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死者の民主主義』

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No.1942


 『死者の民主主義』畑中章宏著(トランスビュー)を読みました。20紀初めのほぼ同じ時期に、イギリス人作家チェスタトンと、当時はまだ官僚だった民俗学者の柳田国男は、ほぼ同じことを主張しました。すなわち、「死者の民主主義」です。その意味するところは、世の中のあり方を決める選挙への投票権を生きている者だけが独占するべきではないということ、すなわち「死者にも選挙権を与えよ」ということでした。一条真也の読書館『天災と日本人』『21世紀の民俗学』で紹介した本が面白かったので、著者の新刊である本書を読みたくなった次第です。著者は、1962年生まれの作家、民俗学者、編集者です。

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本書の帯

 

 本書の帯には、「死者、妖怪、幽霊、動物、神、そしてAI......人ならざるものたちの声を聴け。」「私たちは『見えない世界』とどのようにつながってきたのか。古今の現象を民俗学の視点で読み解く論考集」と書かれています。

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本書の帯の裏

 

 また、帯の裏には以下のように書かれています。
「精霊や妖怪、小さな神々を素朴に信じてきた人びとこそが、社会の担い手だった。いま私たちは、近代化のなかで見過ごされてきたものに目を向け、伝統にもとづく古くて新しい民主主義を考えなければならない」「本書に登場するものたち●柳田国男●南方熊楠●宮本常一●今和次郎●網野善彦●ギルバート・K・チェスタトン●宮沢賢治●谷川健一●諸星大二郎●道祖神●河童●天狗●ザシキワラシ●潜伏キリシタン●仙童寅吉●熊●猫●アイボ●VTuber●浦野すず●飴屋法水●齋藤陽道......」

 

 本書の「目次」は、以下の通りです。

「はじめに」

Ⅰ 死者の民主主義

いまこの国には

  「死者のための民主主義」が必要である

「私は死んだのですか?」

  ――大震災をめぐる「幽霊」と「妖怪」

妖怪と公共

死者に「更衣」した大勢の若者たち

  ――渋谷のハロウィンをめぐる考察

日本の祭りはどこにあるのか

Ⅱ 人はなぜ「怪」を見るのか

諸星大二郎論序説

ITと怪異現象――21世紀の妖怪を探して

UTuberは人形浄瑠璃と似ているか?

江戸時代から続く「日本人のVR羨望」

アイボの慰霊とザギトワへのご褒美

あなたは飴屋法水の「何処からの手紙」を見逃すべきではなかった

「まれびと」としての写真家

   ――齋藤陽道展「なにものか」

『この世界の片隅に』は妖怪映画である

Ⅲ 日本人と信仰

縄文と民俗の交差点

  ――八ヶ岳山麓の「辻」をめぐって

熊を神に祀る風習

窓いっぱいの猫の顔

移住漁民と水神信仰

「休日増」を勝ちとった江戸時代の若者たち

「沈黙」のキリシタンは、何を拝んでいたのか?

戦後日本「初詣」史

  ――クルマの普及と交通安全祈願

大阪万博と知られざる聖地

日本人にとって「結び」とは何か

  ――正月飾りに秘められた驚きの科学

Ⅳ さまざまな民俗学

手帳のなかの庚申塔

  ――宮沢賢治と災害フォークロア

「青」のフォークロア

  ――谷川健一をめぐる風景

写真と民俗学者たち

東北に向けた考現学のまなざし

  ――今和次郎と今純三

「百姓」のフォークロア

  ――網野善彦の歴史学と「塩・柿・蚕」

「あとがき」
「参考文献」
「初出一覧」

 

 「はじめに」の冒頭を、著者は「ギリシャの島に生まれ、イギリスやアメリカ大陸やカリブに浮かぶ島などを経て、日本の山陰地方にたどりついたひとりの文学者が、かつてこんなことを書いていた。『われわれの行為は、ことごとく、われわれの内部にある死者の行為なのではあるまいか』」と書きだしています。これは明治23年(1890年)4月に来日したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が著書『日本暫見記』に登場する言葉です。

  

 著者は、ハーンのこの一節ほど、現代の社会や政治や経済や芸術にかんする行為に、意識されてしかるべき言葉もないとして、「生きているものたちの日々のおこないは、おしなべて死者たちのおこないであることを、民俗学者である私は認めざるをえない。しかし、このことは多くの人には忘れられがちであり、またこのことを認めたがらない人もいるだろう。また学問や研究の対象として扱うには、いささか情緒的で、あやふやだとみなされかねないのもたしかである。またここでの死者を、その類縁である精霊や妖怪と置きかえたとき、さらにうさん臭い戯れ言だと思われるにちがいない。だからこそ私はあえて、死者や精霊や妖怪の行為にこだわるのだ」と述べています。

  

 そして、本書のタイトルである「死者の民主主義」について、著者は「死者や精霊や妖怪、あるいはそのほかの人間ならざるもの、また人間と人間ならざるものの境界にいるような存在の事情に思いをいたし、彼らの言い分を聞いてみようというのが、この本を編んだ動機である。そして彼らの政治参加を促し、彼らが現代社会の重要な構成員であることを知らしめたいのだ」と述べるのでした。

  

 Ⅰ「死者の民主主義」の最初の論考である「いまこの国には『死者のための民主主義』が必要である」では、「死者を会議に招かねばならない」として、著者は「近年のこの国の選挙ではリベラルと目される政党が遊説やインタビューで、強いリーダーが結論を押しつける『上からの民主主義』ではなく、国民の声に幅広く寄りそう『草の根からの民主主義』が大事だと訴えることが少なくない」と述べています。

  

 そこで筆者が思い浮かべるのは、20世紀の初めのほぼ同じ時期に、イギリスの作家と日本の民俗学者が主張した、「死者のための民主主義」というべき思想でした。イギリスの作家とは、探偵小説「ブラウン神父」シリーズで知られ、批評家、詩人、随筆家としても名声を博したギルバート・キース・チェスタトン(1874~1936)です。日本の民俗学者とは、農商務省の官僚から民間伝承研究者に転じ、『遠野物語』『一目小僧その他』『先祖の話』などの著作をものした柳田国男(1875~1962)です。

  

 一条真也の読書館『正統とは何か』で紹介した1908年に刊行された主著で、チェスタトンは民主主義が伝統と対立するという考えがどうしても理解できないと述べています。その伝統とは、「民主主義を時間の軸にそって昔に押し広げたものにほかなら」ず、孤立した記録や偶然に選ばれた記録よりも、過去の平凡な人間共通の輿論を信用するもののはずであるという。伝統とは、言ってみれば「あらゆる階級のうちもっとも陽の目を見ぬ階級、われらが祖先に投票権を与えることを意味するのである。死者の民主主義なのだ」と訴えます。

  

 「祖霊の政治参加を促す」として、1902年(明治35年)から1903年にかけて中央大学で行った「農業政策学」の講義で、柳田が「国家は現在生活する国民のみを以て構成すとはいいがたし、死し去りたる我々の祖先も国民なり。その希望も容れざるべからず。また国家は永遠のものなれば、将来生れ出ずべき我々の子孫も国民なり。その利益も保護せざるべからず」と述べたことを紹介するのでした。

  

 この柳田の発言について、著者は「柳田国男は民俗学者になる以前に、「今の人間」だけが社会を構成し、社会の参加者として意見するだけではなく、死者の希望や、これから生まれてくる人間の利益を考慮すべきだと語っていたのである」と述べ、この講義から8年後、チェスタトンの『正統とは何か』刊行から2年後の1910年(明治43)に刊行された『時代ト農政』にも、「況んや我々はすでに、土に帰したる数千億万の同胞を持っておりまして、その精霊もまた、国運発展の事業の上に、無限の利害の感を抱いているのであります」という死者の政治参加についての記述があることを紹介します。

  

 著者は、「ここで柳田がいう『精霊』は、『祖霊』と言いかえてもよいだろう。それにしても、死者たちの霊が国の行く末にたいして利害の感覚を抱いているという柳田の考えは、チェスタトンに劣らず過激なものである。少壮官僚柳田のこうした主張は、急速な西欧化・近代化を推しすすめる明治政府に向かっての激烈な反抗だった。しかし当時も、『どうも柳田の説は変だ』『あの男の言うことは分らぬ』などと批判にさらされたのである」と述べています。

  

 「妖怪や聖霊にも選挙権を」として、著者は「21世紀の現在、チェスタトンや柳田の思想をどのように取りいれることができるだろう。東日本大震災から現在まで、私たちは犠牲者の意思を斟酌して、政治や社会を考えてきただろうか。太平洋戦争後70年以上、復興や再生を口にするばかりで、死者もまた社会の一員だと捉えて、国家や国際社会がめざすべき方向を模索してきただろうか。『民主主義が危機に瀕している』と言われるけれど、それは近代型、もしくは西欧型の民主主義である。私たちはこれから、伝統にもとづく古くて新しい民主主義を考えていく必要があるはずだ」と述べます。

  

 一条真也の読書館『21世紀の民俗学』で紹介した2017年刊行の著書で、日本列島に棲息してきた「妖怪」たちは、災害や戦争などにより不慮の死を遂げた人びとの集合霊であり、彼らにも選挙権を与えるべきだと、著者は主張しました。本書では、「現実的には、河童やザシキワラシに投票所に足を運んでもらうことはもちろん困難である。ただし、集合霊たる妖怪が、どのような公約を掲げる候補者なら納得するかを想像してみることは、決して現実離れしたことではないだろう。さらに言えば、精霊や妖怪、小さな神々を素朴に信じる人びと、信じてきた人びとこそが民主主義の担い手であると私は考えるのだ」と告白しています。

  

 「死者の立憲主義」として、著者は「現代の日本社会を死者の目でみる行為を意識的に促すことは、民俗学以外の領域からも提起されている。たとえば政治学者の中島岳志は近年、『死者の立憲主義』を繰り返し唱えている。中島は、『保守と立憲――世界によって私が変えられないために』(2018年)で、『保守』や『立憲』、『リベラル』などの概念を整理しながら現実政治を批評する。中島によると、この本の発端は2011年(平成23)におこった東日本大震災にあるという。震災直後に書いた『死者と共に生きる』という文章で中島は、大切な人の死(二人称の死)に直面した被災地に向けて、死者との出会い直しの重要性を論じた。死者はいなくなったのではなく、死者となって存在している。私たちは死者の存在を思い、死者から照らされて生きることで、倫理や規範を獲得する。中島は自身の専門領域である政治学においても、死者という問題が重要な意味をもつのではないかと考えるようになったという」と述べます。

  

 また、「南方熊楠の戦い」として、著者は「ここで改めて強調しておきたいことがある。それは日本の民俗学が、近代化のなかで蔑ろにされようとしているものたちに目を向けさせるための、戦いでもあったということだ。柳田国男の民俗学はなによりも、山人や妖怪、あるいは神社神道から漏れおちた小さな神々に光をあてようとするものだった。こうした観点からは、南方熊楠の神社合祀反対運動も強調すべき民俗学の戦いだったのである」と述べています。

  

 さらに、「平凡人は人生を内側から見ている」として、著者は「チェスタトンによると、民主主義の信条は『結婚』『子どもの養育』『国家の法律』といった最も重要な物事を、平凡人自身に任せることだという。そのうえでこのイギリス人は、『伝説』のほうが『歴史書』より尊敬されねばならないと述べる。なぜならそれは、『伝説』は村の正気の大衆によって作られるのにたいし、『書物』は村のたった1人の狂人が書くものだからというのである。自身の信条としても、『日々の仕事に精を出す大衆を信じることであり、たまたま末席を汚している文壇という特殊社会の、気むずかしい先生がたを信じる気にはどうもなれない』というのだ」と述べるのでした。 

 

 「『私は死んだのですか?』――大震災をめぐる『幽霊』と『妖怪』」では、「さまざまな霊魂譚」として、著者は以下のように述べています。
「私自身、被災地になんども足を運んでいるが、霊体験を聞いたことはない。またなにかしらの怪異な出来事に遭遇した経験もまだない。しかし被災者や被災地にゆかりのある人が、幽霊に会ったり、怪異な体験をしたのは疑うことのできない事実だろう。柳田国男が言うところの『目前の出来事』『現在の事実』にほかならないのだ。しかしなかには、被災地に訪ねてきた取材者、調査者へのサービスに神秘体験を語った場合もあるかもしれない。注意すべきは、身近にいた人の突然の死に向き合ったとき、その人が夢枕に立ったり、現実世界に現れてなにかしらの接触をはかってくることは、大災害時以外にも起こっているということだ」 

 

 また、被災地での幽霊話を取り上げた後、「あの世からの伝言」として、著者は「こうした霊体験は決して珍しいことではない。親しい人が突然この世からいなくなったとき、人びとは霊と再会し、死んだものもまたこの世に現れるのだ。霊との遭遇は身近な人にだけ起こるともかぎらない。大震災の被災地を離れても、交通事故現場に立つ幽霊を見ることは不自然なことではないし、死んだはずのものがタクシーに手を上げ、ドライバーが乗せてしまうこともあるだろう。個別的な霊体験はこの瞬間にも各地で起こっている。不謹慎に聞こえるかもしれないけれど、東日本大震災では、その数が圧倒的に多かったという違いだけなのだ」と述べています。

  

 さらに「新たな妖怪伝承は生まれるのか」として、著者は「私が震災以降、被災地から伝わる話で興味を持ちつづけているのは、霊体験ではなく、妖怪が発生したという事例である。『災害と妖怪』(2012年)で私は、河童や天狗、ザシキワラシといった妖怪は、災害や戦争から生き残った人びとのうしろめたさの感情が伝承されたり、霊的存在の集合をイメージ化してきたものではないかという仮説を立てた。死霊にとり憑かれた男性が出会ったのは、ひとりひとりが孤独に分散した『個別霊』ではなく、無数の霊が結びついた『集合霊』だったといえるだろう。しかし被災地で『妖怪』が誕生したという話はまだ聞こえてこない。近代化された社会では、妖怪は新たに生みだされてこないのだろうか。被災地ではいまでも、死者も生者も分断され、孤独にさいなまれている。『個別霊』が集まり『生霊』とも結びついたとき、被災地の精神的、民俗的な復興が果たされるのではないかと私は思うのだ」と述べるのでした。

  

 「妖怪と公共」では、「妖怪の発展と発見」として、民俗学者の桜井徳太郎の『霊魂観の系譜――歴史民俗学の視点』(1977年)を取り上げ、柳田の霊魂にかんする最初期の興味は、死霊一般、人間霊一般にたいして常民が抱く観念形態ではなく、特殊なケースに出現する現象や観念する対象そのものに注がれていたことを桜井が指摘したことを紹介します。著者は「柳田は、『怨霊』や『御霊』の性格を、民俗学の立場から明らかにすることに情熱を傾けた。そして、その対象は『縁者なきものの亡魂、他郷で死去したものの死霊、遭難・事故・自殺・戦死など非業の死をとげたものの亡霊、未婚のまま急死した若者の霊、あるいは愛児の夭折したものの霊魂など、現世に怨恨をのこす迷える怨霊』だった。こうした『霊』が集合性を帯び、個人から離れて公共化され、抽象化されたのが日本の妖怪なのだと私は考える」と述べています。 

 

 「死者に『更衣』した大勢の若者たち――渋谷のハロウィンをめぐる考察」では、「ハロウィンの起源と日本での大流行」として、著者は「ハロウィンはもともと、アイルランド(ケルト)の伝統社会で祖先や死者の霊を供養する節句、『万霊節=サウィン』だった。サウィンは日本のお盆や大晦日にあたり、10月31日の夜半にこの世とあの世の境目が破れて祖霊が蘇る、『新年』の始まりだったのである。死者に仮装した子どもが、家々を回ってお菓子をねだる『トリック・オア・トリート!(お菓子をくれないと、いたずらするぞ)』も、子どもたちが霊魂の代理人として、無為な1年を過ごしてきた大人たちに『明日からの1年を大切に暮らせるか』と問いかける意味がある」と述べています。

  

 続けて、著者は、日本におけるハロウィンに言及し、「日本では、1970年代からキデイランド原宿店がハロウィン・グッズの販売に力を入れるようになり、1983年(昭和58)の10月にはハロウィン・パレードを企画し、一般客に参加を呼びかけた。この第1回のパレードでは、外国人を中心に約100名が歩行者天国だった表参道を練りあるいたという」と述べています。このあたりは、拙著『決定版 年中行事入門』(PHP研究所)でも詳しく書きました。同書で、わたしは「死者の祭り」として、日本における正月や盆とハロウィンとの共通性も述べました。

  

 著者は、さらに「カボチャとカブと大根」として、「日本の民俗社会で年の節目を画する行事は、正月や小正月、あるいは『事八日』と呼ばれる12月8日や2月8日におこなわれることが多い。そうしたなかで、ハロウィンと近い時期の民俗行事に、旧暦10月10日の『十日夜』がある。稲の刈りとりが終わり田の神が帰るとされるこの日の夜、子どもたちは『十日夜の藁鉄砲、夕飯食ってぶったたけ』などと歌いながら、藁を巻いてつくった鉄砲で地面を叩いて回る。これは地面の神を励ますためだとも、作物を荒らすモグラを追いはらうためだともいう。また『大根の年取』といって、『この日まで大根を取らない』『この日は大根畑に入らない』『二股大根を供える』といった伝承があり、大根の収穫祭でもあった。子どもたちは『十日夜』に、家々を回りお礼をもらうのだが、こうした『おねだり』を伴うのも、ハロウィンと似ている」と述べています。

   

 また、「『死の仮装』が意味すること」として、「日本には古くから、『変身』することを『めでたい』とする感覚があった。変身は日常から飛翔する晴れがましい行為であり、変身は『飾る』ことと通底していたのである。祇園祭の絵図には、南蛮人の仮装をして町を練りあるく姿がみられ、風流踊り系の民俗芸能にも異形異相の扮装を見ることができる」と述べています。 

 

 さらに著者は、「スクランブル交差点の『彼岸』」として、ハロウィンを「野外劇」と表現し、「日本の芸能や舞台芸はもともと、『亡魂』を祀り、荒ぶる霊を鎮めるための呪術的行為だった。演者は『死者』そのものや、『死者の生前の姿』に変身し、その『変身』行為は、見かけの上だけの変化に止まるものではなかった。扮装上の変身は『憑依』と一体で、人格の変身をも意味したのである」と述べています。 

 

 そして、著者は「死霊の祭として評価しつつ、もうひとつ私が不満に思うのは、日本のハロウィンが『歳時記』をないがしろにしている点である。先述したように、今年は10月31日が月曜日だったため、ハロウィンのイベントを30日に終えてしまったところも少なくなかった。これではクリスマスを12月23日に祝ったり、大晦日を12月30日におこなうのと変わりがない」と述べるのでした。 

 

 Ⅱ「人はなぜ『怪』を見るのか」の「諸星大二郎論序説」では、「モノと構造」として、「この世界は人間と、人間に支配された動物だけから構成されているわけではない。人間も含めた生物学上の生物だけではなく、モノノケや死にきれなかった死者たちが、この世界には存在する。彼らはしかし、私たちと日々共存するという形ではなく、突如として、またなにかのきっかけで異界から現れ、私たちの日常を脅かし、恐怖をもたらす。人間は異界から侵入してくるモノに、怯えながら生きていかざるをえないのだ」と述べます。

  

 また、著者は「モノやモノノケとともに諸星作品の重要な構成員は死者である。『死人帰り』『ヒトニグサ』など未練を残した死者たちは、現世への回帰や現実への復讐の機会をうかがう。こうした生きた人間以外のモノどもを『魔』と呼んでもいいかもしれない。「魔」が私たちの世界に侵入するとき、『境界』を越えてくる。境界は、洞窟や鳥居といった民俗的・宗教的な場所である場合も少なくないが、テレビやパソコン、携帯電話などがツールになることもある。聖地が抱える通俗性、観光や開発への批判など、諸星の作品には反文明というべき思想が流れる。構造や仕組みに翻弄される人間存在の無力さや、社会の脆弱さが描き出されているのである」とも述べています。 

 

 「ITと怪異現象――21世紀の妖怪を探して」では、「目に見えない凶暴な感情が広まり、共有されていく」として、「目に見えない集合体による凶暴な感情が、形をもたない実体のように広まり、共有されていくのは、かつての妖怪の成り立ちと、とてもよく似ている。インターネット上の『炎上』に似た怪異に、琵琶湖の周辺に伝承される『蓑火』という怪火現象がある。旧暦5月の長雨が続く夜、舟で暗い湖を渡ろうとすると、蛍火のような火の玉が蓑の上に現れる。蓑を脱ぎすてると火の玉は消えるが、手で払いのけようとすれば、どんどんその数を増していく。琵琶湖の蓑火は、湖で死んだ人の怨霊の火だとも伝えられる。同様の怪火伝承は日本列島の各地にある。信濃川流域では、雨の日の夜道や船上で、蓑、傘、衣に蛍のような火がまとわりつき、慌てて払おうとすると火はさらに勢いを増し、体じゅうを包みこむ」と述べています。

  

 続けて、著者は以下のように述べるのでした。
「インターネット空間に生まれた『炎上』のほうは、民俗学用語で言えば、『口碑』が『石碑』になるような事態である。つぶやきがだれかを刺激し、まがまがしい感情が拡散される。ここまでは口頭伝承、口碑の域だろう。しかし、火中で暴れると事態は悪化するばかりで、ネット社会に刻印されてしまうのだ。『エンジョウ』は怨霊の火がまとわりつくような怪異に似つつも、この時代ならではの民俗現象だといえよう。妖怪が存立する理由のなかには、腑に落ちない感情や、割り切れない想いを合理化する機能があった。たび重なる災害、貧苦や労苦、身近な人びとの死を乗り越えて感情をコントロールするために、妖怪や怪異が『発見』された。つまり妖怪は、民俗生活の合理化、効率化を図るため、時として現れるのだ」

  

 「江戸時代から続く『日本人のVR羨望』」では、「超常世界と超能力への関心」として、著者は、江戸時代の文政年間、「仙童寅吉」あるいは「天狗小僧寅吉」と呼ばれる15歳の少年が、江戸の町を騒がせたことを取り上げます。天狗(山人・仙人)にさらわれて、この世と異なる世界(仙界)で暮らした寅吉は、超能力を身につけて帰ってきたとされていますが、著者は「『仙童寅吉』をめぐる事件は、2つの側面から読み解くことができるだろう。ひとつは、寅吉が超能力によって訪れた異界のようすであり、もうひとつは寅吉に示した知識人たちの関心のありようだ。寅吉が見てきた世界は、この世とは異質で超常的な世界であり、寅吉が体得した超能力は、現実を超えでる技術や感覚だった。現代にあてはめると、ヴァーチャル・リアリティをめぐる技術開発と、感覚変容にたいする関心に近いのではないだろうか」と述べています。 

 

 また、「テクノロジーの開発と感覚の拡張」として、「ヴァーチャル・リアリティについて、人間が捉えている世界が人間の感覚器を介して脳に投影した現実世界の写像なら、人間の認識する世界はすべて人間の感覚器によるヴァーチャルな世界だ、と唱える研究者もいる。つまり、目や耳といった感覚器を通してしか理解することができないのは、私たちが生きているこの『現実』世界も例外ではなく、その意味では、この世界もヴァーチャル・リアリティのひとつでしかないというのだ。言いかえれば、ヴァーチャル・リアリティの研究とは、私たちにとっての新たな『現実』を生みだす探求なのだということになる」と述べています。

  

 そして、『仙境異聞』に登場する知識人たちは西洋科学の最新知識も豊富でしたが、彼らの質問にこたえた寅吉の体験談はあまりにもリアルで、虚言や捏造だと言うべきではないだろうとして、著者は「彼の感覚器をとおした『ヴァーチャル』な世界なのだから。人間は科学技術を進展させ、このヴァーチャルな世界を拡大してきた。少年寅吉は仙界で空を飛ぶ能力を身につけ、やがては宇宙に飛び出て天体を観測してきた。新たな現実を生みだす技術と感覚を追求したのは、ヴァーチャル・リアリティの研究者だけではない。江戸時代の人びとも、そんな世界と技術に夢中になっていたのである」と述べるのでした。

 

 「アイボの慰霊とザギトワへのご褒美」では、「日本人はどんなふうに動物を供養してきたか」として、日本の民俗社会では、動物にたいする供養が丁重におこなわれてきた歴史があることを指摘し、著者は「人びとは生活を営むうえで、食糧や労働力としてさまざまな生物の命を奪う。こうした動物の霊を慰めるため、あるいは祟りをおそれて、塚や石塔を築いて彼らを祀ってきたのだ。その対象は、犬・猫・牛・馬・猪・鹿・熊・猿から、鯨・魚・亀、さらには益などにまでおまんだ」と述べるのでした。 

 

 また、著者は「このような民間信仰とは別に、都市化が進展した近世の江戸では、両国の回向院に裕福な町人の手で犬や猫の供養塔が建立された。現代では1940年代後半に、寺院が犬や猫の葬儀・火葬・納骨・供養を引きうける事業が始まり、やがて宗教法人以外にも広まり、ペットの葬祭事業が日本の各地に展開していくことになる。空前のペットブームを経た現在には、全国で数百もの動物霊園・動物葬祭社が存在するといわれている」とも述べています。 

 

 Ⅲ「日本人と信仰」の「日本人にとって『結び』とは何か――正月飾りに秘められた驚きの科学」では、「日本古来の『結び』文化」として、新天皇の即位に伴う大嘗祭が行われることを挙げ、著者は「大嘗祭は天皇が即位後に初めておこなう新嘗祭で、大嘗祭の前日には、歴代の天皇の魂を鎮める『鎮魂祭(鎮魂の儀)』がおこなわれるはずである。この祭祀のなかには『御魂結び』という、木綿の糸を呪術的作法によって結ぶ行事がある。こうした『結び』の呪法は、魂が身体から抜けだすのを防ぎ、またいったん遊離した魂を元にもどすためのものである」と述べます。 

 

 続けて、日本人にとって「結び」は、古くから続く精神文化であり、その思想性の高度で複雑な点は、世界でも類例をみないといわれるとして、著者は「年越しから新年にかけては、『結び』を目にする絶好の機会で、門松にしめ飾り、床の間飾りや鏡餅などの正月飾りは、新年になると家々を訪れる、『年神様』を迎えるためのものであり、その多くには水引や飾り紐が結ばれている。初詣に出かけた社寺で、吉凶を占うために引いたおみくじを、木の枝などに結ぶこともあるだろう。また2016年に大ヒットした映画『君の名は。』でも、糸守神社に伝わる『組紐』がストーリーの鍵を握る重要なアイテムになっていたことは、記憶に新しい」と述べます。 

 

 さらに、「家紋や社紋と結びの多様性」として、日本で「結び」の文化が発達し、継承されてきたのは「有職故実」によるところが大きいことを指摘し、著者は「奈良時代末期から平安時代中期に、朝廷は『格式』をまとめ、儀式や行事の決まりごとや用具を細かく定めた。このような朝廷行事が公家に広まり、さらには武家文化から町人文化にまで普及していったのである。たとえば祝儀や不祝儀の際に用いられる『水引』は、市販のものでは結び方が統一されているが、ほんらいは家ごとの独自の結びかた『家結び』があった。家結びと家紋は関係が深く、皇室の紋章は16弁の菊だから、結びも16弁の花形の結びである」と述べるのでした。

  

 Ⅳ「さまざまな民俗学」の「青のフォークロア――谷川健一をめぐる風景」の冒頭を、著者は「日本の地名における『青』は、谷川健一がつよくこだわったものであり、「青」の地名をめぐる旅は、谷川民俗学の大きな魅力のひとつである」として、さらに

  

「谷川は仲松弥秀によるとして、沖縄にはかつて、死体を洞窟墓に風葬する風習があり、奥武島も死体を運んで葬った島だったと述べる。この洞窟墓のなかの死者の世界は『真暗でもなく、赤や白のように明るくもなく、その中間であるぼんやりした黄色な世界であることから、それを青と称した』と仲松は推測した」と述べています。

  

 続けて、著者は「沖縄では近代に入ってからも『黄色という呼称はなく、黄色をアオと呼んでいた』と谷川は指摘する。沖縄では『青の島』は、死者が葬られた島につけられた名前だったというのである。『葬制』は習俗のなかで最も変化が少ない。だから、本土の海岸や湖沼にある『青』が付く地名で、死者の埋葬地や海人の生活とかかわりがあるなら、南方から渡ってきた民族が本土の海辺に定住した痕跡を確かめられるのではないか、と谷川は考えた」と述べるのでした。

  

 本書は、著者の前著である『21世紀の民俗学』と違って、骨太の論考が多く、非常に読みごたえがありました。読み終えて思うのは、拙著『唯葬論』(サンガ文庫)でのわがメッセージとの共通性です。同書の第一章「宇宙論」の冒頭を、わたしは以下のように書きだしています。

  

「すべての人間は、死者とともに生きている。 柳田國男が創設した日本民俗学が明らかにしたように、日本には、祖先崇拝のよ うな『死者との共生』という強い精神的伝統がある。しかし、日本のみならず、世 界中のどんな民族にも『死者との共生』や『死者との共闘』という意識が根底にあ る。そして、それが基底となってさまざまな文明や文化を生み出してきた」
唯葬論』は「宇宙論」「人間論」「文明論」「文化論」「神話論」「哲学論」「芸術論」「宗教論」「他界論」「臨死論」「怪談論」「幽霊論」「死者論」「先祖論」「供養論」「交霊論」「悲嘆論」「葬議論」の全18章の構成ですが、将来もしも同書 のアップデートとしての完全版を書き、そこに「政治論」を加えるとしたら、必ずや「死者の民主主義」について言及したいと思います。