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自転しながら公転する』

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No.2033


 5月7日から、福岡県にも緊急事態宣言が発出されます。
 ゴールデンウィークに『自転しながら公転する』山本文緒著(新潮社)を読みました。一条真也の読書館『52ヘルツのクジラたち』で紹介した小説と同じく、2021年本屋大賞のノミネート作品です(惜しくも、受賞は逃しましたが)。恋愛・結婚・仕事・親子・高齢化社会問題など多くのテーマが込められた小説ですが、 エピローグには大きなサプライズが用意されていて驚きました。ものすごい筆力だと感心しました。著者は、1962年神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞。著書に『あなたには帰る家がある』『眠れるラプンツェル』『絶対泣かない』『群青の夜の羽毛布』『落花流水』『そして私は一人になった』『ファースト・プライオリティー』『再婚生活』『アカペラ』『なぎさ』など。 

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本書の帯

  

 本書のカバー表紙は、ビルの屋上らしき場所で天を仰いでいる女性の写真が使われ、帯には「結婚、仕事、親の介護、全部やらなきゃダメですか?」「NHK『あさイチ』で大反響! 共感度100%小説」「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」「2021年本屋大賞ノミネート!」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

 帯の裏には、「共感と絶賛の声続々!」として、新海誠「山本文緒の小説は、人の心をのぞく窓だ。誰かの心の秘密も、自分の心の謎も、僕は山本文緒から多くを学んだ。」、窪美澄「悩んでもいい、立ち止まってもいい、回り道をしてもいい。 圧倒的包容力を持った傑作長編。」、 横澤夏子さん「すぐ周りの幸せを見てしまう私のような女性に読んで欲しい!」、南沢奈央「30歳になる今、読めて良かった。めまいがする程ぐるぐる思考を巡らせた先に、一筋の希望を見せてもらいました。」、浅野真澄「迷ったり、泣いたり、遠回りしながら、自分の気持ちに気づいていく。 主人公は私だ、と思った。」とのコメントが紹介されています。また、「東京で働いていた32歳の都は、親の看病のために実家に戻り、近所のモールで働き始めるが......」「恋愛、家族の世話、そのうえ仕事もがんばるなんて、そんなの無理!」「誰もが心揺さぶられる、7年ぶりの傑作小説」と書かれています。

  

 この小説は、結婚式の場面で始まり、結婚式の場面で終わります。ならばハッピーづくしの物語かというと、まったくそうではありません。主人公の都は、恋愛も仕事も親子関係もうまくいかずに悩んでばかりです。すべてが都が思っていた通りには進まず、途方に暮れるのです。ネットなどで本書のレビューを読んでみると、「こんなに共感した小説はない」とか「自分のための小説をついに見つけた」といった内容のものが多いですが、それはそうだと思います。なぜなら、わたしも含めて、誰の人生も「思ったようにうまくいかない」からです。すべての読者は、うまくいかない都に共感するのは当然だと言えます。

  

 都の母親は、更年期障害に苦しみます。更年期障害といっても、うつ病やパニック障害を併発する重い症状で、母親は自死さえ企てます。わたしは本書で更年期障害の実情を知り、これまでの甘い認識を改めました。東京で働いていた都は地元の茨城に戻って、母の看病をしながら、ショッピングモールのブティックで働きます。働くといってもフルタイムではなく、週に4日の勤務ですが。職場での人間関係も複雑で、さまざまなトラブルも発生し、都のストレスは増大する一方でした。

  

 「最近具合が良くなってきて、ママの方からフルタイムで仕事していいって言ってきて、やっと未来に光が見えた気がして嬉しかったのよ。でもさー、いざそうなってみると、私やっぱりママのこととか家のこととか、目を逸らしたくなっちゃったんだよね。なんで私がここまでやんなきゃならないのかとか、不平不満が爆発しそうでさー。家事をやりつつ、家族の体調も見つつ、仕事も全開で頑張るなんて、そんな器用なこと私にはできそうもない。でも世の中の、たとえば子供いる人なんかは、みんなそうしてるわけでしょ。ジャグリングっていうの、あのボウリングのピンみたいなの、四本も五本も一斉に回してるみたいな生活を毎日してるんでしょ。なのに私、これしきのことで、なんか頭がぐるぐるしちゃって」(『自転しながら公転する』P.74)

 

 都には2歳年下の貫一という恋人がいます。『金色夜叉』の貫一・お宮につながることから、貫一は都のことを「おみや」と呼びます。都の愚痴を聞いた彼は、「そうか、自転しながら公転してるんだな」とつぶやき、二人の間で以下のような会話が展開されます。

  

「なあ、おみや」

 彼は顔を寄せて都に囁いた。

「地球はどのくらいの速さで、自転と公転してると思う?」

「そんなの知らないよ」

「地球は秒速465メートルで自転して、その勢いのまま秒速30キロで公転してる」

 都がぽかんとする。

「地球はな、ものすごい勢いで回転しながら太陽のまわりをまわっているわけだけど、ただ円を描いて回ってるんじゃなくて、こうスパイラル状に宇宙を駆け抜けてるんだ」 

 貫一は炒め物の皿に残っていたうずら卵を楊枝で刺し、それを顔の前でぐるぐる回した。

「太陽だってじっとしているわけじゃなくて天の川銀河に所属する2千億個の恒星のひとつで、渦巻き状に回ってる。だからおれたちはぴったり同じ軌道には一瞬も戻れない」

「さっきから何言ってんの?」

「いや、面白いなって思って。おれたちはすごいスピードで回りながらどっか宇宙の果てに向かってるんだよ」

(『自転しなら公転する』P.75)

  

 貫一によれば、しかも地球の軸は少し傾いているといいます。できたばかりの地球の地軸はまっすぐでしたが、ある日、火星ぐらいの大きさの小惑星が地球に衝突し、その衝撃で23度傾きました。ジャイアントインパクトです。酒を飲んで酔っ払った貫一は、「その時の衝撃で宇宙に飛んだ破片が地球のまわりを回ってそのうち集まったのが月になった。そのジャイアントインパクトのおかげで傾いたから地球にはまんべんもなく寒暖が生まれて、生き物が発生した。傾きながら自転公転してるから季節があって、夏にはTシャツが売れて、冬にはコートが売れる。で、おみやの給料が支払われる」と語るのでした。

  

 この貫一のウンチクは本書のタイトルにもなっているわけですが、とても面白いと思いました。『52ヘルツのクジラたち』では、普通のクジラと声の周波数が全く違うクジラがいて、52ヘルツというあまりに高音ゆえに他のクジラたちには聞こえないという事実というか、科学的知識が本のタイトルにもテーマにもなっていました。それとなったく同じことが、地球の自転公転に目をつけた本書にも言えるわけです。『52ヘルツのクジラたち』も、『自転しながら公転する』も、ともにインテリジェントでエレガントな小説なのです。この2冊が同時期に発表されて、同じ賞を競い合うなんて、なんと贅沢なことでしょうか!

  

 さて、恋人の愚痴を聞きながら、こんな自然科学のウンチクをさらりと言える貫一は、いわゆる「教養」のある青年です。彼は読書が趣味で、いつも時間さえあれば本を読んでいます。でも、彼には学歴というものはありませんでした。寿司屋の息子として生まれた彼は中学時代に荒れていて、高校受験の直前に補導されてしまいます。そのため、中卒として生きているのでした。中卒であるがゆえに就職にも苦労し、都の父親からも結婚相手としては認められません。彼自身、中卒であることに強いコンプレックスを抱いています。

  

 かつて、作家の林真理子氏が「男のコンプレックスの中でも、学歴と身長に関するものは厄介だ。太っているという劣等感なら、ダイエットして払拭すればいい。貧乏であるという劣等感なら、頑張ってお金を稼げばいい。でも、学歴と身長の劣等感だけは、努力では解決できず、心の根に張り付いてしまうのだ」といったような発言をされていました。しかし、身長はどうにもならないにしても、学歴はどうにかなると思います。何歳になっても高校は受験できますし、通信教育で高校卒業の資格を取得することだってできます。高校卒業の資格を得れば、今度は大学だって受けることができます。

  

 拙著『孔子とドラッカー 新装版』(三五館)でも紹介しましたが、陽明学者の安岡正篤によれば、何でもないことのようで、実は自分を知り、自力を尽くすほど難しいことはありません。自分がどういう素質能力を天から与えられているか、それを称して「命」と呼びます。それを知るのが命を知る「知命」です。知ってそれを完全に発揮していく、すなわち自分を尽くすのが「立命」です。『論語』の最後には、命を知らねば君子でないと書いてありますが、これはいかにも厳しく正しい言葉です。

  

 孔子は、命を立て得ずとも、せめて命を知らなければ立派な人間ではないというのです。水から電気も出ます。土から織物も薬品も出ます。これは水や土の命を人間が知って、命を立てたものです。自然科学は、この点で大いなる苦心と努力を積んできましたが、命とはかくのごとく先天的に賦与されている性質能力なのです。いかようにも変化するもの、すなわち動きのとれないものではなく、動くものであるという意味において「運命」とも言います。

  

 運は「めぐる」「うごく」という文字なのです。その運命には二種類あると喝破したのが、異色の哲学者である中村天風でした。天風いわく、運命には「天命」と「宿命」の二種類があり、天命は絶対で、宿命は相対的なものであるというのです。そう、「自転公転」の「自転」とは「宿命」であり、「公転」とは「天命」のことではないでしょうか。すべてを公転のせいにしてはなりません。自らを尽くす自転を忘れて人生は拓けないのです。そう、自転という努力を続けていれば、運命は公転ならぬ「好転」するのではないでしょうか。