No.2153 国家・政治 | 社会・コミュニティ 『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』 山田敏弘著(文春新書)

2022.07.25

 『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』山田敏弘著(文春新書)を読みました。著者は1974年生まれ。米ネヴァダ大学ジャーナリズム学部卒業。講談社、英ロイター通信社、『ニューズウィーク』などの記者を経て、米マサチューセッツ工科大学で国際情報とサイバーセキュリティの研究・取材活動にあたりました。帰国後はフリーの国際ジャーナリスト、コメンテーター、ノンフィクション作家、翻訳家、コラムニストとして活躍。

本書の帯

 本書の帯には、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平国家主席の顔写真が使われ、プーチンの顔の下には「ウクライナ侵攻 米ロ水面下のスパイ戦」、習近平の顔の下には「AIと人海戦術 『14億総スパイ化』計画」と書かれています。

本書の帯の裏

 帯の裏には、「ハッキング、フェイクニュース、ビッグデータ、デジタル人民元……」として、「●側近も元スパイばかり、プーチン政権のアキレス腱●プーチンを追い詰めた、西側諸国の『情報同盟』●サイバー大国ロシアはなぜウクライナで失敗したのか●習近平が中国を14億総スパイ国家に変えた●原子力技術からジュース缶の塗装技術まで、何でも盗む中国●海底ケーブルから情報を抜き取る米中●トランプ大統領を誕生させたロシア発のフェイクニュース●日本にいま必要な本格的『サイバー軍』ほか」と書かれています。

 カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「ロシアによるウクライナ侵攻と共に注目が集まったサイバー世界の戦争。そしてにわかに高まる台湾海峡の危機、ロシアと中国というスパイ大国が、アメリカや日本など西側諸国に仕掛けた情報戦争の内幕をスパイ取材の第一人者が解き明かす」

 アマゾンの「内容紹介」には、「第三次世界大戦はすでに始まっている」として、「アメリカの覇権をくつがえそうとするロシアと中国。サイバー技術とスパイを使った二大陣営の戦いは私たちに何をもたらすのか。ロシアによるウクライナ侵攻とともに注目が集まったサイバー世界の戦争。そしてにわかに高まる台湾海峡の危機。ロシアと中国というスパイ大国が、アメリカや日本など西側諸国に仕掛けた情報戦争の内幕をスパイ取材の第一人者が解き明かす」と書かれています。

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第一章 プーチンの戦争とサイバー戦
第二章 中国は技術を盗んで
    大国になった
第三章 デジタル・シルクロードと
    米中デジタル覇権
第四章 中国に騙されたトランプ
第五章 アメリカファーストから
    「同盟強化」へ
第六章 日本はサイバー軍を作れ
「おわりに」

 「はじめに」の冒頭には、2022年2月24日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるテレビ演説で、彼が「特別な軍事作戦を実施することにした。ウクライナ政府によって8年前、虐げられてきた人々を保護するためだ」と語った後、ロシア軍がウクライナ領内に侵攻したことが紹介されます。19万ともいわれるロシア軍によってウクライナを早々に屈服させるとみられていましたが、想像を超えるウクライナの徹底抗戦により、プーチンのもくろみは崩れ去りました。著者は「これは形を変えた第三次世界大戦の号砲ではないか」と感じていたそうです。

 第一章「プーチンの戦争とサイバー戦」の「ロシアの情報を『フェイクニュース』にする」では、開戦直前の2月15日と23日に行われたサイバー攻撃は、ロシア軍によるものだと説明。実際の武力行使の前に敵国の情報系統を攻撃するのは、現代ロシア軍の得意とする戦術であり、この戦争でもウクライナ全土にわたって集中的に行われていたことがわかるとして、著者は「具体的には、DDoS(データを大量に送り付けサーバーをダウンさせる)型と呼ばれる攻撃方法が多く用いられる。ウクライナでも、このサイバー攻撃で国防省などのHPが閲覧できないようになった。また、ロシア軍によってGPSのジャミング(電波による妨害)も行われた形跡がある」と述べています。

 「KGBスパイとしてのプーチン」では、ロシアをこのようなサイバー攻撃大国に育てたのは、スパイ出身の大統領、ウラジーミル・プーチンその人であるとして、著者は「ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチンは、1952年にサンクトペテルブルクに生まれた。父はソ連海軍に徴兵され内務人民委員部(NKVD)という秘密警察に所属していたことがある。プーチンは地元のサンクトペテルブルク大学では法律を学び、大学卒業後は、同級生のセルゲイ・イワノフ(のちにプーチン政権で国防相となる)と共にKGBに入った。KGBでは、養成機関「レッド・バナー・インスティチュート(現SVRアカデミー)」でスパイのイロハを叩き込まれた。まず配属されたのは、政府に批判的な政治家や活動家らを監視するKGB第5局だった」と説明します。

 「プーチンの『精神分析』」では、かつて、プーチンは、多い時には1日30人以上の人と会議を行っていたと言われたことを紹介します。しかし、新型コロナの感染拡大以降は、ごく限られた側近たちのみと会うようになったとして、著者は「その結果、判断力が鈍ったのかもしれないが、それを『病気』とまで言ってしまうのには躊躇を覚える。しかし、欧米メディアからは、次々と『プーチンはパーキンソン病の可能性がある』『がんで闘病している』などといった真偽不明の記事が流された。国家の要人の健康状態は最高機密情報であり、真実はうかがい知るすべもないにもかかわらずだ。筆者は、欧米が流す一連のプーチンの『精神分析』には、ある種のストーリーを作る意図があるように思える。それは、『プーチンとその側近が、この異常な戦争を起こしたのであって、ロシア国民は悪くない』というものだ」と述べます。

 「強化されていたウクライナ軍」では、著者は「ロシアは一国で、西側の情報機関、メディアのすべてを相手に戦っていることになる。このような、世界的な団結が起こるとは、プーチン大統領は予想できなかったに違いない。最後に現在のウクライナ軍が、2014年のクリミア半島併合当時とは全く違う軍隊になっていたことにも触れておこう。クリミア半島併合の後、ウクライナは欧米から膨大な軍事支援を得てきた。特にアメリカは、紆余曲折あるにせよオバマ、トランプ、バイデンと歴代政権が軍事援助を続けてきた。トランプ政権は2019年に2億5000万ドル(約280億円)、バイデン政権では、戦争がはじまってからの金額を含めて、12億ドルのウクライナへの安全保障支援を行っている(「日経新聞」3月14日付)。支援は武器だけではない。軍事顧問団を派遣して兵士たちの訓練まで行っていたのだ」と述べるのでした。

 第二章「中国は技術を盗んで大国になった」の「半導体の奪い合い」では、中国が「世界の工場」となり世界第2位の経済大国となったと自体は世界の経済にとって、何ら問題はないだろうとしながらも、著者は「しかし、問題は中国が経済成長、産業技術部門での発展を、外交、安全保障での他国への優位、強圧的な支配的ポジションの確立と、明確に結び付けようとしていることだ」と述べています。習近平国家主席は、2021年5月の談話で「もし科学とテクノロジーが確立できれば、国家が確立できる。そして、科学とテクノロジーが強ければ、国家は強くなるだろう」と述べています。

 その「テクノロジー」には、AIや5Gなどに加えて、2021年から世界的な供給不足が大きな問題となっている「半導体」も含まれていると指摘し、著者は「あらゆる物事をデジタル化しようとするDX(デジタル・トランスフォーメーション)の世界では、半導体がいかに重要なものかは、誰の目にも明らかだ。そのため、現在は世界各国による半導体の奪い合いとなっている。半導体の確保が国力に直結する時代になっているのだ」と述べます。

 「アメリカのスパイ組織」では、世界最大かつ最強のスパイ大国であるアメリカには18の情報機関があるとして、著者は「そのうち国外に出て人を使った諜報活動を行うのはCIAで、国内で入国してくる外国のスパイなどを逮捕権を持って取り締まるのはFBIだ。また軍や国務省の組織なども含まれており、そうした組織が政府と、国民の生命と財産を守るために命懸けで諜報活動を行なっている。その中でサイバー戦に特化し、もっとも機密性が高く凄腕と言われるのがNSAである。もともとNSAは、第二次世界大戦中に盗聴などを行ってきたスパイ組織で、技術の発展に合わせインターネットを駆使したスパイ活動を行うようになった。ハッキングや盗聴などで世界を監視し、さらにはハッキングツールなどを独自に開発して米情報機関のサイバー攻撃を技術的に支えてもいる」と述べます。

 現在、世界人口78億人のうち、インターネットにアクセスしている人は49億人ほどだそうです。北米や西ヨーロッパなどの先進国では利用者の数は人口の90%を超えます。インターネットを使っている人たちの92%(約45億人)がスマホなどモバイル端末経由でインターネットを利用しています。つまりネット利用者の多くは、電子メールやメッセージアプリを使いながら、位置情報を通信会社に提供していることになります。そうして集まったデータはさらなるスパイ活動に生かされてきたとして、著者は「さらに、NSAは米軍のなかにあるサイバー軍とも密接な関係がある。NSAの長官とサイバー軍の司令官は同じ人物が兼務することになっており、両組織はメリーランド州のフォート・ミード基地に本部が置かれている。アメリカのサイバー攻撃は、この両組織が共同で行っていると考えればわかりやすいだろう」と述べます。

 世界で多くの人がインターネットやメッセージアプリなどを使えば使うほど、政府や情報機関は人々の行動を把握しやすくなります。著者は、「皮肉なことだが、つまりは、便利さの見返りに個人情報をスパイに手渡しているということなのだ。そもそもインターネットというシステム自体が、アメリカ軍から生まれたものだし、当然、インフラや関連産業のトップはアメリカ企業ばかりだ。ロシアや中国によるなりふり構わないサイバー攻撃にもかかわらず、このサイバー分野でのアメリカの優位は依然、保たれているといえるだろう。ロシアがウクライナ侵攻で情報拡散が劣った理由の1つには、この事実があった」と述べます。

 「アメリカのハッカー対策」では、アメリカが機動的になったのは、中国のサイバー攻撃の変化が原因の1つではないかと推測し、著者は「中国のハッカーが『盗み』以外にも手を広げてきたのだ。2020年7月、FBIはMSSの広東省安全局に協力する中国人ハッカー2人を指名手配した。公開されたその手配書には容疑としてこう書かれている。『不正アクセス』『コンピューター権限へのアクセスおよび損壊』『企業秘密の不正取得』『有線通信不正行為』『悪質な個人情報詐取」』。これだけ読むといつもの『盗み』のようにも読めるが、このケースは単なる情報の詐取というレベルを超えていた。ここで手配された2人は、中国の国外で香港の民主化運動に関わっている活動家たちなど、中国の反体制派や数百の関連組織の情報をターゲットにしていたのだ。中国政府に敵対的な人たちを監視するための情報を不正に取得していたいわばサイバー攻撃と人権侵害をセットで行っていたのだ」と述べます。

 「インターネット世界のルールづくり」では、中国は、それぞれの国家が独自に自国内のインターネット上の情報やアクセス権などのルールを決め、統制すべきだとすることが紹介されます。つまり国際的な取り決めでインターネットの国内運用に口を出されるのは、主権侵害であるという姿勢なのだとして、著者は「中国政府がインターネットでの監視や検閲を正当化し、自国民がインターネットを使って何ができるのか、どんな情報を見ていいのかを管理するのは当然の権利であるというのである。さらに驚くべきことに、現行の国際法や人権法とは異なる独自の決まりを作るべきだと提案する。ことは単にネット上のルールではなく、もっと根本的な国家観、自由への考え方の対立なのだ」と述べています。

 「中国のスパイの実態」では、中国のスパイの3分の1が中国の民間人である点に注目すべきであるといいます。つまり、専門的な訓練を受けた中国の人間だけが、アメリカ国内で暗躍して情報を盗んでいるわけではないのです。その一般人をスカウトしスパイに仕立てあげているのがMSSであるとして、著者は「近年では、UFWD(中国共産党中央統一戦線工作部)の活動も盛んだ。この組織は、中国共産党の政策に賛同する国外の中国人を増やすことや、その人物を使って外国の世論を『親中』にするための工作を行っている。旧ソ連の対外工作を参考に作られたとされる組織だが、長年活用されてこなかった」と述べます。

 同組織に目をつけたのが習近平です。
 2017年の党大会で同組織を「共産党の目標の達成を確かなものにするために重要」と位置付けていたのです。国家主席の肝入りということもあり、いまではすべての在外公館に職員を派遣していることを紹介し、著者は「留学生や海外の研究機関に所属している研究者たちの動向を、中国学生学者連合会を通じて監視している。主なチェック対象は、台湾問題、チベット問題、新疆ウイグル自治区の問題などで中国の政策に反対する言論活動をしていないか、という点だ」と述べています。

 また、「中国語や中国文化を学ぶという名目で、日本やアメリカなど各国の大学に作られている『孔子学院』などの組織とも密接な協力関係があるとされている」と説明しています。「孔子学院」に関しては、習近平の野望のために孔子という聖人の名が利用されていることに大きな怒りをおぼえます。MSSやUFWDという情報機関に属している職員たちは、スカウトした一般人を工作員へと仕立て上げて盗みを行わせるそうです。「国民全員をスパイにする法律」では、中国のスパイの人数は、どこの情報機関も全体像を把握できないほど多いとして、著者は「それは、国民全体がスパイ活動に容赦なく動員されているからだ。驚くべきことに習近平体制では、民間企業や個人もMSSなど情報関連機関による協力要請や情報提供要請に応じる義務を負うことが、法律で明確に規定されるようになった」と説明しています。

 第三章「デジタル・シルクロードと米中デジタル覇権」の「デジタル・シルクロードの意味」では、中国が2049年までに世界の覇権を握るために、特に重視している産業がハイテク分野であるとして、著者は「それは単なる産業政策に留まらず、外交、安全保障とも深く結びついている。それを端的に示しているのが、2015年に中国政府が発表した『デジタル・シルクロード』構想だ。この構想は、『一帯一路』計画の一部で、中国国内だけでなく、ユーラシア、アフリカ大陸などにまたがる巨大な中華デジタル圏を作ろうとするものだ」と述べています。

 デジタル・シルクロード構想の具体的内容ですが、中国政府が外交を通じ、「一帯一路」域内の各国に働きかけ、デジタルインフラの整備の許可を取ります。そして、中国の標準規格を導入させ、通信機器をファーウェイなどの、中国製のみで固めるよう促していきます。中国製品は、利益度外視で国の補助金を得て作られているので、格安で導入することが可能だとして、著者は「当然ながら欧米のメーカーは排除される。そこに、中国のEコマース(EC、ネット通信販売)業者や金融機関が進出してビジネスを拡大する。インフラ設備、端末機器、決済システムを中国が握ることで、金や情報が一気に中国に流れ込む仕組みを作るというわけだ。このデジタル・シルクロードが完成したら、各国のシステムが中国本国から常に監視されるばかりか、遠隔アクセスされるようになってしまうのではないか、という重大な懸念が持たれている」と述べます。

 「顔認証の罠」では、AIを「賢く」するには深層学習(ディープラーニング)が重要な要素となっているとして、著者は「そのためには、できる限り多くのデータを読み込んで学習させる必要がある。人権への配慮を必要とせず大量のデータを集めるのに中国ほど適した環境はない、という皮肉な事態を生んでいるのだ。プライバシーや人権を無視しながらどんどん情報を収集して、AIの精度を高めている中国に対し、欧米諸国はまったく逆の方向に進んでいるのが現状だ。欧米などの自由主義国家では、民間企業が同様の措置を取ろうとすれば、ユーザーの反発を招くし、政府がそれをしようものなら反対運動が起きかねない。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック〔現・メタ〕、アマゾン)として知られる米大手IT企業も、個人データの扱いについて、世界中の規制当局から厳しい眼差しで見られている」と述べています。

 「中国市場の巨人・アリババ」では、デジタル・シルクロードが目指しているのは、ユーラシア大陸に中国主導の電子市場を確立させることだと指摘し、著者は「その先には、デジタル人民元による世界通貨の支配という目標がある。その”先兵”が、アリババグループであり、傘下にある金融関連会社アントグループ(螞蟻集団)だ。そしてその”主力兵器”は、アント・グループが運営するアプリ決済サービス『支付宝(アリペイ)』だ」と述べます。アリババとはどのような企業なのかというと、1964年生まれの英語講師ジャック・マー(馬雲)が、アメリカの影響を受けて情報発信サイトをつくったのは1995年のこと。その後、中国の政府機関でインターネット事業に携わり、1999年にアリババを設立しました。

 アリババの規模の大きさは、日本で暮らす我々の想像を絶します。2018年には、中国のモバイル決済の総額は、約4709兆円にものぼっており、2013年からの5年間でその規模は約27倍に拡大しているといいます。その中でも、アリペイのスマホ決済額での中国国内シェアは54%に達し、中国の消費者に最も使われいるサービスとして君臨しています(中国大手調査会社iResearchによる)。また、著者は「中国でビジネスを行うときには、この国が、経営者に瑕疵があると決めつけられると企業が国有化されたり、財産が没収されたりするなど、自由主義世界とはかけ離れたルールで動くことを忘れてはならない」と述べます。

 「デジタル人民元」では、情報インフラ、ECと並び、中国政府が力を注いでいるのがデジタル人民元です。そこには単に人民元を電子通貨にするだけに留まらない、中国の壮大な野望が見えてくるとして、著者は「これは監視社会を強化したい中国当局にとって実に都合のいいシステムだ。これまで中国で問題になってきた偽札への対策だけでなく、何よりも脱税やマネーロンダリング、テロリストへの資金提供など、従来の人民元では阻止しきれなかった犯罪行為を取り締まることができるようになる。さらに国民の監視という意味でも効果は絶大だ。デジタルで紐づけられた様々な取引情報などを吸い上げることができるので、人々のカネの流れから日々の活動まで徹底管理できるようにもなる」と述べています。

 「アメリカの金融支配をくつがえす」では、このデジタル人民元にこそ中国による壮大な野望があると著者は見ていと述べ、「それは、世界におけるドル覇権を終わらせ、人民元を基軸通貨化するというものだ。基軸通貨とは、世界で中心的・支配的な役割を果たす通貨のことで、国際金融取引などで基準として採用されているものを指す。現在は米ドルやユーロがその役割を担っている。米ドルは米政府が動かしているから、国際通貨の動きはアメリカが握っているといえる。アメリカの経済政策が世界経済に大きな影響を与えている理由はそこにある」といいます。

 現在、世界各国の外貨準備高を単純に比較すると、中国元はたったの2.66%にすぎません。一方でライバルの米ドルは、世界全体の60%を占めています。中国の行う貿易ですら、90%以上がドル建てで行われているという現実もあります。中国政府はデジタル人民元によって、そこに楔を打ち込む可能性を見出そうとしているのです。さらに「ファーウェィの海底ケーブル」では、著者は「5G、監視カメラ、AI、デジタル決済システム、そして海底ケーブルなどの通信インフラ。デジタル覇権は、米中サイバー経済戦争の最前線といえる」と述べるのでした。

 第四章「中国に騙されたトランプ」の「ドナルド・トランプの登場」では、トランプ大統領の4年間で、国内外で引き起こした混乱のマイナスは小さいものではないだろうとしながらも、著者は「しかし、対中政策に限って言えば、中国への対応に出遅れたアメリカが、起死回生の挽回をするには、トランプのような存在が必要だったと筆者は考えている。敢えて言うならば、トランプの反中政策は『正しかった』のだ。ここまで見てきたように、中国はすでに世界第2位の経済大国となっているにもかかわらず、サイバー攻撃やスパイ行為をやめようとしない。中国は、もはやアメリカの『ビジネスパートナー』や『よき競争相手』といえないのではないか? そのようなことをアメリカの中枢が考え始めた時期に、トランプは対中政策の大転換を行ったのだ」と述べています。

 「ロシア・ゲート」では、1980年代から90年代に不動産で財を成したトランプは、1991年にソ連が崩壊し新生ロシアが誕生するとロシアビジネスにのめり込んでいったことが紹介され、著者は「モスクワに『トランプ・タワー』の建設計画を発表するなど、資本主義化したロシアは、トランプの『ディール』の格好の舞台となったのだ。2008年夏ごろ、トランプは経営の失敗で資金がショートし、所有している不動産の売却先を探していたが、アメリカでは買い手がつかなかった。ところが、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)が、トランプの購入価格の2倍で買い取ることになる。同年秋には、リーマン・ショックが起きたため、トランプは窮地に追い込まれるが、そこでも、ロシアからの金が流れ込んだとされる」と述べます。

 2016年のアメリカ大統領選挙では、泡沫候補と思われた共和党のトランプと、民主党のヒラリー・クリントンの戦いとなりました。プーチンにとって、オバマ政権の国務長官で自身を「ヒトラー」呼ばわりし敵視するヒラリーよりも、「プーチンは、ロシアを再構築している」「NATOが攻撃されたら、否でも応でも助ける必要があるのか?」などと発言するトランプのほうが、好ましい大統領になることは明らかだったとして、著者は「ロシアはトランプを大統領にするため2つの攻撃を行った。まずは、サイバー攻撃による『盗み』である。もう1つは、『世論工作』だ」と述べています。

 「アメリカの情報機関が摑んだコロナ起源」では、「新型コロナについて中国政府の見解では、2019年12月に初めて感染が確認されたということになっている。武漢にある華南海鮮市場で、動物から人へ感染が起き、感染の拡大が発生したと主張し、当初はこれが「常識」となっていた。だがそれ以前に中国国内で、異変は起こっていた。その実態を告発していた医師たちに対して、中国政府が容赦の無い口封じをしていたことが判明している。現在では、武漢市の海鮮市場は、クラスターの発生場所の1つだっただけ、という意見も多い」と書かれています。

 トランプは2020年1月末から、新型コロナの発生源について徹底調査を行うよう情報機関に命じていたとして、著者は以下のように述べています。
「その報告がトランプの中国に対する考え方を変える理由の1つとなった。それは、どのような内容だったのか。筆者がCIAの元幹部2人に取材をしたところ、アメリカの諜報関係者らの意見は2つのポイントに絞ることができた。1つは、新型コロナウイルスは、中国の武漢にある武漢ウイルス研究所にあるBSL4(バイオセーフティレベル4)の研究施設から漏れた可能性が高いこと。そしてもう1つは、この研究所では、中国の人民解放軍との共同プロジェクトがいくつも進められていたことだ」

 「米国による24のうそ」では、コロナ起源問題でも情報戦は展開されたことが指摘されます。著者は、「中国は、都合の悪い事実から人々の目を逸らすために、新型コロナの発生源について、在外中国大使館のSNSアカウントなどを駆使して、情報工作を試みたのである。中国外務省の趙立堅報道官は2020年3月12日、ツイッターで『この感染症は、アメリカ軍が武漢に持ち込んだものかもしれない。アメリカは透明性をもって、データを公開する必要がある』などと主張した。民間人が陰謀論を作り出したのではなく、中国政府や情報機関が意図的に流したフェイク情報だった」と述べています。

 「議会襲撃事件」では、2020年の米国大統領選挙について、著者は「最大の攪乱者はロシアではなくトランプ大統領だったといえるのかもしれない。選挙後、トランプはどうあがいても勝てないことを前提に行動をはじめた。フィルターやファクトチェックを回避しながら有権者に直接メッセージを伝えることができる、お気に入りの『拡声器』、ツイッターを駆使し、支持者たちを煽り続けたのだ。トランプによる発信を真に受けた支持者たちは、ついに米連邦議会を襲撃するにまで至った。民主主義を世界に広めてきたアメリカ政治の象徴的な建物に、暴徒が雪崩れ込んだ衝撃的な映像が全世界に配信された」と述べます。

 さらに議会に突入する計画自体について、トランプ支持者たちがオンライン上で情報交換を行っていたことが分かっていることを紹介し、著者は「この議事堂襲撃には、元軍人や地方の元政治家、過激思想のネオナチや陰謀論を支持するQアノンなどの活動家らも関与していた。Qアノンとは、近年アメリカで勢力を広げている陰謀論をもとに、トランプを『正義の戦いを指導する人物』としてあがめている人々を指す。彼らは銃器や結束バンドを準備するなど、かなり周到に襲撃事件を計画していた」と述べます。

 「トランプは復活するのか」では、米政治の象徴である連邦議会を襲撃するという事件は、トランプの正当性を完全に貶め、存在感を一気に消し去るのに一役買ったと言えるとして、著者は「議会の襲撃事件を事実上『煽動』したトランプは結果『声』を失った。有権者に直接語りかけるツールとして利用していたSNSのツイッターやフェイスブックのアカウントを凍結されたのだ。影響はそれだけではない。トランプ支持者の多くが同様にアカウントが凍結されたために、彼らの中の保守派たちが集まった新しいSNS『パーラー』が始動した。ところが、そのSNSがサーバーを使用していた米アマゾンは、同SNSは暴力を扇動するプラットフォームであり、規約違反であるとして利用禁止にした」と述べるのでした。

 第五章「アメリカファーストから『同盟強化』へ」の「日本が発案した『クアッド』」では、バイデン政権は中国に対峙するために、アジアに軸足を置く政策を推し進めており、中でも重要な動きは、「クアッド(QUAD、日米豪印戦略対話)」であるとして、著者は「政権発足後の2021年3月にも、早速ビデオ会議で『クアッド』の国々の首脳と会談を行っている。この戦略対話の枠組みは、日本ではあまり知られていないが、2007年8月に安倍晋三首相(第一次政権)が、インドを訪問して連邦議会で演説した際に、多角的な協力関係の構築を呼びかけたことに端を発している。安倍首相の呼びかけにインドが応じ、さらに2カ国が加わったことで、対中包囲網の中核を構築した。日本がアジア太平洋地域の外交新秩序の発端を作ったことは、もっと評価されてもいい」と述べています。

 「世界はネットで分断される」では、追い詰められたロシアが、中国になびいていくことは、想像に難くありませんが、中国としても「西側同盟」を完全に敵に回すことは国益に反するとして、著者は「近年、緊張を高めている台湾問題ともつながっていくだろう。しかし、いま中国が進めているデジタル・ジルクロードやデジタル人民元が、『西側諸国』の考える秩序と最終的に対決することは避け難く見える。インターネットなどのネットワーク網が、国家運営に重要で不可欠なインフラとなった今、そのセキュリティは国の統制・支配そのものであり、安全性を維持しようと躍起になるのは当然である」と述べるのでした。

 第六章「日本版サイバー軍を作れ」の「日本版NSA」では、日本でも、世界に広がる中国のサイバースパイ工作への対応や、実動的なサイバー組織が必要となってくることは間違いないが、今からCIAのような対外諜報機関を作るのは容易ではないとして、著者は「まずヒューミント(人による諜報活動)ができる人材を集めたり、訓練するのに莫大な時間と予算が必要になる。また外務省や警察庁、防衛省、さらに法務省の外局である公安調査庁などが長く縄張り争いをしており、諜報専門の独立した組織を作るのは現実的ではないだろう。そこで参考になるのは、本家アメリカのNSAだ」と述べています。

 いまや個人が使うスマホやアプリなどはNSAなどの手にかかれば、すべて覗かれてしまうと考えていいという著者は、「世界がますますネットワーク化され、デジタル化が進み、IoTなどで電子機器が全てつながる世界になるなか、NSAの能力の重要度は増している」と述べ、さらには「インテリジェンスにおいても、軍事においても、サイバー空間が発展する中で求められるのは、NSAのような組織なのだ。そんな組織が、省庁の垣根を越えて実動できるようになれば、日本の防衛を根底から支えてくれることになる。そのとき、憲法9条の改正議論も新しい視点が必要になってくるだろう」と述べるのでした。

 「おわりに」では、CIAのウィリアム・バーンズ長官がこれまでも指摘していましたが、中国とロシアの関係はここ最近、急速に緊密になっていたと指摘し、著者は「習近平とプーチンは、2022年の北京冬季五輪の開会当日に北京の釣魚台国賓館で会談し、英語版で5300語を超える長文のコミュニケ(共同声明)を発表した。そこでは、「利害を共有する両国の協力関係に制限はない」と宣言している。当然、アメリカとその同盟国に向けたメッセージである」と述べています。

 中露が手を組み欧米の民主主義陣営に対抗するような大きな勢力となることが、改めて示されたわけですが、著者は「天然ガスなどのエネルギー資源を持つロシアと巨大な市場であり最先端技術を安価で提供する中国のタッグは、西側世界にくさびを打ち込む力を持っている。ところがロシアのウクライナ侵攻によって西側世界は『反ロシア』一色になり、中国も『ロシアの同盟国』として扱われるようになってしまった。その意味で、ウクライナ侵攻は、アメリカにとって好都合だったはずだ。中国がこれまでのようにロシアと近い関係性を有効にアピールできなくなったからだ。『両国の協力関係』も非常に限定的なものになりつつある」と述べます。

 習近平はバイデンとの会談で、「2段階でロシアに対応すべきだ」「まずは停戦を決め、その上での人道支援である」と述べましたが、なんら具体的ではなく何も言っていないに等しいとして、著者は「それほどに習近平は追い込まれているのだろう。ロシアのウクライナ侵攻によって覇権を狙う中国の行動にブレーキがかかったのだ。その一方で中国は、アメリカを中心とした『西側同盟』に追い詰められていくロシアの姿を、固唾を飲んで見ていたことだろう。そして、本書で見てきたような、『通信』『金融』などの分野で自分たちが取り組んできた覇権国家を狙うための『準備』が決して間違っていなかったと再確認したはずだ」と述べるのでした。本書を読んで、ロシアと中国のみならず、アメリカや日本のサイバー戦略の行方もよくわかり、非常に勉強になりました。

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