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テクノロジーが予測する未来』

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No.2157


 『テクノロジーが予測する未来』伊藤穣一著(SB新書)を読みました。「web3、メタバース、NFTで世界はこうなる」というサブタイトルがついています。著者は、デジタルガレージ取締役・共同創業者・チーフアーキテクト。千葉工業大学・変革センター長。デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として主に社会とテクノロジーの変革に取り組む。民主主義とガバナンス、気候変動、学問と科学のシステムの再設計など様々な課題解決に向けて活動中。2011年から2019年までは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務め、2015年のデジタル通貨イニシアチブ(DCI)の設立を主導。また、非営利団体クリエイティブ・コモンズの取締役会長兼最高経営責任者も務めました。ニューヨーク・タイムズ社、ソニー株式会社、Mozilla財団、電子プライバシー情報センター(EPIC)などの取締役を歴任。2016年から2019年までは、金融庁参与を務めました。

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本書の帯

 

 本書の帯には、著者の写真とともに「全人類不可避。」「働き方、アイデンティティ、文化、教育、民主主義...」「破壊的ゲームチェンジに備える63のヒント」と書かれています。

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 本書の帯の裏

 

 帯の裏には、「すべてが大転換する時代をサバイブせよ。」として、「働き方――仕事は、『組織型』から『プロジェクト型』に変わる」「文化――人々の『情熱』が資産になる」「アイデンティティ――僕たちは、複数の『自己』を使いこなし、生きていく」「教育――社会は、学歴至上主義から脱却する」「民主主義――新たな直接民主制が実現する」と書かれています。

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アマゾンより

 

 また、カバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「web3、メタバース、そしてNFT――最先端テクノロジーは、私たちの社会、経済、個人の在り方にどのような変革をもたらすのか? 米国MITにてメディアラボ所長を務め、デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家として活動する伊藤穰一が見通す、最先端テクノロジーがもたらす驚きの未来」

 

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」

 序章 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる

第1章  働き方――仕事は、「組織型」から

    「プロジェクト型」に変わる

第2章  文化――人々の「情熱」が資産になる

第3章  アイデンティティ――僕たちは、

     複数の「自己」を使いこなし、生きていく

第4章  教育――社会は、学歴至上主義から脱却する

第5章  民主主義――新たな直接民主制が実現する

第6章  すべてが激変する未来に、

     日本はどう備えるべきか

「おわりに」

 

 「はじめに」の「世界は、新しいルールで動きはじめた」の冒頭を、著者は以下のように書きだしています。
「世界は、新しいルールで動きはじめたいま僕は、これまでにないほど、ワクワクしています。というのも、これまで、インターネットの登場やそのほかの刺激的なムーブメントなどさまざまな事柄に出合ってきましたが、新たなテクノロジーによって歴史的な大転換が起ころうとしているからです。最近、『web3』『メタバース』『NFT』という言葉を耳にする機会が増えました。一部のテクノロジー好きの人たちの間で盛り上がっているだけで、自分には関係のない話......そんなふうに思っている人も多いかもしれません。インターネットも最初はそうでした」

 

 インターネットが誕生して、約半世紀。世の中に普及して20年余り。ほとんどの人にとって、「インターネットなしの生活」はもはや、考えられないだろうという著者は、「web3、メタバース、NFTも、そうなっていく可能性が高い。『これがない時代があったなんて信じられない』『これを使いこなせない人はすごく困る』というほどの劇的な変化が、いま、新たに起ころうとしているのです。『働き方』『文化』『アイデンティティ』『教育』『民主主義』......大変化の波は、あらゆる領域に及びます。誰も、逃れることはできません。その大変化とは、いったいどのようなものか? ――それをわかりやすく解明するのが本書です」と述べています。

 

 序章「web3、メタバース、NFTで世界はこうなる」の「Web1・0は『読む』、Web2・0は『書く』、web3は『参加する』」では、端的にいえば、Web1・0ではグローバルに「read=読む」ことが可能になり、Web2・0ではグローバルに「write=書く」ことが可能になり、そしてweb3ではグローバルに「join=参加する」ことが可能になったとして、著者は「一般にはweb3は『own=所有する』という言葉がよく使われていますが、僕はあえて『join=参加する』と表現したいと思います。つまりWeb1・0、Web2・0、web3という流れのなかで、できることが『変化した』のではなく、『増えた』ということです」と述べています。

 

 「『メタバース』はどこにあるのか」では、メタバースというと、「バーチャルリアリティ」の意味で語られているのをよく見かけますが、本来的にはもっと広義なものであるとして、著者は「この言葉の発祥は、アメリカの小説家で僕の友人でもあるニール・スティーブンスンさんが、1992年に発表した『スノウ・クラッシュ』という小説です。連邦政府が弱体化しきった近未来のアメリカを舞台に、オンライン上に築かれた仮想空間『Metaverse(メタバース)』で生きる人々が描かれています」と述べます。

 

 『スノウ・クラッシュ』で描かれているメタバースは、ある人は自宅のパソコンからアクセスし、ある人は街中の公衆端末からアクセスする、という具合に、それぞれ違うアクセスモードで入ることができる仮想空間であると紹介し、著者は「描写自体はバーチャルリアリティっぽいのですが、あらゆる人々が何の障壁もなくメタバースに参加し、コミュニケーションをとったり物品や金銭をやりとりしたりしています。つまり仮想空間がバーチャライズされていることよりも、オンライン上の仮想空間に誰もが一人前に参加しているということのほうが、本来のメタバースの定義においては重要です」と説明しています。

 

 「世界はこれから、こうなる」では、来たるweb3時代に、結局のところ、世界はどうなっていくのかについて、著者は「ガバナンスはトップダウン型からボトムアップ型へ、消費は、大企業主導の大量生産・大量消費型から、より細分化されたリレーション型へ、という具合に、社会のあらゆるところで「Decentralized=分散化(非中央集権化)」が起こっていく可能性は高いでしょう。そのなかで、web3で生まれたさまざまな仕組みが、環境問題をはじめとする社会問題の是正に役立てられていくことも、大いに考えられます」と述べています。

 

 著者は、web3はある意味で1960~70年代、アメリカでヒッピー文化が盛り上がった頃の雰囲気に似ていると指摘し、「ベトナム戦争中のアメリカで、ヒッピーたちが旧来社会から離反して新しい文化を生み出したように、web3世代は、経済一辺倒の資本主義的な価値観から離反して、新しい文化を生み出そうとしている。組織に属さずDAOで自分の能力やスキルを発揮したり、NFTでお金に換算できない価値を大切にしたり、といったことです。ヒッピー文化は、長引くベトナム戦争に対する厭戦ムードから生まれたムーブメントでした」と述べます。

 

 web3がヒッピー文化と文化的にどこか似た雰囲気を漂わせているのは、いまなお悪化し続ける環境問題や経済格差、それに加えてコロナ禍と、改めてさまざまな問題が噴出している世の中で、特に若者を覆うムードが似ているからなのかもしれないと考える著者は、「Web1・0やWeb2・0は『インターネット、おもしろいよね』『SNS、イケてるよね』というような気軽なノリでしたが、web3には、社会変革につながるような強い文化的なエネルギーを感じます」と述べます。この著者の見方は非常に面白いと思います。

 

 さらに、著者は「僕個人の所感をいわせてもらえば、Z世代と呼ばれる若い人たちは、それほど物欲も強くなく、環境問題などの社会問題に敏感に見えます。その点で高度経済成長期やバブル期の空気を吸ってきた世代とはかなり感覚が違います。そう考えると、世代交代が進むにつれて、テクノロジーを活用してフェアで平等で持続可能な社会へと向かうべく、大きなパラダイムシフトが起こっていく可能性が高いというのが僕の予測です」と述べるのでした。

 

 第1章「働き方――仕事は、『組織型』から『プロジェクト型』に変わる」の「ビジネスは『映画制作』のようになる」では、web3では、個人の働き方は「組織ベース」ではなく「プロジェクトベース」になっていくと指摘し、著者は「その主体は『DAO』です。DAOは会社組織ではなく、プロジェクトごとに立ち上げられるので、個人は、自分が興味を持ち、貢献できそうなDAOを見つけるごとに『参加する』というかたちで働いていくことになります。作品ごとに制作チームが立ち上げられて、スタッフや俳優を集めて進められる映画制作のような感じです」と述べています。映画製作ビジネスではなく、ビジネスそのものが映画製作のようになるというのはワクワクしますね。

 

 「DAOは万能なのか」では、ビットコインはブロックチェーンを用いた仮想通貨というアイデアに多くの賛同者が集まったことで、世界最大の仮想通貨へと成長したことを紹介し、著者は「ビットコインというプロジェクトは、世界中に散らばるエンジニアたちの手によって発展してきましたが、その責任者は誰でしょうか。ビットコインの考案者は『サトシ・ナカモト』なる人物ですが、この名前が本名であるかですら定かではなく、どこの誰であるのかを知る人はいません。しかし、そのアイデアには賛同する人がたくさん集まりました。どこの会社が開発しているかわかれば、国家がそれを潰すこともできるかもしれません。しかし、ビットコインのように誰が開発しているのかがわからない、人でも組織でもないコンピュータープログラムを規制することはできません。つまり、ビットコインのエコシステムは現行の法律の範疇に収めるのが非常に難しいのです」と述べています。

 

 「仕事の『内容・場所・時間』からの解放は、格差是正につながるか」では、著者は「仕事の内容も場所も時間も、誰かに指示されるのではなく、自分主導で決められるというのが、web3的な働き方です。そういう働き方を僕たちが当たり前にしていけば、仕事にまつわる格差を小さくしていくこともできるとして、著者は「たとえば男女の格差。日本のジェンダーギャップ指数は156カ国中120位前後と、惨憺たる状況が続いています」と述べています。

 

 男性優位の価値観はもちろん正していかねばなりませんが、仕組み面でボトルネックとなっているのは、やはり妊娠・出産という大きなライフイベントに対する無理解や不寛容であるとして、著者は「男性の育休など、以前に比べれば改善している部分もあるかもしれませんが、まだまだ、子どもを持つ女性が働きづらいという現状があります」と述べるのでした。こうした男女格差以外にも、介護などさまざまな事情によりフルタイムで働けない人、あるいは自身の心身が不自由で、会社に出勤することが難しい人もいるでしょう。既存の社会では、どうしても、そういう人たちが置き去りにされがちでした」と述べるのでした。

 

 第2章「文化――人々の『情熱』が資産になる」の「たとえば『宗教的行為』『学位』をNFT化する」では、宗教的行為や学位をNFT化するという試みが提案されていますが、特に宗教的行為のNFT化が非常に興味深かったです。たとえば無形の宗教的行為は、まず非金銭的である、そして長期的な価値である(教徒にとって信仰は永遠)という2点でNFTと相性がいいとして、著者は「神職にある人や宗教学者の間で真剣に議論を進めたら、宗教的価値に連結させたNFTという、新しい信仰のかたちが誕生するかもしれません。たとえば『参詣NFT』。これは、あるお寺の僧侶と話をしていたときに思いついたアイデアなのですが、年に1回、参詣してお布施をすると付与されるNFTです。そのNFTは転売不可ですが、相続としての譲渡は可とし、なおかつ参詣とお布施が途切れると無効になるようにプログラムします。そうなると、信徒は必ず年1回は参詣し、お布施をするようになる」と述べています。

 

 信仰としての行為が、半ば義務的になり「形骸化しないだろうか」という危惧もあることを認めた上で、著者は「技術的には可能だ、ということ自体がおもしろいことではないでしょうか。この習慣が親から子へ、子から孫へと受け継がれていけば、参詣NFTが、50年、100年......にもわたるお寺と家族の系譜になります。いままでは古文書に記されていたようことを、ブロックチェーンに記していこうというわけです。テクノロジーによって認証された『デジタルな古文書』が、家宝として代々受け継がれていく。そんなことまで想像できてしまいます」と述べます。たしかに、この想像はおもしろいです。わたしは、「冠婚葬祭のNFT化」という大きなヒントを得ました。

 

 第3章「アイデンティティ――僕たちは、複数の『自己』を使いこなし、生きていく」の「人類は、『身体性』から解放される」では、メタバースには重要なキーワードとして、「多様性」を挙げます。「ここはFacebook」「ここはTwitter」といったプラットフォームごとの分断がなく、オンライン上のさまざまなコミュニケーション空間が一緒になって「超=メタ」な「1つの世界=バース」を形成しているというのがメタバースの概念であると説明し、著者は「したがって空間と空間の行き来は自由で、なおかつ誰もが等しく参加できなくてはいけません」と述べています。

 

 第6章「すべてが激変する未来に、日本はどう備えるべきか」の「デジタル人材の海外流出を防げ」では、日本は先進国のなかで唯一、賃金が上がっていない国であると指摘し、著者は「停滞に次ぐ停滞で、国の経済力はどんどん下がっている。『こんなに働いているのに、どうしてぜんぜんお金がないんだろう』とモヤモヤしている人は、特に若年層に多いに違いありません。この状況を打破するには何か大きなインパクトが必要で、web3は、そのインパクトになりうる、と僕は思います」と述べています。

 

 過去にもきっかけはありました。2000年代初頭には「IT革命」の気運が高まり、著者も政府の要請で、何をどうしたらいいのかとずいぶん提言をしたと告白し、「その頃は『IT革命に乗り遅れたら、もう日本はおしましだ!』という空気がかなり強かったのですが、インターネットが一般に普及したあたりから、あっという間に盛り下がってしまいました。その後、東日本大震災が起こり、直近では新型コロナウイルスのパンデミック。しかし日本は、そのつど危機に対応・対処してきただけで、社会や政治、産業が構造から変わったようには見えません。結局のところ、保守的なのです」と述べます。

 

 「『ネクスト・ディズニー』が日本を席巻する日」では、いま、世界的に大きな関心事になっているのは「誰がweb3時代の覇者になるか」であり、著者は「マイクロソフト、Meta、Twitter、ソニー VS Bored Ape」の戦いになっていくと見ているとして、「単なる『猿の姿のPFP』からはじまったweb3の寵児が、ものすごいレベルの技術力と資金力で既存大企業をなぎ倒し、日本を席巻する日も近いかもしれない。それが、すでにリアルな未来として思い浮かぶくらいの話になっているのです」と述べます。

 

 「ドメスティックをデジタルへ、デジタルをグローバルへ」では、日本は技術力には定評がありますが、それを武器として世界を相手に競争するのは、あまり得意ではないといいます。日本企業発でグローバルスタンダードになったものが少ないことがその証しであるとして、著者は「これから日本が行っていくべき変革とは、ドメスティックなものを、ただデジタル化するだけでなく、デジタル化を通じてグローバルな存在へと変えていくことだと思います。これを大きな目標とし。世界に照準を定めたゴール設定をすることが、日本再生の道を開く唯一の鍵だと考えます」と述べるのでした。

 

 「おわりに」では、ゴールはビジョンから生まれ、ビジョンはパラダイムから生まれるとして、著者は「700年前、中世のイタリアで複式簿記が発明されたことによって、その後、経済を中心とした近代的な資本主義社会の仕組みが生まれました。お金をとにかく集めた人が勝ち、というパラダイムが生まれたのです。現代社会もこのパラダイムのなかにあります。経済の成長により、より多くの人たちが社会に参加できるようになり、生活は便利になり、豊かにもなりました。ただ、やはり、資本主義社会では、資本家にお金や権力が集中し、中央集権的になっていきます。その結果、貧富の差が生まれ、環境破壊なども進むことになってしまったのです。成長を前提としている以上、こうしたことはどうしても起こってしまう。このまま突き進んでいけば、きっと、破壊的な未来が僕たちを待ち受けているでしょう。要するに、既存のパラダイムが、そろそろ限界を迎えているのではないか、ということです」と述べています。

 

 著者によれば、web3の最大の特徴は「Decentralized」=「分散」です。すべてを非中央集権化するテクノロジーをきっかけとして、わたしたちの社会は非中央集権的なパラダイムへと移行しようとしているとして、著者は「ここで何としても避けたいのは、『旧パラダイム VS 新パラダイム』という対立構造が生まれ、激化することです。多少の淘汰が生じるのは仕方ないと思いますが、社会的に許容できる範囲を超えて旧パラダイムの側で大きな犠牲や反発が生じれば、それこそスクラップからのビルドという破壊的な社会変革になってしまうでしょう。そんな事態を避けるためにも、やはり、テクノロジーに対するリテラシーを社会的に高め、そのテクノロジーによってどんなことが起こりうるのか、というビジョンを共有することが欠かせません」と述べるのでした。