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異教徒ローマ人に語る聖書』

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No.2049

 
 『異教徒ローマ人に語る聖書』秦剛平著(京都大学学術出版会)を読みました。「創世記を読む」というサブタイトルがついています。イエスと同時代の人物が『旧約聖書』の「創世記」を異教徒であるローマ人に再話した内容をもとにした興味深い本で、わたしが執筆準備中の『聖典論』のための参考文献です。著者は、1942年生まれ。国際基督教大学、京都大学大学院修士課程修了後、博士課程へ進学、後退学、ドロプシー大学大学院(フルブライト、1970年-75年)、ペンシルバニア大学上級研究員(1989年-90年)、オックスフォード大学客員教授(1999年-2000年)。現在、多摩美術大学教授(1984年以降)、同大学新図書館館長。専攻はヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教。

  

 カバー裏表紙には、以下の内容紹介があります。
「わが国におけるユダヤ教・キリスト教研究の第一人者が、イエスの同時代人であるフラウィウス・ヨセフスが書き残した『ユダヤ古代誌』を随時参照しながら、軽妙な語り口でヨセフスによる旧約聖書『創世記』の「再話」物語を紹介する。天地創造、人類の誕生と堕落、アブラハムとその子孫の物語について、随所に図版を織りまぜながら大胆に解釈することで、聖典の文字に隠れた真意が見事にあぶり出される」

  

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。

「はじめに」

第1章 ヨセフスとその生涯

第2章 『ユダヤ古代誌』のはしがき

第3章 天地創造と人間の創造

第4章 人類の堕落・神の処罰と和解

第5章 アブラハムとイサク物語

第6章 エサウとヤコブ物語

第7章 ヨセフ物語

「あとがき」
「参考文献」
「索引」
「図版一覧」

  

 「はじめに」の冒頭を、著者は「本書はイエスの同時代人フラウィウス・ヨセフスが書き残した『ユダヤ古代誌』全20巻(拙訳、ちくま学芸文庫)の最初の10巻で語られている聖書物語の中のもっとも重要な部分、すなわち創世記を取り上げ、ヨセフスがローマで想定する彼の読者に向かって、どのようにしてそれを再話したかを語るものである」と書きだしています。

  

 ヨセフスは『古代誌』に先立って『ユダヤ戦記』全7巻(秦剛平訳、ちくま学芸文庫)を、『古代誌』と同じく、ギリシャ語で著しています。その読者はあくまでもローマ人でした。しかし、ヨセフスが次に著作した『古代誌』の読者は、もちろんローマ市民を一義的には含みましたが、それをはるかに越える世界の者たちでした。『古代誌』の読者には、地中海世界の大都市に住むギリシア人たちが付け加えられたのです。 

 

 では、なぜヨセフスは、その著作『古代誌』を媒介にして、ローマ人市民ばかりでなくギリシア人たちとも「異文化コミュニケーション」を図ろうとしたのだでしょうか? 著者は、「考えられるそのひとつの理由は、彼らギリシア人たちも、ローマ市民と同じく、自分たちの周囲にいる離散のユダヤ人たちの生活慣習を奇異の目で見ては彼らの生き方を嘲笑し、ユダヤ民族の英雄モーセについて、『やつはレプラ患者だった』とか、『レプラ患者の集団を率いてパレスチナに入った野郎だぜ』と、ユダヤ民族からしてみればとんでもない誤解を口にしていたからである。ヨセフスは、『戦記』の完成後、この者たち――この者たちの多くは知識人でもあった――の誤解を解くためにも、ユダヤ民族の歴史を天地創造から語り直さねばならないと、使命みたいなものを覚えたのである」と述べます。

  

 また、著者は「わたしは、2000年前のユダヤに生まれたベン・マタッティアス、後になってローマ名フラウィウス・ヨセフスと名乗るようになった男が、『古代誌』の中で、創世記をどのようにして再話したかを本書の読者に紹介し、古代世界における異文化コミュニケーションを彼がどのようにして構築しようとしたかを紹介してみたいと願っている」とも述べています。

  

 第1章「ヨセフスとその生涯」では、「イエスの同時代人ヨセフス」として、著者は「これからわたしが語ろうとする人物は、イエスとほぼ同時代に、パレスチナで生きた人物です。その生涯のある時期をイエスの宣教活動の場となったガリラヤで過ごした人物です。彼は、イエスとは違って、波瀾に満ちた生涯を送りました。彼は、イエスとは違って、異文化の世界に身を置きました。彼は、イエスとは違って、多くの著作を書き残しました。彼は、イエスとは違って、聖書について語りました、再話という形で。この人物はヘブライ名でベン・マタッティアス(「マタッティアスの子」の意)、ローマ名でフラウィウス・ヨセフスと呼ばれる男です」と述べています。

  

 また、「ヨセフス身が語るその出自」として、ヨセフスは『自伝』の冒頭部分で、彼の一族が代々祭司であったばかりか、王家の血をも受けているエルサレムの由緒ある者たちであると誇らしげに述べていることを紹介し、著者は「聖霊で生まれたイエスとは大違いです。イエスと比べれば非常に世俗的です。ヨセフスは世俗世界に身を置く者としてこの世に生を受けたのです。ヨセフスが幼いときに受けた教育は英才教育です。父親がその幼児教育の段階で、モーセ五書、すなわち聖書の最初の五つの書を彼の頭にたたき込んだらしく、彼は『自伝』九で、『まだ少年だった14歳のころ、わたしの学問にたいする情熱はすでにだれひとり知らない者はないぐらい有名となり、大祭司たちや都の指導者たちが、合い連れだってしばしばわたしのもとにやって来た』と述べる始末です」と述べます。

  

 「ヨセフス、『ユダヤ古代誌』を著す」として、ヨセフスが、天地創造のときから彼の時代までの期間を5000年としていることを紹介し、著者は「天地創造にはじまるこの5000年に民族の歴史が由緒あるものであることを訴えるときに、その5000年に途切れや中断があってはなりません。問題はその5000年の期間を埋める十分な資料があるかということです。彼は聖書を第一次資料としますが、聖書だけでは彼の時代までの歴史を語れません」と述べます。アレクサンドロス以降の歴史などは、聖書の中ではほとんど語られていないのです」と述べます。

  

 ヨセフスはその資料収集のために相当な時間を、しかも精力的に費やしたはずだとして、著者は「そのため彼は聖書に取り込まれなかった文書、すなわちわたしたちが現在旧約の外典とか偽典と分類している文書までを第一次資料として利用するのです。もちろん、もしそれが直接・間接にユダヤ民族の歴史と関係するものであれば、ローマ側の資料をも遠慮なく使用いたします。ヨセフスの『古代誌』全20巻は二つの部分に大きく分けることができます。前半の10巻は、創世記の天地創造のときにはじまり、族長時代、出エジプト・荒れ野時代、カナン征服・士師時代、南北分裂王国時代を経て、ユダ王国単立時代の終わりまでの歴史を扱っております。後半の10巻は、バビロン捕囚からの帰還(前538年)と神殿再建にはじまるペルシア時代、ギリシア・ヘレニズム時代を経て、対ローマのユダヤ戦争の勃発する紀元後66年までの歴史を扱っております」と述べるのでした。

  

 第2章「『ユダヤ古代誌』のはしがき」では、ヨセフスは、『ユダヤ古代誌』の「はしがき」の最後部で、「賢者モーセース」、「律法制定者モーセース」、「神や世界の形成に人びとの目を向けさせたモーセース」、「神が完全完璧な徳の保持者であることを人びとに教えたモーセース」に言及した後、それを「ともあれ今は、わたしたちの聖なる文書に記されている、世界の創造について語ったモーセース(モーセ)の言葉を起点として、諸々の出来事を語っていくことにしよう。モーセースの語る物語は以下のとおりである」という言葉で結んでいると紹介します。

  

 この結びの言葉で明らかにされるのは、ヨセフスが聖書の最初の五つの書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)の著者をモーセとしていることです。ヨセフスは非常に合理主義的な考えをする人です。その彼がこの五書の著者をモーセだと大まじめで信じていることを本当に信じていたのかと疑問を投げかけ、著者は「ヨセフスと同時代のアレクサンドリアのフィロン(前20―後30ころ)の著作のひとつ『世界の創造』(野町啓ほか訳、教文館)などを読みますと、彼も明らかにモーセを五書の著者であると信じております(図17)。その活躍の場こそ異なれ、フィロンとヨセフスはユダヤ人であり、同時代人でもあります。このことは、ヨセフスが、フィロンと同様、『五書』をモーセの著作だと信じていた可能性を示すものとなります」と述べています。 

 

 この「はしがき」を書いているヨセフスは、ローマに来てすでに20年近くも経っていることを指摘し、著者は「それは予想もしなかった長い歳月です。この間の彼は、ローマで、ユダヤ民族の英雄モーセについて、さまざまな機会に、さまざまな者たちの口の端に上るのを耳にしたはずです。それというのも、歴史の僥倖で残された文書資料によれば、ユダヤ民族の中でモーセくらい異教徒たちによって語られた人物は他になく、モーセくらい異教徒たちによって誤解された人物は他にいなかったからです。このような状況を背景にして想像すれば、異教世界でのモーセについての偏見や謬見を正し、彼を民族の英雄であることを今一度声を大にして訴えるために、ヨセフスはモーセが『五書』の著者でありえぬことを百も承知で、彼を五書の著者に格上げしたのではないでしょうか? わたしはそう想像するのです。もしこの想像が正しければ、ヨセフスは非常に戦略的な物書きとなります。戦略的な語り部となります。彼には、『戦略的物書き』『戦略的語り部』の肩書きを用意しておかねばなりません」と述べるのでした。 

 

 第4章「人類の堕落・神の処罰と和解」では、「ノアの巨船」として、神がノアに作り方を教えた箱船について、「メートル換算では、長さは120メートル、幅は約20メートル、高さは約12メートルの堂々たる箱船となります。いや、箱船なんていうものではなくて、巨船となります」と書かれています。「創世記」によれば、それは3階層ですが、ヨセフスによれ4階層です。3階建てのマンションが4階建てのマンションと大きく異なるように、3階層の箱船と4階層の箱船では大違いです。収容面積がまるで違うものとなります。ヨセフスが粗忽者で3階層を4階層にしてしまったのでしょうか? 

  

 実は、アレクサンドリアのフィロン(前20―後50)が著した『モーセの生涯』が言及している籍船も4階層であることを紹介し、著者は「フィロンが手元においている創世記のテクストは間違いなくギリシア語訳ですので――彼は聖書をヘブライ語ではなくてギリシア語訳で読んだとされます――、ここでのヨセフスも4階層と読んでいるギリシア語訳のテクストにしたがっていたと想像するのが正しいのかもしれません。このギリシア語訳の背後にあるヘブライ語テクストの読みも4階層だったのかもしれません。わたしはすでにヘレニズム・ローマ時代のユダヤ人共同体にはさまざまなヘブライ語テクストがあったと申し立てております」と述べています。

   

 また、「古代の人たちが長寿であった理由」として、ヨセフスは「創世記」の記事にもとづいて、「ノーコス(ノア)は洪水後、350年の幸福な生活を送り、950歳でこの世を去った」と述べます。彼は先行する箇所で洪水前の父祖たちの長寿に触れており、そこでもノアの長寿が言及されていることを紹介し、著者は「彼は聴衆や読者に神話を語っているような印象を与えることは出来ません。そのためには、古代の者たちが長寿だった理由を説明しなければなりません。彼は次のように申します」と述べます。

  

 さらにヨセフスは、「ところで読者諸氏は彼らの寿命を自分たちの寿命の短さと比べて、彼らについての記録にまちがいがある、などと勝手に想像し、今ではこのように長命の人はいないから、彼らもそれほど長命であったはずはなかろう、などと推量しないでもらいたい。これには理由がある。まず第一に彼らは神に愛されたもの、神ご自身によってつくられた人びとであり、また彼らの食べ物も長寿に適していた。したがって、彼らがそのような長命であったのもきわめて自然だったのである。次に彼らのこのような長所とならんで、彼らのなした天文学や幾何学における諸発見の利用を奨励するためにも、神は彼らの長命をお授けになったのである。なぜなら、大年の完全な一周期である600年を生きるのでなければ、彼らは何事も正確に予知できなかったからである」と書いています。

  

 第7章「ヨセフ物語」では、「結びに代えて」として、著者はこう述べています。
「ヨセフスがこの創世記の再話で試みた異文化コミュニケーションの第一のターゲットとする者たちは、ギリシア語を解するローマの知識人たちや市民たちであったでしょうが、彼の著作がギリシア語で書かれた事実は、そのターゲットの中に、ギリシア人知識人や、ギリシア語を解するその他の異教徒たちも入っていたことを示します。なぜヨセフスは彼らに向って聖書の再話を試みようとしたのでしょうか? それは第一には、彼ら異教徒たちにユダヤ民族の歴史をその始元に遡って語り、そうすることで、彼らの周囲にいる離散のユダヤ人たちの歴史は、天地創造のときに遡る古いものであることを訴え、対ローマのユダヤ戦争で敗北の民と化したものの、ユダヤ民族は由緒ある歴史をもつ誇り高い民族であり、そのためそれなりの敬意を払われるに値する民族であることを訴えるためであったでしょう」と述べています。

  

 当時の民族の優劣は古い歴史をもつか否かであったことは、ヘレニズム・ローマ時代に書かれたべーローソスの『カルデア史』や、マネトーンの『エジプト史』、ハリカルナッソスのディオニュシオスの『ローマ古代誌』、ティトゥス・リーウィウスの『ローマ史』のいずれもが、その歴史の起源を太古の神話時代にまで遡らせていることから分かるとして、著者は「民族の古さに民族の歴史の継続性がドッキングしたときはじめて、それは民族の優秀性を保証するものとなったのです。ユダヤ民族の歴史の古さと継続性を保証する第一の証言は、創世記をその冒頭に置くモーセ五書であり、それに続く諸文書ですから、もし他民族の者にユダヤ民族の優秀性を訴えたいのであれば、彼らの前にモーセの五書のギリシア語訳などを投げ出せばよいことになりますが、いったいだれがそのギリシア語訳を読むでしょうか? 第一に、それはあまりにも長大な文書群なのです。第二に、その翻訳は必ずしも達意の読みやすいものではなかったのです。第三に、それはユダヤ人の共同体やシナゴーグで使用されていたとはいえ、貸し出し用のものではなかったのです。貸し出し用のための転写が行われた話は聞いたことがありません」と述べます。

  

 ここに、聖書物語やそれに続く歴史を語り直す必要が生じてくるとして、著者は「その再話に必要なことは、いかに物語を簡潔に語り、いかにそれを面白く語るかにあったはずです。人は簡潔に語られるときにはじめて耳を傾けるものです。固有名詞や地名などが列挙されれば、勘弁してくれよと言います。重複記事が語られれば、顔をしかめるはずです。脈絡のない話が語られれば、首をかしげます。人は簡潔にしかも面白く語られるときにはじめて耳を傾けるのです。聖書が世界一のベストセラーであると言われても、それは世界一読まれない書物であることは衆目の認めるところですが、その理由は簡単明瞭です。それは聖書の中で物語が簡潔に語られていないし、面白く語られていないからです」と述べます。

  

 そして、著者は「再話の技法を身につけた具体的な場所がどこであれ、ヨセフスは『古代誌』全20巻の最初の第1巻から第10巻までで、身につけたその技法で、聖書物語を語り直し、そこから先のユダヤ戦争の直前までの長い歴史を語り、語り直したりしているのです。本書から分かるように、ヨセフスによる物語の再話で顕著なのは、そこに彼自身の個人的な体験やトラウマ、あるいは同胞民族への願いや思いが入り込んでいることです」と述べるのでした。わが国におけるユダヤ教・キリスト教研究の第一人者というだけあって、著者の意見はいずれもエビデンスに基づいており、説得力がありました。「創世記」をもう一度読み直してみたくなりました。