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人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』

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No.2142


 『人間力のある人はなぜ陰徳を積むのか』三枝理枝子著(モラロジー道徳教育財団)を読みました。数々のVIPフライトを経験した元トップ客室乗務員が明かす、「人間力」を高める実践術が書かれています。著者は、パッションジャパン株式会社COO、作法家、裏千家茶道師範(茶名:宗理)。青山学院大学文学部英米文学科卒業。ANA(全日本空輸株式会社)入社後、国内線、国際線チーフパーサーを務める。VIP(皇室、総理、国賓)フライトの乗務など幅広く活躍。現在は「実行力」を人や組織に定着させ、接点強化で成果を出すマネジメントコンサルタントとして、大手・老舗企業からベンチャー企業まで幅広く支援。優秀な外国人を育成し、日本で就職・活躍してもらう外国人育成と就職支援を推進中。著書に、『空の上で本当にあった心温まる話』(あさ出版)、『「ありがとう」と言われる会社の心動かす物語』(日本経済新聞出版社)、『お客様の心つかむサービスを、効率的に。』(クロスメディア・パブリッシング)など多数。
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本書の帯

 

 本書の帯には著者の顔写真が使われ、「仕事力UP!3%の人だけが知っている成長の法則」と書かれています。また、カバー前そでには、「『人間』が変わろうとするエネルギーが人間力の源になる。世界に誇る日本の人間力の高さ、その秘訣は『陰徳』にあります」と書かれています。アマゾンの「出版社からのコメント」には、「とかく『べき論』で片付けられがちな『人間力』のテーマを、抽象論でなく具体論で、理論第一でなく実践主眼で書き下ろした、これまでにない一冊」とあります。また、第6章には、出勤前や就寝前にページを開けばヒントが見つかる、1日1話形式の実践例「まいにち自分磨き31」を収載。よき習慣づくりに役立つチェックシート付。
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本書の帯の裏

 

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第1章 人間力の高い人は何が違うのか

第2章 外国人が日本人に学ぶ12の徳

第3章 日本人はどうやって徳を積んできたのか

第4章 ワンランク上の自分磨きとは

第5章 実践編1―人間力を高めるセルフワーク

第6章 実践編2―まいにち自分磨き31

「おわりに」

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アマゾンより

 

 「はじめに」では、「私の人生を変えたひと言」として、著者は「国際線ファーストクラスの客室乗務員として、日本人ならではのおもてなしの精神、作法を学び実践する中で、周囲を笑顔にすることで自分も満たされ、笑顔になる、そんな体験を何度となくしてきました。当時の私は『徳を高めよう』なんて考えもせず、ただ目の前のお客様にどうしたら喜んでいただけるか、それだけを考え、行動していたように思います」と述べています。

 

 そんな著者が、道徳に正面から向き合うようになったのは9年前のある「ひと言」がきっかけでした。15万冊もの希書を所蔵し、その該博な教養から「知の巨人」と呼ばれた故・渡部昇一氏と会った日、渡部氏は著者に対して「あなたは心学をおやりなさい」と言ったというのです。予想もしないお言葉に、著者はきょとんとして、「心学とは、石門心学ですか?」と尋ねました。すると、渡部氏は「そうです。あなたはこれから女性として心学を柱に徳を説いていくとよい」と言ったとか。

 

 この思いがけない出来事について、著者は「渡部先生とはご子息の玄一さんを通じて、ご一緒する機会を何度となく頂戴してきました。しかし、そんなふうに言っていただいたのは初めてでした。儒教、仏教、老荘思想、神道などを取り入れた日常生活での道徳の実践。武士道からつながる商人の道。心を尽くしてどう生きるかを知る道の探究・・・・・・。尊敬する先生から有難い、もったいないお言葉をいただいたものの、自分の人間としての未熟さ、勉強不足を自覚していただけに、すぐにお応えできずにおりました」と述べています。

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永遠の知的生活』(実業之日本社)

 

 わたしは「平成心学」というものを提唱しています。「石門心学」は神道・儒教・仏教を融合した日本人の心の豊かさを追求したものでしたが、「平成心学」は神・儒・仏のハイブリッドな精神文化である日本の冠婚葬祭をふまえ、さらにはグローバル社会を生きるためにユダヤ教・キリスト教・イスラム教をはじめとした世界の諸宗教への理解を深めることも目的とします。いわば、総合幸福学なのです。渡部先生と対談する機会にも恵まれたわたしは、心学についても大いに語り合い、その内容は『永遠の知的生活』(実業之日本社)に収められています。そんなわけで、本書のこのくだりには非常に興味を抱きました。

 

 また、「人や社会とともに自分も輝く」として、著者は「『徳を高める』とは、どういうことなのでしょうか。それは『自分を磨くこと』だと私は理解しています。歯を磨く、床を磨く、互いに技術を磨き合う。"磨く"は、私たち日本人の暮らしに密着した言葉です。何度もこすったり、研いだりして汚れを取り、滑らかにして、ツヤを出していく。そこには磨く側、磨かれる側という関係性が不可欠です。その関係性は『自分を磨く』場合にもあてはまります。他者という"磨き草"、砥石に自分をこすらせないと磨くことはできません。人を磨いて、輝かせて、喜ばせてこそ自分磨きができる――。自分とは磨くものではなく『磨かれるもの』であり、人は人を磨くことでしか磨かれない、そういうものなのではないでしょうか」と述べます。

 

 さらに、著者は「道徳――徳を積む道も同じことだと私は思っています。決まった正解を上から押しつけるものでもなく、自分らしさの輝きを失わせるものでもありません。いつもの家庭や職場、地域の関わりの中で、いかに身近な人たちを笑顔にし、輝かせていけるか。その積み重ねを通じて自分らしい本来の輝きを増していくプロセス、そう捉え直してみませんか。それは周囲の人や社会とともに、自身も幸せになれる道です」とも述べます。

 

 そして、「こんな今だからこそ」として、著者は「新型コロナウイルスという災厄によって、私たちは多くの制約を受けました。外出ができず、人とも関われない『ひとり』の時間。普段は立ち止まって考えることのない、自分の幸せ、人生の意味に思いを巡らせた方も少なくないでしょう。こんな今だからこそ、しっかりと地に足をつけ、先の見えないこれからの世の中をどう幸せに生き抜いていくのか、と考えるときではないでしょうか。コロナ禍によって生活様式、コミュニケーション、働き方など、私たちの日常は変化を続けています。変化に流されず、人や社会との関わりの中で自分を着実に成長させていく道徳の重要性が、ますます高まっています」と述べるのでした。

 

 第1章「人間力の高い人は何が違うのか」では、「おもてなしとおせっかい」として、著者は「いかに察知して、想像して、思い切っておせっかいしてみるか。ここにおもてなしの醍醐味があり、こうしたところに世界が注目する日本人の道徳力、人間力の強みがあるように感じます。しかし、常に想像した通りに行動し、喜んでいただけたことばかりではありません。"どうしたら良いか"と考えて、考えて行動したのに、思うように喜んでもらえなかった。そんな残念な思いを、誰しも一度は経験があるのではないでしょうか」と述べています。

 

 著者は、「おせっかい」と取られるのではないかと躊躇して行動を起こさないよりも、その方の思いを測り、なんとか喜んでもらいたい、笑顔にできないかと考え抜いたうえで「思い切って」「おせっかい」することを薦めます。なぜなら「もしかしたら」と相手を思い、想像力を働かせている時間は、着実にその人の「我」は薄れ、本来の自分自身とやさしさに出会っているからだといいます。そして著者は、「お客様をおもてなしする中で、私自身がお客様の笑顔や感謝の言葉によっておもてなしされていた事実に気づくことでもありました。また、そうした心の交流を傍で見ている人の心も温かくするものです」と述べます。

 

 「ワンランク上の『陰徳』というステージへ」として、著者は陰徳というものを持ち出し、「太陽があれば月があり、女性がいれば男性がいる、というようにこの世のあらゆるものは陰と陽のバランスで成り立っている、と東洋では考えます。つまり陽徳があれば当然、陰徳も必要となるはずです」と述べます。また、「私がこれまで実践したり、指導してきたものは、まさに『陽徳』。目に見える形で誰かに認識される行動です。表情、目線、話し方、聴き方、身だしなみ・・・・・・。どれも相手を喜ばせる、心地よくさせるためには欠かせないものです。しかし、ともすると、"目に見える形だけ整えていけばなんとかなる"ともなりがちです。陽のあたる部分だけ伸ばしておけばいい、陰の部分なんて見なくていい。私自身、そういう認識だったのかもしれません。これに対して『陰徳』とは、目に見えない内面を掘り下げる世界です」と述べています。

 

 「不完全だから磨き合う」として、人の成長とひと口に言っても「相手を変えよう、変えよう」と思っているうちは、うまくいかなかったことを告白し、著者は「不完全なのは相手、変わるべきは相手であり、自分は変わる必要がない。何事もそういうスタンスでいると、相手との関係は対立的になり、うまく事が運びません。生き方まで追及していくのですから、当然、信頼関係ができていないと、『あの人が言うなら』と思ってもらえず、『現場のこともわかっていないくせに余計なお世話』と険悪な雰囲気になってしまうのです。教える側、教えられる側という区別ではなく、相手も私も『不完全な存在』であるという認識のもと、お互いに成長していこうという『互師互弟』のスタンスが重要になってきます。『相手を変えよう』ではなく、まず『私自身を変える』ことによって『相手が変わる』のです」と述べるのでした。

 

 第2章「外国人が日本に学ぶ12の徳」では、「ジャパニーズ・モラルの根っこは『陰徳』」として、著者は「陰徳を行うとは、わかりやすく言えば『自分を慎む』ことです。『慎』という字は、『心』を表すりっしんべんに『真』の字が組み合わさってできています。自宅謹慎などという熟語のイメージから、慎むとは、悪い行いの罰として行動を控えることだと誤解している方があるかもしれません。本当の『慎む』とは、静かに内面を掘り下げて本当の自分を知ること、気づいていなかった『新しい自分』に出会うことだと私は解釈しています」と述べています。

 

 大リーグで大活躍の大谷翔平選手は高校時代から、自分が達成すべき目標を設定し、それを実現する具体的な方法を見える化したシートをつくり、活用していたことが知られています。その当時から、大谷選手が目標達成の具体的方法として「メンタル」「人間性」「運」を掲げ、その実践に努力していたことを指摘し、著者は「時には思うようにできない葛藤を感じたこともあったでしょう。見たくもない自分の我、陰に向き合う辛さを味わった日もあったのではないでしょうか。まだまだ発展途上かもしれませんが、それを乗り越えて『陰徳』を高め、自分を磨き抜いた結果が、今に結実しているように思います」と述べます。

 

 第3章「日本人はどうやって徳を積んできたのか」では、「縄文時代に始まるおかげさまの精神」として、縄文の昔から日本人は、自然を人間が征服する対象ではなく、人間が自然の一部と考えてきたことが指摘されます。「自分勝手はしない」「弱い者はみんなで守る」「人の役に立ちたい」といった思いは、互いに協力することで共同体を築き、ムラやクニを形づくった縄文時代に始まるとも言われるとして、著者は「共同生活の中で、先に生まれた者を敬う精神も培われました。長老は卓越した指導者としてチームで生活するリーダーシップを発揮し、老人は秀でたものであったといわれています。自然を愛し、共に生きる日本人の本質的な生き方、ここに日本の道徳の土台があると言ってよいでしょう。『陰があるから楊がある』のです」と述べています。

 

 第4章「ワンランク上の自分磨きとは」では、「『わかる』と『行う』の差を埋める」として、著者は「徳の道は『知行合一』と言われます。言葉で聴き知識として理解しても、実際に行動に移さなければ知らないことと同じ、という意味です。知識としてわかったとしても、それを実行しなければ現実は変わらず、人間力も高まりません」と述べ、これまでベストセラーになった『空の上で本当にあった心温まる物語』(あさ出版)などの著作を通して、著者が伝えてきた感動のエピソードはすべて嘘偽りなく、著者自身が実践、見聞きしたリアルな経験であると訴えます。

 

 『空の上で本当にあった心温まる物語』の感動エピソードについて、著者は「多くの人が感動してくださいました。同じようにしてみようと、真似してくださったサービス業の方もたくさんいらっしゃいました。今、思い出しても胸がいっぱいになります」としながらも、「しかし今、自分を振り返ると葛藤を覚えます。人に喜んでもらえてよかった、笑顔を見ることができてよかった。その幸せ気分を味わうのはよいにしても、もし思うように喜んでもらえなかったとき、自分はどのように振る舞えたのだろう。望むような結果が得られないときに、どう思うのかと考えると、葛藤が生まれるのです」と正直に告白します。

 

 「おわりに」では、本書が書かれた経緯が紹介されています。数年前、以前から著書を読んでいた執行草舟氏と月刊誌『れいろう』新春号で対談をする機会があったそうです。そのとき、執行氏は「克己復禮」(己に克ちて、禮を復む)『論語』[顔淵篇]という言葉を著者に贈ったとか。この言葉を座右の銘にしたという著者は、「自己に打ち克つ人間はすべてが禮にかなってくるという意味です。人間は共存共栄するためのものとして礼を生み出しました。人間関係を円滑にするため、悪徳に陥ることなく、平和や幸福のために礼を重んじなければなりません。人間同士が調和の世界を創造していくためには礼を取り戻さなくてはならないのです」と述べるのでした。この発言は、わたしの考えと100%同じであり、わたしは感動をおぼえました。機会があれば、一度著者にお会いして「礼」について意見交換したいです。