No.1947 哲学・思想・科学 | 社会・コミュニティ 『コロナ後の世界』 ジャレド・ダイアモンド、ポール・クルーグマン、リンダ・グラットン、マックス・テグマーク、スティーブン・ピンカー、スコット・ギャロウェイ著、大野和基編(文春新書)

2020.09.21

 21日は「敬老の日」ですね。ちょうど、お彼岸で娘たちが帰省しているので、一緒に実家の両親に会いに行ってこようと思います。
 新型コロナウイルス感染拡大後の世界は「ウィズ・コロナ」「アフター・コロナ」「ポスト・コロナ」「ビヨンド・コロナ」など、さまざまな言い方をされていますが、今年の7月以降に関連書がたくさん出版されました。わたしは、そのほとんどを読みました。
 まずは、『コロナ後の世界』ジャレド・ダイアモンド、ポール・クルーグマン、リンダ・グラットン、マックス・テグマーク、スティーブン・ピンカー、スコット・ギャロウェイ著、大野和基編(文春新書)をご紹介します。新型コロナウイルスが国境を越えて感染を拡大させる中、現代最高峰の知性6に緊急インタビューを行い、世界と日本の行く末について問うた本です。このパンデミックは人類の歴史にどんな影響を及ぼすのか? これから我々はどんな未来に立ち向かうのか? 世界史的・文明論的な観点から、冷静かつ大胆に2020年代を予測しています。 

本書の帯

 本書の帯には、ジャレド・ダイアモンド、リンダ・グラットン、ポール・クルーグマンの写真とともに「このパンデミックで人類の未来はどう変わるのか?」と書かれています。また、帯の裏には、「自由vs.独裁、AI、経済対策、人生100年時代、GAFAの脅威――」と書かれています。

本書の帯の裏

 カバー前そでには、以下の内容紹介があります。
「新型コロナウイルスが国境を超えて蔓延する中、現代最高峰の知性六人に緊急インタビュー。世界と日本の行く末について問うた。このパンデミックは人類の歴史にどんな影響を及ぼすのか。これから我々はどんな未来に立ち向かうのか。世界史的、文明史的観点から大胆に予測する」

 本書の「目次」は、以下の構成になっています。
「はじめに」
第1章 独裁国家はパンデミックに強いのか
    ジャレド・ダイアモンド
第2章 AIで人類はレジリエントになれる
    マックス・テグマーク
第3章 ロックダウンで生まれた新しい働き方
    リンダ・グラットン
第4章 認知バイアスが感染症対策を遅らせた
    スティーブン・ピンカー
第5章 新型コロナで強力になったGAFA
    スコット・ギャロウェイ
第6章 景気回復はスウッシュ型になる
    ポール・クルーグマン
「あとがき」

 「はじめに」では、文春新書編集部が「人類の歴史は感染症との闘いと言われるように、黒死病やペストなど、私たちはいくつかのパンデミックを乗り越えて生き延びてきました。前の世紀においても、1918年にアメリカから大流行した”スペイン風邪”がありました。当時の総人口の4分の1ほどに当たる5億人が感染し、4000万人が死亡したとされます。しかしながら100年以上前のことであり、やはり私たちは自分たちの問題ではなく、歴史上の出来事として捉えていたのかもしれません」と述べています。

 第1章「独裁国家はパンデミックに強いのか」では、カリフォルニア大学ロサンゼルス校地理学教授のジャレド・ダイアモンドが、新型コロナが今までの危機と違うのは、世界中の至るところに拡がったことであるとして、「14世紀の黒死病や、19世紀のペストでも、エピデミック(特定地域での流行)であり、現代のように急速に拡がるパンデミックではありませんでした。その違いは飛行機があるかないかです。飛行機によって世界中にウイルスが一気に拡散したのです。グローバリゼーションが進む中、世界的な危機として気候変動もあげられますが、気候変動は1週間で人の命を奪いません。ところが、このウイルスは1週間もしないうちに命を奪うことがあるのです」と述べます。

 また、感染症がこれほどの世界的な脅威になるのは、初めてのことかもしれないとして、ダイアモンドは「これまで国際社会がみな一致して脅威だと認めたクライシスは、実はあまり前例がないのです。天然痘が、国際的に一致して世界的脅威だとされ、ウイルス撲滅に成功した唯一のケースです。1958年にWHO(世界保健機関)で根絶決議が全会一致で可決され、1980年に根絶宣言が出されました。今回のパンデミックは、その時と同じように世界的な脅威という認識を共有して、国際社会で団結できるかもしれません。新型コロナウイルスは自然に消滅することはありません。ですから世界中で撲滅しようとしても、1ヵ国だけ残っていたら、そこからまた再流行する可能性があるのです」と述べています。

 世界中で社会の高齢化が叫ばれています。しかし、問題は高齢化ではなく、定年退職というシステムであるとして、ダイアモンドは「定年で高齢者は強制的に労働市場から退場させられてしまいます。日本の定年は少し引き上げられて、65歳ですか? アメリカでも30年前までは定年退職制度がありましたが、今ではパイロットなど一部の職業をのぞいて違法になりました。私は60歳になる直前に『銃・病原菌・鉄』を刊行しました。振り返ってみると最も生産的だったのは70代でした。もし70歳で強制的に退職させられていたら、世界の読者に貢献できる機会を奪われていたでしょう。私にはかつて、エルンスト・マイヤーという進化生物学者の親友がいました。彼は70歳のときにハーバード大学から定年退職させられましたが、101歳になる直前に他界するまでに26冊の本を出しています。その半分は80歳の誕生日を過ぎてから書いたものです」と述べています。

 第2章「AIで人類はレジリエントになれる」では、マサチューセッツ工科大学教授で、『LIFE3.0 人工知能時代に人間であるということ』という著書のあるマックス・テグマークが発言します。「レジリエント」とは、「弾力があるさま。柔軟性があるさま」という意味ですね。世界中のAI研究者の多くは、数10年以内にあらゆるタスクや職業で人間の知能を超える「汎用型AI」(AGI=Artificial General Intelligence)ができるだろうと予測しています。AlphaFoldを作ったのと同じDeepMind社が開発し、プロの囲碁棋士を初めて破ったAIである「アルファ碁」はよく知られていますが、テグマークによれば、あれは「囲碁」のみに用途が限定された「特化型」であり、人間の知性のようにさまざまな場面で応用可能なAIがAGIで、自分で知識を獲得する自律性を持ち、状況を読み解いて推論する能力を持っているそうです。

 「越えてはならない一線」として、テグマークは「生物学者たちは1960年代後半に『生物兵器』の危険性を広く訴え、生物兵器開発を国際的に禁止することに成功しました。そして70年代には『生物学』の研究において『越えてはならない一線』を引きました。AIも同じ道を歩むべきです。早めに戦略や倫理基準を定め、AIを利用する際に越えてはならない一線を明確にルール化するのです」と述べています。

 さらに、「SF映画のディストピア」として、テグマークは「今後解決しなければならない問題は、AI研究者に任せておけばいいテクニカルなものではありません。心理学者、社会学者、文化人類学者、経済学者――、あらゆる叡智を結集しなければならない、今、地球上で最もホットな課題なのです。なぜなら我々は現在、人類の未来に対してポジティブなビジョンを持ち合わせていません。映画館で見ることができるSF映画の未来はディストピアばかりです。『ターミネーター』や『ブレードランナー』を思い出してください。機械が人を支配する世界しか描かれませんね。しかし、我々に本当に必要なのは未来に対するポジティブなビジョンです。どういうハイテクな未来に住みたいのか、少し考えてみてください。その具体像を明確に描ければ、実際にその目的地に到着できる確率は高くなります」と述べるのでした。

 第3章「ロックダウンで生まれた新しい働き方」では、一条真也の読書館『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』で紹介した本の著書で、ロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンが「新型コロナウイルスによって、私たちの今後の日常生活が変容することは疑う余地がありません。挨拶1つをとっても、握手さえも避けるようになるかもしれません。もし、爆発的な流行が一時的な収束を迎えたとして、そのとき、新型コロナウイルスは、私たちの生き方にどのような影響を及ぼすのでしょうか。感染者の世界的な増大がはじまったころから、それをずっと考えてきました」と述べています。

  グラットンは「健康を保ちつつ歳を重ねる重要性」として、「人生100年時代」において、この新型コロナウイルスが人々の寿命にどのような影響を及ぼすのか、『ライフ・シフト』の共著者であるアンドリュー・スコット教授と一緒にいくつかの新聞に寄稿したことを紹介し、「私たちは長期的に見た場合、『人生100年時代』への大きな影響はない、と結論づけています」と述べていますが、短期的な観点にたつと違うとして、「高齢者はウイルスに命を奪われる可能性が極めて高い。これは世界的に共通する傾向です。さらに先進国では、80代以上の高齢者になると糖尿病や高血圧などの基礎疾患をもつ人が多くなり、病状が悪化する確率がさらに高まります」と述べます。

 グラットンとスコットが強調したいのは、”healthy aging”(健康を保ちつつ歳を重ねること)の重要性です。グラットンは、「健康な70歳と、糖尿病や心臓病などを患っている70歳では、同年齢でも新型コロナによる致死率がまったく違います。すでに高齢化が進行している日本では、”healthy aging”の重要性を社会できちんと認識することが必要なのです」と述べています。

 また、「‟人間らしい力が必要”」として、ロボットやAIより人間が優れている点は共感力や創造力、理解力、交渉力などであると指摘し、グラットンは「その点では、高齢者には力を発揮するチャンスが多くあります。長い人生で様々な経験を積み、洞察力や英知が優れている人間は、機械よりも高次元な仕事が出来るからです。もちろん誰でも歳をとれば洞察力が高まるわけではなく、常に自分の視野を広く持ち、物事を分析する努力が必要です」と述べます。

 さらに、日本の現在の初等教育は、計算能力や記憶力などの「認知能力」に重点を置いていることに言及し、グラットンは「学校では何回も暗記テストを出し、子供たちに繰り返し学習させるということをしているそうですね。その暗記こそ機械が得意とする分野で、人間が負けてしまうことは明らかです。なにも『認知能力』を疎かにしろと言っているのではありません。共感力、対人関係構築力、非言語能力などいわゆる『非認知能力』についても、重要性を見直すべきです」と述べます。

 そして、「ポスト・コロナ時代に必要な四要素」として、グラットンは「パンデミックが起きたとき、生き延びるために重要だったのは、まずは健康という資質でした。そして、家族との絆も実は大切でした。絆が弱い人は感染拡大によって、さらに弱体化します。頼れる誰か、頼ってくる誰かが人には必要なのです。家族との関係だけでなく、コミュニティ強化の重要性も教訓として学ぶべきです。個人の健康、身につけたスキル、家族や周囲の人々との関係性、それらを総合したものが、困難や逆境にあっても心が折れずに柔軟に生き延びる力、つまりはレジリエンスになるのです。パンデミックから多くを学び、私たち全員が変わらなければならない時が、すぐそこに来ています」と述べるのでした。

 第4章「認知バイアスが感染症対策を遅らせた」では、『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』の著書で、ハーバード大学心理学教授のスティーブン・ピンカーが、「『基準的思考』と『指数関数的思考』」として、「長期的なデータを見れば、人類を取り巻く環境が良くなっていることは自明です。18世紀中ごろには29歳だった平均寿命は、今や71.4歳に延び、食糧状態についても、1960年代には1日1人当たり約2200キロカロリーだった摂取熱量が、現在では約2800キロカロリーです。また、世界総生産は200年でほぼ100倍と、富も増えました。天然痘やペストなど、いくつかのパンデミックもありましたが、人類は危機を切り抜けて生き延びてきました」と述べています。

 「感染症は戦争を起こさない」として、ピンカーは「感染症が戦争を引き起こすのではありません。因果関係としてはまったく逆で、戦争が感染症を流行させるのです。戦争はインフラを破壊してしまうので、自暴自棄となった人々は1つの場所に集まりがちです。スペイン風邪が流行したのは第一次世界大戦がはじまった1914年ではなく、最終盤の1918年です。塹壕に大量の兵士たちが押し込められて、そこから大流行したのかもしれません。私の知る限り、感染症の拡大によって大規模な戦争がはじまったり、犯罪が増加したりしたことはありません。戦時であっても平時であっても、人類にとって感染症が最大の殺人者なのです」と述べます。

 また、「我々はデータを理解できない」として、ピンカーは「インターネットやSNSにおいては自分が見たい情報しか、見えなくなりがちです。それを『フィルターバブル』と言います。我々は、自分と異なる意見を持つ人々に対して『彼らはフィルターバブルに入っている』と一蹴してしまいますが、私たち自身もフィルターバブルの中にいることには気が付いていません。自分が正しいと思わせてくれるストーリーや記事を読むのは楽しいものです。反対に、自分の見方に批判的な内容に触れることは不快です。しかし、健康に過ごすため、食べすぎずに運動を心がけるように、自分とは異なる意見も傾聴すべきです」と述べるのでした。

 第5章『新型コロナで強力になったGAFA』では、一条真也の読書館『the four GAFA』で紹介した本の著者で、ニューヨーク大学スターン経営大学院教授のスコット・ギャロウェイが「電気・ガス・水道と同じ」として、「この20年ほどでGAFAは、もはやユーティリティ(電気・ガス・水道などの公共サービス)のように、人々の生活に欠かせないものになりました。スマホを持たず、SNSを使わず、GAFA抜きで生活することは、いまや電気や水道がないのと同じです」と述べています。

 また、ギャロウェイは「GAFAは、脳・心など人間の感覚に直接アプローチします。これは、進化心理学の観点からも、成功するビジネスの共通点です。例えば、グーグルの検索エンジンは、私たちの脳が賢くなったと思わせてくれますし、フェイスブックは、あなたを友人と結びつけ、心に訴えます。さらに、他社との差別化や世界展開、AIによるデータ活用などにより、GAFAは世界の覇権を握りました」とも述べています。

 さらに、「次の1000億ドル長者は」として、ギャロウェイは「SNSを使用する10代の子供たちの間で鬱が増加していることをご存じでしょうか。ソーシャルメディアが、彼らに不安や劣等感をもたらすことが原因です。スティーブ・ジョブズをはじめ、多くのテック企業の幹部は、自分の子供たちにiPadなどのデジタルデバイスを使わせませんでした。テクノロジーに詳しいからこそ、それが与える害を認識していることを物語っています。GAFAの負の側面から、私たちは目をそらしてはいけません」と述べるのでした。

 第6章「景気回復はスウッシュ型になる」では、『格差はつくられた 保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略』の著者で、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマンが、「スペイン風邪の大流行に学べ」として、以下のように述べています。「新規の感染者数がある程度落ち着いたからといって、早まって経済活動を再開してしまうと、裏目に出てしまうようです。すぐに感染者が急増し、再びロックダウン(都市封鎖)しなければならなくなります。普通に考えれば、大きな政府で社会保障が充実している国が、新型コロナ対策でも成功しているように思いますが、必ずしもそうではありません。たとえば福祉国家として知られるスウェーデンは都市をロックダウンしない方針を選びました。フィンランドやノルウェーなどの近隣諸国と比較すると、明らかに死亡者数が多く、かと言って経済的パフォーマンスが良いわけでもありません。そう考えますと、経済を回すことを優先させるよりも、まずは感染症対策の最前線にいる医療関係者と、経済的シャットダウンで打撃を受けている人たちをサポートするべきなのです。早すぎる経済活動の再開は、かえってダメージを大きくするだけです」

 また、「インフレ率を下げろ」として、クルーグマンは「歴史的にインフレ率の低迷に苦しむ国が何をしてきたか。それは戦争です。戦争の遂行には莫大な支出が必要となりますから、自然とインフレにつながります。戦争は財政面から見れば公共投資。すなわち、財政支出に当たるのです。もちろん、インフレ目標を達成するために日本が戦争を行うことはありえません。ただ、いまの日本は異次元の金融緩和によって、マイナス金利です。この状況でインフレ率を上げるためには、戦争に匹敵するほどの爆発的財政支出が求められます」と述べています。

 「あとがき」では、本書の編者であるジャーナリストの大野和基氏が、「この新型コロナウイルスの流行拡大において、あえてポジティブな側面を見出すとしたら何か?」として、「それは、私たちに深く考えるきっかけを与えてくれたこと。6人がすべて、そう答えたことが印象的でした。自分の職業キャリアの価値を見直す、生きる意味を再考する、家族と過ごす時間の大切さを考える――多くの人々にとって、今回のパンデミックが人生をありとあらゆる面から捉え直す機会になったことは間違いありません。感染拡大が収束した後でも、ウイルスが我々の世界に与えた影響は、はかりしれません。それは何10年にも及ぶものかもしれません。それでも、そのようにパンデミックを少しでも前向きに捉えることで、私たちは前進できるのだと思います。それが、クルーグマン氏の言うように『2歩進んで1歩下がる』ものであったとしても」と述べています。

 この新型コロナウイルスの流行拡大が「私たちに深く考えるきっかけを与えてくれた」という考え方には、まったく同感です。拙著『心ゆたかな社会』(現代書林)にも書いたように、新型コロナウイルスに人類が翻弄される現状が、わたしには新しい世界が生まれる陣痛のような気がしてなりません。こんなに人類が一体感を得たことが過去にあったでしょうか。戦争なら戦勝国と敗戦国があります。自然災害なら被災国と支援国があります。しかし、今回のパンデミックは「一蓮托生」です。その意味で、「パンデミック宣言」は「宇宙人の襲来」と同じかもしれません。新型コロナウイルスも、地球侵略を企むエイリアンも、ともに人類を「ワンチーム」にする存在なのです。

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