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映画の不良性感度』

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No.2183


『映画の不良性感度』内藤誠著(小学館新書)を読みました。著者は1936年、愛知県生まれ。1959年、早稲田大学政経学部卒業後、東映に入社し、深作欣二、石井輝男、成澤昌茂監督らの助監となります。1965年の石井輝男監督「網走番外地」ではチーフ助監督を勤め、野田幸男と共に石井組のツートップとなりました。1969年「不良番長 送り狼」で監督デビュー。以後「不良番長」シリーズ、「ポルノの帝王」シリーズ、「地獄の天使 紅い爆音」「番格ロック」など数多くの東映プログラム・ピクチャーを撮りました。フリーとなって、「時の娘」、筒井康隆原作「俗物図鑑」「スタア」2作品を映画化。元中部大学人文学部教授。日本大学芸術学部映画学科講師。

20220916095916.jpg 本書の帯

 

 本書の帯には「千葉真一、梅宮辰夫、石井輝男、坪内祐三......映画を愛した破天荒な人々との追想録」「東映『不良性感度』時代から『明日泣く』『酒中日記』まで」「86歳の『生涯映画監督』が綴る酒とジャズの薫るシネマ論」と書かれています。20220916095841.jpg

本書の帯の裏

 

 帯の裏には「次に撮る映画のために......筆者が膨大な映画メモに記した『分析』と『魅力』」と書かれ、「本書に登場するおもな映画」として、『男と女 人生最良の日々』『風立ちぬ』『ザ・タウン』『ゲンセンカン主人』『ジャージー・ボーイズ』『さらば、愛の言葉よ』『愛して飲んで歌って』『アメリカン・スナイパー』『セッション』『沈黙 サイレンス』『哭声/コクソン』『ベイビー・ドライバー』『スリー・ビルボード』『15時17分、パリ行き』『1987、ある闘いの真実』『クワイエット・プレイス』『ボヘミアン・ラプソディ』『グリーンブック』『運び屋』『天使の入江』『ホワイト・ドッグ』『サウンド・オブ・ノイズ』『スノーピアサー』などのタイトルが並んでいます。

 

 カバーの前そでには、「『不良性感度』時代の東映プログラム・ピクチュアの鬼才として知られ、近年も『明日泣く』『酒中日記』のメガホンを取るなど、精力的に活動する内藤誠氏が縦横無尽に映画を語り尽くす。『わたしの場合、まだ映画を撮ってみようというたのしみを残しているので、映画を見ても、本を読んでも、次回作に役立てようと、忘れた場合に備えてついメモをとってしまう』(「はじめに」より)86歳の現役監督が綴る、教養と洒脱さに溢れたシネマ・エッセイ」と書かれており、「編集者からのおすすめ情報 」には、「『不良性感度』をキャッチフレーズに名作を量産した東映で、若き日を送った映画監督・内藤誠氏が古今東西の名作・奇作を縦横無尽に論じる映画評論。故人となった石井輝男監督、坪内祐三氏らとの対談なども収録。盛りだくさんの内容です」とあります。

 

本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」

第1章 過去への旅

第2章 映画のなかの街

第3章 好きな映画のことだけを

第4章 記憶に残るカルト映画メモ

第5章 映画とジャズ

第6章 映画と酒

第7章 追憶の日々と人たち

あとがき(映画製作とコロナ自粛の日々)

 

「はじめに」の冒頭には、「それなりに品揃えのいい書店が近所にあって、散歩がてらよく出かける。そこで気づいたことだが、最近、新刊コーナーにシニア向けの本がやたらと多い。しかも、帯の告知によればよく売れているらしい。長いコロナ自粛のなか、映画を見ることと本を読むことだけで暮らしているので、わたしも『百歳までの映画と本』といった、ガイドブック風のものでも書いてみるか、とかんがえた。しかし、いざ机に向かうと、他人をガイドできるような『老人力』は出てこない」とあります。

 

 第1章「過去への旅」では、いきなり 一条真也の映画館「男と女 人生最良の日々」で紹介した、わたしの大好きなフランス映画が登場して嬉しくなりました。この映画について、著者は「アヌーク・エーメは昔の面影を残し、老いてもなお美しいのに、相手がアンヌだと気がつかないジャン=ルイは『あなたに似ている女性を愛していた』とアンヌへの思いを語る。見かけはダンディながら、夢とうつつの間を生きている彼は『死はおさめるべき税金だ』などと呟き、胸にひびく詩を口にするのだ。自分がいかに愛されていたかを知ったアンヌはジャン=ルイを連れて思い出の地であるノルマンディーへと車を走らせる。長い空白を経て二人の物語が新たに始まる」と書いています。

 

「飛行機少年と『風立ちぬ』」では、 一条真也の映画館「風立ちぬ」で紹介した宮崎駿の集大成的アニメが取り上げられます。著者は、「宮崎駿の作品を島田裕巳が『映画は父を殺すためにある』(ちくま文庫)で『通過儀礼』として論じていたが、わたしが宮崎アニメに感じる魅力は、なによりも空を駆ける浮遊感の心地よさにあり、『風の谷のナウシカ』(1984)や『紅の豚』(19929が好きで、今度の『風立ちぬ』(2013)も零戦の設計者、堀越二郎を主人公にしたものである。親の影響で、じつはわたしも飛行機少年だった。映画監督を志望するだけあって、人一倍凝り性だった。しかし、それは疎開と空襲による生家の焼失とともに、忘却のかなたに消え去った趣味である。さてそこで、いまなお、わが同世代で、零銭の美学を追求し、アニメ化の労苦をいとわぬ監督がいるとは、そのこと自体、わたしには驚きだった)と述べています。

 

 さて、本書で印象深かった映画評はここまでで、後は新旧の雑多な映画を挙げての一言コメントだったりで、あまり興味を引きませんでした。それよりも、第5章「映画とジャズ」に出てくるジャズ喫茶の思い出話などが面白かったです。日本のジャズ喫茶は1960年代後半から1970年頃が全盛でしたが、著者は「新宿の『木馬』には金髪のお姉さんがいて、喋っていると、難しい顔をして紙に『お静かに』と書いて持ってきたりしてね。寺山修司がよくいた『ヨット』は喋っても大丈夫だったけど。『汀』は東映で同期入社だった俳優の室田日出男のお姉さんがやっていた店でした。有楽町のスバル街には『ママ』があり、渋谷には『デュエット』『ありんこ』とか10軒ぐらいあったな。助監督時代にどれだけジャズ喫茶で時間をつぶしたことか。家人ともよく聴きにいった。結婚する前は、だいたいジャズ喫茶で会って、じっとして喋らなくてもいいやと時間を過ごしていたから」と語っています。

 

 第6章「映画と酒」では、酒について語られます。著者は「人はなぜ酒を飲むか」をテーマに映画を1本撮りたいと願っていたそうですが、それが『酒中日記』(2015年)でついに実現しました。著者は、「ゴダールの『勝手にしやがれ』(1960)とかヨーロッパ映画を観るとよくカフェが出てくる、ただそこで飲み食いしてるだけのシーンでも、『そこに行ってみたい!』って思うぐらい退屈しないし、日本映画でも小津安二郎監督の映画だと、酒飲む場面がものすごく多いでしょう。『父ありき』(1942)なんて始終飲んでるじゃない。あれは撮りづらいし、台詞も芝居も難しいと思うんですよ。それで『酒中日記』はシチュエーションだけかっちり決めて、あとは酒を飲んで自由に話してもらって、それを3台のキャメラで撮れば映画になるだろう、と。やっぱり文士は話すことが面白いからね」と語っています。

 

 本書には、ブログ「ルパン」で紹介した銀座のBARの話題も登場します。「東映に入って助監督時代はどんな酒場に行きましたか」という質問に対して、著者は「プロデューサーに銀座の『ルパン』っていうわりと安いバーに連れて行ってもらって、『ああ、ここが太宰治の座っていたバーか』とか、それから新宿昭和館近くの地下に『パブロ』っていうバーがあって、僕はジャック・ケルアックの『地下街の人びと』を読んでいたから、その気分で通い詰めていたんですよ。コマ劇場の踊り子さんとか高島屋で働くお姉さんとかが来ていて、東映の演出部はそこに紛れ込んでいたね。撮影所にいたらデパートガールたちと口をきく機会なんてないじゃない、『え、助監督! 大変ね』なんて言われながら飲んでいましたよ(笑)」と語っています。

 

 著者の回想によれば、パブロで飲む時間は「喧嘩も起きないし、解放感があって楽しかった」そうです。続けて著者は、「それに当時の東映東京撮影所のスタッフルームにはビールがよく置いてありました。で、現場の仕事が終わると飲む。でも、びっくりしたのは4年前に『明日泣く』(2011)で久々に映画の現場に入ったら、撮影が終わると、みんなパソコンに向かうんだよ。あれは不思議だったなあ。現場は終わったらいつもビールだよ!」とも語っています。「明日泣く」は、著者が「スタア」以来25年ぶりの監督復帰作として、色川武大(阿佐田哲也)の小説を映画化したもの。小説を書くことができなくなってしまった小説家と日々気ままに生きるジャズピアニストの物語ですが、無頼の物語であるにもかかわらず、スタッフがみんな真面目だったというエピソードがおかしいですね。

 

 そして、「内藤さんがチーフ助監督だった『網走番外地』(1965)は北海道で合宿したと思うんですけど、撮影後はやっぱり飲みましたか」という質問に対して、著者は「1カ月ぐらい行ってたけど、退屈しなかったね。15時になると当時の技術では撮影修了だから夜は長いし、行くところはないし、高倉健さんはお酒を飲まないけど、俺たちは遊びたい盛りだから、翌日の準備をすませると、温かいホテルで酒を飲んで、ダンスをして、歌うたって、楽しかった。当然ロマンスも生まれて、向こうの人と結婚した人もいたりね。健さんは俺たちが遊んでいるのをニコニコして見ながら、コーヒーを飲んだり催眠術をかけたり、それなりに楽しんでいましたよ(笑)」と語るのでした。古き良き時代の映画撮影といった感じですが、それにしてもあの高倉健が催眠術を人にかけていたとは初耳です。なんだか興味をそそられるエピソードですね。