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イエティ 雪男伝説を歩き明かす』

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No.2188


『イエティ 雪男伝説を歩き明かす』ダニエル・C・テイラー著、森夏樹訳(青土社)を読みました。ライフワークとして幾年にもわたりヒマラヤを歩きまわった著者は、インドに生まれ、ネパールや中国に国立公園を作った活動家です。本書では、不思議な足跡の主としてのイエティ、信仰の対象としてのイエティ、環境運動のマスコットとしてのイエティ、すべてが丁寧な調査と経験から明らかになります。環境活動の冒険記にして、「雪男」本の最高傑作! 20220817110736.jpg

本書の帯

 

 カバー表紙にはヒマラヤの写真が使われ、帯には「そうか、やっぱりそうだったのか。イエティ現象についてとても強い説得力を感じさせる作品だ。」という作家/極地旅行家の角幡唯介氏の言葉が紹介され、「誰よりもヒマラヤを知り尽くした筆者が、イエティ伝説の全貌を解き明かした過程がここに!」と書かれています。 20220817110713.jpg

本書の帯の裏

 

 帯の裏には、著者ダニエル・C・テイラー(Daniel C.Taylor)の紹介として、「1945年ウェストバージニア州生まれ。アメリカの学者。社会変革運動の実践者。ハーバード大学で教育と国際的な社会発展の研究により博士号取得。コミュニティー主導の自然保護やグローバル教育(国際教育)で、すぐれた業績を上げる。100年にわたって論争の的になっていたイエティ(雪男)のミステリーに、もっとも信頼のおける、もっとも確実で決定的な推論を出したことで知られる。1985年、ネパールのマカール・バルン国立公園の設立を指導したあと、チベット自治区に、チョモランマ(エベレスト)国際級自然保護区の創設を提案。これにより、ネパールやオランダの国王から勲章を授かり、中国科学アカデミーからは名誉教授に任命される」と書かれています。

 

本書の「目次」は、以下のようになっています。

 序 ミステリーと挑戦

 1 イエティのジャングルに到着

 2 イエティのジャングルにて

 3 クマのミステリー

 4 はじめてのイエティ

 5 イエティ探検隊

 6 川の中に消える足跡

 7 バルン・ジャングルへ

 8 証拠が科学に出会う

 9 証拠が手からこぼれ落ちる

10 知識の源

11 国王と動物園

12 バルンへ戻る

13 クマとバイオレジリエンス

14 イエティを追いつめる

15 発見

「あとがき」

「原注」
「用語集」
「訳者あとがき」

 

 序「ミステリーと挑戦」には、イエティのミステリーについては、ヒマラヤの言い伝えに、人間に非常によく似た動物が、エベレスト山の雪の中で生息しているという話があるとして、著者は「この伝説を、冗談ぬきの真剣な探索へと向かわせたのが足跡だった。物語は足跡を残さない――足跡があるということは、足跡を付けたものがいるということだ。そしてこの論法でいくと、100年以上ものあいだ足跡が発見され続けているのは、異形の動物が単体ではないことを意味している。単体の奇形動物によって足跡が付けられたとしたら、動物が死んだあともなお、特徴のある足跡が引き続き見つけられることなどありえないからだ。さらにその上、同じ特徴を持つ足跡が、さまざまな大きさで発見されたとなると、それは動物が繁殖を続けていて、個体群をなしていることをほのめかしている」と書いています。

 

 また、著者は「足跡はもしかすると、1世紀以上ものあいだ、正体不明のまま追求の手を逃れた野生の人間(ワイルドマン)が残したものかもしれない。あるいはまた、未知の動物の足跡かもしれない。それはジャイアントパンダやゴリラなどの、ヒト上科〔ヒトと大型類人猿をくくる霊長目の分類群〕の動物ではないが、おそらくそれによく似た足跡を持つものだろう。そして第三に唱えられたのが、足跡を付けた存在はまったく未知のもので、それが人間に似た足跡を残すことができるかどうかも、今なお明らかではないという説。そして、もちろん、第四の可能性もある――霊的なものが形をなして姿を現わしたのがイエティだという説。しかし動物ではない超自然的なものの存在などありえないし、科学はそのようなものが存在してはいけないと主張している」と述べています。

 

 そして、著者は以下のように述べるのでした。
「イエティは見せかけの虚構なのだろうか?――イエス、それは説明の必要な、何かの『もの』のなりすましだ。イエティはマスコットなのだろうか?――イエス、われわれの進化の『失われた環』(ミッシング・リンク=進化の過程において、生物の系統の欠けた部分に想定される未発見の化石生物)の象徴だ。それなら、イエティはなお1つのミステリーなのだろうか?――ふたたびイエス。それは自然の畏怖のミステリーだ。というのも、この長旅の中で、地球上でもっとも野生的な土地を歩いていて、私は地球という惑星が、天国へと立ち上って行く場所であることを実感していた。その場所で、自然の力について理解することができたのも、私が『山並みの向こうへ探しに......がまんができずに、手荷物を片手に、子馬を連れて......そして、山をも動かしかねない自信』を抱いて出かけたからだった」

 

 1「イエティのジャングルに到着」では、イエティ伝説のあるヒマラヤの村の人々のイエティを探す方法について、著者は「それぞれが異なる方法を口にしていたが、たがいに共通して持っているのは、村人たちの感じ方に対する尊敬の気持ちだった。それは自らを科学的に無視されたグループと称している者たちが、未確認動物学的方法と名付けたやり方から生じている。それは伝統的な人々が知る動物について、現地の人々の知覚を学ぶ科学といってよいだろう」と述べます。著者たちが出発する前に、国際未確認動物学協会の事務長リチャード・グリーンウェルは、「現地の知識にひそんでいる情報を掘り起こすことです。ときにその知識は、われわれのものと一致しているかもしれない......が、ときには異なっているかもしれない。未確認動物学のおもしろいところは、現地の人々が正しいのかまちがっているのかを、科学が受け入れるような方法で決定しようとしていることだ」と、アドバイスしてくれたそうです。

 

 3「クマのミステリー」では、著者はスピリチュアルな存在について言及し、「ほとんどすべての文化にいえることだが、そこでは、霊的な世界の端で身をひそめている生命体が信仰されてきた。聞き覚えのある名前としては、幽霊、天使、亡霊などがある。このような言葉を使いながら、われわれ人間はいにしえより、感覚を持つ存在として、はっきりと知ることができないものを、魂によって感じてきた。そこではわれわれも、知覚によってその存在に接するのだが、それはとても認識とは呼べないものだった。科学は幽霊などの存在を否定するかもしれない。だが、このような信仰がさまざまな文化を横断していた(ただし、超自然的な幻は足跡を残さない)」と述べます。

 

 ヒマラヤには、雌しか存在しない「ネーデーネ」という超自然な獣がいると伝えられています。このネーデーネは人間の子どもをさらいますが、子どもたちは口がきけなくなるといいます。このようなリアリティーが存在する現実の中では、物質的な存在と超自然的な存在の境目はぼやけて不鮮明だったとして、著者は「人間はこの現実の中では、物質的な現実と超自然的な認識をたがい違いに、あるいは同時に、また、たった1つの状態として持つことが許される。火のそばで話しながらわれわれは思った。おそらくこれは、彼らの仏教徒としての考え方から来るもので、生き物が完全に理解しがたい世界に生きていることを強調しているのだろう。その世界では実体があるように見えるものが、幻想となりうるし、幻想がまた現実の本性を覆い隠すことにもなりかねない」と述べます。

 

 火という文明の証しを取り囲んで座り、今なおジャングルに取り巻かれているワイルドマンについて質問を投げかけたとき、そこで返ってくる答えは、やはり環境によって特徴づけられているとして、著者は「したがってそれは、疲れ果てた登山家たちの、イエティ観察を形成する文脈には、ほとんどかかわりのないものとなる。概してわれわれの分別や気分が、われわれの持つ客観性の幅を決める。同様にして、証拠を科学の世界の中で解釈しようとすると、それは往々にしてイエティを、本来持っていたものとは違う定義へ追いやることになる。孤独な登山家は足跡を見つけると、すぐに『ワイルドマン』だと思う。あるいは、『あっ、前に誰かここへやってきたかな?』などと考える。村人でも、疲れた登山家でも、あるいは科学者でも、それぞれの個人はただ単に、彼らの世界の中で考えるだけではなく、ある特定の時点で考える。村人たちにとって、イエティの説明は簡単だ。それは野生から来る亡霊のしるしだった。そして彼や彼女はそのまま歩き続けていく。地元の生き物に対する彼らの関係には、すでに答えが出ている。けっして動植物の分類法を説明しようとするつもりなどない」と述べるのでした。

 

 4「はじめてのイエティ」では、イエティがはじめて公の場に姿を現わしたのは1889年であることが明かされます。その年、イギリスのエネルギッシュな軍医L・A・ウォーデル大佐が、狩猟に出かけていたヒマラヤの大氷河から戻りました。彼はビッグホーンやクマを探しに行ったのですが、それ以上に素晴らしい戦利品を持ち帰ってきて、世間をあっと言わせました。ヒマラヤからウォーデルが持ってきたのは、足跡の目撃情報でした。著者は、「それは氷河を上り、尾根の彼方に消えていた――ヒト上科動物の足跡のようだった。この足跡によって、イエティははじめて西洋人の意識の中へと歩み入った。19世紀末はまた科学の君臨する時代のはじまりであり、ヴィクトリア女王が統治しはじめた時代でもあった。この時代、紳士風な探検家たちがこぞって地球上の至る所に出かけた。未開の土地が『発見』された。科学と探検は手を携えて移動した。そして新たな地域のあらゆる場所で、ミステリーが明るみにされた」と述べています。

 

 チャールズ・ダーウィンの『種の起源』が、生物に多様な種が生じる原因について論じ、その理解に大きな革命をもたらしました。著者は、「この本が刊行されてからというもの、年ごとに信頼度が増していき、ヴィクトリア朝の人々にとって、この本の知見は決定的なものとなった。そのために、ウォーデルがミステリアスな足跡のレポートをもたらしたときには、すでに『失われた環』を見つけようとする地球規模の探索が進行中だった。だが、これはサルがどのようにして人間に進化したのかという、あまりにも単純化しすぎた時代の見識でもあった。しかし、ミッシング・リンクはもっとも離れた高所の雪の中に隠れているという考えを、時代の人々は適切で妥当な意見だと感じたのである」と述べます。

 

 ヴィクトリア朝に生きた科学の人にふさわしい注意深さと、イギリス陸軍の一将校としての立場を越えないようにという気配りのために、ウォーデルは足跡を範疇分けすることを差し控えました。その代わりに、もう1つ別の事実として彼が持ち出したものがありました。それは「毛が生えたワイルドマンの伝説で、それは神秘的なホワイト・ライオンとともに、万年雪の中で生存していると信じられている。そのうなり声は嵐の中でも聞こえるといわれていた。このような生物に対する信仰はあらゆる場所で見られる......」というものでした。著者は、「ほとんど無名の人物が植民地を探検して残した言葉で、イエティはさらに一歩前へと進むことになる」と述べています。

 

 オランダの古人類学者ラルフ・フォン・ケーニヒスワルトは、1934年から「龍の歯」として売られていた人間の下顎の大臼歯を中国の海岸などで立て続けに発見しました。この大臼歯をもとに、フォン・ケーニヒスワルトは、その頭蓋骨を描き出し、歯から類椎したギガントピテクス(前ヒト上科の巨大類人猿)という説を提案しました。11から13フィート(約3.4から4メートル)の背丈を持つ巨人です。著者は、「この巨大類人猿は風変わりな雑食性動物で、サーベル状の犬歯を持つトラや、毛に覆われたマンモスなどのエコシステムの中で、自分の地位を保っていた。ケーニヒスワルトの歯は、バーナード・フーベルマンの仮説のベースとなっている」と説明します。

 

 5「イエティ探検隊」では、著者はこう述べています。
「生命のミステリーが活気づいているものを、推し測るパラメーターの1つは、もちろん野生――われわれが飼いならすことのできない世界――である。私は15年のあいだ、野生の中の人間を探し求めてきた。そしてその歳月はまた、私がバルンで足跡、巣、それに2頭のクマを見つける前の15年ということになる。しかし、イエティは、それがたとえワイルドマンでなかったとしても、それを越えたものであることはすでに明らかだ。イエティはまた『呼び声』でもある。かつてわれわれの種が、そこから出てきた場所から呼びかける野生の声だ。その野生とのつながりを探し求める人々の心に、はたしたどれほどの野生があるのだろうか? イエティを西洋人が作り上げたものだとするヒラリーの主張に対しては、この問いかけこそが、より前向きな答えとなるにちがいない。われわれを探索に駆り立てているものは、われわれを超越したあの大いなるものを理解しようとする探求の心だ」

 

 6「川の中に消える足跡」では、われわれ人類は現在、気候の変動、種の多様性の減少という、自らが招いた瀑布の中をどたどたと歩いているとして、著者は「われわれの旅がもたらすものは、かつて野生だったものの終焉だ。われわれは最高峰の頂上を極め、あらゆる土地を探検し、数多くの危険を手なずけてきた。したがって「最初」と名付けうるものは、もはやほとんど残されていない――わずかに残っているのは、不透明な未来へと突き進むことくらいだ。人々が乗っているのは変化を余儀なくされた地球だ。だが変化したのは地球ではなく、むしろそれは、地球に対するわれわれの理解の仕方だった。「人新世」(アントロポセン)〔人間が地球の生態や気候に大きな影響を与えるようになった産業革命以降の時代〕という言葉は、今ではこの人間が作り出した新時代を記述するために使われている。われわれが形成してきたものは、より温暖な気候や種の喪失などをはるかに越えた、より古い自然の流れの再調整である。その結果の1つが、今や自然は、われわれを強力に支配するものではないという傲慢さであり、その力でわれわれをおびえさせるものではない、という思い上がりだった」と述べています。

 

 7「バルン・ジャングルへ」では、ヒト上科の動物と見なすことに何とかつなげたい、とする衝動がどこからくるのかと考えてみると、それは「ミッシング・リンク」への渇望だったと指摘し、著者は「われわれの中で生きている野生への願望なのだ。私の目の前で燃えている丸太にたとえることができるかもしれない。ひとたび火がつけば、それは見る者を謎めいた炎で引きつけて、われわれの想像力を燃え立たせる。かつて生きていたもの(森の木々)によって口火が切られる。ヒト上科動物のような足跡は、われわれの進化への道を伝え、深い渓谷でひそかに生きていた生き物が、もしかしたら今もなお生きながらえているかもしれない、という希望を投げかけた」と述べています。

 

 足跡は現に地上に影のようにして存在します。しかし、それが動きだすのは、期待を寄せる人々の願望のなせるわざだったと指摘し、著者は「ヒト上科の動物が隠れて生きることができるためには、人間の知恵に近いものを持っていなくてはならない。それに高地の湿潤で寒冷な気候に耐えるためには、十分な毛皮に覆われていなければならないだろう。そこには毛の生えていない人間はとても行くことすらできない。体つきや食べ物から判断すると、その動物はゴリラかパンダかもしれないが、隠れる能力を可能にするためにも、かなりの知力を持っていなければならない」と述べます。

 

 もしイエティが実際にヒト上科の動物だとしたら、そして、違うとされた足跡を持つ既知の動物でなかったとしたら、どうなるのでしょうか。著者は、「そのときに、よりふさわしい説明となるのは、新たなヒト上科動物を考える代わりに、野生の中で生きている、半ば平静を取り乱した人間だと考えることだろう。おそらくそれは服を着ている。したがって、ことさら雪の中に足跡を探さなくても、目撃されたときには、それはふつうの人間に見えたにちがいない。イエティは半ば気が狂って、村から放逐されたか、あるいは単に自分から村を出て、ジャングルに住みついたのけ者かもしれない。おそらくそれは今もなお、家族の者たちから支援を受けているのだろう。皮膚が硬くなった大きな足を持つのけ者は、高地の雪の中にアイデンティティーを問いかけるような、印象的な足跡を残すことになるのだろう」と述べるのでした。

 

 8「証拠が科学に出会う」では、博物館のはじまりはミューズ神を奉る神殿だったとして、著者は「そこは人々に霊感やひらめきを与える場所となり、そこには人生で経験した不思議なものが集められた。エンニガルディ・ナンナの博物館(現在のイラクにあった)が、一般の人々に展示をするために人工物を集めた世界で最初の博物館だった。エンニガルディ・ナンナは、新バビロニア王国の最後の王ナボニドゥスの娘である。おそらく彼女は、文化的な遺産が消滅しかけていることを知っていた。そのために自らの手で、バビロニアの奇跡を物語るものなら破片に至るまで、掘り起こしてかき集めた。そして、祖先のネブカドネザル2世にはじまる物語を記録しようと努めた。未来が過去へと立ち戻ることができるように彼女はコレクションを3つの言語を使って記録した」と述べています。

 

 しかし、過去の人工物をとどめ置く場所を作るより前に、人々は生きているものを集めました。動物園は博物館より1000年ほど先行しています。著者は、「王女エンニガルディの祖先ネブカドネザル王は、バビロンの空中庭園を作り、そこで野生の動物や鳥たちを飼った。だが、それより3000年も前に、エジプト人たちはカバ、ゾウ、ヒヒ、ヤマネコなどを檻に入れて人々に見せている。それから数世紀が経過したあとで、財政的に余裕があり、せっせと収集に精を出した個人的収集家たちが、『驚嘆すべき部屋』を作った」と述べます。証拠といえば、イエティの足跡とされるものが写った多くのスライドを見た著者は、「私はトゥリーベアが雪の中で、足跡を付けているのを見たわけではない。だが、乾燥した足をスクリーン上の足跡に合わせてみると、雪の中に足跡を残したものが何ものなのか、そこには疑いの余地がまったくなかった。スクリーン上には、私が情熱を込めて、それこそがイエティの正体だと断定した生物が映っていた。私の両手には2本のトゥリーベアの足があった」と述べるのでした。

 

 9「証拠が手からこぼれ落ちる」では、伝説に毛が生えたほどの情報にすぎないと断りながらも、ネイティブ・アメリカンの部族では、森の男の存在が信じられていたことが紹介されます。「サスクワッチ」という名前は、1920年代にカナダの新聞記者が、ハルコメレム・ネーションから持ってきて付けたといいます。アメリカではダニエル・ブーンが、ケンタッキー州の森の中で、背丈が10フィート(約3メートル)の大男を殺したと主張しました。しかし、信じやすい一般の人々がサスクワッチの存在を確信したのは、ある短い動画を見た直後でした。それは1967年10月20日に、カリフォルニア州のブラフ・クリークで、川の土手を大股で歩く獣を撮影した動画でした(撮影したのはロジャー・パターソンとボブ・ギムリンの2人)。その後、北アメリカ、とりわけ太平洋岸北西部のあらゆる場所で未確認動物の発見が相次いだのです。

 

 パターソンの動画は、雪の中に残されたイエティの足跡と同じ価値のあるものとして、あるいはその候補として存在したとして、著者は「それはむしろそのように思い込まされたのだが、それについての説明はいっさいされなかった。そして、ひとたび動画が虚偽のものと証明されると、この証拠はたちまち信憑性を失った。私にとってもそれは同様で、スーツケースの紛失は同じように、私に対する信頼性が失われてしまったように感じた。ここ何年ものあいだ、もっぱら足跡だけを忠実に追い続けてきた。そして、最後の一線を越えることだけは避けようとした。つまりそれは、本物のイエティが実際に存在していると信じることだった。信じたいと思う気持ちは山々だったが、それは避け続けた。そしてこのような足跡をしるしたものの正体を、まさに手中にしていたところで、その答えはこっそりと手から滑り落ちてしまった。紛失はちょうど証拠を分析へとまわそうとしていた、その矢先の出来事だったのである」と述べています。

 

 11「国王と動物園」では、ネパールの国立公園局の主任生態学者であるへマンタ・ミシュラが、著者に向かって「ダニエル、イエティはわれわれのマスコットなんですよ。それはハクトウワシが、アメリカのマスコットであるのと同じです」と言います。彼は、また「ネパールはたしかにエベレスト山と深い雪の国です――しかし、それだけなんです。他の国がわれわれの小さな国のことを正確に伝えていない。ネパールはまたシャングリラのようなミステリーの国でもあるんです。そして西洋人がこの国を訪れるのも、このミステリーのためなんです。中でももっとも大きなミステリーがイエティです。もしネパールが、イエティの未知の部分について説明をしてしまえば、われわれは自分たちの魔法の多くを失ってしまうことになります」とも語っています。

 

 さらに、へマンタは「私がトラやサイ、それに原生林のジャングルなどのために、寄付金を調達するときにでも、イエティは大きな協力者となります。私はイエティの名前を口にしない。だが、それは誰の心の中にも存在しています。あらゆる生き物の中でもっとも絶滅が危惧される動物なのです。私の話に対する関心がまったく消えうせてしまえば、ネパールの野生はまたたく間に、みせかけの冗談で塗り固められてしまいます。そうなればもはや人々は、私が本当にイエティの存在を信じているなどとは思わなくなります。1つの冗談が、ネパールの他の動物たちもたぶん数が少ないにちがいないといった、うわべだけの考えを固める結果になるのです」と語るのでした。イエティは、ネパールという貧困国にとって大事な観光資源なのです!

 

 ネパールでは有数の植物学者ティルタ・バハドゥル・シュレスタは、イエティとカースト制度との関係について語りました。彼は、「ここではすべてが、カーストによって形成されているということです。われわれのシステムは、つねにそれより下位のカーストを持つそれぞれの地位の上に築き上げられています。ブン・マンチのようなイエティは村人たちに威厳を与え、彼らを高貴にする役割を果たしているのです。それぞれのカーストにとっては、自分たちの上位のカーストより、むしろ下位のカーストを持つことがより重要なことなのです。丘の中腹に住む村人は大きな畑を持つ人々と争っているわけで、彼らにとってブン・マンチを持つことは、そうでなければ低いままの彼らの地位を押し上げてくれる。それは人をより文明化した気分にさせてくれるのです。ブン・マンチは、たとえそれが野生の生物であっても、それはまがりなりにも人間の仲間なんです。したがってブン・マンチを持つことで、カースト社会の中にいる人間はもはや最下層ではなくなるのです」と説明します。非常に興味深い指摘ですね。

 

 14「イエティを追いつめる」では、太平洋岸の植民地が、生存に必要な最小の人口に関して、その証拠を示していることが紹介されます。人類学者たちは次のような意見を提示していたといいます。「人間の少年と少女がカヌーを漕いで新しい島にたどり着く。だが、そこで以後、何世代にもわたって生殖し、増え続けることのできる可能性は低いという。牧歌的で、食料に富み、病気も限られたものしかない、そんな太平洋上の島でも、より大きな集団を構成するためには、20人かそれ以上の人数が必要となる。少年と少女は浜辺に横になり、セックスをして、ココナッツや新鮮な魚を食べる。そして幸せなことに子供を授かる。が、しかし、数世代ののちに(近親交配の問題はさておくとして)、コミュニティーができあがる公算はきわめて低い」というものです。

 

 これを別のいい方でいうと、隠れて生きなければならなかった動物の数が、あまりに低くなると、もはやその個体を見つけることができなくなるということです。著者は、「個数がさらに少なくなると、その動物は絶滅してしまう。あるいはこれをイエティの探索ということでいえば、ある程度の成体数――1体ではない――が存在していれば、探索はたった1体の動物のためではなくなる。そして100年ものあいだ探索を続けたあとで、少なくとも20体は生存しているにちがいないのに、わずか1体でさえ見つからないとなれば、その集団は存在しないと見るより仕方がない。統計学的にいっても、おそらくイエティは1体すら存在していないだろう」と述べます。

 

 チベットへの54回に及ぶ調査旅行で、あらゆる機会を利用して、イエティ関連の証拠を集めたという著者は、「イエティに関して人々が語る物語はたくさんあった――それは、ツァンポ川沿いの西部に住むチベット人から、1000キロ離れたメコン川の源流付近に住むチベット東部の人々まで。彼らは『ドレム』について語る。羊を盗み、人間のような足跡を残す動物だという。彼らはまた『メト・カンミ』についても語る。これは1人で旅をする。両耳が前に折れていて、山の高い尾根に棲み、直立して歩くことができるという。このような報告を徹底的に調べた結果、これらの生き物が持つディテールのすべてが、既知の動物を指し示していた。そしてそれはふたたびクマだった。チベット人の中には実際に、ドレムを目にした者がいる。そして彼は他の者たちが語る物語ではなく、自分が見たままの姿を伝えた。身体にくらべて大きな頭、長い歯、突き出た鼻のような形のもの、そこには鼻と口が1つになっているようだ」と述べます。

 

 ある日、著者はラサの動物園で2頭の動物を見た。そしてはじめて、目撃者の情報と目の前の動物がつながったそうです。ドレムはまったく希少な、けっして今まで研究されたこともないヒマラヤのヒグマ、「ウマグマ」(Ursus arctos pruinosis)だった(ときにそれはisabelensisというラベルを貼られて、亜種として分類される)のです。15「発見」で、著者は、「イエティなど存在しない、その足跡はクマによって付けられたものだ、そしてその声はユキヒョウのものだとする、公平無私で冷淡な世界を私が証明したとする。その場合、ますます限られたものになっていく野生のために、どんな動物がイエティに代わって語ってくれるというのだろう? われわれがイエティを野生のヒト上科動物として認めないために、イエティが実在しない世界へ旅に出るというのなら、人間は野生を信じる能力を失ってしまうのだろうか?」と述べています。

 

 そして、著者は「イエティは野生動物だ。私はそれがクマであることを証明した。だとすると、明らかに人間のものであるこの足跡は、社会から自ら切り離した人々によって付けられたものかもしれない。このような隠遁者たちは、必要に駆られて、人々とふたたび顔を合わせざるをえない。収穫したものを持って、カンドバリへ出かけ、売り買いをすることになる。野生の地で住んでいるために、彼らの足は、私の目の前にある足跡のように広がるのだろう。それでこそ、高い峠を越えたり、雪原を歩いていける。目の前のメッセージは2つのことを語っている――この隠れ家では昨夜、火が焚かれて足跡が付けられた」と述べるのでした。すべての真実が明らかになりました。

 

「あとがき」では、著者は「イエティは2種類存在し、それぞれが違った身元を持っている。足跡を付けたイエティはクマだ。この正体は確かだった。しかし、足跡の犯人のさらに先に第2のイエティがいる。それはホモ・サピエンスと野生について、存在論的な疑問を投げかけているイエティだ」と指摘しています。また、足跡を残したイエティについては、著者は「私は山野を経巡ってその痕跡を追跡した。高い木々の中で巣を見つけたし、それが餌を食べているのを観察した。またそれを眠らせ、足跡を石膏に取って複製し、以前、雪の中で他の者たちが見つけた不可思議な足跡に、それを合わせてみたりもした。空腹に駆られて(あるいは生殖衝動に急かされて)山の片側の山腹から、このクマ(ツキノワグマ)は山を越えて行った。そのときに氷河に足跡が残された。この一連の説明はそっくりそのまま、すべての事実にあてはまる」と述べます。

 

 しかし、謎はなお続いているといいます。というのも、イエティには第2の身元があり、それはクマ以上のものだったからです。著者は、「ヒマラヤとのつながりはほんの緩やかなものだが、それは世界を闊歩しているマスコットとしてのイエティだ。この現実で見られる異常さは、イエティが雪の中ではなく、人間の欲望の中に棲んでいることだった。イエティは肉体を持った動物ではない。人々はイエティの中に、人間と野生のつながりが具現化したものを見ていた。イコン(偶像)は信仰を表わし、アイドル(憧れの対象)は理想を象徴する。だとするとこの第2のイエティはイコンとアイドルの両方だった」と述べています。

 

 最初にクマだと身元を証して以来、今まで30年のあいだ、著者が受け取った手紙でも、講演後にされる質問でも、あるいはリスナーが参加するラジオ番組にかかってくる電話でも、イエティの正体をクマだとする見方は、人々が重視し注目するものではなかったそうです。著者は、「イエティは、さらに大きなイデオロギーの中に棲んでいたのである。それはマスコットの衣装だ。そして、この衣装の中には人間の渇望があった。第2のイエティが存在していた。それは今日と過ぎ去ったはるか昔を結ぶ(かもしれない)希望だった。その渇望は、最初のイエティに対する答えと同じくらい確実なものだった。野生は消えつつある。イエティがジャングルから這い出て、高い峠を横切るクマであることに何1つ問題はない。だが、問題となるのは、地球の辺境から生まれるミステリーを、そのまま生かすことだ――それがわれわれに思い出させるのは、人新世に野生がなおありうるということだ。この人間が作り出した新しい時代に、助けとなるのは、これからやってくる野生、それも驚くほど変化してしまった野生を理解しようとしたときに、われわれの進む道を案内してくれる希望なのである」と述べています。

 

 そして、著者は以下のように述べるのでした。
「私は自分に特有なこの人生の旅の中で終始幸せだった。子供たちはみんな精霊のいる世界で成長した――ゴブリン(小鬼)、ブギーマン(子取り鬼)、幽霊、どれもが理解しがたい自然の力に仮面(ペルソナ)を与えたものだ。この性格付けが説明しているのは、われわれがありのままに感じる力であり、われわれのイマジネーションの中で、生きいきと感じている力だ。イエティに対してなされる説明として、1つに、理解しがたい自然の力に対する仮面というのがある――が、そこには、ある人々にとってつねにイエティは、野生のヒト上科動物だという理解があるのだろう。しかし、私はさまざまに異なるイエティとともに、成長できたことをありがたく思っている。イエティは人間の形をした野生の生物だと確信して、すばらしい渓谷を経巡り追いかけてきた。私はイエティに関わることで成長し、そのおかげで、多くの国々からやってきた、多くの仲間たちといっしょに働くことができた。そして共有する仕事から、1つの道が目の前に現われた。私は苦行者ではないが、たびたび解脱にも触れる幸運に浴することができた。神とともにあることは、勤行と同様に祈りを通して、神につながることでもある。このような可能性はすべての人に存在する。野生を想像する人々とともに、野生を知る幸運に恵まれた人々にも。もしわれわれが彼らに、生きることのもっとも深い意味を探れるように、扉を開いてみせることができれば、われわれはこのような可能性の中で力強く生きていくことができる」

 

「訳者あとがき」で、森夏樹氏は「この本では雪男イエティのミステリーが解き明かされる。ヒマラヤ山中の雪の上に、不可思議な足跡を残した未確認動物(UMA)の正体が明らかになる。しかし、それだけではない。なぜ人はこのような話に魅了されるのか、人の心の奥底にひそむ野生への憧れについて著者は考え、そこから、今なお野生の姿をとどめる数少ない土地を保存したいという強い思いに駆られる。そして、エベレスト周辺に広大な自然公園を作るプロジェクトを立ち上げると、その実現をめざして奔走した。ここで描かれているのは、不可思議な生物の探索が著者を導いて、ネパールと中国に巨大な国立公園を設立させるまでの驚くべきストーリーだ」と書いています。

 

 著者のテイラーは、「私は世界の一部であり、世界とともにある者で、世界のすべてを使う者だからだ。つながりは私を、自分が作るものにではなく、生き物の場所へと運んでくれる。その中で私は育つことができるが、それをコントロールすることはしない。生き物とともにいることで......その大いなる野生に加わることはできるだろう」と高い理念を掲げています。彼が掲げた理念のもとに、ネパールではマカルー・バルン国立公園が作られ、中国ではチョモランマ国家級自然保護区(QNNP)が設立されました。素晴らしい業績です。

 

 森氏は、「いずれも人間が野生と共生する新しい試みだ。この功績によって彼は、ネパール国王からゴルカ三等勲章とナイト爵を贈られ、オランダ国王からも勲章を授かった。中国科学アカデミーは彼を定量生態学の名誉教授として迎えた。今日、人間は都市の中で飼いならされ、ますます野生を失っていく。そんな中でテイラーは、イエティが持つ意味を問い直しながら、人々に向かって、自然と自己の心中に野生を取りもどすように、そしてそれを保持しつづけるようにと呼びかけている」と述べるのでした。じつは、わたしは新型コロナウイルスの陽性判定を受けて自宅療養していた間に本書を読んだのですが、「文明」と「自然」と「人間」の関係について考えさせられる良い時間を持つことができました。名著です!