お探しの書名・著者名・キーワード等を入力して下さい

  • HOME
  • 大乗経典の誕生
Title

大乗経典の誕生』

Category

No.2037


 『大乗経典の誕生』平岡聡著(筑摩書房)を読みました。「仏伝の再解釈でよみがえるブッダ」というサブタイトルがついています。著者は1960年京都市生まれ。佛教大学文学部仏教学科卒業。ミシガン大学アジア言語文学科留学。佛教大学大学院文学研究科博士課程満期退学。京都文教大学教授を経て、京都文教大学学長。 

20200830135905.jpg
本書の帯

  

 本書の帯には「開祖の死から数百年を経て、なおも経典は生まれ続ける」と書かれています。また、帯の裏には、「仏教の仏をガウタマ・シッダールタに限定して釈迦牟尼教にすると、教祖ブッダの純粋性や唯一性は確保されるが、本来のダイナミズムは失われてしまう。一方、仏教の仏を普通名詞と理解すれば、教祖ブッダの純粋性や唯一性は希薄化するが、仏教は変容のエネルギーを秘めたダイナミックな宗教であり続ける。(......)仏教が仏教であるために、大乗仏教の誕生は必然であった。そしてその大乗仏教も固定化が始まったとき、仏教は死滅して過去の宗教となる。――本文より」と書かれています。

20200830140009.jpg
本書の帯の裏

  

 カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「日本仏教の源流にある大乗仏教。しかし、その経典群は、ブッダ自身が説いたものではない。ブッダ入滅後、数百年後に作られたものなのだ。どうしてそのような文献が、権威を持ち、仏教史の中で大きな影響力を持ったのか。また、それらはどんな材料やどんな論理で制作されたのか。ブッダの思想やブッダの伝承とどのような関係があるのか。『仏伝』をキーワードに、仏教思想の一大転機を実証的に探りつつ、そのダイナミズムを明らかにする」

  

 本書の「目次」は、以下のようになっています。

「凡例」
「略号表」

「はじめに」

序章 問題の所在

一 初期経典と大乗経典との溝
二 大乗仏教研究史と本書の視点

第一章 仏教理解の基盤

一 インド仏教史
二 仏教の典籍
三 ブッダの生涯

第二章 大乗仏教成立の前提

一 仏――ブッダの死と仏身観の変遷

  1 ブッダの死を巡る解釈
    ――無仏の世か有仏の世か
  2 ブッダ観の変遷

二 法――仏教の言語観と仏説をめぐる論争
  1 仏教の言語観
  2 仏説とは?
三 僧――伝統仏教教団との思想的対立

  1 三乗
  2 一世界一仏論

第三章 主要な大乗経典と仏伝

一 大乗経典研究の基本的手法
二 燃灯仏授記にはじまる成道と救済
三 本生菩薩の追体験

四 降魔成道
  1 降魔から成道への過程
  2 成道に至る手段・方法
  3 成道時のブッダの情景

第四章 法華経と仏伝

一 考察の前提
二 法華経と仏伝との対応
三 法華経の成立
  1 法華経の構造
  2 法華経編纂の意図

終章 大乗仏教、

   そして大乗経典とは?

「おわりに」
「引用文献」

  

 「はじめに」の冒頭を、著者はこう書きだしています。
「大乗経典は、日本人のアイデンティティ(存立基盤)に関わる文献群と言うことができる。仏教という宗教の性質上、インド生まれの仏教がアジアの各地に伝播するさい、仏教は土着の宗教を駆逐するのではなく、むしろ土着の宗教と積極的に混淆しながら、新たな土地に根づいていった。日本の場合、神道という土着の宗教と仏教という外来の宗教とが混淆して現在の日本人の精神性を形成し、表面上、日本は仏教国ということになっている。様々な仏教が中国および朝鮮半島を経由して日本に入ってきたが、とくに現在の日本仏教の大勢を占めるのが鎌倉仏教に端を発する諸宗派であり、その濫觴は大乗仏教に遡る」

  

 そして、その大乗仏教の根っこがどこにあるかを探っていくと、ブッダの時代から300年以上も経過してから新たに創作されはじめた大乗経典に逢着するとして、著者は「したがって、大乗経典(あるいは大乗仏教)は教祖ブッダに直接の関わりを持たないことが、古くは江戸時代の富永仲基(1715-1746)の『出定後語』、また明治時代以降の仏教学者の学問的研究によって顕在化してしまった。日本人にとっては、まさにアイデンティティ・クライシスの状態である。仏教といいながら、その根っこは教祖ブッダに直接つながっていなかったのであるから」と述べています。

  

 また、「では、初期経典と大乗経典とはまったくベツモノなのか。答えはまだ闇の中だが、代表的な大乗経典である法華経(本書でも中心的にとりあげる)に関しては、表層に現れた経典の文言はともかく、法華経全体の枠組みは旧来の仏典に準拠して制作されたことがわかってきた。その枠組みが、実は仏伝、すなわちブッダの伝記なのである。この視点に立って他の大乗経典を眺めてみると、法華経のみならず、大乗経典は何らかの形で仏伝を意識して創作されたのではないかと考えられるのである」と述べます。

  

 そこで本書では、「法華経および他の主要な大乗経典は、仏伝という視座から読み解けるのではないか」という仮説を立てて、論を進めていくとして、著者は「その妥当性については、これからの学問的な検証作業で厳しく試されなければならないが、これまでその成立については不明な点が多かった大乗経典の成立解明に向けて、新たな一つの可能性を示唆できればと考えている」と述べるのでした。

  

 序章「問題の所在」では、最近の研究成果から現時点で明らかになった点として、著者は以下の3つを挙げています。(1)当初、大乗仏教に組織化された教団はなく、大乗仏教は経典創作活動として出発した。碑文資料によれば、大乗独自の教団の成立は、4、5世紀以降である。(2)部派は「教団(sect)」であり、大乗は「学派(school)」である。よって、大乗経典は単一の部派というより部派内部のグループ、つまり「学派(school)」によって創作された。この学派は、単一部派内部のグループというだけでなく、部派を越えた出家者の可能性も視野に入れておいた方がよい。(3)単一の起源から大乗が生まれて拡散展開したのではなく、そもそも大乗は諸現象の集合として拡散して存在していた。よって、大乗とは複数の源泉から同時並行的に発生してきた一種の社会現象と見るべき新たな仏教運動である

  

 「仏伝という環」として、著者は「大乗経典は大なり小なり仏伝を意識して創作されていると考えられるのであり、その中でも法華経がきわめて仏伝に自覚的かつ包括的であるため、これを考察の中心に据えようとするのである。大乗経典の成立には仏伝が深く関与していることは間違いない。大乗仏教の特徴の一つは、『ブッダ固有の属性の一般化』とも表現できる。たとえば『仏』という呼称は、大乗仏教以前の時代には固有名詞として用いられ、仏教の開祖ブッダその人を指し示す呼称であったのが、大乗仏教では普通名詞化し、大乗教徒の共通ゴールになっている」と述べています。

  

 また、成道(覚りを開くこと)までのブッダを意味する「菩薩」も初期経典では固有名詞として使われていましたが、大乗仏教の時代には普通名詞化し、最終のゴールである仏になるまで、彼らは自分たちを「菩薩」と称しているとして、著者は「そう考えると、それらの普通名詞化を成しとげた大乗仏教がその教祖ブッダの伝記である仏伝を強く意識しても何ら不思議ではないだろう。しかし、従来の大乗仏教研究あるいは大乗経典研究で仏伝という視点は、部分的には言及されても、本格的にはとりあげられてこなかった」と述べるのでした。

  

 第一章「仏教理解の基盤」の二「仏教の典籍」では、「典籍の分類」として、著者は「キリスト教の新約聖書に含まれる各福音書に相当するのが、仏教の経典である。聖書にせよ経典にせよ、それはイエスやブッダ自身が書き記したものではなく、教祖・開祖であるイエスやブッダの言動を、弟子たちの目と耳をとおして言語化したものだ。経典の場合、最初、ブッダの言動は〈話し言葉〉で伝承された。いわゆる口伝である。それが、仏滅後、およそ400年が経過した紀元前後になって、ようやく〈書き言葉〉で伝承されるようになる。以下、その経緯を資料に基づきながら整理する」と述べています。

  

 ブッダの死後、ブッダの教えが散逸することを防ぐため、仏弟子カーシャパが500人の阿羅漢を集め、自分自身が座長となってブッダの教えをまとめました。これを第一結集と言いますが、ここでは、ブッダが制定した規則(律)はウパーリンが、教え(法)はアーナンダが誦出し、それが同席していた阿羅漢たちによって「法と律」として認められたことになっています。著者は、「アーナンダが誦出した法は経蔵に、またウパーリンが誦出した律は律蔵にまとめられたが、この経蔵と律蔵はブッダ自身の直説と考えられているので仏説とみなされる」と述べます。

  

 経蔵がその最初期においてどう分類され伝持されたかは定かでありませんが、その初期には「九分教」や「十二分教」という分類法が採用されたようで、その痕跡は現存の仏典に散見します。しかしながら、現存する経典は、たとえばPāli聖典では「五部ニカーヤ」という分類形式にしたがって整理されていると指摘し、著者は「やや時代が下ると、この経と律に対して仏弟子たちが注釈を加えた典籍が生み出される。これを論蔵と言う。これは経蔵や律蔵と違って仏説ではないが、ブッダの教えを理解するうえで論蔵は貴重な情報を提供してくれる。よって、仏説の経蔵や律蔵に論蔵を加えて三蔵と称し、この三蔵を以て仏教の典籍とするのである」と述べるのでした。

  

 三「ブッダの生涯」では、「歴史が創ったブッダ」として、著者は「歴史的に見れば、仏伝がブッダの誕生以前と入滅以後に拡大されるのは後代のことであると指摘し、「仏伝の祖型は『大品』に見られるような、成道からシャーリプトラとマウドガリヤーヤナの帰仏譚までであったと考えられる。これに誕生から成道までと、また資料によっては涅槃に関連する記述を付加して、後代の仏伝資料は成立するわけであるが、ブッダの神格化にともない、仏伝は誕生以前と入滅以後にも拡大することになった。まず最初の方向はブッダ誕生以前の過去に向かって進行する」と述べています。

  

 第二章「大乗仏教成立の前提」の二「法――仏教の言語観と仏説をめぐる論争」の1「仏教の言語観」では、「言葉に対する仏教の基本的態度」として、著者は「キリスト教と比較しながら、仏教の言語観を整理しておく。『新約聖書』『ヨハネによる福音書』の冒頭は『はじめにみことばがあった。みことばは神とともにあった。みことばは神であった。みことばははじめに神とともにあり、万物はみことばによって創られた』(バルバロ[1980:135])という言葉で始まる。言葉は神と同一視されていることからも、いかにキリスト教において言葉が大事であるかがわかる。これに対し、仏教は言葉にそれほど重きを置かない。仏教では言葉(能詮)とそれによって表されるモノそのものやコトそのこと(所詮)とは一応分けて考える」と述べています。

  

 つまり「チョーク」という言葉と、「チョーク」という言葉によって表される「白い粉が円柱状に固められたモノ」とは別物だというのです。なぜなら、「チョーク」という〈言葉〉で黒板に字は書けないからです。また「火」という言葉と、それによって言い表される「さわれば熱く、紙を燃やす赤い炎」とは同一ではありません。両者が同一なら、「火」という文字があるだけで、この紙面はすでに燃え上がっていなければならないからだとして、著者は「中国の禅家はこれを『指月の喩え』で表現する。経典所説の言葉は『指』、その指で示される『月』は覚るべき真理そのものであり、指(言葉)は月(真理)そのものではないが、指がなければ真理のありかもわからないというわけだ」と述べます。

  

 重要なのは、ブッダが指で月を指し示した場合、我々はその「指先」ではなく、「その先にある月」を見なければならない、つまり、指に執着してはならないということだとして、著者は「キリスト教の言語観が絶対的であるなら、仏教の言語観は相対的である。月(真理)を指し示しているときにのみ言葉には価値があり、無条件で言葉が重視されるわけではない。また真理を指し示す言葉でも、その言葉の意味する先を把握することが大切であって、その言葉そのものが執着の対象となるようでは本末転倒と言うしかない」と述べます。

  

 だからブッダは「筏の喩え」を説いて、「自分の教説すら、覚れば捨ててしまえ」と弟子に諭すのだとして、著者は「大河を渡るためには筏が必要だが、それはあくまで大河を渡るための手段であって、執着の対象であってはならない。つまり大河を渡りきって向こう岸(彼岸)にたどり着けば、その筏は捨てられるべきであって、筏を担って陸路を進むべきではないとブッダは諭すのである」と説明するのでした。ただし、仏教は長い歴史を有し、後代に発達した密教の「真言」になると、状況は大いに異なります。密教はヒンドゥー教の影響を大きく受けていますが、インドも古来より言葉に大いなる価値を置いてきました。

  

 そして、著者は「たとえばヒンドゥー教のもとになったバラモン教では、バラモンが祭祀を通して神に語りかける真実の言葉はそれを実現させる力があり、それは神々をも動かす力を具えていた。だから、祭祀を司るバラモンはカースト制度の最上位に位置づけられ、バラモン教の聖典ヴェーダの言説は最下層のカーストであるシュードラ(奴隷)には決して聞かれてはならなかった。また真実の言葉には、それを実現する呪力が秘められていたことを示す用例も、仏典に確認される」と述べるのでした。

  

 終章「大乗仏教、そして大乗経典とは?」では、「大乗経典出現の背景」として、著者は「大乗仏教の核は成仏思想にある。そして成仏するためにはブッダにならい、菩薩になる必要があった。こうして菩薩思想が展開する。そして、伝統仏教と差異化するために、三乗思想で自らの立場である菩薩を声聞・独覚の上位に位置づけた。また菩薩になるためには、これもブッダの前例にならい、仏に会う必要がある。そこで、消滅する色身に代わって不滅の法身を誕生させ、これをもとに二身説や三身説が展開した。またこの発展系として現在多仏思想も誕生する。こうした新たな思想に正統性と権威を持たせるためには仏説という経典で説かれる必要があるが、幸いなことに伝統仏教の時代から、仏説の「仏」は「ブッダ」に限定されていたわけではなく、法性(道理)に叶えば仏説であるという見解も大乗経典の誕生に貢献した」と述べています。

  

 大乗仏教、あるいは大乗経典出現の背景には法滅、すなわち正法の滅亡という時代的危機意識も考慮しておく必要があるだろうとして、著者は「大乗経典は法滅にしばしば言及し、それと呼応するかのように、新たな大乗経典が正法(saddharma)として登場する。法華経の正式名称は「妙法蓮華経(Saddharma-puṇdarīka-sūtra)」であるから、経名からしてその最たるものであるが、伝統仏教の律文献にしたがえば、女性が出家したことにより、本来なら1000年続くことになっていた正法は500年しか続かなくなってしまったことがブッダ自身によって語られる」と述べます。

 

 「〈父〉としての大乗経典」として、近年、大乗経典を興味深い視点から考察したコールは、法華経に説かれている「父/子」関係の譬喩を手がかりに、「父と子」の関係が「経典(父)とその読み手(子)」の関係とパラレルであるという視点から、法華経のみならず、他の大乗経典の性格を読み解いたとして、著者は「父は『権威(authority)』と『正統性(legitimacy)』の象徴だが、大乗経典作者や大乗教徒たちは自らが信じる教えに権威と正統性を求める中で大乗経典という父を創り出したとも考えられる」と述べます。

  

 続けて、著者は「換言すれば、仏教を生み出した『母』、すなわち既存の仏教は、大乗教徒たちの前に現前の事実として存在していたが、そこから革新的な展開をとげようとすれば、それを支持する新たな権威と正統性、すなわち『父としての経典』が必要になる。こうして様々なグループが自らの権威と正統性を求めて個々の大乗経典を創作していったとすれば、大乗経典はみな『異父兄弟』であるという見方も成立する」と述べています。

  

 「誰がどのように大乗経典を創作したか」として、経典の書写については、写本研究の立場から、仏教学者の松田和信氏が興味深い報告をしていることが紹介されます。著者は、「松田はスコイエン・コレクション等のガンダーラ語貝葉写本断簡は間違いなく専門の書写生による書写であること、また大乗経典に比べれば教団の伝統的な文献の写本は書体等からして比較的新しいことから、仏教聖典を組織的に書写して伝える営みは教団の伝統的な文献ではなく、大乗経典から始まったのではないかと推測する。大乗経典がその中でさかんに自経の書写を勧めているのも、この推定を支持する」と紹介します。

  

 このような事実から導き出せる可能性は少なくとも2つあるとして、「1つは、大乗経典は単一の部派の出家者によって創作されたのではなく、部派を越えた出家者たちが複数関与して作りあげたという可能性である。もう1つは、単一の部派がある特定の大乗経典を創作したが、部派を越えて仏典の閲覧ができた可能性である」と述べます。

  

 仏教学者の本庄良文氏は、ある部派が他部派の三蔵すべてを利用することができたのではないかという推測に基づき、大乗仏典作成の論理的・教団的環境を考察していることを紹介し、著者は「いずれをとるにせよ、やはりここで問題になるのが、出自、すなわち、その大乗経典の正統性の問題である。前者なら『人間(出家者)』の、また後者なら『資料(経や律)』のハイブリッドの産物が大乗経典ということになるから、何れの場合もハイブリッドであるがゆえに、経典の正統性という問題が惹起される。だからこそ、大乗経典(父)は経典自身の中でその正統性を読み手(子)に強調する必要があったのではないか。地としての伝統仏教を母とし、そこに図としての大乗経典を浮かびあがらせるためには、大乗経典に父としての役割を担わせる必要があったのである」と指摘しています。

  

 「大乗仏教の誕生が意味するもの」として、著者は「仏教は本来、自ら修行して苦から解脱することを目指す宗教であった。苦から解脱した人を何と呼ぶかは大した問題ではなかったのかもしれない。初期経典でも古層の経典では、ブッダ以外の仏弟子も『仏』と呼ばれていたようだが、ブッダの死を契機に仏教は変容してしまう。繰り返しになるが、教祖の宿命として、ブッダは死後、神格化され、『唯一の存在』に祭りあげられ、Buddhaと言えば、ガウタマ・シッダールタその人だけを指し示す固有名詞となってしまい、三千大千世界において仏はブッダしかいないという主張さえも誕生した」と述べています。

  

 自分たちの教祖に対する敬慕の念から、遺された仏弟子がブッダを神格化するのも無理はないにしろ、これにより、本来、仏教が持っていたダイナミズムは失われてしまったという著者は、「極言すれば、仏教が釈迦牟尼教と化してしまったとも言える。伝統仏教は、とにかくブッダ至上主義である。このような情勢に違和感を持つ仏教徒たちが徐々に数を増し、仏教本来の姿を取りもどそうとしはじめたが、その彼らの理想こそ『誰でも仏になれる』という主張であった」と述べます。

  

 特殊なのは大乗仏教ではなく、むしろ仏滅後の伝統仏教の方だという見方も可能になってくるとして、著者は「一見すれば、現在他方仏や広大な宇宙観を説く大乗経典は我々の目には奇異に映るが、大乗経典を精読し、その内容を精査すれば、表現の仕方はともかく、その精神においては、覚って仏になることを目指した当初の姿に戻ろうとしたとも言えるのではないか。その意味で大乗仏教は原点回帰的性格を持つが、それは単なる復古主義的な原点回帰ではなく、死せるブッダをよみがえらせるという使命を担った原点回帰であったということになるだろう」とも述べます。

  

 そして、大乗仏教の誕生は、仏教という宗教の行く末を暗示しているとして、著者は「伝統仏教から脱皮して大乗仏教が誕生したが、それを正当な推移と見るなら、つぎに脱皮すべきは大乗仏教そのものである。仏教が過去の遺物ではなく、現代に生きる人間の苦しみと真に対峙する宗教であるなら、古くなった装いは潔く脱ぎ捨て、脱皮し続けなければならない。2000年前にインドで誕生した大乗仏教の装いが現代社会において古くなってしまったかどうかは即座に判断しかねるが、古くなってしまったのであれば、法性に叶い、苦の滅に資する新たな経典が生み出されなければならない。ブッダはさらなるよみがえりを待っている」と述べるのでした。

  

 最初は硬派な学術書のようで読みづらかった本書ですが、読み進めるに従って、大乗経典が誕生した謎をスリリングに解き明かすミステリーのような面白さを感じてきました。わたしは、いつか、『儀式論』(弘文堂)の姉妹本として『聖典論』という本を書いてみたいと思っています。本書は、その参考文献としても最適な内容でした。