は傍から見ると幸せの象徴のように見えますが、統計的な平均値で見ると実は幸福度が低いと指摘し、著者は「この結果からの教訓は、子育て中には幸福度を高めることに気を配った生活をするよう心がけるべきだということです。さらに注意すべきことに、零歳児のいる夫婦の離婚が一番多いという統計データがあります。零歳児がいる夫婦は、周りの人たちとも力を合わせて子育てすべき時期なのに、幸福度が低く離婚が多いというのは深刻な社会課題だというべきでしょう」と述べます。

「幸せを維持する夫婦円満の秘訣」では、『愛する二人別れる二人――結婚生活を成功させる七つの原則』の著者であるジョン・ゴットマン氏は、夫婦が離婚に向かう危険性がある、最もしてはいけない行動を4つ挙げていることが紹介されます。1つ目は、相手の人格に対する攻撃。2つ目が、優位な立場から相手を見下すこと。3つ目に、自己防衛的な態度。そして4つ目が、感情的になって相手を拒否する、あるいは対話を拒絶すること、です。いずれも、夫婦以外のあらゆる対人関係にも当てはまることですね。他にも、「結婚生活のなかでは、喧嘩や言い争いが起きて、互いに感情が昂ぶってきたら20分の冷却時間を置くべき」や「互いの気持ちが離れないよう、関係を維持させるための努力を惜しんではならない」「互いにウィンウィンの関係をつくり上げることこそ、信頼という言葉の意味」など、米国人らしい提言を行っています。

「おわりに――ウェルビーイングの未来」の「時代」では、著者は「新型コロナは時代変化を加速しました。経済成長第一の時代から、ウェルビーイング第一の時代へのパラダイムシフトを。現代はVUCA(「変動性(Volatility)」「不確実性(Uncertainty)」「複雑性(Complexity)」「曖昧性(Ambiguity)」)の時代といわれます。つまり、もともと先の見えない変動期だといわれていました。新型コロナによって、さらに先が読めなくなりました。今後、大きな時代変化が進むでしょう」と述べています。「産業面」では、著者はすべての産業がウェルビーイング産業になるべきだと言います。なぜなら、日本国憲法の幸福追求権を参照するまでもなく、すべての人は生まれてきたからには幸せに生きるべきだと思うからだとか。著者は、「そもそもすべての産業は本来すべての人のウェルビーイングのための産業であるべきなのです。ですから、今後は全産業がウェルビーイングを陽に考慮した真のウェルビーイング産業に移行していくべきだと思うのです」と述べます。

「進展と隆盛」では、「21世紀は心の時代」ともいわれることを取り上げ、まさにウェルビーイングの時代であり、心の病の多くも次々に科学的に解明され、治療法が精緻化していくことであろうと推測し、著者は「健康で健全と思われていた人々の心の状態も、精緻に分析され、「あなたはもっとこうしたほうがいいよ」という助言がこれまでにないほど複合的に行われるようになると思われます。もちろん、それは「やってみよう」と思う主体性や自己決定の推進、「ありがとう」と思う豊かな人間関係の構築、「なんとかなる」と人々がチャレンジするマインドの醸成、「ありのままに」個性を高めていく自分らしさの開花といった、人間らしさの向上や心の成熟を目指すものになるのです」と述べます。

ウェルビーイングな世界は有縁社会!

 そして、「人間は何をすべきか――来た時よりも美しく」では、「茶道や書道、武道の達人は、鋭く感性を研ぎ澄ませています。ウェルビーイングな世界とは、地球人類がみな茶道や書道、武道――もちろん漫画道やオタク道、研究道、仕事道、そしてあらゆる○○道も含みます――の達人になるような世界だと思います。皆がみなの個性を尊重し、そのポテンシャルを信じ、活かし、人間性の高みを目指して感性を研ぎ澄ます世界です」と述べるのでした。本書を読んで、わたしは、わが社が40年前から取り組んでいるウェルビーイング・ビジネスの方向性が間違っていないことを確信しました。本書は、わが国における「ウェルビーイング」についての最良の入門書であると思います。

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